【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(49)地政学のための思想分析:世界のメディア状況を分析する:日本の特殊性を暴く(下)

塩原俊彦

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日本人の最大の課題は何か

それでは、ニュースとの付き合い方において、日本人の最大の課題は何なのだろうか。この点については、ロイターの報告書は何も書いていない。ただ、私の分析では、課題は、日本人のニュースへの「意図的無視」ないし「意図的無知」にあると思う。

報告書には、「「ニュースの多さに疲れを感じる」と答えた人の割合」を国別に示した図4がある。2019年と2024年の回答を比較したもので、市場全体では、2024年の場合、約10人に4人(39%)が、最近のニュースの多さに「消耗している」と感じていると答えた。これは、2019年の28%から上昇した。スペイン(18pp増)、デンマーク(16pp増)、ブラジル(16pp増)、ドイツ(15pp増)、南アフリカ(12pp増)、フランス(9pp増)、イギリス(8pp増)では増加幅が大きくなっている。5年前にニュース疲れがより大きな要因だったアメリカ(3pp増)ではやや減少している。年齢や学歴による大きな差はないが、女性(43%)は男性(34%)よりもニュース過多を訴える傾向が強い。

日本は、2019年が20%、2024年が21%にすぎず、図4のなかでは、最低水準だ。問題は、この理由にある。おそらく、多くの日本人は意図的にニュースにアクセスしなくなっており、自らの判断でニュースそのものを遮断することによって、ニュースの多さによる疲弊を回避してきたのではないか。多くの日本人はニュース自体に関心がないから、ニュースへの直接アクセスの割合も9%ときわめて低いのだ(図3の左下にあるように、有償でニュースを購入する人の割合もわずか9%にすぎないのも頷ける)。そもそも、ニュースを忌避するばかりなのだから。その結果、最近のニュースの多さに消耗すると感じる日本人は極端に少ない。そもそもニュースを避けているのだから、当たり前なのだ。

図4 「ニュースの多さに疲れを感じる」と答えた人の割合
(出所)https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/sites/default/files/2024-06/RISJ_DNR_2024_Digital_v10%20lr.pdf

 

Deliberate Ignorance

私はいま、「意図的無知」とか「意図的無視」を訳すことのできる、Deliberate Ignorance(下の写真を参照)という本を毎日少しずつ読んでいる。新しい本を書くための準備作業だが、昨日(7月24日)読んだ箇所に興味深い記述を見つけた。

「真実よりも信憑性を好む傾向は、トランプ支持者にも広く共有されているようだ。したがって我々は、真実の複数の存在論が和解不可能な競争を繰り広げている西欧民主主義の現状に直面している。なぜこのような事態に陥ったのか。どうすれば、民主主義社会の合意形成として、証拠に基づく真実の追求を取り戻すことができるのか。これらの疑問に対する答えは、主に政治的領域に見出すことができる。」

こうした混乱の背後には、各国主要マスメディアの堕落がある。主要マスメディア自体もまた真実よりも信憑性を好み、不都合な情報を「意図的に無視」し、「意図的な無知」を決め込むのである。自分たちにとって都合のいい情報を報道し、それが真実であるかのように装うのである。そこにあるのは、情報統制であり、各国国民を騙すのだ。この困難な状況は、西欧民主主義だけでなく、日本の色褪せた民主主義についても当てはまる。いわば、民主主義そのものが情報統制のもとで歪められてしまっていることになる。

Deliberate Ignorance
(出所)Amazon.co.jp: Deliberate Ignorance: Choosing Not to Know (Strüngmann Forum Reports Book 29) (English Edition) 電子書籍: Hertwig, Ralph, Engel, Christoph: Kindleストア

世界を見渡すと、ニュース情報を受信する側が「意図的無視」や「意図的無知」に陥っているケースは極端に少ない。そう、その稀有な例こそ日本なのだ。ニュースの受信者である顧客の側が、ニュースそのものを「意図的に無視」したり、その結果として「意図的な無知」に陥ることを選好したりしている場合、真実も信憑性もどうでもいいことのようになってしまう。日本人の多くはすでに、こうした状況に陥っている結果、「ニュース疲れ」は回避できるのだが、他方で、猛烈な虚無主義のような閉塞感が充満している。ニュース受信者の「意図的無知」はニュース発信者の「意図的無知」と結びついて、何が真実なのか、何がより信憑性が高いかの議論そのものが不毛となってしまう。ニュースの示す「社会情勢」など、どうでもよくなってしまうからだ。

