【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(47)トランプ前大統領暗殺未遂事件の背後に、民主党や主要メディアのディスインフォメーション工作(上)

塩原俊彦

 

連載【47】として、米共和党大会で採択予定の「2024年共和党綱領」などを取り上げた論考を準備していた。だが、2024年7月13日に起きた、ドナルド・トランプ前大統領暗殺未遂事件(下の写真)によって、その内容の大幅修正を迫られた。ここでは、用意していた原稿内容を活かしながら、この暗殺未遂事件について論じてみたい。

 


アメリカ・ペンシルベニア州の集会場で起きたトランプ前大統領暗殺未遂事件直後の様子
(出所)https://www.politico.com/news/magazine/2024/07/14/trump-shooting-partisanship-column-00168003

「2024年共和党綱領」の概要

最初に、共和党綱領について紹介するとともに、「もしトラ」の具体的政策に関連していると思われる「プログラム2025」についても説明することで、「もしトラ」で予想される、トランプ第二次政権の具体的な政策について考えてみたい。

2024年7月8日、「2024年共和党綱領」が共和党全国委員会の綱領委員会によって84対18の賛成多数で承認され、最終版として一般に公表された。この綱領は2024年7月15日の共和党全国大会で正式に採択される予定である。同委員会の政策責任者と副責任者は、ドナルド・トランプ前大統領の強固な味方といえる、同政権時代の元管理予算局長、ラス・ヴォートと、著名な社会的保守派のエド・マーティンだ。

「もしトラ」となれば、同時に実施される上・下院議員選でも、共和党が勝利する可能性が高くなる。その意味で、共和党が党として、どのような政策を米国民に約束したのかを知ることは、今後の「もしトラ」の行方を探るうえでも参考になる。
綱領は10章からなっている。それは、以下のとおりである。

1. インフレを打破し、すべての物価を速やかに引き下げる。
2. 国境を封鎖し、移民の侵入を阻止する。
3. 史上最大の経済を構築する。
4. アメリカンドリームを取り戻し、家族、若者、そしてすべての人にとって、再び手の届くものにする。
5. アメリカの労働者と農民を不公正貿易から守る。
6. 高齢者を守る。
7. 若者のための素晴らしい仕事と素晴らしい生活につながる、素晴らしい幼稚園から高校までの学校を育成する。
8. 政府に良識をもたらし、アメリカ文明の柱を刷新する。
9. 人民の、人民による、人民のための政治を行う。
10. 力によって平和を取り戻す。

移民問題はたしかに重視されている。他方、中絶については、綱領の1カ所に、「私たちは、後期中絶に反対する一方で、妊産婦ケア、避妊具へのアクセス、IVF(不妊治療)を推進する母親や政策を支援する」と書かれているにすぎない。つまり、中絶に対する共和党の公式スタンスを軟化させた内容とすることで、この問題による投票離れを食い止めようとしている。トランプ自身は、国家的禁止を求める右派の声をはねつけた格好となっている。

注目される経済政策

綱領では、移民対策やインフレ抑止といった国内政策が重視されている点が特徴となっている。ここでは、「第三章 市場最大の経済を構築する」について、詳しく検討してみたい。

ここでは、「アメリカ・ファースト経済アジェンダ」として、五つの柱が提示されている。①規制の削減、②減税の恒久化とチップ課税の撤廃、③公正で互恵的な貿易協定、④信頼できる豊富で低コストのエネルギーの確保、⑤イノベーションの推進――というのがそれである。

規制緩和は共和党の定番とされてきた。トランプは、「バイデン政権の環境規制の多くを撤廃し、石油会社の掘削規制を緩和し、連邦政府機関に支出削減の圧力をかけることに時間を費やすことはないだろう」、というのがThe Economistの見立てである。トランプは、最初の大統領就任時と同様に、一つの規制が発令されるごとに二つの規制を撤廃すると約束している。

減税については、トランプ氏が2017年に策定した減税・雇用法(TCJA)の期限切れが迫っており、その対策が焦点となる。法人税の減税は恒久的なものだが、個人所得税の減税を含む残りの大部分は2025年末に失効するので、トランプの主な目的は、これらの減税を恒久化することだ。なお、チップを非課税にするという公約はトランプの斬新な提案であり、共和党綱領もこの提案を踏襲したことになる。

