【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(49)地政学のための思想分析:世界のメディア状況を分析する:日本の特殊性を暴く(上)

塩原俊彦

 

ロイター研究所は毎年6月、『デジタル・ニュース・リポート』を公表している。そこで、2024年6月17日に発表されたDigital News Report 2024に基づいて、世界および日本のマスメディアの状況について考えてみたい(注1)。各国の影響力にかかわるメディアと各国国民との情報をめぐる関係は、地政学上の考察対象となりうるからである。
まず、世界の状況については、つぎのような特徴がある。

1.オンライン・プラットフォームのニュース利用は細分化しており、10年前はわずか二つだったのに対し、現在は六つのネットワークが回答者の10%以上に達している。YouTubeは全世界のサンプルのほぼ3分の1(31%)、WhatsAppは約5分の1(21%)、TikTok(13%)がTwitter(10%)を初めて抜いた。こうしたシフトと連動して、動画はオンラインニュースの重要な情報源となりつつあり、とくに若年層でその傾向が顕著である。

2.プラットフォームの構成は変化しているが、大半はソーシャルメディア、検索、アグリゲーターなどのプラットフォームをオンラインニュースへの主な入り口としている。市場全体では、オンラインニュースの主な情報源としてニュースサイトやアプリを挙げる回答者は全体の5分の1程度(22%)にとどまり、これは2018年に比べて10ポイント減少している。

3.さまざまなプラットフォームにおけるニュースに関して、人々がもっとも注目している情報源に目を向けると、とくにYouTubeやTikTokでは、党派的なコメンテーター、インフルエンサー、若いニュースクリエイターへの注目が高まっていることがわかる。

4.ニュースの購読率はほとんど伸びておらず、富裕層が多い20カ国では、過去1年間にオンラインニュースを購読したと答えたのはわずか17%だった。ノルウェー(40%)やスウェーデン(31%)といった北欧諸国が最も高く、日本(9%)やイギリス(8%)はもっとも低かった。例年と同様、デジタル購読の大部分は、少数の高級ナショナル・ブランドに集中しており、デジタル・メディアとしばしば関連づけられる勝ち組優位の力学が強化されていることがわかる。

問題はニュースへの入り口

おそらく世界中の主要マスメディアにとって、先に紹介した2の「プラットフォームの構成は変化しているが、大半はソーシャルメディア、検索、アグリゲーターなどのプラットフォームをオンラインニュースへの主な入り口としている」という指摘は死活問題である。もはや、「市場全体では、オンラインニュースの主な情報源としてニュースサイトやアプリを挙げる回答者は全体の5分の1程度(22%)にとどまり、これは2018年に比べて10ポイント減少している」。つまり、既存のニュースサイトに直接アクセスする人は減少し、それがかれらの収益機会を奪っている。

もう少し詳しく説明すると、図1からわかるように、すべての市場において、検索とアグリゲーター(33%)が、ソーシャルメディア(29%)や直接アクセス(22%)よりも重要なニュースへの入り口となっている。モバイルアラートの大部分(9%)もアグリゲーターやポータルサイトによって生成されている。ソーシャルメディアとは異なり、検索はすべての年齢層で重要視されており、35歳未満の25%も検索からニュースジャーニーをはじめることを好む。

図1 先週のニュースに出合った主たるルートはどれか?
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

なお、アグリゲーターについて説明をしておくと、こうしたモバイル・アグリゲーターは成功を収めており、その多くがAIを搭載するようになってきている。アメリカでは、中国のベテラン技術者が設立したNews Break(9%)が、市場リーダーのApple News(11%)と同程度の市場シェアで急成長している。韓国では、Naver News、日本では、Yahoo NewsやLINEニュースといった無料ポータルに人気が集中しており、ほかにも、Smart Newsなどのアグリゲーターがある。

国によって異なるニュースの入り口

ここまでは、世界の全体状況の説明にすぎない。各国別にニュースの入り口をみてみると、地域格差が大きいことに愕然とする。表1は、国別ニュースの主な入手経路を回答した割合を示している。これからわかるように、北欧諸国では、直接アクセスの割合が過半数を占めている。これに対して、ソーシャルメディアの割合が高いのがタイ、ケニア、フィリピン、チリである。日本は、検索とアグリゲーターの割合が高いグループに属している。

表1 国別のニュースのゲートウェイの割合
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

オンライン・プラットフォームの変化

ニュースへのゲートウェイを見出すためには、以前であれば、ここ数十年間、情報の探し方や配信方法、広告の出し方、お金の使い方、体験の共有方法、そして最近ではエンターテインメントの消費方法など、私たちの生活のさまざまな側面を形成してきたオンライン・プラットフォームが重要な役割を果たしてきた。しかし、各プラットフォームは、生成的AIに照らして戦略を調整し、消費者行動の変化や、誤報やその他の問題に対する規制当局の懸念の高まりにも対応するようになっている。とくにメタは、フェイスブック、インスタグラム、スレッド全体でニュースの役割を縮小しようとしており、アルゴリズムによる政治的コンテンツの宣伝を制限している。同社はまた、ニュース業界への支援を縮小し、数百万ドル相当の契約を更新せず、多くの国でニュースタブを削除している。

フェイスブックとXの両社は、過去のように新聞社、通信社、放送局のようなパブリッシャーにリンクするのではなく、ユーザーをプラットフォーム内に留めることを目指し、戦略の焦点を絞り直している。これには、ビデオやその他の独自フォーマットを優先させることが含まれる。業界データによると、こうした変化が相まって、フェイスブックからパブリッシャーへのトラフィック紹介は2023年に48%減少し、Xからは27%減少している。

