【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(27) 対ロ制裁をめぐって、「二次制裁」で脅しまくるアメリカ帝国主義の現実(上)

塩原俊彦

 

ようやく拙著『アメリカなんかぶっ飛ばせ』(仮題)用の原稿を書き上げた。その「まえがき」はつぎのようにはじまる。

「アメリカ合衆国は「帝国主義」の国である。こう書くと違和感をもつかもしれない。しかし、アメリカはいわゆる帝国主義的ふるまいをとりつづけている。アメリカは2024年2月20日、ガザ地区での即時停戦を求める国連安全保障理事会決議に反対票を投じた。ワシントンが拒否権を行使してガザでの戦闘停止を要求する決議を阻止したのはこれで3度目だ。アルジェリアが起草したこの決議案に賛成したのは安全保障理事会の13カ国で、イギリスは棄権した。反対したのはアメリカだけである。イスラエルによる過剰防衛を容認する一方で、ウクライナ戦争ではロシアによるウクライナへの「侵略」を猛然と攻撃する。イスラエルによるパレスチナでの武力行使は「侵略」ではないのか。

通常イメージされている帝国主義は、征服や略奪といった暴力による他国への侵略による植民地支配だ。さすがに、こんな露骨な帝国主義をいまでも展開しているのはロシア連邦くらいと思うかもしれないが、アメリカも同じ穴の貉だし、イスラエルもそうだ。

こうした旧来の帝国主義のイメージではなく、定義によっては別の帝国主義も想定できる。それは、アメリカが得意とするもので、自由・民主主義を他国に奨励し、他国に介入するというやり方によって利益を収奪するのだ。思想家、柄谷行人が指摘するように、帝国主義とは、国家と資本が強く結びつきながら、その国家および同国に属する企業の影響力を海外に拡大して利益を追求する方式と定義することもできる。」

今回は、このアメリカ帝国主義とその同盟国が対ロ制裁において、「二次制裁」を科し、あらゆる手段を駆使してロシアをねじ伏せようとしている現実について明らかにしながら、この2年間の対ロ制裁について総括してみたい。アメリカ、ロシア、中国は帝国主義的競争を展開しているのであり、ヨーロッパや日本はアメリカ帝国主義傘下で帝国主義に準じている。この現状を知ることはまさに地政学の関心事でもある。

 

対ロ制裁の評価

まず、対ロ制裁に対する比較的中立的な評価について紹介しよう。現状を理解するには、過去をしっかりと顧みる必要がある。ここでは、2024年2月27日にフィンランド中央銀行新興経済研究所(BOFIT)のサイトで公表された、ロシアの制裁品輸入が対ロ制裁に参加していない国々にシフトしたかどうかを問う論文を参考にしながら、対ロ制裁に対するロシア側の対応について考察する。

この研究は、月次輸出データを使用し、関税分類番号であるHSコード84(「原子炉、ボイラー、機械器具、その部品」)およびHSコード85(「電気機械器具およびその部品、録音機・再生機、テレビ画像・音声録音機・再生機、それらの部品・付属品」)の技術財に焦点を当てている。2018年から2023年の間に、ロシアに制裁を加えている制裁国26カ国と制裁していない非制裁国14カ国からロシアへの輸出をHS6レベルで集計したものである。

その結果としてわかったことは、①欧州連合(EU)とその同盟国によって課された貿易制裁が制裁国の対ロ輸出を制限することに成功している、②技術財の分野では、優先度の高い戦場品目の輸出がほぼ完全に崩壊した、③非制裁国からロシアへの技術輸出全体はおおむね回復し、現在は侵攻前の水準を上回っている、④侵攻以来、制裁品の輸出水準は非制裁品の輸出水準よりも上昇している、⑤この効果は優先度の高い戦場品目でとくに顕著である(この制裁品のサブカテゴリーでは、中国の役割が大きいが、他の非制裁国の輸出も非制裁品に比べて増加している)、⑥とはいえ、非制裁国の対ロシア輸出は、制裁国の対ロシア輸出の損失を完全に補うには至っていない――ことであった。以上から、「制裁は機能している」と結論づけられている。

 

対ロ貿易の変化

つぎに、ロシアの貿易構造を考察するために、2022年2月22日に公表された、ロシア人の経済学者による分析を紹介しよう。下の図1からわかるように、ロシアの非友好国(ロシアでは、ロシア外交官の大量追放後の2021年に非友好国リストが登場したが、2022年3月以降、国際的制裁に対応して別の非友好国リストを作成、同リストには、合計約50カ国が収載)からの輸入が2022年以降、急減していることがわかる。これに対して、中国からの輸入が2022年第三四半期以降に急増していることがわかる。

輸入総額でみると、非友好的国からの直接輸入の66%減を補う中国(53%増)とその他の中立国(31%増)からの供給が1.5倍以上に増加したため、危機以前の水準にほぼ戻った(2023年下半期は2021年同期比で9%減)。その結果、EUからの輸入の主な供給源の役割は中国に移り、その輸入に占める割合は27%から45%に増加し、ロシアの輸入に占める先進国の割合は47%から17%に減少した。さらに、2022年には、ロシアが輸入するヨーロッパからの商品の価格が相対的に上昇した(他の市場と比較して7%上昇)。

 

図1 中国、その他中立国、非友好国からのロシアの輸入額推移(単位:10億ドル)
(出所)https://econs.online/articles/opinions/pereorientatsiya-vneshney-torgovli-rossii-shest-osnovnykh-vivodov/
(備考)赤線は中国、青線はその他中立国、紫線は非友好国

重要なのは、制裁でロシア市場に輸出されなくなった欧米産品の中国産品による代替の程度が商品グループの特性によって異なる点である。人道上重要な欧州製品(医薬品、ワクチン、医療機器)の輸入量はほぼ横ばいで推移したが、中国からの医薬品・医療機器の輸入はきわめて低い水準にとどまっているという。他方、EUからの機械類の対ロ供給は事実上完全に停止した。最大の商品グループのなかで、中国製品による大幅な代替が観察されるのはトラクターと乗用車だけだという。

ロシアの輸出推移を示したのが図2である。非友好国への輸出は急減したが、中国とその他中立国への輸出は増加している。ただし、対中輸出額は急増しているわけではない。輸出構成比でみると、非友好国の輸出シェアは57%から15%に減少し、中国のシェアは13%から28%に増加した。興味深いのは、ロシアにとって中国が輸出先としてよりも輸入先としてより重要になっている点だ。

 

図2 中国、その他中立国、非友好国へのロシアの輸出額推移(単位:10億ドル)
(出所)https://econs.online/articles/opinions/pereorientatsiya-vneshney-torgovli-rossii-shest-osnovnykh-vivodov/
(備考)赤線は中国、青線はその他中立国、紫線は非友好国

 

「知られざる地政学」連載(27) 対ロ制裁をめぐって、「二次制裁」で脅しまくるアメリカ帝国主義の現実(下)に続く

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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