「知られざる地政学」連載(45)「もしトラ」(アジア編)(下)
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「包括的戦略パートナーシップ条約」の締結
こう考えると、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が2024年6月19日に調印した「包括的戦略パートナーシップ条約」の意味は重大だ。いずれかの国が「いずれかの国家または複数の国家から武力攻撃を受け、戦争状態に陥った場合」(第4条)、「あらゆる手段を用いて直ちに軍事援助その他の援助を提供する」必要があるという条項が含まれている。
双方はまた、宇宙、生物学、平和的核利用、人工知能(AI)、情報技術における科学研究を奨励する意向である。両国は「二国間貿易を拡大し、経済協力に有利な条件をつくり出すことを目指す」ことになっている。こうした規定がロシアと北朝鮮によるミャンマーへの核兵器開発協力につながる可能性がある。
2024年6月19日、平壌空港に到着したプーチン大統領を出迎える北朝鮮の金正恩総書記。写真:EPA-EFE / KCNA EPA-EFE / KCNA
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/06/27/friends-like-these-en
イランも核武装へ
やや先走ると、イランもまた核武装に向かうだろう。2024年6月27日付のNYTは、「ガザやウクライナでの戦争に世界中が気を取られているなか、イランは核兵器製造にこれまで以上に近づいている」と報じた。イランの支配層の一部が、核開発は完全に平和目的であるという数十年来の主張を初めて撤回したというのだ。
具体的には、イランの高官たちは最近になって、「イランは核開発について平和利用しか考えていないという儀礼的な保証を取り下げた」と、NYTは書いている。イランの最高指導者に近いある高官は最近、イランが存亡の危機に直面した場合、「核のドクトリンを再考する」と明確にのべたという。
もしこうなれば、イスラエルは黙っていないだろう。こうした見通しは、イスラエルのレバノンを拠点とするシーア派武装組織、ヒズボラ攻撃にも影響をおよぼすだろう。
核拡散懸念に日本はどうする?
このように、「もしトラ」が韓国の核武装化の引き金を引くような事態になれば、核兵器の拡散という最悪のシナリオが現実のものとなってしまうかもしれない。
アジアにおける核拡散という事態になれば、日本政府も当然、対応を迫られるだろう。その対応策については機会を改めて議論したい。ここでは、「世襲政治家」ばかりが目立つ日本の政治家に対応を委ねるリスクがきわめて大きいだけでなく、不勉強な官僚や学者にも、期待がまったくもてないとだけ書いておきたい。不誠実な主要マスメディアがこうした絶望的な状況をより深刻にしているとも記しておこう。
「もしトラ」で、アメリカの対中政策はどうなる?
バイデン政権のもとで、米国議会は過去4年間、同盟関係の強化、サプライチェーンの多様化、中国との競争から米国市場を守ることに関して超党派のコンセンサスを得てきた。その意味で、「もしトラ」となっても、こうした対中政策は基本的に維持されることになるだろう。
その結果、「貿易赤字の縮小、中国をより明確に意識した軍備の統合、金正恩のような「ならず者」との共存、同盟国による費用分担の拡大など、一部のアメリカ人が望んでいると思われる結果をもたらす可能性がある」と、チャは記している。
しかし、実際にどうなるかは現段階では予測不能だ。チャによれば、「現在、米国のインド太平洋における中核的な同盟国およびパートナー8カ国(インド、日本、ニュージーランド、フィリピン、韓国、台湾、タイ)のうち7カ国は、対米商品貿易黒字を計上しており、その総額は2000億ドルを超えている」。トランプ大統領は、1期目の任期中にこれらの不均衡を解消することができなかったため、米国の同盟国が「米国をカモにしていると認識し、これらの不均衡を縮小することに執着するだろう」と、チャは予想する。ベトナム(1030億ドル)やマレーシア(250億ドル)など、貿易黒字を抱える東南アジアの小国も、トランプによるしっぺ返しを免れないだろうという。連載【44】に書いたように、「もしトラ」となれば、米国の同盟国すべてに10%以上の関税を課す可能性がある。
関税の抜け穴
