「知られざる地政学」連載(40)『帝国主義アメリカの野望』からみた地政学(上)
国際
6月に新著『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』が社会評論社から刊行される(下の写真を参照)。昨年9月から10月にかけて上梓した『知られざる地政学』〈上下巻〉を一歩進めて、アメリカの帝国主義を徹底的に批判するために書いた一冊ということになる。
覇権(ヘゲモニー)を失いつつあるアメリカはいま、二次制裁といった脅しをかけまくることで、何とか世界を主導する地位を堅持しようとしている。だが、その脅迫政治は自由と民主主義を標榜するリベラルデモクラシーのインチキをますますさらけ出しているだけの話だ。
それにもかかわらず、日本の外交はアメリカ外交に隷従するだけだ。はっきりいえば、「アメリカの属国」として、米中対立の狭間で、米側に立って戦争に巻き込まれる道をひた走っている。その背後には、アメリカ外交をまともに批判できずにいる日本の政治家、官僚、学者、マスメディアの「アメリカ礼賛」という追従がある。そこで、今回はアメリカ外交のひどさについて論じてみたい。
(出所)https://www.amazon.co.jp/dp/4784513884
リベラルデモクラシーの蹉跌
まず、リベラルデモクラシーがすでに破綻しているという事実認識からはじめたい。民主党出身の大統領であろうと、共和党出身の大統領であろうと、アメリカ外交は、フランクリン・D・ルーズベルト以降、アメリカの自由で民主主義的な政治システムを海外に広げることで自国の安全保障に資するという信念のもとで展開されてきた。
それが外国への民主主義の輸出という介入主義を招き、対象となった外国での戦争や紛争、内戦などにつながってきた。しかし、その結果、数々の失敗が起き、多数の死傷者が出た。
新著には、つぎのような指摘がある。
「ゆえに、2001 年前後から「アラブの春」までのアメリカによる民主主義の輸出について、表Ⅴ-1 にまとめたわけだ。重要なことは、これ以前にも、アメリカによる民主主義の輸出の試みの大多数が失敗していた事実である。前述のアルキブーキは、「アメリカが軍事的手段で民主主義を輸出しようとした場合、その原則的目的はたいてい失敗に終わっている」として、具体例をあげている。パナマ(1903~36年)、ニカラグア(1909~33年)、ハイチ(1915~34年)、ドミニカ(1916~24年)、キューバ(1898~1902年、1906~09年、1917~22年)であり、1950 年代、1960 年代、1970 年代の韓国、ベトナム、カンボジアがそれである。成功例としてあげられているのは、グレナダ(1983年)とパナマ(1989年)だけである。」
このリベラルデモクラシーは中国にも適用された。新著では、つぎのように説明しておいた。
「自由・民主主義を優先する思想を信奉していたビル・クリントン大統領は、中国の世界貿易機関(WTO)への加盟を実現させることで、中国の民主化促進につながることを夢にみていた。当時、故ヘンリー・キッシンジャーらが主張していたのは、グローバリゼーションによって多くのアメリカ国民が職を失い、あらゆる重要な点で社会的連帯が弱まったとしても、中国をアメリカのようにすれば、長期的にはそれだけの価値があるということだった。」
しかし、この政策による米国内への影響は予想よりも深刻な影響をもたらした。2013年に公表された有名な論文「チャイナ・シンドローム:米国における輸入競争の現地労働市場への影響」では、1991年から2007年にかけて、米国の中国からの年間商品輸入額が1156%という驚異的な伸びを示すなかで、米国内の地方労働市場における製造業と非製造業の雇用、所得、移転支出の変化が分析されている。論文では、この間の中国からの輸入急増という「サプライ・ショック」によって米国の製造業雇用が約153万人純減したと推計している。米経済は本来ダイナミックであり、「毎月約150万人の労働者が何らかの理由で解雇されている」といわれるほどだから、この数値はさして大きな数字ではない。問題は、この純減があくまで局所的に発生し、ごく一部の地域にとって壊滅的な打撃を与えたことにある。
