【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(46)帝国主義アメリカの「代理戦争」としてのウクライナ戦争(上)

塩原俊彦

 

2024年7月19~20日、明治大学で開催されるシンポジウム「ユーラシア協調安全保障体制をどう構築するか」(下の写真を参照)において、「帝国主義アメリカの外交とウクライナ」について話をする。今回は、ここでの議論に絡めて、ウクライナ戦争がアメリカの「代理戦争」であるという視角から、ウクライナ戦争について復習してみたい。

(出所)7月19日20日開催 アジア連合大学院(GAIA)機構主催 国際会議「ユーラシア協調安全保障体制をどう構築するか」のご案内 | 国際アジア共同体学会 (isac-asia.com)

「代理戦争」としてのウクライナ戦争

2022年に刊行した拙著『ウクライナ3.0』(社会評論社)は「米国・NATOの代理戦争の裏側」という副題をもつ。
ウクライナ戦争を米国の「代理戦争」とみる見方は私の専売特許ではない。最近では、ドナルド・トランプの知恵袋とされている、2017年から2021年のトランプ大統領在任中、マイク・ペンス副大統領の国家安全保障顧問やアメリカ合衆国国家安全保障会議の事務局長兼首席補佐官を務めたキース・ケロッグ退役陸軍中将と、トランプ大統領副補佐官兼同会議首席補佐官を務めたフレッド・フライツの共著論文において、つぎのように記述されている。
「要するに、バイデン政権は2022年後半から、国内でのプーチン政権の弱体化と軍事的破壊という米国の政策目標を推進するために、ウクライナ軍を代理戦争に利用し始めたのだ。それは戦略ではなく、感情に基づいた希望だった。成功のための計画ではなかった。」
この主張は正しい。たしかに、バイデン政権は2022年後半から、ウクライナ戦争を継続させることで、プーチン政権の弱体化と軍事的破壊に舵を切ったといえる。

というのは、ウクライナとロシアとの間で、進展しつつあった和平交渉において、和平よりも戦争継続を促したのがバイデン大統領とジョンソン英首相(当時)であったからである。

逆にいうと、米英の進言に従ってウクライナが2022年4月から5月にかけて進んだ和平交渉を決裂させた結果、ウクライナはさらに国内領土をロシアに奪われ、何万人もの死傷者を増やす結果につながったということになる(この「代理戦争化」の責任はバイデンとゼレンスキーにあるといえるだろう)。
なお、和平交渉の詳細については、拙稿「2022年2~5月のウクライナ戦争を終わらせることができた会談」や拙著『帝国主義アメリカの野望』で詳しく解説したので、そちらを参照してほしい。

「代理戦争」の証拠

ウクライナ戦争がアメリカによって操られた代理戦争である証拠をいくつか示したい。
第一に、バイデン大統領はウクライナへの支援を「投資」と考えている点である。EU米首脳会議の前夜に当たる2023年10月20日、バイデン大統領はアメリカ国民に向けた演説で、「明日(10月21日)にイスラエルやウクライナを含む重要なパートナーを支援するための緊急予算要求を議会に提出する」とのべた直後に、「これは、何世代にもわたってアメリカの安全保障に配当金をもたらす賢明な投資であり、アメリカ軍を危険から遠ざけ、我々の子供や孫たちのために、より安全で平和で豊かな世界を築く助けとなる」と語った。さらに、翌月18日付の「WP」において、彼は、「今日のウクライナへのコミットメントは、我々自身の安全保障への投資(investment)なのだ」と明確にのべている。

国防総省はそのサイトに同月3日に公表した「バイデン政権、ウクライナへの新たな安全保障支援を発表」のなかで、「ウクライナへの安全保障支援は、わが国の安全保障に対する賢明な投資(smart investment)である」とはっきりと書いている。どうして「ウクライナ支援」が「賢明な投資」なのかというと、実は、「ウクライナ支援」といっても、実際にウクライナ政府に渡される資金はアメリカの場合、ごくわずかだからだ。

2023年10月の情報では、成立したウクライナへのアメリカの支援分1130億ドルのうち約680億ドル(60%)が米国内で使われ、軍と米国産業に利益をもたらしているという(具体的な選挙区との関係についてはWPを参考にしてほしい)。ただし、2024年2月7日付のNYTの報道では、戦争研究所によると、ロシアが本格的な侵攻を開始して以来、欧州連合(EU)は合計で約1485億ドルの支援を提供し、アメリカが計上した総額1130億ドルを上回っており、うち750億ドルは人道的、財政的、軍事的支援のためにウクライナに直接割り当てられたもので、さらに380億ドルは安全保障支援関連の資金で、主に米国内で費やされた。

