ビッグデータ市場が電脳社会主義を導く

矢吹 晋

テンセント研究院とテンセント・クラウドが共編した《デジタル経済の道・ガソリン・車(原書名=数字经济“路・油・车”)双書》シリーズについて、田研究員は次のように評し ている。

Shenzhen, China – October 23, 2019: Building of TENCENT company – Twin-skyscrapers headquarters located at Shenzhen Bay Start Up Plaza in Nanshan business district.

 

これはデータサービスの“ハイウェイ”であり、データは“新石油”に例えることがで きる、産業インターネットは“コネクテド・カー”を結び、デジタル未来社会の青写真に なろう。さてデジタル経済のガソリンを提供する企業を一瞥すると、<中移洞察 10003689>は、チヤイナモバイルのデータだ。<京東城市数鏡 90005209>は、販売・配送業者のデータだから、物流データだ。こうして上海は今や世界で最も進化した<スマート都市作り>に邁進している。このデジタル時代の電脳社会主義は、一歩一歩現実の中国社会を変革し始めた。これは旧ソ連解体を反面教師として、現代の資本主義経済の根本的矛盾を止揚する新たな経済システムの誕生を告げている。

北京大学市場・ネットワーク経済研究センターの陳永偉教授の<データ市場建設のいくつかの問題 >4 を読んで見よう。陳教授はビッグデータの<財産権(広義の所有権)>と<価格>について言う。

<財権>と<価格>をめぐる諸問題は、20世紀 80年代当時の経済改革に似ている。当時、経済改革の主要目標は計画経済から市場経済に転換することであり、二つの任務があ った。一つは産権制度の確立、二つは価格メカニズムの形成である。それなしには資源の有効配置が不可能であった。

そこで産権改革の先行か、価格改革の先行か、それとも同時平行かをめぐって論争が行われた。ビッグデータの市場開設においても、解決すべき核心 は、この二つである。データの産権には所有・使用・收益受け取りの権力が含まれる。これは法学的語彙に見えて、実は経済学的概念なのだ。これは社会的に執行する(socially enforced)権力にほかならない。

他方、使用の角度から見ると、データには<産権を明確に しにくい属性>がある。たとえば、❶データの非排他性である、ある人が一連のデータを 使用する場合、他人が同じデータを使用することを妨げない。❷もっと面倒なのは、デー タの復制性である。<データ取引後の再取引>、あるいは<第三者の使用がもたらす帰結>を見極めなければならない。 データの価格付け問題もある。

データの価値は、それから得られる情報に依存する。1メガバイトの高質データから1テラバイトの低質データより多くの情報が得られる場合がある。これは金鉱石に似て、含金量によって、黄金の産出は 異なる。さらにデータの開発と利用能力にも依存する。典型例は、ケンブリッジ分析公司 が Facebook のデータを分析して、その結果が選挙に影響を与えた事実だ。

St. Peter-Ording, Germany – July 27, 2013: Logotypes of world brands which dominates the internet on white backgound – shot on monitor screen.

 

データの転売を経て Facebook は、もはやデータを管理出来ない。そこで Facebook は免责を主張したが、社会世論は代価を要求する。 データの非排他性と複製性という条件のもとで、取引リスクの客観評価は難しい。これが<統一データ市場>経営の最大の壁である。

現時点で主流の観点は、 ❶財産権から突破口を開き、データの<権・責・利>問題を明らかにし、次いで価格形成メカニズム問題に取り組む考え方だ。しかしながら、データの産権問題は、難しい。データには、多重属性がある。一方では、財産権の範疇に属する。

他方、データは人々の活動情報でもあり、人の要素を考慮する必要がある。データの源泉と保有から見ると、一部 のデータは政府采集・保有で、明確な法的基礎を持つ。他方、一部のデータは私人による採集・使用であり、関連法や制度を欠いているため、権責の画定が難しく、争いがある。 データの使用から見ると、一部のデータは使用範囲が狭く、特殊性を持つ。一部のデータ は使用範囲が広く、公共性を持つ。

一方ではデータの異なる特徴に応じて分類し、管理する必要があるが、他方では産権中の一部の権利を先行して独立させ、関連規定を定め、類别管理を行うのがよい。たとえば土地公有制の前提のもとで、どのように土地を流通させるか、理論上は難しいが、実践的には所有権争いを棚上げして、使用権を扱えばよい。

データに関わる各種権利の中で、その価値と最も密切なのは使用権である。データの所 有権を棚上げし、その使用権を明確にして、市場取引を行えばよい。 いま安全計算、联邦学習等の新技術を用いてオリジナル・データを直接得ることなしに<フェデレイテド・ラーニング(联邦学習)>を行う方法が開発されている。これによって、データの所有権や プライバシー問題を暫時棚上げできる。