この論文によれば、この輸入ショックは、主に製造業以外で観察される賃金の下落を引き起こす。雇用と賃金水準の両方が低下することで、家計の平均収入は急減する。このような変化は、失業保険と所得扶助はもちろん、連邦政府による障害手当、退職手当、現物医療費といった移転支出の増加をもたらす。その結果、地域の受ける「被害」はより拡大する。このため、論文は、「理論的には、対中貿易はアメリカ経済に総体的な利益をもたらす」が、「貿易の分配的帰結と、貿易ショックへの適応に伴う中期的な効率性の損失を浮き彫りにしている」と書いている。
慎重な物言いだが、局所的な打撃は大きかった。ポール・クルーグマンは家具産業を例に挙げて、「中国からの輸入品によっておそらく数十万人の雇用が失われたが、全国的にみれば、これは四捨五入の誤差だ」と指摘している。そのうえで、「しかし、家具産業はノースカロライナ州ピードモント地域に集中していたため、輸入急増はヒッコリー、ルノアール、モーガンタウン都市圏のような地域経済の心臓を引き裂いた」とのべている。
こうした局所的打撃は大統領選などで、選挙結果に反映した。それが、ドナルド・トランプ大統領の誕生につながったと考えられる。つまり、アメリカ流のリベラルデモクラシーは海外で戦争や紛争といった混乱を何度も引き起こしただけでなく、国内でも局所的ながら、深刻な問題を生じさせていたのである(もちろん、自由貿易の推進は多くの国の人々の暮らしを豊かにしたという大きなメリットをもたらした)。
リベラルデモクラシーの二重基準とユダヤ系富豪優先
アメリカのリベラルデモクラシーは、その具体的な外交政策において、平然と「ダブルスタンダード」(二重基準)を採用している。イスラエル政府が過剰防衛ともいえる侵略をパレスチナ地域で行っても、米政府は基本的にイスラエルを支持し、武器を供与しつづけてきた。他方で、ロシアによる侵略を受けたウクライナを支援している。ウクライナの自由と民主主義を守ることが、アメリカの安全保障上重要なのかもしれないが、イスラエルによる人道を無視した虐殺ともいえる行為を支援することがなぜアメリカの安全保障につながるのか、まったく理解できない。
アメリカ外交は明らかにリベラルデモクラシーなる政策を「二重基準」に基づいて恣意的に展開しているにすぎない。もちろん、前述した矛盾を一つの論理で説明することは可能だ。それは、ユダヤ系アメリカ人富豪にとって都合のいい外交がリベラルデモクラシーの名目で実行されてきたという話につながっている。
ユダヤ系のアメリカ人富豪にとって、ソ連やロシアは自らを迫害した「宿敵」であり、「復讐」の対象として、その弱体化が当然の報いと映る。同時に、それが可能となれば、シベリアなどに眠る資源確保につながるビジネスチャンスをもたらす。ゆえに、ウクライナを支援するのは当然であり、ついでにウクライナにもビジネスチャンスを見出すことができる。
他方で、パレスチナはユダヤ人の故郷であり、その地を守るのはユダヤ人の使命だ。しかも、ユダヤ人であろうとなかろうと、「ディスペンセーション主義」(Dispensationalism)という解釈がプロテスタントに広がり、この主張がイスラエル支持につながっている面もある。
新著のなかで、つぎのように記述しておいた。
「この解釈は「アメリカの福音主義のなかで人気がある」ため、アメリカ人のなかにイスラエル支持者が多いとみられている。福音主義は「聖書の言葉を絶対的な真理と受け止め、一字一句を大事にする」という主張で、その信者はキリスト教福音派(エバンジェリカルズ)と呼ばれている。ディスペンセーション主義も聖書の記述を尊重する。贖いの歴史を七つのディスペンセーション(神の定め、神の摂理による秩序)に分割することに重点を置いているために、この名前がある。