だが、最近になって、関税を10%に引き上げたところで、貿易赤字を減らすのは困難との見方も現れている。The Economistの記事「中国製品はいかにしてアメリカの関税をかわすか」によると、800ドル未満の荷物は関税を課せられることなくアメリカに入国できるという、一部の小売業者が受けられる「デ・ミニマス」(de minimis)免税措置を活用すれば、関税を支払う必要がないのだ。少なくとも660億ドルに相当する14億個以上の小包が、この免除措置のもとで2019年の5億個から増加し、今年到着すると予想されている(下図を参照)。
図 アメリカ、セクション321の免税プログラムで輸入された荷物の個数(単位:10億個)
(出所)https://www.economist.com/finance-and-economics/2024/06/27/how-chinese-goods-dodge-american-tariffs
The Economistによれば、議会は1930年代、土産物を持ち帰る観光客などの手間を省くために、この免税措置を設けた。しかし、トランプ政権時代の政策と電子商取引の台頭により、その重要性が増している。2016年、立法府は取締りの手間を省くため、小包の基準額を200ドルから800ドルに引き上げたという経緯がある。
この免税制度を利用した貿易は、ほとんどが小包の正規輸入であり、国家データを歪めるほどの規模になっている。小包の10個に7個は中国から輸入されており、中国のサプライチェーンを持つ二つの大手オンライン小売業者、シェインとテムだけで10個中3個を占めているという。この結果、「デ・ミニマス」輸入に占める中国の割合に基づくThe Economistの計算では、「アメリカの対中貿易赤字は公式発表の数字よりも13%、対世界では5%大きいことが示唆される」という。
これとは異なる抜け道もある。送り主は、一人の顧客からの高額注文を、免税対象となる複数の小包に分割するのである。あるいは、コンテナがアメリカに上陸した後、「保税」貨物車でメキシコに運び、メキシコの流通ハブに到着すると、小さなパッケージに分割して、アメリカに送り返す――という仕組みを使う方法もあるという。「この方法によって売り手は1梱包あたり6〜12%のコスト削減ができる」とThe Economistは書いている。
政府は思い切って「デ・ミニマス」免除を廃止することもできる。だが、それは、貧しい消費者を罰することになりかねない。もちろん、関税分の節約ができなくなった分だけ、消費者は高い輸入品を購入しなければならなくなり、物価上昇につながる。
もちろん、「デ・ミニマス」措置を残したまま、抜け穴を一つ一つ塞ぐという方法も考えられる。そうなれば、関税引き上げ効果は目に見えて現れるかもしれない。だが、そんな面倒な対策が実際に可能かどうかは判然としない。
つまり、「対中貿易赤字の縮小」といった基本政策さえ、「もしトラ」で実現するかどうかはよくわからないのである。
習近平の出方も重要
もちろん、「もしトラ」となった場合の習近平国家主席の出方も注目される。中国は現在、7月15日から18日にかけて開催される第20期党中央委員会第3回全体会議(3中全会)の準備を進めている。習近平総書記(国家主席)が主宰した6月27日の会議では、2035年までに「高水準の社会主義市場経済体制」を全面構築することを目指し、「改革の全面深化と中国式現代化の推進に関する決定」案について討議された。この承認を得るために、3中全会に提出される見通しだ。
これは、3中全会が経済改革を討議することを意味している。The Economistは、「この会議は、消費者需要の低迷、狭い税金、みすぼらしい社会支出、国内移民のサービス利用制限、民間企業に対する官僚的障害など、中国が長年抱えてきた経済問題に取り組む新たな決意を示す可能性がある」と指摘している。
経済理論からみると、企業の成長は消費、投資、輸出によって牽引されるとみなす。だが、欧米や日本などの先進国の対中投資は激減しているうえ、中国へのサプライチェーン依存を減らそうとする動きで輸出も思うように増加しない。そうなると、内需拡大という国内消費がもっとも重要になる。その消費拡大のためには、雇用と賃金を増やし、住民が所有する不動産(おそらくは賃貸)から収入を得られるようなメカニズムを構築する必要ある。同時に、老後の生活や潜在的な医療費の支払いに対する不安を減らすため、医療と社会保障に対する政府支出を増やすことも求められている。
こうした政策を大胆に打ち出せるかどうかによって、海外への輸出減少や海外からの投資の縮小による対外関係の悪化への対応策も違ったものになるだろう。その意味で、7月の3中全会は注目されているのだ。
台湾問題はどうなる?