<安全計算、联邦学習>等の新技術は、データ取引過程の標準化にも役立つ。この文脈では市場の発展こそが第一の推進力だと見做すこと ができる。現在、データ取引のプラットフォームが成功しているとはいいがたい。取引実績が少ないので、人々はプラットフォームを通じた取引を望まない。

その壁を突破するには、❶政府は手中のデータを開放し、市場取引を促すべきだ。たとえば犯罪記録は公安系統 にある。企業側はこの種のデータ調査のために相応の対価を払う用意がある。

❷ただし政 府のデータ開放は多くの問題に波及する。たとえば、政府データは多部門に分散しているうえ、多くの部門は開放に対するインセンテイブがない。私がかつて某地方政府で調査した 体験では、地方のナンバーワンの指導者が調整を買って出たが、やはりいくつかの部門は データ提供を拒否した。

❸政府データを上場して取引を行う場合、その取引価格も問題になる。需給で調整するとしても、価格付けを行う原則が必要だ(価格設定においては、コスト補償を重要原則とすべきだ。データの搜集と管理に要する人力・物力から総コストを 計算し、市場の需求・使用回数等から相応の価格を計算できよう。政府はデータ取引によって相応の收入を得るが、データを提供する部門は相応の收益を得られるだろうか?

❹ 一部の機密データや重要情報が出たことに伴うリスクは、誰が责任を負うのか。実際には、 これはとても複雑だ。データの補完性からして单一の部門だけがデータ漏洩を防ぐことは難しい。地方政府は提供できるデータリストを作成して、リスク免责条項とするのがよい。これによって重要情報の漏洩リスクを減らす。

❺若干の国有データ公司を作り、データ取 引の責任を負わせるのも一案だ。 まず政府データ開放リストを統一する必要がある。データ整理と保存標準も統一すべきだ。データ使用の標準も統一する必要がある。データの< 収集主体>は、地域化を原則とするが、潜在的使用ニーズは全国的なものだ。データ市場 の建設は、<下から上へのアプローチ>が相応しい。

国務院発展研究中心は中国経済の市場経済化へのアドバイスを提起し続けてきたシクタンクとして、著名だ。陳永偉の所属する北京大学市場・ネットワーク経済研究センター(原文=网络经济研究中心)は2000年2月に発足した。中国初のインターネットおよびEコマースを研究する組織だ。両者ともに電脳社会主義を導く智嚢団の核心になることが期待されている。

デジタル社会の建設に二回り立ち遅れた日本と最先端の歩みを急ぐ中国とは、21世紀中葉にどのような両国関係を結ぶのか。中国脅威論や崩壊論に洗脳された者には見えないが、色眼鏡を外せば、もう一つのパックス・シニカ世界がくっきりと浮かぶであろう。それは北京冬季五輪開閉会式における5Gパフォーマンスのイメージにほかならない。

【脚注】

1 (原タイトル=数拠交易、数拠権利与数拠要素市場培育)(田杰棠 2020-11-26)(原書名=数字经济“路油车”)双書。

2 《数拠确権暂行管理办法》《数拠交易结算制度》《数拠源管理办法》《数拠交易资格审核办法》《数拠交易规范》《数拠应用管理办法》など。
3 コースの定理 Coase theorem 資源配分は、法的権利や法的義務などに関係なく、すべての状況で同じ配分であり続けるとする定理のこと。ノーベル経済学賞を受賞した Ronald H. Coase により発見された。この定理は、取引費用が存在しない前提で成立するものであり、取引費用が存在すると、資源配分はすべての状況で同じ配分でなくなる。

4 陳永偉論文<关于数据市场建设的几个问题 >陈永伟北京大学市场与网络经济研究中心研究员,主任助理。2021-4-23 陈永伟化解六对矛盾-平台经济才能更健康。

(「善隣中国塾での2022年2月8日の講演録」より転載)

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矢吹 晋 矢吹 晋

1938年生まれ。東大経済学部卒業。在学中、駒場寮総代会議長を務め、ブントには中国革命の評価をめぐる対立から参加しなかったものの、西部邁らは親友。安保闘争で亡くなった樺美智子とその盟友林紘義とは終生不即不離の関係を保つ。東洋経済新報記者、アジア経済研究所研究員、横浜市大教授などを歴任。著書に『文化大革命』、『毛沢東と周恩来』(以上、講談社現代新書)、『鄧小平』(講談社学術文庫)など。著作選『チャイナウオッチ(全5巻)』を年内に刊行予定。

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