【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第19回 女児の左目付近に爪の傷

梶山天

しかも顔面、左目付近の傷には、解剖時まだ血の塊がついていた。今回初めて一般に公にしよう。被害女児の左目下の傷の写真だ。

左の対の傷は爪によるもので殺される直前についた。血の跡が残っている。

 

これは殺害直前に犯人がつけたものだ。殺害をほんとに供述しているなら直前の状況として取調官にすべてを話すはずだ。本田元教授はこの傷が何でつけられたものか。解剖時は判然とせず、鑑定書には「傷」としか記していない。よって取調官もこの事実は知らない。この傷は秘密の暴露なのだ。勝又被告の供述調書には、その行為は一言も出てこない。もし一言でもあったら犯人にビンゴだ。ないということは犯人でない証だ。つまり体験がないから話せない。犯人ではない無罪証拠に値する。

被害女児の解剖で本田元教授は、犯人は男ではなく、女性の犯行が極めて高いと悟った。そして、梶山の依頼を受けて、本田元教授と徳島県警科捜研出身で徳島文理大大学院の藤田義彦元教授が被害女児の頭から見つかった布製粘着テープのDNA型鑑定の解析データを検証した結果、犯人とみられる女性のDNA型が検出された。捜査機関の隠ぺい、いわば鑑定結果の改ざんが行われたと言わざるを得ない。これは犯罪である。

女児が残した犯人特定のサイン。殺す前に爪で傷をつけた。血の跡が残っている。犯人は女だと。

 

証拠の改ざんと言えば、私の古巣で朝日新聞の大阪社会部が2010年9月にスクープした村木厚子・厚生労働省元局長らをめぐる郵便不正事件である。大阪地検特捜部の前田恒彦・主任検事が押収の証拠品フロッピーディスク(FD)のデータを検察の見立てに合うように改ざんした。

このことが表に出ると最高検は、その日のうちに前田検事を証拠隠滅容疑で逮捕し、さらに当時の大坪弘道特捜部長と佐賀元明副部長を前田検事の改ざんを知りながら隠したとして犯人隠避容器で逮捕、起訴するという検察史上類を見ない不祥事に発展した。

この今市事件の栃木県警と宇都宮地検の捜査もそれに劣らない前代未聞の不祥事だ。ただ相違点を挙げれば、証拠の改ざんだけでなく、解剖記録を都合の良いものに変えるために解剖医に姑息な手を使い法廷に出させないようにしたり、受刑者に取り調べ中に暴力をふるい医師に治療をさせたり、違法捜査のオンパレードだ。

朝日新聞など大手メディアと違い、ISF独立言論フォーラムは創設したばかりで知名度がないため、重要視されていないのは否めないが、このところの直接私への読者の連絡は倍以上になっている。そのことからいずれ沈黙している警察、検察が黙ってはいられない証拠の改ざんというものに対応する措置を講ずることになるだろう。

大事なのは報道する人間の数ではない。どれだけ真実に迫る報道ができるかだ。そのために冤罪を暴く決定的な証拠がどれだけあるかだ。自信をもってこれだけは言える。誰にも負けない。

さあ、解剖の話に戻そう。このようにして、傷の性状と成傷器はほぼ確定したが、弁護団から聞いた話の中におそるべきものが含まれていた。九州大学大学院医学研究院法医学分野の池田典昭教授が本田元教授の解剖写真を写真鑑定して、被害者の右側頸部の傷は、スタンガンによって出来た傷に間違いない、と言って意見書を書いているというのである。

検察が一審で右の耳の下の傷はスタンガンによる傷としたが、本田元教授は爪による傷とした。

 

いったいなぜこのような意見書が出てきたのかといえば、被告人の倉庫にスタンガンを入れた箱があったからという。スタンガンその物がないのに、これを証拠として採用できるでは、ということで捜査機関は期待したのだ。その期待にこたえようとして登場したのが池田教授である。

本田元教授は当然、あきれ果てた。というのもスタンガンは、感電装置である以上、その傷は通電による熱傷であるはずである。しかし、右頸部の傷は擦り傷、それも爪でつまんだことによる傷以外の何ものでもないことは、本田元教授自身がこの目で、そして写真でも確認したはずである。

それと同時に本田元教授にわき起こってきた感情は、法医学者としての専門性を傷つけられたことの痛みである。本田元教授は自ら解剖し責任のある所見を出してきている。その所見に自分に対して池田教授はあろうことか写真を見ただけで勝手な意見をつくる。これが果たして法医学者と言えるのであろうか、と思う。ここは自らのメンツをかけて闘わなければならないと覚悟を決めた。

本田元教授は、弁護団から被告人が使用したとされているスタンガンを購入してもらい、実験してみることにした。

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

https://isfweb.org/series/【連載】今市事件/

(梶山天)

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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