【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(40)『帝国主義アメリカの野望』からみた地政学(下)

塩原俊彦

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ドルをめぐるアメリカによる制裁

新著において、制裁についての復習を掲載している(拙著『復讐としてのウクライナ戦争』などで制裁については何度も論じてきた)。詳しくは本(132~133頁)を読んでほしい。ここでは、制裁がはじめから二次制裁を想定していたわけではないことを確認しておきたい。

そのうえで、「二次制裁を受けた企業は米ドルへのアクセスを失い、アメリカ市場から退出しなければならない」点が決定的な脅しに使われるようになったと指摘しておこう。

最近でいえば、2023 年12 月22 日、バイデン大統領は、①ロシアの軍産基盤に関わる取引を促進するロシア国外の金融機関を標的とするアメリカ政府の権限を拡大する、②ロシアで採掘、生産、収穫された特定の商品のアメリカへの輸入を禁止する権限をアメリカ政府に与える――という大統領令に署名した。①は、ロシアが「意思のある、あるいは意思のない金融仲介者を使って規制を回避し、半導体、工作機械、化学前駆体、ベアリング、光学システムなどの重要な部品を購入している」状況に対抗するため、こうした外国の金融機関に二次制裁を科すことができるツールを導入することを意味している。②については、以前は、ロシア製品の直接輸入に禁輸措置がとられていたが、第三国でロシアの原材料(第一段階として、カニ、ダイヤモンドなど)から生産された製品のアメリカへの輸入を禁止するものである。
①の二次制裁の脅迫は効果テキメンだった。中国やトルコの銀行などがロシアとの銀行取引を躊躇するようになったのだ。一説には、「制裁違反に対する米財務省との和解額は2023年に過去最高の15億ドルに達すると指摘する」という。アメリカの帝国主義による恫喝はきわめて恐ろしいものであり、「和解」というかたちで屈服を強いられるのである。

ドル建て決済回避の動き

それでも、アメリカのドルを使った二次制裁という恫喝はいつまでも効果があるというものではない。ドルを使わずに決済できるようになれば、この制裁はまったく関係なくなる。そうはいっても、ドル支配は根強い。下図に示したように、中央銀行の外貨準備の通貨別比率をみると、ドルがいまでも6割ほどを占め、ユーロや円を圧倒している。


図 中央銀行の外貨準備に占める外貨別比率
(出所)https://www.economist.com/special-report/2024/05/03/the-fight-to-dethrone-the-dollar

しかし、アメリカがドルで脅せば脅すほど、ドル建て決済を回避する動きが広がるのは当然だろう。このため、拙著『知られざる地政学』〈下巻〉では、暗号通貨(インターネット、高度な暗号技術、分散型台帳技術[DLT]などに基づくトークン化された貨幣)やステーブルコイン(既存通貨価値に固定されるかたちで価値が定められながらも、国家に管理されていない暗号通貨)、さらに中央銀行デジタル通貨(CBDC)などを利用した、新しい決済システムの構築について考察した。

周知のように、ビットコインのような暗号通貨は価値が乱高下する可能性があり、通貨にとって重要な二つの機能である口座単位や価値の保管場所としての信頼性に欠ける。適切な通貨へのペッグによってこの欠点を克服したデジタル「ステーブルコイン」は、より有用だが、まだまだ普及が足りない。

中国の動き

中国のカードネットワークである銀聯(UnionPay)は、今や取引高で世界最大となり、183カ国で利用されている。デジタル決済サービスのアリペイは、世界中で8000万の加盟店に受け入れられている。少しずつだが、中国はドル建て取引の回避に向けて着実に歩を進めている。

最大のパイロットプロジェクトである中国人民銀行のデジタル人民元は、2023年6月までの総取引高が18兆元(2500億ドル)に達している。まだまだ低水準だが、これを利用したトランスボーダー取引の実験も行われている。

拙著『知られざる地政学』〈下巻〉で紹介したように、2016年、インドの中央銀行は国内決済の枠組みであるUPI(Unified Payments Interface)を立ち上げた。複数の銀行口座を単一のモバイル・アプリケーション(参加銀行のもの)に統合するシステムであり、複数のバンキング機能、シームレスな資金ルーティング、マーチャント・ペイメントを一つに統合する。それからわずか4年で、インド全土で広く採用されるようになっており、2021年、UPIは総額約1兆ドルに相当する約350億件の取引を処理したとされる。コンサルティング会社のPWCは、デジタル決済の総量が4倍になっても、2027年までにそのシェアは90%に上昇すると予測している。インド政府もまた、ドルによるアメリカの制裁という恫喝をよく知っているのだ。

