【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(43)情報統制の怖さ:アメリカから世界へ(上)

塩原俊彦

 

2024年3月3日時点の情報によると、「共和党有権者の3分の2(アメリカ人の10人に3人近く)が、2020年の選挙は彼(ドナルド・トランプ)から盗まれたものであり、ジョー・バイデンは合法的に選出されたものではないと信じ続けている」。

だが、これほど多くの共和党員が「盗まれた大統領挙」説を信じる理由を、日本人の多くは知らない。なぜか。理由は簡単だ。日本の主要なマスメディアがその理由を的確に報道しないからである。

これから説明するように、アメリカの共和党支持者は真っ当な理由から「盗まれた大統領選」説を信じているのであって、それは、日本の多くの有権者が「安倍派泥棒政治家」説を信じているのと同じように、信頼に足る根拠があるからに違いない。

ここでは、アメリカの主要マスメディアがいかにディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)を流すことで、多くのアメリカ人を騙すだけでなく、その報道をオウム返しのように日本に伝えるだけの日本のジャーナリズムを通じて、大多数の日本人もまた騙されている問題を論じたい。

情報操作(マニピュレーション)によって、世界中が騙されている時代が到来していることに気づいてほしいのだ。情報統制はもはや世界中で進んでいるのであり、ゆえに、地政学上の大問題となっているのである。だからこそ、私は、2020年1月に刊行された『現代地政学事典』において、ディスインフォメーションの項目を収載するように働きかけ、ディスインフォメーションの説明文を書いた。にもかかわらず、日本では、ディスインフォメーションを「偽情報」と誤訳し、日本国民の大多数が騙されている。

(出所)https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303600.html

主要メディアによるディスインフォメーション

結論からいうと、アメリカの主要マスメディアがジョー・バイデンおよびその次男ハンターの「腐敗」について、意図的に隠蔽しようとしたことが選挙結果を歪めた可能性が高い。ゆえに、共和党の支持者の多くは、民主党贔屓の主要マスメディアのディスインフォメーション工作によって選挙結果が「盗まれた」と強く感じている。

私も、共和党支持者の気持ちをよく理解できる。たしかに、ハンター・バイデンの「腐敗」について、もっと多くのマスメディアが報道していれば、父バイデンに投票する者は確実に減ったはずだからである。事実として、この父子は少なくとも倫理上、あるいは道徳上、腐敗していたと指摘せざるをえないのだ(同じことが小池百合子にもいえる。カイロ大卒を詐称して、何度も公職選挙法違反をしてきた彼女を野放しすれば、日本の選挙制度は完全に崩壊する。にもかかわらず、日本の主要メディアは学歴詐称を暴けずにいる)。

ハンター・バイデンのノートパソコン

ことの発端は、2020年10月14日付の「ニューヨーク・ポスト」(NYポスト)が報じたスクープ(下の写真)であった。ハンターが誤ってバイデンの地元デラウェア州ウィルミントンのコンピューター修理工場に置き忘れたシルバーのアップル製MacBook Proというノートパソコンが出どころである。コンピューターとハードディスクは2019年12月にFBIによって押収されたが、ハードディスクを引き渡す前にコピーを取り、後にルドルフ・W・ジュリアーニ元市長の弁護士ロバート・コステロに渡したと店主はいう(注1)。

このコピーにある電子メールによると、ハンターは、父ジョーがウクライナの政府高官に圧力をかけ、同社を調査していた検察官を解雇させる1年も前に、父親ジョー・バイデン副大統領(当時)をウクライナのガス会社(ブリスマ)の幹部に紹介していた(注2)。「この会談は、ハンターが最高月給5万ドルでブリスマの取締役に就任した約1年後の2015年4月17日、ブリスマの取締役会顧問であるヴァディム・ポジャルスキーがハンターに送ったとされる感謝のメッセージのなかで言及されている」という(注3)。

「明らかになった:ウクライナの重役、ハンター・バイデン  副大統領の父に「会う機会」を感謝する」という「ニューヨークタイムズ・ポスト」のスクープ
(出所)https://nypost.com/2020/10/14/email-reveals-how-hunter-biden-introduced-ukrainian-biz-man-to-dad/

火消しに回った「民主党支持母体」

2020年11月の大統領選を目前に控えた時期における、バイデン父子の「腐敗」を暴く内容の不祥事は、選挙結果に重大な影響をおよぼす。このため、「NYポスト」が記事を掲載した直後から、ノートパソコンの正当性を含めて疑問の声が上がった。同年10月19日には、さっそく、50人以上の元情報当局者が、書簡を発表し、このメールに疑義を唱えている。その書簡には、つぎのような記述がある。

「バイデン副大統領の息子ハンターがウクライナのガス会社「ブリスマ」の取締役を務めていた際に送ったとされる電子メールの多くが、米国の政界に登場したことは、ロシアによる情報操作の典型的な兆候を示すものである。トランプ大統領の個人弁護士であるルディ・ジュリアーニがニューヨーク・ポスト紙に提供したメールが本物かどうかはわからないし、ロシアが関与した証拠もないことを強調しておきたい。」

