【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(46)帝国主義アメリカの「代理戦争」としてのウクライナ戦争(下)

塩原俊彦

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腐敗国家ウクライナにカネを投じさせられている同盟国

やや脱線すると、ウクライナは腐敗国家である。そんな国に、支援資金を投じても、多額のカネが「盗まれる」可能性が高い。
この問題については、拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』で詳述したことがある。最近では、2024年6月25日付の「現代ビジネス」において、拙稿「もはやここまで…汚職で腐りきったウクライナ政府の実情を全暴露する」を公表した。

7月6日には、「キーウ・インディペンデント」が「ウクライナの武器調達の後始末は、守旧派の反発に悩まされ続けている」という記事を公開した。国防省のために公的資金で物品やサービスを集中調達するために2022年に設立された国営企業の形態をとる「防衛調達エージェンシー」において、大規模腐敗が発覚し、トップが更迭された。2024年1月、後任となったマリーナ・ベズルコワは改革を進めている。だが、ウクライナ保安局(SBU)の妨害などから、必ずしも改革は進んでいない。

戦争中でありながら、腐敗の蔓延しているウクライナにカネを出すよう、要請されている同盟国の指導者たちは何を考えているのだろうか。日本国民の税金も、ウクライナの腐敗のなかに消えてゆく。

代理戦争を停止するには、バイデン政権終了が必要?

ウクライナ戦争が、アメリカが裏で操っている代理戦争である以上、ゼレンスキー大統領が勝手に戦争を終結することはできない。ウクライナ戦争を停戦にもち込むためには、バイデン政権の了解が不可欠であることがわかる。

こうした現実について、プーチン大統領はよく理解している。7月5日、モスクワを訪問したハンガリーのオルバン首相との会談後の記者会見で、プーチンは、「ウクライナのスポンサーは、この国と国民を、ロシアとの対立の犠牲になる打撃材料として利用しようとしつづけている」と語った。たしかに、スポンサーたるアメリカは代理戦争によってウクライナ国民に犠牲を強いている。多くのウクライナ国民の生命や財産を毀損しても、ロシアの弱体化という大目標のためにはやむをえないと考えているのだ。

これは、イスラエルのためなら、パレスチナ人に死傷者が出ても仕方ないという、バイデンの考え方に呼応している。2023年10月9日に発表した声明のなかで、「我々は人間の顔をした動物と戦っている」(We are fighting human animals)という暴言を吐いたイスラエルのヨアヴ・ガラント国防相のような人物がいるイスラエルを平然と応援できるのも、結局、バイデンという権力者の本性に、人権のような普遍的価値ではなく、アメリカ国民という選挙民だけしか考えないという「独我論」があるからだ。

さらに、プーチンは、「私の考えでは、キエフ政権は敵対行為の停止という考えそのものを許さない。この場合、戒厳令を延長する口実がなくなるからだ」とものべた。ゼレンスキー大統領は、戦争を継続するかぎり、戒厳令を施行しつづけ、すでに任期が切れている大統領職をつづけることができる。だからこそ、権力の座にとどまりつづけるためには、和平交渉など、もってのほかなのだ。

アメリカ大統領とウクライナ戦争

こうした状況をよく理解しているトランプ陣営は、「もしトラ」が実現すれば、ゼレンスキーに「交渉のテーブルにつかなければならない、そうしなければ米国の支援は打ち切られる」と脅しをかけるつもりである。返す刀で、プーチンに対しては、「交渉のテーブルにつかないなら、ウクライナ人が戦場であなたを殺すのに必要なものはすべて与える」と迫る(連載【44】「「もしトラ」からみた地政学」[上]を参照)。
この計画が成功するどうかは未知数だ。それでも、ウクライナ戦争が「代理戦争」である以上、アメリカ大統領がトランプになれば、ともかくウクライナ戦争が終結に向かうのは確実だと思われる。

なお、バイデン大統領がその認知能力の低下を理由に大統領候補者を断念する事態になっても、つぎの候補者はウクライナに戦争をつづけさせるだろう。リベラルデモクラシーという「神話」を信奉する者が大統領になれば、自由と民主主義を守るという「嘘」をつきつづけることで、アメリカのエスタブリッシュメントの利益を追求しつづけようとするからである。

和平への道

このサイトでは、最近の和平をめぐる動向について説明してこなかった。そこで、最後に、直近の和平をめぐる動きについて紹介することにしよう。
何といっても、6月14日にプーチン大統領が外務省指導部との会合で明らかにした和平条件がもっとも注目される。そこで語られた条件は以下のとおりである。

①ウクライナ軍をドネツク、ルハンスク両人民共和国(2022年9月にロシアに編入)、ヘルソン、ザポリージャ両州から完全に撤退させること。

②キエフが①のような決断を下す用意があると宣言し、これらの地域から実際に軍隊の撤退を開始し、NATO加盟計画の放棄を公式に通告すれば、直ちに、文字通りその瞬間に、停戦と交渉開始の命令が我々の側から下される(当然ながら、同時にウクライナの部隊や編成の妨げのない安全な撤退も保証する)。

