【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(38)徴兵制を考える:間近に迫る戦争の足音(上)

塩原俊彦

 

日本では、リアルな戦争を経験したことのある人が少なくなっている。「戦争を知らない」人々は「あなたは本当に国のために死ねるか?」という問いにどう答えるだろうか。

“Would you really die for your country?” という問いはThe Economistの記事のタイトルである。この重い問いかけに対して、リアルな戦争を知る者の大多数は、“No”と答えるに違いない。三度戦争保険に入って、チェチェンを二度、その隣のダゲスタンを一度訪問し、戦争の悲惨さを体験したことのある私も、“No”と答えるだろう。

だが、世界の情勢をみると、徴兵制の再導入や強化を通じて、より多くの人々を国が集め、国のために死ぬ訓練を強制しようとしている。今回は、この問題について論じてみよう。

兵士増員を計画

1991年のソ連崩壊後、ヨーロッパでは徴兵制を廃止するなどして、兵員数を減らす動きが広まった。図1に示したように、1993年に徴兵制であった国の多くが2011年までに徴兵制を廃止した(緑色の部分)。たとえば、フランスは1996年に兵役を停止し、スウェーデンは2010年に停止し、ドイツは2011年に停止した。2006年の論文には、「多くの国(ベルギー、オランダ、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ハンガリー、ルーマニア、チェコ共和国、南アフリカを含む)が徴兵制を廃止または段階的に廃止し始めている」とあった。スペインは2000年に、イタリアは2004年に徴兵制を廃止した。

図1 1993~2011年の欧州軍事雇用
(出所)Panu Poutvaara & Anders Wagener, Ending Military Conscription, CESifo DICE Report 2/2011, p. 36.

世界全体でみても、図2からわかるように、徴兵制をもつ国の割合は1990年代以降、急速に低下した。しかし、2014年のウクライナ危機以降、こうした傾向に終止符が打たれた。

図2 徴兵制をもった国の割合の推移(%)
(出所)https://www.economist.com/international/2021/09/30/the-military-draft-is-making-a-comeback

徴兵制の復活

徴兵制を採用している北大西洋条約機構(NATO)諸国の半分はロシアとの国境沿いにある。エストニアは1991年の独立と冷戦終結後も徴兵制を維持している。2015年、リトアニア議会は2008年に停止していた徴兵制の復活を決議し、2016年に再導入した。ラトビアは2006年に徴兵制を廃止したが、2024年1月に再び徴兵制を導入した。

2024年3月にNATOに加盟したスウェーデンは、2010年に徴兵制を廃止したが、NATO加盟に向けた準備として2018年に再導入した。また、政府は2024年1月以降、国民兵役の義務を「総合防衛兵役」と呼ばれるものに拡大した。これにより、従来の徴兵制では毎年40万人の若者のうち4000人しか徴兵されなかったが、1月以降は10万人(女性も含む)にまで増やす。召集された者は、市民としての義務を果たすよう求められるが、それは軍隊である場合もあれば、救急隊である場合もある。10万人のうち10%は不本意ながらそうすることになると推定されている。

ウクライナは、2014年2月の危機後のロシアによるクリミア併合を受けて、当時の暫定大統領だったオレクサンドル・トゥルチノフは、義務兵役を復活させる政令を発布した。これは、そのわずか1年前に徴兵制を放棄するという決定を覆すものだった。

ウクライナ戦争後

2022年2月のウクライナ戦争勃発で、ヨーロッパ諸国は徴兵制を復活するだけでなく、兵役義務を拡大したいと考えるようになっている。ドイツは2030年までに兵力を18万2000人から20万3000人に、フランスは24万人から27万5000人に引き上げたいとしている(図3参照)。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は2019年、Service National Universel, SNUと呼ばれる「国民皆兵制度」を導入した。このプログラムは、若者が1カ月間ボランティアとして国に奉仕する市民奉仕の一形態である。 SNUプログラムは、15歳から17歳までの2000人のボランティアが参加する試験的なものから始まった。プログラムは2週間の「統合段階」から始まり、そこでは10代の若者たちが地元以外の地域で共同生活を送り、応急手当や地図の読み方などのスキルを学ぶ。SNUの主な目的の一つは、若者を習慣的な家族的、社会的、地域的環境から解放し、新しい経験に触れさせることである。このプログラムはまた、青少年に市民としての義務感や国民としての一体感を植えつけることも目的としている。 プログラム開始当初は任意参加であったが、最終的な目標は16歳から252歳までのすべての男女国民に義務づけることである。

オラフ・ショルツ首相は、ボリス・ピストリウス国防相による兵役義務導入の提案を拒否した。ショルツやピストリウスと同じ与党・社会民主党のエバ・ヘーグル連邦議会軍務委員は、軍や民間機関での1年間の勤務義務について議論すべきだと提案している。
ポーランドは2024年末までに19万7000人から22万人へ、そして最終的には30万人にする計画だ。

