編集後記:警察庁長官のサプライズ

梶山天

June Bride.「6月に結婚する花嫁は幸せになれる」とヨーロッパで古くから言い伝えられているとか。ふと懐かしくなって思い出したのが、尊敬する大分県警生活保安課特捜班長の日隈哲郎さん(74)の一人娘であるのぞみさんの結婚披露宴に招かれた時のことだ。かれこれ20年ほど前になる。

披露宴が始まると、ドレス姿の女性が会場の中央でホップ、ステップと軽快にリズミカルな音楽に乗ってダンスを踊り出した。なんとその女性は、主役の花嫁だった。娘から母親に贈られたサプライズだ。拍手喝さいの中で笑顔をふりまく視線の向こうに母栄子さんがいた。

実は栄子さん(79)は、がんを患い入院していたのだ。手塩にかけて育てた娘の晴れの姿をどんなに心待ちにしていたか。娘は終始笑顔で感謝の気持ちをダンスで表現したのだ。「お母さん、いつまでも元気でいてね」。

日隈さんとの出会いは、朝日新聞佐世保支局の同僚の結婚式に出席した時に席が隣になり、職業を隠さずに堂々とした態度と、人懐っこさもあってすぐに意気投合したのがきっかけだった。その際に「実は家内も出席予定だったのですが、残念です……」と奥様が重い病気であることを知った。

大分県民の生活を守るために日々捜査に全力を尽くす一方で、妻の看病も欠かさなかった。そんな健気な警察官を知っては黙ってはいられなかった。半年前まで東京社会部の警察庁担当だったこともあって、当時の田中節夫長官に電話で放したら、なんと日隈さん夫妻に励ましの手紙をしたためてくださった。

話を結婚式の会場に戻そう。式には120人の人々が集まり、その半数は日隈さんの上司や同僚たち警察官。祝辞の披露の時だった。それは熱いドラマが起きた。司会者が突然「おおっと」と驚きの声を上げて読み上げた。

「警察庁長官、田中節夫様よりご祝辞を賜りましたので披露させていただきます」。その瞬間、会場にいた警察官がさっと立ちあがり、ぴしゃりと整列。祝辞が読み終わるまで敬礼を続けたのである。部下を思う警察官トップの突然のサプライズに警察官たちの顔に涙があふれる。

実はこの日、田中長官も息子さんの結婚式だった。父親として息子の晴れの門出を祝う気持ちはだれでも同じだ。田中長官は、日隈さんの奥様が式に出られることを知り、居ても立っても居られなかったのだろう。人を大切にする警察トップの思いやり。私の心の中の額に生涯飾り続けるだろう。

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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