【書評】塩原俊彦『帝国主義アメリカの野望 リベラルデモクラシーの仮面を剝ぐ』(上)―「自由」と「民主」といった普遍性を偽装する美名の下、制裁で恫喝して支配 嶋崎史崇

嶋崎史崇

 

はじめに

前著『知られざる地政学』(上下、社会評論社、2023年)に基づく同名の連載が、ISFで既に40回以上の長期にわたる主要コンテンツの一つになっている、塩原俊彦氏。昨年末以来、『ヤフーニュース』にも転載される『現代ビジネス』にも定期的に寄稿しており、論壇で影響力を増していると思われます。
『現代ビジネス』連載:https://gendai.media/list/author/t-shiobara

経済学、ウクライナ・ロシア論、メディア論、地政学、科学技術論といった多岐にわたる分野で、立て続けに大著を世に問うている塩原氏の新著が、今年6月、同じく社会評論社から刊行されました。

今時、左派勢力ですらあまり口にしなくなっていると思われるアメリカ帝国主義または「米帝」。その実態を白日の下にさらし、徹底的に批判するのが、「反時代的考察」たる本書の精神です。2014年の『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)以来の塩原氏の著作の主題の一つが米国批判でしたが、本書はその集大成的著作であるといえるでしょう。

「まえがき」で著者は、「自国および自国に属する企業などの影響力をより強めることで、国家とそれに属する企業の利益拡大をはか」る振る舞いを「帝国主義的」として定義します。この定義ですと、米国以外にも、中国、EU、ロシア等も「帝国」になることを、著者も認めています。その上で、自国の基準を「グローバリゼーション」(4頁)と称して、「自由」や「民主」といった普遍性を偽装する美名の下、世界中に押し付けて、“成功”しているのが米国である、ということだと私は理解しています。また、米国を厳しく批判するのは、(日本の主要メディアでは)根源的な批判の対象となることが少ないからであり、中国やロシアといった対立勢力を擁護するわけでは決してない(8頁)、という著者の意図を押さえておきましょう(ただし、こうした国々を是々非々、公平に見るという姿勢は感じます)。かつて鳩山友紀夫元首相が、日本の「大手メディアは往々にして政権の意向を忖度し、政権は往々にして米国の意向を忖度します。その結果、私たちが見聞きする情報は米国のフィルターを通したものが多い」と述べたことがあります(『もうひとつの日米戦後史』詩想社、2020年、3-4頁)。こうした情報の次元での強力な偏向を是正する効果も、本書の一つの効用だと思います。

序章:ヘゲモニー国家アメリカをめぐる物語

塩原氏はまず、柄谷行人氏の『世界史の構造』(岩波書店、2015年)に基づき、かつての帝国主義に対応する思想が自由主義であるように、現状の新しい帝国主義に対応する思想が、規制緩和や減税を特徴とする新自由主義である、と指摘します。それと並行して米国の製造業が衰退し、柄谷氏の言う市場で中心となる「世界商品」が、重工業品から―IT分野をはじめ米国の得意な―情報に移っている、という指摘も重要です。柄谷氏の用語法では、帝国主義は、覇権国家が没落し、新たな覇権国家が出ていない状態を指し、自由主義とは覇権国家が取る政策である、ということも知っておきましょう。

こう考えると、2014年のウクライナ危機(米国が関与して起こした政権転覆事件「マイダン革命」)と、22年以降のウクライナ戦争は(落ち目の米国が、対ロシア覇権維持のために)起こした事件である、とも理解できるとされます(以上14-16頁)。ロシアのウクライナ侵攻を非難しながら、イスラエルのガザに対する非常に過剰で残酷な反撃を容認する米国の二重基準といえる姿勢も、帝国主義的と名指しされます(16頁以下)。元来ロシアの同盟国であり、アゼルバイジャンとの紛争で注目されたアルメニアの切り崩しについても、同様の米国の帝国主義的戦略が表れています(22頁以下)。

第1章 ウクライナ戦争とアメリカ帝国主義

米国はそもそもソ連時代から、構成国に対して「民主主義の輸出」という美名の下、ナショナリズムを扇動しつつ、独立支援活動を行ってきました。ソ連崩壊は米国の富豪にとって、国有資産を私物化する好機であり、また亡命ユダヤ系の人々にとっては故郷への「帰還」でもあるとされます(28頁以下)。

塩原氏が問題視するのは、オバマ元大統領が署名した「2014年ウクライナ自由支援法」です。この法律は、その名称とは裏腹に、ロシアの国家や企業に対する制裁を主な内容としています。しかも、いわゆる「二次制裁」として、第三国とロシアの取引に制裁を課しつつ、米国にとって有利な、エネルギー政策等の「門戸開放」を迫るものです。著者は、この法律において、自由と民主を標榜しながら、他国を脅迫する米帝国主義の特長を看取します。オバマ氏といえば、日本の一般メディアではいまだに、型破りで乱暴なトランプ氏に比べて、ノーベル平和賞も受賞した民主主義の擁護者、といった印象がいまだに強いのかもしれませんが、こうした知られざる実態があります(29頁以下)。
UKRAINE FREEDOM SUPPORT ACT OF 2014:
https://www.congress.gov/113/plaws/publ272/PLAW-113publ272.pdf