たとえば、過去に何度も学歴詐称を繰り返してきた嫌疑で小池百合子を公職選挙法違反で裁判にかけ、白黒を明確にできずにいる日本では、「もう真実や信憑性など、どうでもいい」という、投げやりな感情だけが広がっているようにみえる。平然と嘘をつきつづけ、それが法律に違反していても、政治家であるがゆえに、裁判にさえならない国、日本。何千万円もの裏金をつくり、脱税を繰り返しても、政治家であるがゆえに、立件されない日本。もう国民は、あきれ返るばかりで、上の本の表紙にあるように、耳を塞ぐしかないのだ。

こんな信じがたい状況がもう何十年も広がってきた日本では、「意図的無知」、「意図的無視」こそ、日本人が何とか暮らしてゆくための「防衛策」となっているのではないだろうか。より事態を深刻にしているのは、マスメディアそのものが「意図的無視」を繰り返し、日本国民を「意図的無知」の状態に据え置くようになっている点である。

「意図的無知」の程度をチェック

より具体的にいえば、この国民の「意図的無視」や「意図的無知」という絶望を利用して、日本を一気に軍国主義化しようとする目論見が着実に進んでいる。こうした勢力と結託して、マスメディア側が「意図的無知」や「意図的無視」による情報操作によって、軍事費増強を当然視させようとしているのだ。

ここで、読者の「意図的無知」の度合いをチェックしてみよう。ウクライナ戦争にかかわる信憑性の高い命題を以下に列挙するので、信憑性が高いにもかかわらず、その命題の事実について知らなかったとすれば、「意図的無知」の網に絡めとられていることを意味する。

①ウクライナ戦争の引き金になった2014年2月のクーデターを支援したのはアメリカ政府であり、民主的な選挙で大統領に就任したヴィクトル・ヤヌコヴィッチをウクライナから追い出した。

②ドンバス問題を解決するためのミンスク合意の履行に努めるふりをさせながら、ウクライナへの軍事支援を継続したアメリカ政府は「時間稼ぎ」をしていた。

③ミンスク合意の履行を公約として2019年5月に大統領に就任したウォロディミル・ゼレンスキーは同年10月6日の全国規模の反政府集会を目にして、ロシアとの対決姿勢を急速に高めた。

④2022年4~5月に、ウクライナとロシアによる和平協定締結が目前であったにもかかわらず、ジョー・バイデン大統領やボリス・ジョンソン首相(当時)はゼレンスキー大統領に戦争継続を求めた。

⑤2022年中間選挙後の11月9日、マーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)はニューヨークのエコノミック・クラブで講演。同月16日の記者会見では、ミリーは再び交渉の機が熟したことを示唆したにもかかわらず、バイデン大統領は無視した。
⑥2022年9月26日、ノルドストリーム1(NS-1)とノルドストリーム2(NS-2)が爆破された事件は、米政府によって引き起こされたという、きわめて信憑性の高い「アメリカはいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか」という記事がジャーナリスト、シーモア・ハーシュによって2023年2月8日に公開された。

ここで紹介した信憑性の高い情報はいずれも、アメリカ政府にとって不都合な内容だ。ゆえに、欧米諸国や日本では、ほとんど紹介されていない。もし読者のなかで、はじめて知ったという方がいるとすれば、それは日本の主要マスメディアによる情報操作(マニピュレーション)によって騙されてきた結果である。マスメディアによる「意図的無視」によって、読者も「意図的無知」の罠にはめられたことになるのだ。

日本の場合、すでにマスメディアが「意図的無視」に陥っており、それが国民の「意図的無知」に呼応しているようにみえる。

ヴァンスの真っ当な意見

他方で、『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)のような懐の深いマスメディアは、編集部の見解と一致しない人物の意見を報道する姿勢をみせている。ここでは、2024年4月12日付で掲載されたJ・D・ヴァンス上院議員の意見について紹介したい(注2)。ヴァンスについては、連載【48】などで詳しく論じたので、そちらを参照してほしい。