ジェームズ・クラッパー元国家情報長官、マイケル・ヘイデン元国家安全保障局長官・中央情報局長官などを含む大物が署名した書簡を公表することで、露骨なかたちでこのスクープの拡散を阻止しようとする圧力がかけられたのである。

しかし、これはまったく政治的な脅しにすぎない。なぜなら、データには、「身元不明の女性と性行為をしながらクラックを吸っているように見える12分間の淫らなビデオや、その他多数の性的画像が含まれていた」からである。こんな内容までロシアが捏造したというのは、「嘘」以外の何ものでもない。その凄まじさを知りたければ、2023年10月になって公表された「デーリー・メール」のスクープを観てほしい。ハンターの獣のような醜態がよくわかる。
なお、当初、このデータの真偽を「不明」としてきたWPも、2022年3月30日になって、「ワシントン・ポスト紙は「ポータブル・ドライブ上のデータの一部は本物のようだ」と判断することができた」と認めている。

FBIによる圧力:フェイスブック(メタ)のザッカーバーグも「最悪だ」

それだけではない。フェイスブックとツイッターは、「NYポスト」紙の記事へのリンクの配信を制限し、共有する前にファクトチェッカーが主張を検証する必要があるとした。実は、このSNSの対応は明らかに連邦捜査局(FBI)による拡散防止策であった。

このあたりの事情について、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』の「あとがき」につぎのように書いておいた。少し長い引用になるが、紹介したい。

「心配なのは、米国での2024 年以降の復讐の連鎖

この復讐という視角の重要性はいまでもまったく変わっていない。私が注目しているのは、2024 年の米大統領選でドナルド・トランプないし共和党候補が勝利した場合の復讐についてだ。本書で問題にした復讐戦は、何もウクライナ戦争でだけ問題になっているわけではない。米国では、連邦捜査局(FBI)が2020 年の大統領選において、民主党候補、すなわちジョー・バイデンを支援するためにさまざまな圧力をかけてきたことが改めて問題化している。他方で、トランプ出馬を妨害するために、FBI は政治的とも言えるトランプへの捜査を行っている。刑法の執行権が政治と結びつくと、そこに政治家による「合法的暴力装置」の利用がなされ、政権が代わるたびに復讐が繰り返されるようになるのだ。

2022 年8 月、メタの最高経営責任者マーク・ザッカーバーグは、ジョー・ローガンのポッドキャストでインタビューに応じ、フェイスブックが2020 年の選挙中にバイデンの息子(ハンター)に関する記事を制限したのは、FBI の「誤報警告」に基づくものだったと語った。この報道とは、2020 年10 月14 日に公表された「ニューヨーク・ポスト」の特ダネである。……中略……

もしこの「事実」が大々的に報道されていれば、バイデンの当選はなかったとも言われる、いわくつきの問題に再びスポットがあてられていることになる。

公正を期すため、2022 年8 月26 日付のBBCによると、問題のハードディスクは、トランプ自身の弁護士であるルディ・ジュリアーニからニューヨーク・ポスト紙に提供されたものだった。記事が掲載されてから1 年以上経ってから、ワシントン・ポストは独自の分析を行い、ノートパソコンと一部の電子メールは本物である可能性が高いが、大半のデータは「データのずさんな扱い」のために検証できなかったと結論づけたという。ニューヨーク・タイムズなど、かつて懐疑的だった他の報道機関も、少なくとも一部の電子メールは本物であると認めている。

つまり、バイデンが真っ赤な嘘をついていた可能性がきわめて高いのだ。ゆえに、ザッカーバーグはローガンとのインタビューで、ニューヨーク・ポストの報道を抑えたことを後悔していることを認め、「ああ、そうだね。つまり、最悪だ」とのべたのであった。

実は、ザッカーバーグ自身は、2020 年10 月28 日、上院の委員会に出廷し、FBI が選挙前にフェイスブックに対して、「厳重な警戒と感受性を持つべき… もし文書の束が現れたら、それは外国の工作の一環かもしれないという疑いをもってみるべき」と伝えていたと発言していた。この発言とは別に、フェイスブックは司法委員会に詳細な回答を送り、ハンター・バイデンの記事の前の文脈を概説している。そこには、10 月14 日のニューヨーク・ポスト紙の記事が掲載される数カ月前から、米国の情報機関が米国の民主的プロセスに対する外国からの干渉について公開の警告を発していたことが指摘されている。「彼らの公的な警告とともに、また2016 年の選挙後にテック企業が政府パートナーと築いた継続的な協力関係の一環として、FBI はテック企業に対して、11 月3日までの数週間に外国のアクターによって行われるハッキングとリークの作戦の可能性に厳重な警戒をするよう内々に警告した」と回答していたのである。