「アメリカなんか怖くない」

きわめて注目されるのは、「アメリカなんか怖くない」という気概をみせる銀行が存在する事実である。2023年12月6日付のFTは、「ソシエテ・ジェネラルは、暗号通貨取引所で独自のステーブルコインを取引開始し、ハードカレンシーの価格に連動するデジタル・トークンを幅広い投資家に提供する初の大手銀行となる」と報じた。フランス第3位の銀行は同日、ルクセンブルクを拠点とする取引所Bitstampで、EUR CoinVertibleと呼ばれる独自のステーブルコインの取引を開始したのである。「この動きは、伝統的な金融機関にとって、現在デジタル資産専門会社が独占している暗号通貨取引の一部への重要な一歩となる」とFTは書いている。

なぜかというと、ビットコインのような暗号通貨の取引の大半は、米ドルに連動するステーブルコインを通じて行われているからだ。1300億ドル規模の市場を支配しているのは英領バージン諸島に登録されたテザーとアメリカのサークルであり、両社はトークンの裏づけとなる準備金の監査をめぐって問題に直面している。このユーロに連動するEUR CoinVertibleを利用してビットコイン取引が可能となれば、新しい投資家の開拓にもつながる。

JPモルガンのような大手投資銀行も独自のステーブルコインをもっている。しかし、利用できるのは少人数の機関投資家に限られている。これに対して、EUR CoinVertibleは広く取引可能で、デジタル債券やファンド、その他の資産の取引決済に使われることが期待されているのだ。

つまり、アメリカの同盟国とされるフランスにおいて、ドル建て決済を回避する手段として、ユーロに連動するステーブルコインが誕生した意義ははかりしれないのだ。

2024 年4 月25 日、エマニュエル・マクロン仏大統領は4 月25 日、ソルボンヌ大学で欧州の未来に関する基調講演のなかで、アメリカの戦略的「属国」にならないために、より信頼できる防衛政策が必要だと主張した。そう、アメリカの「属国」から脱却するには、ソシエテ・ジェネラルくらいの気概が必要なのである。

もし私が日本の金融庁幹部であれば、日本の大手銀行にも同じようなステーブルコインの発行をこっそり促すだろう。とくに、日本の銀行の送金手数料は国際的にみて割高だから、ステーブルコイン発行による送金手数料引き下げというスキームによって、日本に住む円安に苦しむ外国人の救済につなげるよう促すことは理にかなっている。そして何よりも、アメリカ政府による無理難題という恫喝に対する予防策としても、いつの日か、このステーブルコイン発行が役立つかもしれないからである。

もちろん、こんなことをすれば、アメリカ政府から止めるように圧力が加わるだろう。しかし、ソシエテ・ジェネラルが開けてくれた「蟻の一穴」を無駄にしてはならない。アメリカ政府が何といおうと、同じことをする日本の銀行が現れて当然なのだ。

「憂国の士」必読の本

おそらく時間はかかるだろうが、アメリカの帝国主義は必ずや報いを受けるはずだ。自分勝手な専横がいつまでもつづくはずがない。新著では、「第4章 デジタル帝国間の競争」において、国家規制を市場、国家、個人と集団の権力の関係に基づいて特徴づけると、アメリカを市場主導型モデル、中国を国家主導型モデル、EUを権利主導型モデルと位置づけることができるとした。そのうえで、アメリカの市場主導型規制モデルが揺らいでいる現状を分析した。アメリカはすでに、国家主導型規制モデルに一部移行しつつある。その意味で、中国だけを蛇蝎のように批判するアメリカの論理はそもそも破綻している。

どうか拙著『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を読んで、アメリカ帝国主義のひどさに気づいてほしい。そして、そんな国の「属国」でありつづけている日本のあり方を変えてほしい。とくに、日本国を大切に思っている人々にぜひ読んでもらいたい。はっきりいえば、拙著『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』は「憂国の士」必読の本なのである。私は国家が必ずしも好きではないが、アメリカの「属国」であるよりは、「独立国ニッポン」であってほしいと心から願っている。

その昔、日本の学生たちは、「米帝」と呼んで「アメリカ帝国主義」を批判していた。2024年5月14日付の「ワシントン・ポスト」は、「いまや中国のメディアやコメンテーターは、アメリカを 「美国」ではなく「美帝」と揶揄している」と書いている。「美国」の発音は、「メイグォ」(Meiguo)だが、「美帝」は「メイディー」(Meidi)と発音する。彼らの感情の機微を忘れてはならない。そのためには、まず、「メイディー」、すなわち「アメリカ帝国主義」(美帝國主義)について知らなければならない。そして、「打倒美帝!」、「打倒美帝國主義!」、「打倒アメリカ帝国主義!」と叫ぶ人が増えてほしいと思う。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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