「知られざる地政学」連載(43)情報統制の怖さ:アメリカから世界へ(下)
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再び注目されたノートパソコン
実は、2024年6月5日午前10時半ころ、ここで紹介した、シルバーのアップル社製MacBook Proがプラスチックカバーに包まれて登場した。2018年に薬物使用を公表せず銃器申請で嘘をついた罪で起訴された大統領の息子、ハンター・バイデンに対する連邦検察の裁判で、連邦検察官デレク・ハインズがデラウェア州の陪審員の前でノートパソコンを掲げたのである。この裁判で、FBI捜査官は、そのノートパソコン内のメッセージや写真、ハンターがクラウドコンピューティング・サーバーに保存していた個人データから、薬物使用が明らかになったと証言した。そして、6月11日、陪審員はハンターを3つの重罪で有罪とした(判決は後日言い渡される)。
これが意味しているのは、問題のノートパソコン情報の信憑性である。6月6日付の「NYポスト」の社説には、「2020年の選挙前夜、主要報道機関はほぼ例外なく、ハンター・バイデンの証拠となるノートパソコンに関する『ポスト』紙の有名なスクープを「ロシアのディスインフォメーション」として否定した」との記述がある。さらに、「しかし、ジョー・バイデン自身の司法省がハンターの銃裁判の証拠としてノートパソコンを提出した今、報道各社はまるで否定していなかったかのように、この話を簡単に取り上げている」として、激怒している。
少し時間が経過した6月11日付のNYTは、「多くの国内報道機関がノートパソコンの存在とその内容に関する主張に疑問を呈し、主要なソーシャルメディア・プラットフォームは「NYポスト」紙の報道に関する投稿を制限した。保守派は、これらの反応はリベラル派の検閲の証拠だとのべた。ノートパソコンの報道で「NYポスト」紙が主張したことの多くは、バイデン大統領と汚職的なビジネス取引との関連性を追求したもので、証明はされていない。しかし、ノートパソコンにはハンター・バイデンを悩ませ続けるに十分な証拠があった」と書いている。
2024年6月になっても、NYTやWPが2020年10月以降に行った報道に対して、彼らは何ら反省しているようにはみえない。「NYポスト」が激怒するのも当然だろう。
日本のマスメディアも同罪
少しは、「盗まれた大統領選」について、理解してもらえただろうか。日本の大多数は、NYT、WP、WSJなどの主要マスメディアの内容を日本語に翻訳するだけの日本の主要マスメディアの「不誠実」によって、アメリカ本国の国民と同じように騙されてきたのではないか。その証拠に、この私の考察を読む前に、「大統領選が盗まれた」と思う米共和党員の気持ちを理解していた人はほとんどいないはずだ。
どうか情報統制の怖さを実感してほしい。党派性を認められたアメリカのマスメディアが民主党か共和党のどちらかの党の主張に傾くことは仕方ない。だが、日本の多くのマスメディアは「中立」や「中庸」をめざしているはずだ。そうであるならば、本来、NYTなどによるディスインフォメーション工作に騙されてはならないはずだ。だが、残念ながら、主要な日本のマスメディアは騙されている。それだけでなく、騙された情報を日本国民に伝えることで騙している。このために、「盗まれた大統領選」と感じる、一部の共和党有権者の気持ちが理解できないのである。
情報統制を実感してほしい
私はいま、『「戦前」を生きる私たち』(仮題)という本の原稿を執筆している。なぜか。すでに、私たちは情報統制下に置かれているからだ。それは、「国家に不都合な情報は国民に知らせない」というものであり、それに主要マスメディアがこぞって協力している。しかも、この現象は世界中に広がっている。情報統制が世界中の国々に拡散してしまっているのだ。
端的な例をあげよう。2024年6月5日、ウラジーミル・プーチン大統領は、世界の主要通信社の幹部と会談(下の写真)し、そのなかで、つぎのように語った。
「ロシアがウクライナで戦争をはじめたことはだれもが信じている。しかし、この悲劇がどのようにしてはじまったのか、西側諸国のだれも、ヨーロッパのだれも思い出そうとしない。ウクライナのクーデター、違憲クーデターからはじまったのだ。これが戦争のはじまりだ。しかし、このクーデターはロシアの責任なのだろうか?今日ロシアを非難しようとしている人々は、ポーランド、ドイツ、フランスの外相がキエフにやってきて、危機を平和的、憲法的に終結させることを保証するために、内政危機の解決に関する文書に署名したことを忘れたのだろうか?」
6月5日、国際通信社幹部を前に話すプーチン大統領