③ウクライナの中立的な非同盟非核地位、非武装化、非ナチ化というのが我々の原則的な立場である。

④ウクライナでロシア語を話す市民の権利、自由、利益は完全に確保されなければならないし、クリミア、セヴァストポリ、ドネツク人民共和国、ルハンスク人民共和国、へルソン州、ザポリージャ州の新たな領土的現実とロシア連邦の構成主体としての地位は承認されなければならない。

⑤将来的には、これらすべての基本的かつ基本的な条項は、基本的な国際協定の形で確定されるべきである(当然ながら、これは西側諸国の対ロ制裁の中止を意味する)。

2022年4月から5月にかけて、まとまりかけていたウクライナとロシアとの和平合意に水をかけ、戦争継続を促し、ウクライナ戦争を、アメリカやイギリスの「代理戦争」に仕立てた結果、ウクライナはより大きな領土を失い、多数の国民を死傷させた。
この責任論が沸騰する事態を想定すると、「代理戦争」に仕立てたバイデンが大統領でいるかぎり、和平協議は決して進まないだろう。自らの責任論を招くからである。

もちろん、「代理戦争」を受け入れたゼレンスキー大統領の責任も重大だ。だからこそ、自らの責任を問われることにつながるプーチンの和平提案を彼は決して肯じないだろう。

任期切れのゼレンスキー

興味深いのは、先の会合において、プーチンが現在のウクライナの合法的な権力者はヴェルホヴナ・ラーダ(議会)とその議長(ルスラン・ステファンチュク)であるとの見解を示した点である。

プーチンによれば、ウクライナ憲法は、現在言及されている戒厳令に関連した大統領の権限の継続、大統領選挙の取り消しや延期の可能性を規定していない。憲法83条には、戒厳令中はヴェルホヴナ・ラーダの選挙を延期できるとだけ定められているが、大統領の権限継続については何も書かれていない。

つまり、ウクライナの法律は、戒厳令の期間中、国家権力機関の権限が拡張され、選挙が実施されない場合の唯一の例外を定めている。そして、これはヴェルホヴナ・ラーダにのみ適用される。こうして、戒厳令下でも永続的に機能する機関としてのウクライナ国会の地位が指定された。
「つまり、ヴェルホヴナ・ラーダこそ、行政府とは異なり、今日合法的な機関なのである」というのがプーチンの主張だ。ウクライナは大統領制共和国ではなく、議会・大統領制共和国なのだという。
さらに、ヴェルホヴナ・ラーダの議長は、第106条と第112条により、大統領として、国防、安全保障、軍隊の最高指揮権を含む特別な権限を与えられている。

私自身がもし法律家であれば、プーチンの法解釈はきわめて真っ当であると言わざるをえない。法的論拠に従えば、彼の法解釈は正当だと思う。
プーチンはゼレンスキーの任期が切れた5月20日、憲法裁判所が見解を示すべきだと発言した。これも真っ当な意見であった。ウクライナの法律家の多くも、おそらくプーチンの法解釈に合法性を認めるだろう。
こう考えると、先に紹介した安全保障協定のうち、今年5月21日以降に署名されたものについては、ウクライナ側の代表の権限と合法性について大きな疑念が湧く。ゆえに、プーチン自身はこの外務省幹部との会合で、「だれがどのような権限でこの文書に署名したのか、という疑問が必ず生じるだろう。そして、すべてはハッタリであり、合意は無効であることが判明するだろう」とのべた。

どうしようもない欧米諸国とそのマスメディア

「代理戦争」をゼレンスキーに強いているバイデン政権は、ウクライナに政治的に肩入れをしてきたし、いまでもそうだ。しかし、国際法や、ウクライナの司法という分野でみれば、任期が切れたゼレンスキーについて、その権限がいまでも継続されていることについて何の疑念も示されないのはおかしい。

にもかかわらず、こうした現実を報道したり、批判したりする主要マスメディアが欧米諸国や日本に存在しないというのはどうゆうことなのだろうか。
まさに、マスメディアの情報操作によって国民を騙す行為が、民主主義国家を自認する国々で公然と行われているのだ。こんな恐ろしい状況に日本国民も置かれていることに気づいてほしい。政治が法をねじ伏せているのだ。にもかかわらず、マスメディアはその弾圧を報道できず、批判すらできないのである。

つまり、こうした国々では、もはや情報統制が行われていると断言できる。だからこそ、私は拙著『帝国主義アメリカの野望』の「あとがき」でつぎのように書いたのだ。

「 私はいま、「戦前」を生きているのかもしれないと感じている。残念ながら、もうすぐ日本も戦争に巻き込まれるだろう。その昔、大日本帝国は米英などと戦争をはじめた4 日後の1941 年12 月12 日の東条英機首相下の閣議において、1937 年からつづいていた中国との戦争を含めて「大東亜戦争」と名づけることを決めた。おそらく、この戦争の前においても、いまと同じように、多くの「嘘」がまかりとおり、国民全体が戦争不可避というムードになっていったのだろうと推察される。」

せめてここで書いた内容くらいは、より多くの国民に届いてほしい。だが、現実はますますひどい方向に向かっている。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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