「民主主義の輸出」と称された血腥いクーデターを扇動してきたのは、「全米民主基金」(NED)という組織です。非政府組織ながら米議会から助成金を得ており、塩原氏は「アメリカ帝国主義の先兵」と名指しします。ウクライナにも、1989年から関与してきました(36頁)。NEDの報告書を分析し、ウクライナを初めとする旧ソ連圏やイスラム圏(「アラブの春」)のみならず、台湾や香港等東アジアでもいわゆるカラー革命を推進してきた実態に焦点を当てた著作として、遠藤誉『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』(ビジネス社、2023年)を挙げておきます。遠藤氏は、革命の代わりに民主主義を輸出する米国のネオコン勢力は、スターリン時代のコミンテルンと同形であり、しかも米国の戦争ビジネスと結び付いている、という辛辣な指摘をしています。
「安倍元総理の経済ブレインで米ノーベル賞学者が『アメリカは新冷戦に負ける』」、『ヤフーニュース』、2022年6月24日。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/cda1b1d6c86a30dea47daa0b06a299c4d311ba6c

ロシアはウクライナとの戦争の緒戦で、首都攻略に成功しなかったこともあり、早くから和平交渉に入っていたことがわかっています。ウクライナの永世中立、非核国家宣言、クリミア紛争の平和的解決等、ウクライナに比較的有利な条件でした。しかしその後、非常に不可解で疑惑の多い「ブチャ虐殺」事件が起き、当時の英国首相・ボリス・ジョンソン氏がキエフに乗り込み、武器支援を約束しつつ戦争継続を呼び掛けていました(38頁以下)。

こうした停戦交渉・停戦妨害の内幕については、日本では他ならぬ共同通信も報告していました。にもかかわらず、他の大手メディアが追随することがほとんどなかったため、大多数の日本人は、何も知らないままではないでしょうか。戦争が継続されたことでロシアが底力を発揮するようになり、「反転攻勢」の失敗を経てウクライナ側が苦境に陥っていることは、周知の通りです。
共同通信:「平和への最大のチャンス、ウクライナ和平合意を壊したのは誰か 交渉当事者から新証言相次ぐ 『ロシアを追い詰めろ』が生んだ悲劇」、2024年1月5日。
https://www.47news.jp/10351812.html

また、バイデン大統領が、副大統領時代から、ウクライナの検事総長を辞職に追い込めるほど、この国を支配下に置いていた実態も、我々は知っておかねばなりません。次男のハンター氏のウクライナの富豪らとの癒着も、深刻なものがあります(31頁以下)。重要な隣国と離間させられた結果、救い難い「対米従属」に陥っているという点では、ウクライナは日本によく似ていると思われます。

ユダヤ系でないのにシオニストを自称するバイデン氏は、イスラエル支援でも先頭に立っています(45頁以下)。宿敵トランプ氏との再戦に備えて、バイデン氏自らイスラエルやウクライナへの支援を、露骨にも国内の軍事産業向けの「投資」と呼び、恥じるところがない、ということも必須の知識です(60頁以下)。こうした実情を知らずして、「米国は自由と民主の守護者」と素朴に信じるのはあまりにも幼稚でしょう。塩原氏は「カネで票を買い、ウクライナで命を奪う」ものとして、「アメリカ軍国主義」の本質をまとめ(62頁)、「即時休戦協定の必要」を訴えています(68頁)。

第2章 エネルギー争奪からみたアメリカ帝国主義

『パイプラインの政治経済学: ネットワーク型インフラとエネルギー外交』(法政大学出版局、2007年)等の著作がある著者にとって、エネルギー問題は専門中の専門です。ソ連崩壊の要因の一つが原油価格低迷だったとされるように(76頁)、エネルギーは世界的覇権と深く結び付いてきました。現状では、米国が新資源のシェールオイルの生産拡大により産油量世界1位になっていますが、それにロシアがサウジアラビア等と連携して原油価格を抑え、割高な米国製シェールオイルに抵抗している、という構図があります(79頁)。

周知の通り、欧州は北海油田等を除くと、エネルギー資源に乏しい土地です。オイルショック等の影響もあり、冷戦時代に既に欧州とソ連を結ぶガスパイプラインが、自らのLNGを輸出したい米国の反対と妨害を押し切って、実現していました(100頁以下)。バルト海経由で欧州とロシアを結ぶ現在のノルドストリーム1・2に対しても、米国は制裁や二次制裁で脅迫を続けていました。こうした米国による長い反発と妨害の歴史を踏まえつつ、ようやく完成したノルドストリーム2と、メンテナンス中だった1がウクライナ戦争勃発後の2022年9月に爆破された事実の背景を考えねばならない、と著者は指摘します。ISFも伝えてきたように、米国のベテランジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏が、米国犯行説、しかもバイデン大統領による指示である、という説を唱えました(106頁以下)。

