アメリカ発祥のドーピング「技術」、 ドーピングと〝情報戦〞の歴史

青山みつお

・アメリカに劣るロシアのドーピング技術

現代においても、今回のカミラ・ワリエワのドーピング疑惑の経緯を見れば、いろいろと疑問が出てくる。陽性反応が出た禁止物質のトリメタジジンは、冠状動脈を拡張して血流が良くなり心肺機能が高まるが、狭心症や心筋梗塞を引き起こして、臓器不全や死に至る可能性があるとされる。

Test tube with incription Doping

 

アメリカのメディアは、ワリエワから検出された薬物は、試合での運動能力向上が目的ではなく、猛特訓に耐えさせる目的で使われた、と伝えている。

一方、そのような目的の場合、医師が投与する薬物の量や代謝期間を正確に計算していれば、検査に引っかかることは、まずないという声もある。

陽性反応が本当なら、通常ではありえないミスだという。基準よりも著しく高い量が検出されたのなら、医師が処方を間違えたか、本人かコーチが過剰に摂取したかである。あるいはハメられた可能性も考えられる。

昨年12月に採取した検体から陽性反応を検出したストックホルムの検査所は、2018年にWADAから特定の検査法を禁止する部分的な資格停止処分を受けていた。

ワリエワの陽性反応が報告されたのは、オリンピック団体戦でROCが勝利した直後のタイミング。ワリエワを継続して出場させなければドーピングを認めたことになり、団体戦金メダルを剥奪されかねない。ロシアの不正を印象付けるために15歳の少女を晒し者にさせたのだろうか。

たしかに、ワリエワの所属するアスリート養成エリート学校「サンボ70スポーツセンター」で、“鉄の女”と呼ばれるコーチのエテリ・トゥトベリーゼに指導された女子フィギュア選手は国際大会で圧倒的な強さを見せており、ドーピングの疑いが囁かれたのも無理はないほどだった。過去に同チームに所属した選手が薬物摂取を匂わす投稿をして話題になったこともある。

今回のドーピング問題でも、ソチ五輪アメリカ代表の元フィギュア選手が、ロシアの選手が競技前の控え室で小さなボトルからスポイトで液体を数滴ずつ飲んでいる“奇妙な行動”を見たと報じられている。しかし、いくらロシアでドーピングが蔓延しているとしても、ライバル国の選手が見ている前で摂取することはないように思われる。

・ツール7連覇のアメリカン・ヒーロー

一方、アメリカでは、ドーピングをしても発覚しないケースの方が多い。

自転車競技の最高峰ツール・ド・フランスで2005年に前人未到の7連覇の偉業を達成したのが、アメリカのランス・アームストロングだ。母子家庭に育ち、一度は再起不能と宣告された癌を克服して、国際的な大会で優勝するという、アメリカ人の好むサクセス・ストーリーを実現。ジョージ・ブッシュ元大統領からホワイト・ハウスに招待され、子どもたちの前で講演するなど国民的英雄だった。トランプ前大統領の娘のイヴァンカとデートをしたと、ゴシップ紙に報じられたこともあった。

そのアメリカの英雄が、2012年にUSADA(全米アンチ・ドーピング機関)から1998年8月1日以降の記録の抹消と、「永久追放」処分の宣告を受けた。

それまで、アームストロングはドーピング疑惑の指摘に対しては一貫して否定し、攻撃的に反撃することさえあった。疑惑を報じたメディアや元同僚の告発者は巨額の名誉毀損訴訟を起こされた。スポンサーを失い、メディアからは、アームストロングの成功を妬んだ狂人であるかのように印象づけられた元選手もいた。

アームストロングは7連覇を果たした優勝後、次のように語っていた。

「自転車レースを信じない人々に言いたい。皮肉屋や猜疑心に満ちた人々を哀れに思う。大きな夢を見られないこと、奇跡を信じられないことが残念だ。(中略)そこには何の秘密もない。これは最も過酷なスポーツイベントであり、ただ渾身の努力によってのみ勝つ。ゆえにツールよ、永遠なれ」

しかし、永久追放処分が下されると、翌2013年のインタビューで、アームストロング自身がドーピングを認めた。

とはいえ、何百回も検査を受けた彼の検体から陽性反応が出たことは、ただの一度もない。つまり、巧妙にやりさえすれば、検査を潜り抜けることは不可能ではないことを意味する。同時にアームストロングを賞賛した米メディアが、今にして思えば、いかにデタラメだったかに気づくべきだろう。

なぜ、USADAは陽性反応の出なかったアームストロングを処分したのか。アメリカの検査技術に、いずれは他国も追いつくだろうとの読みがあったからではないか。

ドーピング検査の精度と、それをすり抜ける技術は、表裏一体の関係だ。すでにアメリカでは、遺伝子ドーピングの実用化も現実になりつつある。マウス実験では、ゲノム編集によって通常の倍の速さで泳ぐ“スーパーマウス”の実験に成功したという。

そんなことを言うと、日本のメディアから、「アメリカを信じない人々を哀れに思う」などと馬鹿にされそうだが、ロシアや中国の主張は嘘、フェイクだらけで、アメリカは真実しか言わないのだろうか。真相に迫るには対立する側の主張も含め、あらゆる角度から確かめなくてはならないはずだ。

それゆえ、ワリエワの疑惑への評価を今の時点で下すのは早計に過ぎるように思われる。

どんなドンデン返しが待っているかもわからないからだ。

(月刊「紙の爆弾」2022年5月号より)

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青山みつお 青山みつお

海外メディア勤務を経て、フリーライターとして活躍中。

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