日中関係を破壊し日本を滅ぼす新・暴支膺懲決議 ―衆愚議員たちは中国非難決議の帰結を予見できないのか―
政治矢吹の本を読んだ人しか以上のような理解の存在を知らず、ただ領土拡張欲求・資源獲得欲求による中国の理不尽な振る舞いと捉えるだけの理解が広く受け入れられている。…… 企業国家――逆転型全体主義監視社会化の進展の中で、企業国家による強大な権力の行使による全体主義的な統治形態への動きは、いよいよその速度 を速めているように見える。この問題を考えるとき、メディアの寡頭支配、政治資金の規制の緩和(悪名高い連邦最高裁Citizen United vs. Federal Election Committee判決がよい例である)等で日本より全体主義化の度合いが高い。
その意味で進んでいるアメリカの形態について、シェルド ン・ウォーリン(Sheldon Wolin)が興味深い議論を行っており、参考になる。ウォーリンは、現在の全体主義は、ナチに代表されるようなものと逆のベクトルで形されるとして、逆転型全体主義(inverted totalitarianism)と名付けている。
「限りのない権力と戦闘的な拡張政策という点ではナチも現在の米国も変わりはないが、ワイマール体制においては、全体主義の担い手は街路を支配して いた無法者たちであり、民主主義は政府に限られていたのに対し、現在のアメリカでは民主主義は 街路でこそ生き生きとしているのに対し、全体主義への危険はますます抑制が効かなくなっている 政府に存している」。
また、「ナチの支配の下では、大企業は政治体制に服従していたが、アメリカでは企業権力は政治的な権力者集団、特に共和党の中で極めて支配的であり、ナチの場合とまっ たく逆の、役割の逆転が示唆されている。そして、科学と技術の資本主義的構造への統合によって 利用可能となった、拡大を続ける力と資本主義の力の代表者としての企業権力こそが全体主義化する動因を生み出しているのに対して、ナチにおいては、生命圏などのようなイデオロギー的な概念がそのような動因を提供していた」(浜野研三著、204~208頁) 。
浜野の新著を通じて、9.11以後の米国社会を「逆転型全体主義」あるいは「逆立ちした全体主義」と呼ぶ高名な政治学者、プリンストンの名誉教授ウォーリンの所説に接して、私は改めて日米の全体主義、そして<令和ファシズム>を再考した。
私が尖閣問題について書いた本が<非国民の著書扱い>され、「国益に反するから焼くべきだ」とまで発言したキャリア官僚の声を仄聞し て、日本社会がここまで堕落したかと密かに危惧していたが、私とほとんど同じような印象で私の尖閣に関わる発言を受け止めていた日本知識人の存在を知り、我が意を得た次第である。
しかも、浜野が尖閣報道に違和感を抱いたのは、米国社会について「逆転型全体主義」と名付けて、その特徴を分析した、政治学者ウォーリンの所説にあてはまる例として、尖閣報道を挙げたという理論的背景がより重要だ。ウォーリンは、❶全体主義の担い手は誰か、無法者か、政府か。❷全体主義の推進者は誰か、企業か、それとも政府か。❸人々を煽動する手段はイデオロギーか、それとも科学技術か。これら三カ条について、ナチスの経験と現代アメリカのナショナリズムを比較対照して、ナチス流の全体主義とは対照的な構造を持つアメリカ流の全体主義を「逆立ち全体主義」と名付けたわけだ。
さて独米、二つの全体主義と比べて、安倍晋三流の日本「逆立ち全体主義」には、どのような特徴がみられるであろうか。
まず担い手はナチスの利用した「無法者」にも似た、ネトウヨであり、これに資金提供を行っているのが日本政府だ。それゆえ、独米、両者の要素を持つ。ナチス統治下で企業は資本主義的に見て「合理主義的行動」をとったのに対して、米国企業は企業側が政治資金を活用して政府権力を握り、行使する。
ナチスとは対照的に、独占的な巨大企業に対して「政府はより民主的、全国民の利益擁護」を掲げている。日本型全体主義は、政府の誘導に企業経営者が従う構図であろう。最後に全体主義への動因だが、ナチスが特有のイデオロギーに指導されたのに対して現代アメリカでは科学技術の急発展がテクノ・ファシズムを誘導している。日本はここでも右翼イデオロギーと科学技術の二つが両々相まって逆立ち全体主義を牽引しているように見える(例えば全国民のクレカ総点数化はその一例)。
尖閣国有化騒動以後の日中対立および日本帝国主義の戦前の徴用工問題を巡ってエスカレートしつつある日韓衝突を見ると、日本型逆立ち全体主義は、近隣諸国による帝国主義批判行動への反発を解決するのではなく、むしろこれを政府が煽る構造によって、自国政治体制の強化が図られていることに気づく。
とりわけ、国政選挙の前夜、敵憮心を煽るナショナリズム高揚作戦は誰の目にも明らかだ。現代におけるナショナリズムの作用と反作用とは、ニワトリとタマゴの関係なので、いずれか一方を攻めるのは妥当ではない。対立が一度始まると、相互の応酬は相手に対する不信感を増幅しつつ、悪循環はとまらない(矢吹晋著『中国の時代の越え方』白水社、2020年、266~271 頁)。
こうして石原慎太郎都知事(当時)の挑発に始まる尖閣国有化騒動が10年後の今日、台湾有事論に発展し、田中訪中による日中共同声明を反故にするところまで、坂道を転げるように悪化 し、遂に新暴支膺懲決議に至った。
(「善隣中国塾での2022年2月8日の講演録」より転載)
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1938年生まれ。東大経済学部卒業。在学中、駒場寮総代会議長を務め、ブントには中国革命の評価をめぐる対立から参加しなかったものの、西部邁らは親友。安保闘争で亡くなった樺美智子とその盟友林紘義とは終生不即不離の関係を保つ。東洋経済新報記者、アジア経済研究所研究員、横浜市大教授などを歴任。著書に『文化大革命』、『毛沢東と周恩来』(以上、講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)など。著作選『チャイナウオッチ(全5巻)』を年内に刊行予定。