減税策を実現するために、共和党は今後10年間で約45兆ドルの削減延長費用を支払う必要があるとみられている。先に紹介したThe Economistによれば、「もしトラ」政権は、「関税による収入で、10年間で30億ドルをもたらす可能性がある」。バイデン政権下での政策の一部を撤回して、資金捻出に充てることもできる。たとえば、気候変動補助金パッケージであるインフレ削減法のコストは約1兆ドルに達すると予想されている。共和党は、電気自動車に対する割引を手始めに、いくつかの税控除を廃止することができる。さらに、若者の票をカネで買おうとした、バイデンによる学生ローン帳消しを撤回する可能性もある。

暗号通貨への傾斜

とくに注目されるのは、⑤に関連して、暗号、人工知能(AI)、宇宙の分野で世界をリードする方向性が示された点だ。WPは、「トランプ大統領の「2024年」綱領の勝者たち:暗号、AI、イーロン・マスク」という記事を公表し、共和党によるこの三つの分野の重視に焦点を当てている。

暗号については、綱領において、「共和党は、民主党の非合法かつ非アメリカ的な暗号通貨取り締まりに終止符を打ち、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の創設に反対する」と規定されている。さらに、「ビットコインを採掘する権利を擁護し、全てのアメリカ人がデジタル資産を自己管理し、政府の監視と管理から自由に取引する権利を持つことを保証する」と記されている。

拙著『知られざる地政学』〈下巻〉で論じたように、「第4章 金融 (2)CBDCをめぐる覇権争奪」で詳しく論じたことがある。要するに、暗号通貨決済は、基軸通貨たるドル決済に代わる国境を越えた決済通貨として重要性を増している。ただし、暗号通貨取引自体については、中国やロシアは消極的であり、むしろCBDCを積極的に利用することで、ドルに対抗しようとしている。

どうやら共和党は、こうした中国やロシアの動きと逆の方向をめざしているようにみえる。CBDC創設に反対する一方で、ビットコインに代表されるような暗号通貨については規制緩和によってその発展を促すという方針だ。この背後には、暗号通貨推進派によるロビイ活動の効果が指摘されている(WPを参照)。暗号通貨推進という旗を振ることで、票の積み増しをねらっている。

人工知能(AI)のレッセフェール

綱領では、「我々は、AIイノベーションを妨げ、この技術の開発に急進的な左翼思想を押しつけるジョー・バイデンの危険な大統領令を廃止する」と書かれている。これは、バイデン大統領は2023 年10 月30 日、「AI の安全、安心、信頼できる開発と利用に関する大統領令」に署名したことに対応している。同大統領令によって、AI の開発と利用を、八つの指導原則と優先事項に従って進め、管理する方向性が示されているのだ。

拙著『帝国主義アメリカの野望』において詳述したように、同日、米国、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、カナダ、欧州連合(EU)を含むG7 は、人工知能(AI)に関する国際指導原則と、広島AIプロセスの下でのAI 開発者の自主的行動規範に合意した。

つまり、バイデン政権はAI開発において、一定の歯止めをかけることを国際的に主導していく姿勢を鮮明にしたことになる。こうした政策に、共和党綱領は明確に反旗を示したのだ。

宇宙における自由、繁栄、安全を拡大する

綱領は、「共和党のリーダーシップの下、アメリカは地球近傍軌道で強固な製造業を創出し、米国人宇宙飛行士を月へ、そして火星へと送り、急速に拡大する商業宇宙部門とのパートナーシップを強化し、宇宙へのアクセス、居住、資産開発の能力に革命をもたらす」と訴えている。

この規定のもっとも大きな受益者となる可能性が高いのは、スペースX、テスラ、Xを経営するイーロン・マスクである。2024年7月12日、マスクがトランプをホワイトハウスに選出するために活動しているスーパー政治活動委員会に寄付したとの情報が流れた。こうした出来事からわかるように、共和党はマスク寄りの政策に舵を切ることで、トランプ大統領誕生につなげようとしたのである。

