【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(27) 対ロ制裁をめぐって、「二次制裁」で脅しまくるアメリカ帝国主義の現実(下)

塩原俊彦

 

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二次制裁の位置づけ

紹介した分析では、「ロシアの対外貿易が安定しているとはいえ、多くの問題があり、その主なものが二次的制裁のリスクである」と指摘されている。ロシア側が懸念しているのは、米国が意図的に二次制裁を強化したことだ。2023年12月22日、バイデン大統領は、①ロシアの軍産基盤に関わる取引を促進するロシア国外の金融機関を標的とする米国政府の権限を拡大する、②ロシアで採掘、生産、収穫された特定の商品の米国への輸入を禁止する権限を米国政府に与える――という大統領令に署名した。①は、ロシアが「意思のある、あるいは意思のない金融仲介者を使って規制を回避し、半導体、工作機械、化学前駆体、ベアリング、光学システムなどの重要な部品を購入している」状況に対抗するため、こうした外国の金融機関に二次制裁を科すことができるツールを導入することを意味している。②については、以前は、ロシア製品の直接輸入に禁輸措置がとられていたが、第三国でロシアの原材料(第一段階として、カニ、ダイヤモンドなど)から生産された製品の米国への輸入を禁止するものである。

2024年1月16日付のブルームバーグは、少なくとも二つの中国の国有銀行が制裁リストに載っている顧客との関係を断ち、ロシアの軍需産業への金融サービスの提供を停止するというよう見直しを命じたと報じた。ほかにも、この二次制裁強化の影響はトルコにも広がっている。複数のトルコ系銀行は制裁を恐れてロシア系銀行との取引を拒否している。

法律や大統領令によって課される初期制裁とは異なり、二次制裁の適用は財務省外国資産管理局(OFAC)の管轄下にある。その意味で、ジャネット・イエレン財務長官の権限は絶大だ。アジアの銀行はこの12月のバイデンの大統領令に従っているとイエレンからみなされることを望んでいる。2024年2月1日付のThe Economistによれば、「ロシアの戦争経済を支援しているとみなされるアジアの企業に対して、米国がどの程度二次的制裁を強化するのかという憶測が飛び交っている」状況にある。これまでなかなか目にみえなかった米国の金融支配の実態が二次制裁への恐れによって顕在化しているのだ。

2024年2月23日、米国はロシアの金融部門と軍産複合体をターゲットとした新たな制裁を科した。制裁には、財務省、国務省、商務省が作成した措置が含まれ、ロシアのウクライナに対する侵略行為に関係している500以上の個人と団体が対象とされた。新しい制裁では、「軍産基盤」を支えるロシアの産業で働くという新しい理由で、300以上のロシア企業をOFACが管理する「特別指定国民およびブロック指定人物」(SDN)リストに追加した。外国の銀行は、このような企業との協力に対して二次的な制裁を受けることになる。

興味深いのは、同月24日に発表されたG7首脳声明で、「我々は、ロシアが兵器や兵器のための重要な投入物を入手するのを手助けする第三国の企業や個人に対して、さらなる制裁を課す。また、ロシアの兵器生産や軍需産業の発展を助ける道具やその他の設備をロシアが入手するのを手助けする者にも制裁を課す」とのべられている点だ。さらに、「我々は、ロシアの戦争を実質的に支援する第三国の行為者に対し、適切な場合には第三国の団体に追加的な措置を課すことを含め、行動を取り続ける」とも書かれており、もはやG7諸国が全体として二次制裁による脅迫という米国政府の手法を踏襲することが明確になったのである。

 

二次制裁は帝国主義の脅しの手段

制裁国が自国の領域内で行われない行為について、第三国の個人や企業に対して二次制裁を科すのは内政への不法な介入といえる。それでも、他国を従えようとする帝国主義の国家は二次制裁によって第三国を脅迫し、従属を強いるのだ。

米国は2023年12月以降、対ロ制裁の実効性を高めるために、より広範囲に二次制裁を適用すると表明することで、中国およびその他の中立国を脅し、対ロ貿易を抑制するよう圧力をかけている。ウクライナ戦争が膠着状態となるなかで、米国はロシアの長期的な弱体化のために貿易面からロシアに経済的損失もたらすように制裁強化に乗り出したのである。これをG7加盟国も支持し、G7として二次制裁で対ロ貿易国・企業を脅しまくることになったわけだ。これが意味しているのは、日本やEUも帝国主義の暴挙に加担しているという事実である。

