【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(47)トランプ前大統領暗殺未遂事件の背後に、民主党や主要メディアのディスインフォメーション工作(下)

塩原俊彦

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主要マスメディアによる反トランプキャンペーン

共和党の新綱領を読んでも、あるいは、「プロジェクト2025」をみても、「もしトラ」となったら、アメリカの統治が大きく変わることになるだろう。

だからこそ、アメリカの主要マスメディアは頻繁に反トランプキャンペーンを展開している。一つは、トランプへの人格攻撃であり、もう一つはトランプ独裁懸念の大合唱だ。

2024年7月11日付NYTは、「ドナルド・トランプは指導者にふさわしくない」という長文の記事を公表した。最初に、トランプは道徳的適性に欠けていると書いている。大統領は日々、強さや信念だけでなく、正直さ、謙虚さ、無私の精神、不屈の精神、そして健全な道徳的判断から生まれる視点を必要とする課題に直面しているから、道徳的適性は重要だと、NYTは指摘する。そのうえで、「もしトランプ氏がこれらの資質をもっているとしても、アメリカ人は国家の利益のために行動する姿を見たことがない」ことを根拠に、「彼の言動は、基本的な善悪を無視し、大統領の職責に対する道徳的な適性を明らかに欠いていることを示している」と断じている。

たしかに、指摘は「当たらずとも遠からず」かもしれない。だが、ウクライナに代理戦争をさせながらウクライナ人を死に追いやり、他方で、パレスチナ人を無差別に殺戮するイスラエル政府を支援しつづけながら、自分の認知機能の衰えを否定し、アメリカ国民ばかりか地球上に住む全人類を危機に巻き込むことに躊躇を感じていないジョー・バイデンにも道徳的適性があるとはまったく思えない。

NYTは、トランプのリーダーシップについても疑問符をつけている。トランプが、「ヴィクトール・オルバンからウラジーミル・プーチン、金正恩に至るまで、独裁者を賞賛している」として批判している。トランプは「要求することで物事を実現し、意志や人格の力で合意を強制する指導者」であるとみなして、その独裁を懸念している。

片腹痛いのは、トランプへの人格攻撃だ。「人格とは、リーダーに信頼性、権威、影響力を与える資質である」としたうえで、NYTは、トランプにこうした資質がないと主張する。トランプは、①自分に不利な証人として証言する気概のある人物を威嚇しようとする、②トランプに法の責任を問う義務を果たしている裁判官の誠実さを攻撃する、③自分が嫌いな人々を馬鹿にし、自分に反対する人々について嘘をつき、共和党員が膝を屈することができなければ敗北の標的にする――と指摘している。

私からみると、過去に数々の情報操作のために、不正確な情報を流したり、あるいは、あえて情報を流さなかったりしてきたNYT自身の「悪辣さ」を反省しないまま、「よくもこんなことが書けるものだなあ」と唖然とする。

独裁懸念

2023年11月30日付のWPは、ネオコン(新保守主義者)として有名なロバート・ケーガンの「トランプ独裁は不可避になりつつある」という記事を公開した(詳しくは「ネオコンの理論家ロバート・ケーガンの論考を斬る」を参照)。

この主張を裏づけるかのように、2024年7月1日、米最高裁判所は、大統領免責をめぐる「トランプ対合衆国」裁判で、トランプ前大統領が前回の選挙を覆そうとした容疑について実質的な訴追免除を受ける権利があるとの判決を下した。採決は6対3で、党派で分かれた。その直接的な実質的効果は、選挙を前に陪審員の審理が行われる可能性はほとんどなくなり、トランプに対する罪状は最低でも絞られることになった。

ジョン・G・ロバーツJr.最高裁長官は、多数派を代表して、トランプには少なくとも、その公務行為に対する推定的免責があるとのべた。その上で、裁判長は公式な行為と非公式な行為を分けるために集中的な事実審査を行い、公式な行為についてトランプを保護する推定を検察が覆すことができるかどうかを評価しなければならない、と付け加えた。トランプが投票で勝利すれば、司法省に告訴の取り下げを命じることができるため、この問題は無意味になる可能性すらある。

他方で、リベラル派判事のソニア・ソトマイヨール判事は、この判決は重大な見当違いであると書いた。判事は、「元大統領の刑事免責を認める今日の決定は、大統領制を再構築するものである。それは、われわれの憲法と政府システムの根幹をなす原則、「法の上に立つ者はいない」という原則を愚弄するものだ」と断じた。換言すれば、「法の上に立つ」独裁者の誕生を米最高裁が認めたことになる。

こうした成り行きからわかるのは、既存の統治システムにあっても、事実上の独裁者が登場するという事実らしい。その意味で、問題はトランプ本人にあるというよりも、トランプ個人を独裁者に押し上げてしまう制度自体にあるのかもしれない。