増加する動画ニュースの利用

ニュースのほとんどの視聴者は従来、柔軟性とコントロールのしやすさからテキストを好む傾向があった。それでも、短編の動画ビデオを通じてニュースを入手する人は着実に増加している。国全体では、3分の2(66%)が少なくとも週に1回、数分以下の短いニュース動画にアクセスすると回答しており、やはり米国と西欧以外では高い水準となっている。タイのオンライン人口のほぼ10人に9人(87%)は毎週短編動画にアクセスし、半数(50%)は毎日アクセスすると答えている(図2を参照)。アメリカ人のアクセス頻度はやや低く(毎週60%、毎日20%)、イギリス人は短編ニュースの消費量がもっとも少ない(毎週39%、毎日わずか9%)。これは、日本人と同じ低水準だ。

図2 短い形式のオンライン・ニュース動画を毎週利用している割合
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

こうした動画ニュースへのシフトは、年齢層が若い人によって牽引されており、それは、オンライン・インフルエンサーや有名人を含む非公式の情報源やパーソナリティがニュースの選択や解説などでより重要な役割を果たすことを意味している。それは、ニュースに関してさえ、ジャーナリストや報道機関がニュースクリエイターやその他のインフルエンサーに駆逐されがちであるということと同義と考えられる。

日本の状況

つぎにロイターの報告書において、日本の状況についてどのように分析されているかを紹介しよう。

Ⓐ歴史的に高い日本の新聞発行部数は減少を続け、2023年3月には前年比7.31%減の2850万部となった。日本円が円安水準にあるため、主に輸入材料からつくられる紙とインクの価格が新聞業界に大打撃を与えている。全国紙5社(うち4社は現在も7桁の印刷部数)のうち4社が、印刷部数の減少を補うだけの速さでデジタル・ビジネス・モデルを開発しようと苦闘している。例外は日経(日本経済新聞)で、同社は最近デジタル版購読者数が100万人に達し、次世代読者を追い求めるだけでなく、企業向けにも力を入れている。

Ⓑ日本の競争力のある国営放送局や地方放送局も、視聴者の視聴習慣の変化の影響に直面している。2023年3月時点で、半数以上の世帯(52.7%)は少なくとも一つのテレビストリーミングサービスに加入しており、大多数はユーチューブを利用している。主な民間放送局によって運営されている無料のキャッチアップ(VOD)サービスであるTVerは、視聴件数を伸ばしているが、まだ安定した利益を上げているわけではない。2023年3月に放送法改正案が提出され、現在「放送を補完する業務」と定義されているNHKのインターネット業務の権限が「不可欠な業務」に変更された。これにより、ストリーミングやキャッチアップテレビも対象となるが、受信料は2023年から10%削減されるため、節約は必要となる。

Ⓒ半数以上(53%)がネットニュースの主な情報源として挙げているヤフーニュースを運営するのがLINEヤフーだ。ヤフーニュースは2023年9月、日本の公正取引委員会(FTC)が、出版社の記事使用料が低すぎる場合、独占禁止法に違反する可能性があると警告したことで脚光を浴びた。同報告書は、ヤフーや他のニュースポータルサイトに対し、ライセンス料や広告掲載の取り決めがどのように決定されているのかについて「可能な限り情報を開示」し、出版社などが公正な対価が支払われているかどうかを検討できるようにするよう求めた。報告書はまた、ポータルサイトが得る広告収入の4分の1以下(24%)である1000ページビュー(PV)あたり平均124円(1米ドル未満)を出版社が受け取っているという独自の調査結果も公表した。規制当局は、両者の間で適切な交渉を行うべきだと提案した。
こうした概況を知ったうえで、一週間にアクセスする頻度別(3日以上か、それ以下か)に個別メディアの利用頻度を示した図3をみてほしい。私からみると、信頼性に欠けるNHKやNTVへの依存の高さが気にかかる。

図3 各メディアへのアクセス状況
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

信頼度という観点から、メディア別の信頼度を示した表2をみても、NHKへの信頼度の高さが気にかかる。「騙されている」にもかかわらず、NHKの情報を信じ込むことで、今度はその情報を広げて「騙す」側に回っている人々が多数いることを意味していることになる。

なお、信頼度だけをアメリカ(表3)と比較すると、日本のNHKに対する信頼度の高さは「異常」な気がする。これでは、「戦前」大本営発表を流していた日本放送協会とまった同じ、国策協力に基づく「大嘘」の喧伝機関となりかねないのではないか。すでに、「戦前」への回帰は明瞭に現れているように思えてくる。

表2 日本のメディア別信頼度(「信頼できる」「どちらともいえない」「信頼できない」)
(備考)「以下のブランドからのニュースはどの程度信頼できるか」という問いに対して、0が「まったく信頼できない」、10が「完全に信頼できる」とし、6~10を「信頼できる」、5を「どちらともいえない」、0~4を「信頼できない」とした。各ブランドを知らない人は除外した。回答者がブランドを信頼できると考えるかどうかは、回答者の主観的判断であり、スコアは世論の集計であり、根本的な信頼性の客観的評価ではない。
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

表3 アメリカのメディア別信頼度(「信頼できる」「どちらともいえない」「信頼できない」)
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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