それでは、「もしトラ」で台湾問題はどうなるのだろうか。チャは、「米議会は引き続き台湾の抑止力と防衛を支持するだろう。トランプ大統領も台湾の防衛を支持し、台北による防衛費の増額を求め、台湾関係法に従って台湾への武器売却を続けるだろう」と予測する。
だが、このアメリカの台湾政策の表面的な継続性は、アメリカが台湾を守ることを必ずしも意味していない。チャは、「4月の『タイム』誌のインタビューで、トランプは中国が攻めてきた場合、台湾を守るかどうか質問された。彼は肯定的に答えなかった」と指摘する。トランプは、「この質問は何度もされたが、自分の手の内を明かしたくないので、いつも答えるのを拒否している」と語ったのである。
もしトランプが中国との取引で台湾を「売り渡せ」ば、「同盟国であれば、次は自分たちの番だと思うのは当然だろう」と、チャはのべている。おそらく「紛争」勃発といった事態になれば、トランプは台湾のウクライナ化を望まないだろう。なぜなら、トランプにとって、「紛争」はコストに見合わないからである。
むしろ、そうした事態になった場合、他の同盟国に対して、「もっと軍事負担をしてくれなければ、自己責任だ、台湾のようになる」とでも言い出しかねない。
脅しまくられる日本
この問題に関連して、チャは、日本について、つぎのような恐るべき予言をしている。
「日本に何十億ドルもの費用負担を要求し、軍事演習を中止させることで、トランプ大統領は、防衛費の増加や駐留米軍との作戦統合など、日本の軍事態勢への水面下の投資を弱体化させる可能性もある。日本に対する新たな貿易関税は、この長年の忠実な米国の同盟国との間に政治的な禍根を残す可能性もある。トランプ大統領は、尖閣諸島(中国では釣魚島と呼ばれる)をめぐる北京との対立や、平壌のミサイルが日本に落下した場合に東京を支援しないと発言することで、日本の安全保障上の懸念から米国を完全に切り離す可能性さえある。」
ここでも、日本の政治家の外交上の構想力と新戦略が試されることになるだろう。だが、前述したように、こうした予測に対して、真正面から対応できるだけの日本の政治家は存在しない。もちろん、外交日程を決めるといった些細な仕事くらいしかやっていない外務省の官僚に、「もしトラ」への優れた対応策があるとは思えない。学者やマスコミ関係者も不誠実で不勉強な連中ばかりが目立っていると指摘しておこう。
おそらく、トランプの言いなりになって、軍事・政治ブロックAUKUS(アメリカ、イギリス、オーストラリア)に、カナダや韓国とともに、日本も組み込まれてゆくことになるだろう。日本は、応分の「ショバ代」を支払ったうえで、アメリカに従属するしかない。日本の独自外交を展開するだけの構想力をもった人物がいない以上、外務官僚の得意とするアメリカ盲従策に従うしかないのだ。
こうして、「もしトラ」は日本を戦争に近づけるのだ、アホな政治家、官僚、学者、そして無知蒙昧な国民のもとで。だが、それは「もしバイ」となっても、あまり変わらないのではなかろうか。
どう考えても、抜本的に日本外交を改めないかぎり、戦争への傾斜をとどめることはできまい。それが可能となるのは、誠実に生きる人々の声を広げるという地道な活動のはるか先にしかない。
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。