カネを出しても、その多くが国内に回るだけで、おまけにアメリカの安全保障に役に立つという論理は、ウクライナにカネを使っているようにみせかけて戦争をさせているという構図そのものだ。「投資」といえば一般に、株式に投資して、その株式会社に働かせて配当を掠め取ったり、その株価の上昇による売却益をねらったりするものだが、それと同じように、ウクライナ人に戦争をやらせてアメリカの安全保障を守ろうというやり方はまさに「代理戦争」とみなすことができるだろう。

ウクライナを実験場にしてデータ収集

第二に、ウクライナは自律型AI兵器の実験場となっている。「ウクライナは良い実験場だ。良いシミュレートでもある」と、The Economistは指摘している。ウクライナに代理戦争をさせながら、アメリカは人工知能(AI)を利用した自律型無人機などの実験を積み重ねることで、中国との戦争に備えようとしているのかもしれない。米国防総省は、2023年8月に発表された「レプリカ構想」と呼ばれる米国のプログラムにおいて、何千機もの自律型無人機を大量生産する計画であるとのべたことをしっかりと思い出すべきだろう。代理戦争を長引かせて、自律型AI兵器関連のデータを米軍は集めたがっているのだ。

その意味で、アメリカ軍はウクライナ戦争が長引くことをむしろ望んでいるのではないか。
第三に、「バイデン大統領は、ウクライナとの10年間の二国間安全保障協定の交渉に合意するよう、現在30カ国以上に働きかけた」とブリンケン国務長官が発言していたことを忘れてはならない。ウクライナに代理戦争をさせる一方で、アメリカは和平も考えているといいたいのだろうが、逆にいえば、アメリカの了解なしに勝手に戦争を停止することはゼレンスキー大統領には認められていないようにも映る。

この安全保障協定は、2024 年1 月12 日、リシ・スナク英首相(当時)がキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領との間で、「イギリス・北アイルランド連合王国とウクライナの安全保障協力に関する協定」に署名したことを嚆矢とする。前年7 月、リトアニアの首都ヴィリニュスで開催された、NATO サミットで合意したコミュニケおよび、同サミットに合わせて開かれた主要7 カ国(G7)の「ウクライナ支援共同宣言」をもとに、イギリスがウクライナのNATO 加盟実現までの間、同国のウクライナの安全保障を約束する内容が合意された。有効期間は10 年だが、延長可能とされている。バイデン大統領も2024年6月13日、同様の協定に署名した。同日、岸田文雄首相も「日本国政府とウクライナとの間のウクライナへの支援及び協力に関するアコード」なる文書をゼレンスキー大統領との間で締結した(下の写真を参照)。

この同盟国に対するアメリカの締め付けこそ、ヘゲモニー国家たる所以のものだ。アメリカはイスラエルの安全保障へのコミットメントとして、「質的軍事的優位性」(Qualitative Military Edge, QME) の保持を約束してきた。両国は何十年もの間、民主党政権と共和党政権にまたがる緊密な軍事関係を築いてきたのだ。イスラエルは、戦闘機、ヘリコプター、防空ミサイル、ガザに投下された無誘導爆弾や誘導爆弾など、重要な装備の多くをアメリカから購入している。米国政府は、イスラエルが他の中東諸国に対して戦力の優位性、つまりQME を維持できるよう支援することを法律で義務づけている。

ウクライナにイスラエルほどのコミットメントはしないにしても、バイデン政権は、アメリカおよび同盟国がウクライナの安全保障を確約する協定を結ぶことで、アメリカ主導でウクライナ和平を実現しようとしているのだ。逆にいえば、代理戦争をさせているからこそ、委託者であるアメリカは、自ら主導して停戦のための枠組みをつくろうとしているのである。

2024年6月13日、署名式で
(出所) https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/ua/pageit_000001_00737.html

第四に、ウクライナに代理戦争をさせている以上、ウクライナ経済についてはアメリカが尻ぬぐいする体制が敷かれている。といっても、ウクライナへの主たる経済支援は国際通貨基金(IMF)や、欧州・日本などの同盟国に頼っている。はっきりいえば、アメリカが主導するIMFや同盟国を恫喝して、ウクライナへの経済支援をさせているのである。

過去2年間、ウクライナの債権者たちは債務返済を停止することに合意し、政府と民間金融機関の両方からの猶予(年間GDPの15%相当ともいわれる巨額な規模)によって、ウクライナはデフォルト(債務不履行)に陥らずにすんだ。しかし、フランスの資産運用会社アムンディやアメリカのピムコなど、民間の債権保有者からのモラトリアムは2024年8月1日に期限切れとなる(The Economistを参照)。現在、債権価値削減の交渉中だが、米政府の身勝手な振る舞いに民間企業が屈するかどうかは予断を許さない。

「知られざる地政学」連載(46)帝国主義アメリカの「代理戦争」としてのウクライナ戦争(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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