論点整理

ここで、錯綜する論点を整理してみたい。
民主党や共和党の一部(ネオコン)は、いわゆるリベラルデモクラシーの思想を世界中に広げることがアメリカの安全保障にもつながると信じてきた。主要なマスメディアもリベラルデモクラシーを妄信し、この思想に基づく外交を展開することがアメリカのヘゲモニーを維持するのに役立つと考え、民主主義の輸出という介入主義を採用してきたのである。

しかし、トランプには、こうしたリベラルデモクラシーが国内の利益よりも世界の幸福を優先しているようにみえるらしい。少なくとも、民主主義の輸出を通じて利益を得ているのは、ごく一部の既存統治層にすぎない。それに比べて、アメリカ国民は失業に苦しみ虐げられている。ゆえに、彼はリベラルデモクラシーを否定し、あくまで自国および自国民優先の政策を主張する。

主要マスメディアはこれまでこの少数の既存統治層(エスタブリッシュメント)と結託し、情報操作を通じた選挙によって、アメリカ国内の政治的秩序を何とか維持してきた。これに対して、エスタブリッシュメントや主要マスメディアを真正面から批判するトランプは、彼らにとって「大敵」であり、どんな手段を使っても大統領にしてはならない人物に相当する。だからこそ、2020年の選挙において、露骨な情報操作や連邦捜査局(FIB)による検閲までして、トランプ当選を阻んだわけだ(つまり、彼らは本当にトランプ当選を「盗んだ」のである)。

そしていま、彼らは、独裁懸念を叫んだり、人格批判まで繰り出したりして、再びトランプの当選を潰そうとしている。もちろん、その訴えは根拠薄である。『フォーリン・アフェアーズ』が2024年7月1日に公表した論文にあるように、「トランプは現実主義者」であり、主要マスメディアが声高に煽り立てているトランプ批判は間違っている。

神に近づくトランプ

7月13日のトランプ暗殺未遂事件後、「現代ビジネス」で紹介した拙稿「「トランプは21世紀のキリスト」だって!? キーワードはWWJD」の価値が急上昇している。「なぜか」といえば、まさにこの事件によってトランプは神に近づいたからだ。その証拠に、ライス大学の大統領史研究者ダグラス・ブリンクリーは、「暗殺未遂から生き延びることで、あなたは殉教者になる、大衆の共感が得られるからだ」と語っている(WPを参照)。

拙稿のなかで、紹介したジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス上院議員(オハイオ州)はつぎのようにツイートした。

「今日は単なる孤立した出来事ではない。バイデン陣営の大前提は、ドナルド・トランプ大統領は権威主義的ファシストであり、何としても阻止しなければならないというものだ。そのレトリックはトランプ大統領の暗殺未遂に直結した。」

この指摘は正鵠を射ている。そして、こうした的確な分析ができるヴァンスをトランプは副大統領候補に選んだ。少しだけ自慢話をしておくと、私は2024年4月3日に「現代ビジネス」に「「トランプは21世紀のキリスト」だって!? キーワードはWWJD」という記事を公開した。そのなかで、ヴァンスを詳しく紹介しておいたのである。この時点で副大統領候補リストに収載されていた人物のなかで、もっとも優れた「分析家」と思ったからである。私が安堵しているのは、彼を選んだトランプの慧眼である。主要メディアのディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)によって誤解されているトランプだが、ヴァンスを選んだことは評価できる、と私は考えている。

民主党および同党と結託したマスメディアによる「ディスインフォメーション」工作

すでに紹介したように、独裁者になるとか、人格的に最低といった趣旨の主張を展開していたアメリカのマスメディアと、ドナルド・トランプを存亡の危機と批判することで民主党を結束させているようにみせかけてきた民主党勢力の不誠実が今回の事件の背後にあることは、ヴァンスの指摘通り、間違いないと断言できる。

意図的で不正確な情報である「ディスインフォメーション」を流して、多くの人々を騙す工作をNYTやWPなどの主要マスメディアが行うなかで、トランプという個人を標的にする暴力を助長した面があることは否めないのだ。

決定的だったのは、バイデン大統領による7月8日の発言だった。NYTは同日、バイデン大統領が最大の資金調達者や寄付者に直接話しかけ、選挙戦に残るという主張を繰り返し、選挙戦の焦点を自分からドナルド・J・トランプ前大統領に移す必要があると伝えたという内容の記事を報じている。そのなかで、NYTが閲覧した会談のビデオ録画によると、「これ以上、気を取られて時間を無駄にすることはできない」とバイデンは語ったとした後で、NYTはバイデンの話をつぎのように書いている。

「私の仕事はただ一つ、ドナルド・トランプを倒すこと、ドナルドを倒すことだ。私は、それができる最高の人間だと確信している。ディベートについて話すのはもう終わりだ。トランプを標的にするときだ。」