森本あんり国際基督教大学教授の説明では、ディスペンセーション主義は、「神の計画の中で時代が七つに分かれていて、最後の楽園の時代の前にはユダヤ人が聖地、つまりイスラエルにかえらなくてはいけない。ユダヤ人が聖地にかえらないと、終末が訪れないという考え」ということになる。「これは旧約聖書の「神がアブラハムの子孫(=ユダヤ人)に与えた土地」という箇所からの解釈で、1948 年のイスラエル建国と「シオニズム」はその成就」と考えられているという。こんな解釈を信じている人々が多いアメリカでは、ユダヤ系か否かとは別に、イスラエル支持者が多いのである。」
二次制裁による脅し
リベラルデモクラシーのインチキは二次制裁による脅しにも現れている。自由と民主主義を尊重する国であるならば、他国に対して、自国の利害に基づいて脅迫したり、実際に懲罰したりするのはおかしい。他国の主権を侵害していることになるからだ。それにもかかわらず、アメリカは自国の覇権を守るために、露骨な脅迫を繰り返し求めるようになっている。恫喝して、自らの権限や権益を維持・拡大しようという、まさに「帝国主義」的な手法がいまでもそのまま行われているのだ。
新著では、つぎのように説明しておいた。
「このアメリカの帝国主義ないし新帝国主義は、弱肉強食の自由競争を打ち出しながら、自由・民主主義に反旗を翻す動きに対して経済制裁を科すという脅迫を特徴としている。さらに、アメリカからみて不当な関税の導入や、知的財産権の侵害といった事態に対しても制裁で脅す。しかも、この制裁は当該国だけに限定されたものではなく、ドル決済を通じて当該国や同企業と取引する第三国の銀行や企業に対しても制裁を科すという、いわゆる「二次制裁」を科すことによっても脅迫する。こうして、アメリカはまさに帝国主義的ふるまいを実践することで、アメリカ帝国主義の利益を維持・拡大しようとしてきたし、いまもそうである。」
「属国」も二次制裁を模倣
このアメリカの帝国主義を「属国」である欧州諸国や日本が模倣しているようにみえる。欧州連合(EU)はイラン制裁をめぐってアメリカの二次制裁に激怒し、これに反対した時期もあったのだが、EUはアメリカに追随して二次制裁を科す側に方向転換した。
新著では、つぎのように書いておいた。
「2023年6月23日、EUは第一一次対ロ制裁パッケージの一環として、ロシアがデュアルユース品目を含む多くの技術や物品の規制を回避するのを手助けしているとされる「第三国」に対する規制の段階的導入メカニズムの構築を発表した。翌年2月23日、欧州理事会はウクライナの領土保全、主権および独立を損なう、または脅かす行為に責任のある106 の人物および88の団体を制限的措置(制裁)リストに加えるべきであるという決定をした。これにより、ロシアへの北朝鮮製兵器の供給に関与した10 社の企業と個人、および北朝鮮のカン・スンナム国防相に対する制裁が決まった。ほかにも外国企業(イラン8社、香港4社、中国3社、ウズベキスタン3社、UAE2社、カザフスタン、インド、セルビア、タイ、スリランカ、トルコ、シリア、シンガポール、アルメニア各1社)が、ロシアの防衛・安全保障分野の発展のためのデュアルユース技術や物品の販売を禁止するEU 対象リストに追加された。二次制裁をまさに行使したのである。」
2024年2月24日のG7 首脳声明では、「我々は、ロシアが兵器や兵器のための重要な投入物を入手するのを手助けする第三国の企業や個人に対して、さらなる制裁を科す。また、ロシアの兵器生産や軍需産業の発展を助ける道具やその他の設備をロシアが入手するのを手助けする者にも制裁を科す」とのべられている。さらに、「我々は、ロシアの戦争を実質的に支援する第三国の行為者に対し、適切な場合には第三国の団体に追加的な措置を科すことを含め、行動を取り続ける」とも書かれており、もはやG7 諸国が全体として二次制裁による脅迫というアメリカ政府の手法を踏襲することが明確化したことになる。
「知られざる地政学」連載(40)『帝国主義アメリカの野望』からみた地政学(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。