(出所)http://kremlin.ru/events/president/news/74223/photos/76634
この発言に違和感をもち、プーチンは嘘つきだと思った「あなた」は、プーチンによる情報統制ではなく、自国による情報統制に怒るべきだろう。なぜなら、「あなた」は騙されているからである。もちろん、悪いのは「あなた」ではなく、アメリカやその同盟国にとって不都合な情報を遮断し、伝えないようにしてきた欧米や日本の政府であり、それらに協力している主要マスメディアだ。
まず、2014年2月のクーデターについては、『フォーリン・アフェアーズ』の2014年9/10月号に掲載されたシカゴ大学のジョン・J・ミアシャイマーによる論文「ウクライナ危機はなぜ西側のせいなのか? プーチンを刺激したリベラルの妄想」を読んでほしい。彼は、「プーチンにとって、民主的に選出された親ロシア派のウクライナ大統領を違法に転覆させたこと――彼は正しく「クーデター」と呼んだ――は、とどめの一撃だった」と書いている。そう、アメリカ政府の支援する「クーデター」の話は事実なのである。
ポーランド、ドイツ、フランスの外相の話は、拙著『ウクライナ・ゲート』の49頁につぎのように書いておいた。
「もっとも問題なのは、2月21日に結ばれたとされる協定をめぐる事実関係である。英語情報では、この協定自体をきちんと報道しているものは少ない。ロシア語やウクライナ語による情報によれば、この日、ヤヌコヴィッチ、ヴィタリー・クリチコ(「改革をめざすウクライナ民主主義連合」)、ヤツェニューク(「祖国」)、オレグ・チャグニボク(「自由」)は、ドイツのフランク・シュタインマイエル外相、ポーランドのラドスラフ・シコルスキー外相、エリック・フルニエ・フランス外務省ヨーロッパ大陸部長のもとで協定に署名したとされる。」
ほかにも、拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』において「第二章 2014年にはじまった? ウクライナ戦争」の第二節「すべてのはじまり」で、この問題をわかりやすく解説しておいた。
読者のなかで、ここまでの記述をはじめて知った人は、「日本政府による情報統制の術中にはまってきた生き証人」だ。主要マスメディアがこの事実を報道しない結果ともいえる。過去の太平洋戦争前の「戦前」や「戦中」と同じく、政府に不都合な情報は、もうすでに主要マスメディアが報じなくなっている。その結果、安全保障を理由にますます国防費が膨らみ、日本は戦争に巻き込まれていく。まさに、私たちはいま「戦前」を生きていることになる。戦争をしたがっている人々の影響力が強まっているのだ。
月刊『Wedge』(2014年9月号)に掲載した特集記事を電子化した『ウクライナ危機の真相』なる本がある。小泉悠、廣瀬陽子、佐藤優といった筆者らはいずれも2014年2月に起きた事件を「クーデター」とみなしていない。はっきりいえば、アメリカ政府に都合のいい立場から、ウクライナ問題を論じているにすぎない。私からみるとディレッタントにすぎない似非専門家がディスインフォメーションを2年以上にわたって垂れ流しつづけているのだ。米政府に追随する日本政府は、2014年のクーデターを支援した米政府にウクライナ戦争勃発の責任の一端がある事実を国民に知られたくないのである。
今年、米大統領選をめぐって、専門家なる人物がいろいろと出てくだろう。しかし、アメリカの実情に熟知し、そのひどさを的確に指摘できる人物を知らない。だからこそ、私は自分で『帝国主義アメリカの野望』を書いた。どうか、似非専門家の書いた記事をみたり、テレビをみたりする時間があるのであれば、この本を手にとってほしい。そして、日本中の図書館が購入するように手配してほしい(いわば、この本は「サミズダート」[地下出版]であり、回し読みしてほしい本なのだ)。情報統制を掻い潜るには、こうした協力しかない。
(出所)Amazon.co.jp: 帝国主義アメリカの野望: リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ eBook : 塩原俊彦: Kindleストア
(注1)2020年10月22日付NYTによれば、NYTは修理店の店主にインタビューした。自分は目が不自由で、その男性がハンター・バイデンかどうか確信がもてなかったが、作業指示書に記入するために名前を尋ねたところ、男性はハンター・バイデンだと名乗ったと語った。店主によると、その男は2度店に来たが、コンピューターやその内容が保存されていた外付けハードディスクを取りに戻ることはなかったという。ある時点で、彼はその資料を調べることにし、コンピューターの内容のコピーをとった。店主アイザックはその内容をFBIに話したという。