「プロジェクト2025」

「2025年大統領政権移行プロジェクト」(「プロジェクト2025」)はヘリテージ財団によって組織され、レーガン時代から大統領政権に大きな影響力を持つヘリテージの長年の「リーダーシップのためのマンデート」を土台としている。

WPによれば、同プロジェクトは、「トランプ政権の元指導者たちや将来の指導者たちによる包括的な計画で、大統領権限を劇的に拡大し、トランプがその権限を使って批判者を追及できるようにする一方で、アメリカを保守的な型にはめることを目的としている」。いわば、「第二次トランプ政権の青写真」といえる。その目玉は900ページにおよぶ計画で、大量の国外追放から、トランプが司法省を掌握するような形での連邦政府の政治化、連邦政府機関全体の削減、ポルノの禁止や 「結婚、仕事、母性、父性、核家族」を奨励する政策の推進など、政府の政策のあらゆる側面にキリスト教ナショナリズムを浸透させることまで、アメリカ人の生活のほぼあらゆる側面について極端な政策を求めている。

物議を呼ぶ多数の提案

「もしトラ」となっても、「プロジェクト2025」の政策提言が実現されるわけではない。あくまで「青写真」(blueprint)にすぎない。それゆえに、「もしトラ」となったらやりたいと考えている本音ベースの具体的政策がよくわかる。先に紹介した共和党綱領がやや慎重な政策に終始しているのに対して、「プロジェクト2025」はある意味で「勇猛果敢」だ。

たとえば、トランスジェンダーの入隊を禁止し、徴兵制の復活を検討する。「性同一性障害は兵役の要求とは相容れない」と書かれており、「計画のこの部分を書いた人物は、トランプ大統領末期に国防総省を率いた人物で、政府は兵役の義務化を真剣に検討すべきだとワシントン・ポスト紙に語っている」と、先のWPは紹介している。

ほかにも、「国境警備隊と移民局」を新設し、トランプの国境の壁を復活させ、国境に子どもや家族を収容するキャンプを建設し、すでに不法入国している数百万人を強制送還するために軍隊を派遣するという提案もある。

「プロジェクト2025」は、気象予報と気候変動の追跡を行うアメリカ海洋大気庁を廃止することを要求している。まさに、気候変動保護を削減するという、時代の流れに逆行した政策をとるというのである。北極圏の天然資源の掘削を増やし、環境保護庁の気候変動部門を閉鎖し、一方で化石燃料の増産を容易にするという。

恐ろしい提案もある。トランプ大統領に敵対者を捜査する権限を与えるというのだ。「プロジェクト2025」は、司法省とFBIのような法執行部門をすべて大統領直轄にしたうえで、FBIを「上から下まで」総点検し、政権がFBIの捜査を細かくチェックし、大統領が気に入らないものはすべて排除することを求めている。これは、連邦法執行機関の独立性を劇的に弱めることを意味している。

これは、2020年10月に公表された、ウクライナでのジョーとハンターというバイデン父子による不正報道について、司法省やFBIが握り潰そうとしたことで、大統領選の結果が「盗まれた」と考えるトランプにとって、積年の恨みを晴らすことになる(なお、この「盗まれた選挙」が決して根拠のない主張でないことは「連載【43】情報統制の怖さ」[上下]で論じたことがある)。

ほかにも、「プロジェクト2025」は、公立学校教育に大規模な変更を加え、たとえば長年にわたる低所得者層や早期教育の連邦政府プログラム、さらには教育省全体を削減することを提案している。「連邦教育政策は制限されるべきであり、最終的には連邦教育省は廃止されるべきである」とまで書かれている。なお、共和党の新綱領には、「米国は、世界のどの国よりも生徒一人当たりの教育費をかけているが、教育の成果という点では、あらゆる教育リストの最下位にある。ワシントンの教育省を閉鎖し、本来あるべき州に戻し、州が本来の教育制度を運営できるようにする」と記されている。

「知られざる地政学」連載(47)トランプ前大統領暗殺未遂事件の背後に、民主党や主要メディアのディスインフォメーション工作(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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