しかし、今回、ザッカーバーグが語った内容、すなわち、「この国の合法的な機関であり、非常にプロフェッショナルな法執行機関であるFBI が、私たちのところにやってきて、何かに対して警戒する必要があると言うのなら、私はそれを真剣に受け止めたいと思った」という発言は、FBI による圧力があったと認めた、と言えなくもない。とくに、FBI がトランプへの捜査というかたちで、露骨な政治弾圧と受け取られかねない行動に出ているために、改めてFBI が「民主党寄り」であったことが問題化しているのだ。」

露骨なディスインフォメーション工作をする主要メディア

おそらくバイデン擁護勢力、すなわち民主党支持者の多いFBIなどの安全保障機関だけでなく、主要マスメディアはこぞって、当時のバイデン大統領候補にとって不都合なスクープ情報を拡散させないように全力を尽くした。そのために、彼らは前述の書簡を急遽作成し、それをNYTやWPなどが報道するというかたちで火消しに回る一方、SNSに圧力をかけ、露骨に言論を弾圧したのである。

中国、ウクライナで金儲けに奔走するバイデン父子

どうだろうか。アメリカの主要マスメディアによる「情報統制」によって、バイデン父子が少なくとも道徳的・倫理的に「真っ黒」である事実が封じ込められた結果、騙されてバイデンに投票してしまった人々が少なからずいたはずだと思わないだろうか。そう思う人からみると、2020年の大統領選は、トランプの勝利がたしかに「盗まれた」のであって、盗んだのはバイデンおよびバイデン勝利のために平然とディスインフォメーションを垂れ流した主要マスメディアだと映るはずだ。保守系メディアを通じて「事実」を知っている者が「盗まれた大統領選」と考えるのは、至極真っ当なのだ。もちろん、私自身も「盗まれた大統領選」説に同意する。

この2020年当時、バイデン父子がセットとなってせっせと金儲けをしてきた事実にふれることはタブーであった部分がある。少なくともジョー・バイデンを大統領選で勝利に導くためには、バイデンの裏面、真っ黒に腐敗した部分を隠蔽する必要があった。

だが、「盗まれた大統領選」によってバイデンが大統領に就任すると、さすがにこの腐敗を詳しく紹介する本も登場する。

その典型が2019年3月に刊行されたピーター・シュヴァイツァー著『シークレット帝国:アメリカの政治家階級はいかに腐敗を隠し、家族や友人を豊かにしているか』である。この本にあるいくつかの記述を紹介してみよう。

①「2008年までに、バイデンのキャンペーンは、家族メンバーおよびそのビジネスに200万ドル以上を支払った。」(日本のセコイ政治家と同じく、政治をビジネスにしているのだ)

②「ローズモント・セネカ・パートナーズは、ハンターが父親とともに中国を訪問した約10日後に調印した独占契約を、中国当局と交渉していた。中国で最も強力な金融機関である中国政府の銀行は、ローズモント・セネカと合弁会社を設立しようとしていた。」(2013年、ハンターはローゼモント・セネカ・パートナーズにおいてマネジング・パートナーを務めており、合弁の相手は中国銀行だった。こんなに簡単に話が進んだ背景を想像してほしい。「バイデン副大統領は2011年の中国への公式訪問中に中国銀行の幹部と会っていた」ことも重要だ)

③「ハンター・バイデンが父親とともに中国を発った10日後、ローズモント・セネカと中国銀行は渤海ハーベストRST(BHR)という投資ファンドを設立した。渤海(ボーハイ)とは黄海の一番奥にある湾のことで、中国の出資比率にちなんだものだ。「RS」はローズモント・セネカを指す。「T」はソーントンである。このファンドは中国国内では異例の特別な地位を享受していた。BHRは、「ユニークな中・米持ち株構造」と「グローバルなリソースとネットワーク」によって、投資「機会」を確保できると宣伝した。ファンドは中国政府の支援を受けていた。」(「この取引は驚くべきもので、ローズモント・セネカは、他のどの欧米企業も中国にもっていなかったもの、すなわち、中国政府の上海自由貿易区で設立されたプライベート・エクイティ・クロスボーダー投資ファンドを初めて手に入れたのだ」という記述もある)

こうした経験の後に、ウクライナにおいて、バイデン父子は濡れ手で粟のカネ儲けに専念した。バイデンは直接の関与を否定しているが、バイデンが「ファミリー」でビジネスを営んでいる現実を知れば、二人は一心同体だ。中国での「成功体験」をもとに、二人はウクライナでも一儲けを企んだのであった。

つまり、ここで紹介したような事実が隠蔽されたことから、2020年11月の大統領選の結果を受け入れられない人が少なくとも共和党支持層のなかにたくさんいる。普通に考えれば、2020年の大統領選は、バイデン父子や主要マスメディアによるディスインフォメーション工作によって「盗まれた」とみることに、何の違和感もないのではないか。

「知られざる地政学」連載(43)情報統制の怖さ:アメリカから世界へ(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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