乗松聡子氏訳:「調査報道家シーモア・ハーシュ氏による記事『米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?』」、『ISF独立言論フォーラム』、2023年2月15日。https://isfweb.org/post-15397/
この記事では、バイデン大統領と、ヴィクトリア・ヌーランド国務次官(当時)が、ウクライナ戦争開戦直前に、ロシアが侵攻した場合、ノルドストリーム2はなくなる、または進展しなくなる、といった“犯行声明”とも受け取れる不可解な発言をした動画も収録されています。

こういった米国にとって不都合な事実や見方が日本の一般メディアで報道されたことは少なく、日本人はロシア犯行説、謎の親ウクライナ派犯行説等、根拠に乏しい見方ばかりを聞かされてきました。しかし塩原氏は、米国がキューバ政権転覆を狙った1961年のピッグス湾事件をはじめ、噓をつき続けてきた歴史へと注意を促し、友好国であるはずのドイツすら裏切りかねない、米国の冷酷さに警鐘を鳴らします(108頁)。恐らくドイツ以上に米国への従属度が高い我々日本人にとっては深刻ですが、直視せざるを得ない現実です。

資源との関連では、環境を重視しているはずの米民主党が、大統領選挙の激戦州で、厳しい煤煙規制に反対している、というこれまた露骨で欺瞞的なご都合主義についても、知っておかねばならないでしょう(118頁)。

第3章 アメリカ帝国主義の切り札:制裁

米国が真の覇権国だった時代には制裁の脅迫だけで機能したが、米国が実際に帝国主義的振る舞いである制裁を執行し始めたのは、米国の凋落の裏返しである、といった見方を塩原氏はしています。まただからこそ、「アメリカの科す制裁について考察すれば、アメリカがいかに帝国主義的であるかがよくわかるはずだ」と言われるほど、本章は「リベラルデモクラシーの仮面を剝ぐ」ことを目的とする本書の一つの核心をなします(以上122頁)。

ロシアの銀行が国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除された事件については、日本の一般メディアでも報道されました。これによりロシアの銀行は、国際的な取引を阻害されます。問題は、米国が国際決済通貨ドルの覇権的な力を背景に、SWIFTへの直接制裁の脅しや、SWIFTが法人化されているベルギー等、第三国への二次制裁をちらつかせることで、自らの意思を貫徹してきたことです(122頁以下)。二次制裁とは、事実上、外国企業にアメリカ市場と制裁対象国の至上のどちらかを選択させるような脅迫であり、世界中に米国のルールを押し付けて統制する手段になってきました。二次制裁の基準をあえて曖昧にし、不確実性を高めて(忖度させて)抑止力を高める、といった狡猾な手段もとられています(133頁)。かくして二次制裁は、「第三国の国家主権の侵害」であり、その域外管轄権の主張は「内政への不法な介入」であろう、と指摘されます(131、141頁)。にもかかわらず、日本を含むG7諸国は、米国による二次制裁に加担しています(140頁以下)。

しかし対ロシア制裁は、周知の通り、当初期待されたようなルーブル大暴落、経済破綻、ウクライナでのロシア軍敗北、のような大きな成果は上げていません。むしろルーブルや人民元等米ドル以外の決済や、暗号通貨の使用増加を招きました(124頁以下)。むしろ、「脱ドル化」もしくは米ドル覇権の衰退の一つのきっかけになっている、ともいえるでしょう。ロシア産原油も、インド、中国、トルコ等第三国で精製され、欧米に大量に輸出されている事実を踏まえると、制裁の掛け声倒れで欺瞞的な現実が見えてきます(151頁)。

1970~80年代の米国の一方的な制裁は13%しか成果を上げていないという研究成果や(150頁)、「ドルを使った金融制裁の背後にユダヤ系の人々の金融支配への野望がある」(141頁)といった塩原氏の洞察も重要です。特にタブーとなりがちな後者の論点について我々は、現状のガザ地区への過剰で残忍な攻撃を行ってきたイスラエル軍への批判と同じく、「差別」や「反ユダヤ主義」といった感情的な反応をするのではなく、より中立的に歴史を学ぶことが大切だと思われます。

☆☆☆

【書評】塩原俊彦『帝国主義アメリカの野望 リベラルデモクラシーの仮面を剝ぐ』(下)―「自由」と「民主」といった普遍性を偽装する美名の下、制裁で恫喝して支配 嶋崎史崇 に続く

 

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嶋崎史崇 嶋崎史崇

しまざき・ふみたか 1984年生まれ。MLA+研究所研究員。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系研究科修士課程(哲学専門分野)修了。ISF独立言論フォーラム会員。著書に『ウクライナ・ コロナワクチン報道にみるメディア危機』(本の泉社、2023年6月)。記事内容は全て私個人の見解。主な論文は、以下を参照。https://researchmap.jp/fshimazaki 記事へのご意見、ご感想は、以下までお寄せください。 mla-fshimazaki@alumni.u-tokyo.ac.jp

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