もちろん、帝国主義の中国もまた二次制裁実際に脅しに使っている。たとえば、2021年11月、リトアニアの首都ヴィリニュスに「台湾駐在員事務所」が開設されたことで、中国との間に大きな摩擦が生じ、中国側はリトアニアからの輸入を90%近く削減することで対抗した。中国は、リトアニアから製品や輸入品を調達している企業に対しても、彼らも標的にされる可能性があると警告し、その措置をエスカレートさせた。中国は、リトアニアのサプライヤーから調達した部品を含むすべての商品が中国市場に入るのを阻止したのである。

 

アメリカ帝国主義はロシアの公的資産没収をたくらむ

残念なのは、これまで米国による二次制裁を非難してきたEUが自ら二次制裁を行う側に転じたことだ。これで、米国と同じ帝国主義の国であることを内外に示したことになる。日本も同じだ。そして、アメリカ帝国主義がつぎにねらっているのがロシアの公的資産の没収である。

この問題については、「連載(20)カナダの挑戦をどうみるか:ロシア資産の押収・没収問題を再論する」(上、下)などですでに取り上げた。簡単にいうと、ウクライナ戦争勃発直後の制裁によって凍結された、ロシア中央銀行(CBR)の準備金をかすめ取ろうというわけだ。

先に紹介したG7の声明の3項目目には、「ロシアがウクライナに与えた損害の賠償を支払うまで、我々の管轄区域にあるロシアの主権資産は固定化されたままであることを再確認する」としたうえで、2024年2月12日に欧州理事会が決めた措置の採択を歓迎した。これは、欧州理事会がEUの制限的措置(制裁)の結果として固定化されたCBR資産および準備金を保有する中央証券預託機関(CSD)の義務を明確化する決定および規則を採択したという発表に関連している。
同理事会は、ユーロクリアなどのCSDに預けられ凍結されていたCBRの準備金からの収益の処分を禁止し、CSDがこれらの純利益の一部をウクライナ支援に放出する権限を監督当局に要請可能とすることにしたのだ。

2023年12月20日付の「フィナンシャル・タイムズ」(FT)によると、CBR資産のうち約2600億ユーロが2022年、G7諸国、EU、豪で凍結された。その大部分(約2100億ユーロ)はEUで保有されており、ユーロやドルなどの通貨建ての現金や国債が含まれている。米国が凍結したロシアの国家資産はわずか50億ドル(46億ユーロ)にすぎないという。ヨーロッパでは、資産の大部分(約1910億ユーロ)はベルギーに本部を置くユーロクリアに保管されている。この資産による運用益をウクライナ支援に回そうというのである。

本当は、米政府はこの凍結資産を押収・没収したがっている。ウクライナの復興支援などにロシアの公的資産をすべて押収・没収して活用しようというのだ。だが、独、仏、伊は主権国家の資産には国際法上の免責特権があるとして反対している。それでも、G7の声明には、「それぞれの法制度および国際法に則り、ウクライナを支援するためにロシアの固定化されたソブリン資産を利用することができるあらゆる可能性について、作業を継続し、アプーリア・サミット(イタリアで6月開催)に先駆けて最新情報を提供するよう要請する」と書かれている。どうやら、米国は何としてもロシアの公的資金を没収したいらしい。

そこで、米国はこの「窃盗」計画に理解を示しているイギリスとカナダを味方につけ、EUや日本を説得にかかっているというのが現状だ。リシ・スナク英首相は2月25日付の「サンデー・タイムズ」紙の論説で、ウクライナ侵攻の中でロシアの資産を差し押さえる努力において「より大胆に」なるよう、同盟国に呼びかけた。カナダのクリスティア・フリーランド副首相兼財務相は同月27日、「カナダと米国は、最近戦場で挫折に直面しているウクライナを支援するために、凍結されたロシアの公的資産の没収を進める緊急の必要性に完全に同意している」とのべたとロイター電が報じた。

こうして、米、英、加は共同して、EUの慎重な姿勢を突き崩そうとしている。別言すると、アメリカ主導の帝国主義グループに引き入れようとしているのだ。アメリカ帝国主義グループでしか生き残れない日本もまた、このグループに入り、「窃盗団」の一員になろうとしているようにみえる。そんなことで本当にいいのだろうか。日本国民は、「アメリカ帝国主義批判」という視角から、現状を問い直さなければならない。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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