最後の文は、“It’s time to put Trump in the bull’s-eye”という言葉を翻訳したものだ。まさか、バイデン大統領自身が「トランプを銃撃せよ」と言ったとは思わない。しかし、そう受け取られかねない発言をしたのは事実である。たとえば、7月14日付のWSJは、「バイデン大統領のドナルド・トランプ前大統領に対する暴言はここ数日で激しさを増し、そのなかには少なくとも一度、トランプ氏を標的として言及したものも含まれている」と書いている。それがここで紹介した部分なのである。

だからこそ、マイク・コリンズ議員(ジョージア州選出)は、紹介したバイデンの発言を問題視し、「ジョー・バイデンが命令を下した」と13日夜にソーシャルメディアXに書き込んだのである。

実は、4月19日、ベニー・トンプソン下院議員(民主党)が有罪判決を受けた重罪犯からシークレットサービスの保護を剥奪する法案を提出したとNYPが報じている。これは明らかにトランプ前大統領を狙ったものであり、もはや民主党のなかに、「トランプ憎し」の感情がたぎり、暴発しかねない状況にあったとも考えられる。

親民主党派による陰謀論

主要マスメディアはあまり報じたがらないこととして、親民主党派も陰謀論を流布しまっているという事実がある。たとえば、バイデンを支持するソーシャルメディア・ユーザーは、大統領が討論会の前に密かに薬物を投与されたと主張した。さらに、彼らは、バイデンの熱烈な支持者である俳優のジョージ・クルーニーが、バイデンのガザ戦争におけるイスラエル支持に触発された手の込んだ復讐計画の一環として、大統領選からの降板を呼びかけるニューヨーク・タイムズ紙の論説を書いたという陰謀説を流した。

こうした陰謀論者らは、今回の暗殺未遂事件について、トランプ前大統領の耳についた血は劇用のジェルパックによるものだと主張し、銃撃は「偽旗」であり、おそらくシークレットサービスがトランプ陣営と協力して調整したものだと言い出した。このバカバカしさに業を煮やしたWPは、親民主党でありながら、こうした陰謀論者の存在を批判する記事を書いた。
陰謀論では、当初、右派の「QAnon」が有名となった(この問題については、「論座」に掲載した拙稿「日米ロで広がる陰謀論の裏側(下)」を参照してほしい)。これに対して、ネット上でリベラルな陰謀論を展開し、ブルーカラーの民主党の主張を広めようとする「ブルーアノン」と呼ばれる勢力も目立つようになっている。

WPによると、民主党の献金者リード・ホフマンの政治アドバイザーであるドミトリ・メールホーンは、13日遅くに支持者たちに、この銃撃は、トランプが写真を撮って反動から利益を得るために奨励され、もしかしたら演出された可能性さえあると考えるよう、電子メールで呼びかけたという。

「ブルーアノン」の世界では、主流メディアを含む影の勢力が、バイデン大統領の立候補を潰し、11月5日にトランプを政権に返り咲かせようと動いていると考えられている。興味深いのは、彼らの主な活動の場がメタ(旧フェイスブック)のテキスト中心のプラットフォーム「スレッド」であることだ。イーロン・マスクがプラットフォームを買収し、Xと名前を変え、多くの極右インフルエンサーのアカウントを復活させたのに対抗して、メタは1年前に立ち上げた「スレッド」での政治的議論を積極的に抑制する措置をとっているが、「このサイトはツイッターを捨てた民主党議員の避難所として浮上している」という。

なお、暗殺未遂事件の犯人トーマス・クルックスは共和党の有権者として登録されていたが、これは彼が党に所属していることを意味するものではない。NYTによれば、彼は「2021年に進歩的な大義にも寄付をしていた」という。ジョー・バイデン大統領が就任した2021年1月20日、クルックスは民主党寄りの政治活動委員会に15ドルを寄付したとの情報もある。

わかってほしいのは、民主党が「善」で、NYTやWPの報道は信頼できるという話がまったくの神話にすぎないことである。彼らのディスインフォメーションに騙されて、「政敵」を暗殺しようとする者まで現れるという現実はきわめて深刻だ。

そして、もっと深刻なのは、日本の主要マスメディアがここで書いたような解説を書けないという現実だ。アメリカという他国の実情さえ歪曲してしか報道できないのは、不勉強だけが理由ではない。情報統制という日本政府の力が働いているに違いない。そう、戦争を厭わないリベラルデモクラシーを信奉するアメリカ大統領に真っ向から反対することができないのだ。戦争を厭わないリベラルデモクラシー信奉者が支配する帝国主義アメリカを批判できままでは、日本も必ず戦争に引きずり込まれることになるだろう。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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