図3 個別国の2024年現役兵数と2030年目標数(単位:100万人)
(出所)https://www.economist.com/international/2024/04/17/would-you-really-die-for-your-country

近代軍事制と徴兵制

近代的な徴兵制は、大量の軍隊をもつ時代のために考案された。拙著『官僚の世界史』に書いたように、プロシアでもフランスでも、貴族と呼ばれる階層は、連隊長や中隊長に就くことで、自分の部隊を家産的に保有、経営できた。あるいは、文官(たとえば地方監理官)としての官職に伴う収入を独自に得て、その地位そのものを家産として世襲することが当たり前であった。ゆえに、こうしたポストが売買の対象となっていたのである。

フランスの場合、売官制が廃止されたのは1776年のことだ。それまで、売官制のもとで、連隊長などのポストを売って利益を得たのは、大貴族と、ブルジョワ上がりの新貴族(最高法院評定官や国王秘書官)であった。売官制が当たり前であった結果、成り上がりのブルジョワが軍事に介入する事態にまで至った。富の力でポストを得ることが日常茶飯事となり、軍の士気は低下した。このため、売官制の廃止後、1781年には、少尉として軍務に就くには最低4代の貴族証明を求める法令(「セギュール規則」)が制定された。こうした規制を設けなければならないほど、軍内部のモラルが低下していたことになる。

常備軍(国民軍)化は、国家財政を管理する文官と軍との関係をより密接にしたから、軍の堕落は官の腐敗と同時併行的に進行したと考えられる。だからこそ、軍や官の「規律と選抜」の強化に基づく改革が必要になったと考えられる。

因みに、短期の兵役期間を前提とする徴兵制による国民軍という制度は、ナポレオン・ボナパルトがイエナの戦闘で勝利した後、プロイセン軍を4万2000人に制限したことの結果として、プロイセンが兵役期間を短縮、人員の回転を早くして兵士育成をはかったことに由来する。兵士採用の回転率を高めて兵員を事実上、増やしたのである。ついでに豆知識を書いておくと、徴兵制は農村の近代化に役立った。あるいは、都市化を促すことにもつながった面がある。

徴兵制の変遷

20世紀初頭には約80%の国が何らかの形で徴兵制を導入していた(図2参照)。だが、第二次世界大戦では、赤軍が15万8000人の自軍兵士を脱走のために殺害した(The Economistを参照)。徴兵制は世界大戦中にピークに達し、冷戦時代を通じて多くの国が徴兵制に依存し続けた。その後、西側諸国の焦点はアフガニスタンやイラクのようなハイテクを駆使した反乱作戦に移った。2003年のイラク戦争では、何万人ものイラク人の徴兵が戦場から逃げ出した。徴兵された兵士が戦う意志をもっていたとしても、軍隊が精密兵器やその他の先進技術に依存するようになると、戦場では役に立たなくなる。大量徴兵制の軍隊は、そのほとんどが小規模なプロの志願兵に取って代わられるようになる。2010年代半ばには、世界中で徴兵制をとる国は40%弱になった(The Economistを参照)。
しかし、すでに紹介したように、すでに風向きが変化している。

どのように兵士を増員する?

その際問題になるのは、兵士の増員方法にある。そもそも、徴兵制を導入しなくても、若者の自発的な意志を尊重するだけで十分かもしれない。一般的に徴兵制とは、一般市民を強制的に軍隊に入隊させることを意味するが、兵役はその一部で、若者に軍隊での勤務を命じることを指すことが多い。強制的な兵役には、年齢に関係なく一般市民を徴兵する方法や、抽選による招集、学校を卒業した若者の標準的な兵役期間など、いくつかの形態がある。徴兵制にしても、兵役にしても、そこで問われるのは、何よりもまず、「国を守る」ことに対する使命感だろう。

1981年以来7回にわたり延べ120の国と地域を対象に18歳以上の男女1000~2000サンプルの回収を基本とした、個人単位の意識調査である「世界価値観調査」(WVS)による国防意識(2022年現在の最新版[第七回])をみると、日本の国防意識は77カ国で最低という結果が出た(資料を参照)。

「もう二度と戦争はあって欲しくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますか」との問いに対して、日本の「はい」の回答者は約13%と、77カ国中ワースト1だ。さらに、日本の「わからない」の回答者は約38%であり、これも77カ国中トップ1となっている。興味深いのは、ワースト2のスペインの「はい」は34.0%であり、差の開きに驚かされる(スペインの「わからない」は9.9%)。なお、前回の第6回「世界価値観調査」においても、「もし戦争になったら進んでわが国のために戦いますか」という問いに対して、日本の「はい」の回答者率は最低だった。

「知られざる地政学」連載(38)徴兵制を考える:間近に迫る戦争の足音(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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