店主は、2019年後半にFBI捜査官と会い、出来事のタイムラインを提供したとのべた。捜査官は約2週間後の12月中旬、ノートパソコンと外付けハードドライブの押収を許可する大陪審召喚状をもって戻ってきた。召喚状には、ウィルミントンの連邦検事局で詐欺などの犯罪捜査を担当する連邦検事の署名があり、店主アイザックはそれを受け取ったことを認めた。Fox Newsが公開した領収書の写真によると、捜査官たちは彼に領収書も渡したという。領収書には、マネーロンダリング捜査のためのFBI内部分類である272DというFBIコードと、ボルチモア支局を意味する 「BA」が含まれていた。当局は、FBIが捜査の一環としてノートパソコンと外付けハードディスクを押収したことを別途確認したが、その捜査の詳細や、マネーロンダリングやハンター・バイデンに関するものかどうかは明らかにしなかった。また、領収書に署名した捜査官はウィルミントンで働いており、ボルチモア支局が監督していることも確認した。
店主は、捜査官からの返事はなかったという。彼は、なぜトランプ氏に対する弾劾訴追中にノートパソコンの存在が公表されなかったのか疑問に思い、捜査官がノートパソコンにあった情報を葬り去ろうとしているのではないかと恐れはじめたという。店主は、ノートパソコンの存在が広く知られていなかったことは「ただただ正しいとは思えなかった」と語った。「私以外のだれかが知っているべきだった」と彼は語った。店主は、身元を明かさない数人の議員に電話したが、返事はなかったという。
(注2)バイデンがウクライナの検事総長を辞めさせるよう圧力をかけたのは事実である。2020年10月日14日付のWPはつぎのように記述している。
「キエフのアメリカ大使館は、バイデンが2015年にキエフを訪問した際、10億ドルの融資保証の受け渡し保留をテコに改革を迫ることを提案した。バイデンはウクライナ議会で演説し、国内の「腐敗の癌」を断罪し、検察庁を批判した。その訪問中、バイデンは内々にポロシェンコ(当時のウクライナ大統領)に、ショーキン(検事総長)が交代しない限り融資保証は保留すると伝えた。数カ月にわたって2人の間で電話や会談が繰り返された後、ショーキンは解任され、融資保証が提供された。」
ついでに、拙著『帝国主義アメリカの野望』では、つぎのように書いておいた。
「2016年4月、2015年2月から検事総長を務めてきたヴィクトル・ショーキンが解任された。この解任をめぐって、当時のバイデン副大統領が2016年3月22日、「ウクライナの指導者が(ショーキンを)解任しなければ、アメリカの融資保証10億ドルを差し控えると脅した」とされている(「ハンター・バイデン、ブリスマ、汚職:米政府の政策への影響と懸念事項」と題された米上院の二つの委員会による合同報告書の9頁にこの情報の出所が示されている)。この脅迫の後、ウクライナ議会はショーキンを解職した。」
電子メールの話についても補足しておきたい。2015年4月17日付の電子メールによると、ハンター・バイデンはウクライナのエネルギー企業(ブリスマ)の幹部を、彼が米国の対ウクライナ政策を担当していた当時の副大統領に会わせるように仕向けたという。「親愛なるハンター、私をDCに招待し、あなたの父親と会う機会を与えてくれてありがとう。とても名誉なことであり、嬉しいことです」と、ブリスマの取締役会顧問であるヴァディム・ポジャルスキーが書いたと思われるメールには書かれている(2020年10月14日付のWPを参照)。このブリスマの取締役に就任することで、ハンターは巨額の収入を得ていた。
(注3)2014年当時、ジョー・バイデン副大統領がウクライナ担当であったことを利用して、息子のハンターが暴利をむさぼっていたことは早くから知られていた(2014年4月に刊行した拙著『ウクライナ・ゲート』において、すでにこの問題について書いている)。2019年になると、アメリカでもこのバイデン父子の「腐敗」を心ある人々に知られるようになる。ところが、バイデンに面と向かって、「あなたは大統領に近づくために、何の経験もないガス会社に息子を送り込み、仕事をさせた。あなたも彼(トランプ)と同じように大統領へのアクセスを売っている」と発言した有権者に対して、バイデンは、「お前は大嘘つきだ。そんなことはない。誰もそんなことは言っていない」と怒った。加えて、“Look, fat, here’s the deal”といっているように聞こえる(「NYポスト」を参照)。この「デブ」という言い方こそ、自らへの批判に高圧的に対応するというバイデンの本性、品性のなさを教えている。
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。