ウクライナ支援に反対するヴァンスは、その理由の根本に、「ウクライナが戦争に勝つために必要とする量の武器を製造する能力が、我々には不足している」点をあげている。ヴァンスによれば、ゼレンスキー大統領らは、年間数千基のパトリオット迎撃ミサイルが必要だと指摘しているが、アメリカは年間550基しか製造していないのだ。年間生産数を650基まで増やせる可能性はあるが、それでもウクライナが必要とする数の3分の1にも満たないのである。

バイデン大統領は、ウクライナ支援が「投資」であり、米国内の軍事企業を潤すとさかんに喧伝してきたことに対して、ヴァンスは、「血なまぐさく陰惨な戦争を、アメリカ企業にとって有益だから長引かせるべきだという考え方は、グロテスクだ」と一刀両断にしている。「私たちは、外国の紛争に製品を出荷することなく、産業基盤を再建することができるし、そうすべきである」という。まさに、正論ではないか。

ヴァンスは、ウクライナの人手不足についても率直に語っている。日本の主要マスメディアが「意図的に無視」し、読者を「意図的無知」に陥れている情報について、つぎように記している。

「ウクライナは50万人以上の新兵を必要としているが、何十万人もの戦闘年齢の男たちがすでに国外に逃亡している。ウクライナの兵士の平均年齢は43歳で、多くの兵士はすでに2年間前線で戦い、戦闘をやめる機会はほとんどない。2年間の紛争の後、ほとんど男性が残っていない村もある。ウクライナ軍は男性を兵役に就かせるよう強要し、女性たちは前線での長期兵役を終えた夫や父親の帰還を求める抗議行動を起こしている。NYTは、ウクライナ軍が精神障害と診断された男性を徴兵しようとした一例を報じた。」

「戦前」を生きるという感覚

残念ながら、日本の主要マスメディアはNYTのような懐の深さがまったくない。(注2)に書いたように、セコイのだ。こうした現実がますますニュース受信者の「意図的無知」や「意図的無視」を助長するようになる。どうせ、真実や信憑性に迫ろうとしない、裏でカネが蠢いている報道など、最初からアクセスする意味などないことに、多くの人々は気づきはじめているのかもしれない。

2022年2月のウクライナ戦争勃発後、日本の主要マスメディアはおそらく、「意図的無視」を徹底している。それは、政府による情報統制を思わせる。だからこそ、拙著『帝国主義アメリカの野望』の「あとがき」において、「私はいま、「戦前」を生きているのかもしれないと感じている」と書いたわけである。

本当の「戦前」、人々は大本営による情報統制下に置かれていた。ニュース発信者は「意図的無視」および「意図的無知」を貫いたが、ニュース受信者の国民も「意図的無視」、「意図的無知」を甘受していたのだろうか。おそらく思考停止状態のなかで、日本国民は、「意図的無視」および「意図的無知」を甘受することによって「村八分」を回避するだけで精一杯だったのだろう(そう思うと、淡谷のり子の偉大さは永遠に記憶されるべきだろう)。

だが、いま現在、同じ事態が繰り返されている。「意図的無視」によって、真実ないし信憑性の高い出来事が伏せられ、嘘八百がまかり通っている。おそらく歴史は反復するだろう。もう何年かすれば、日本は戦争に巻き込まれるに違いない。間違った情報や歪んだ情報によって、真実や信憑性が軽視され、戦争をしたがっている人々が日本全体を戦争へと陥れるからだ。

だからこそ、Deliberate Ignoranceについて、私はいまずっと考えている。もう1年くらいは、このテーマで頭がいっぱいだ。乞うご期待。

(注1)調査は、2024年1月末から2月初旬にかけて、YouGov社によるオンライン・アンケートで実施された。サンプル数は各国2000人程度で、日本の場合、2019人。

(注2)これに対して、2014年2月のウクライナのクーデターに対して、これを支援したアメリカ政府を批判する私の論説を朝日新聞は掲載しなかったばかりか、2022年3月には、「論座」編集部は拙稿「ウクライナ侵攻、西側の報道に異論:「非ナチ化」の意味をもっと掘り下げよ」を掲載直前に掲載停止にしようとして失敗した(この話は拙著『プーチン3.0』の「はじめに」に書いておいた)。朝日新聞は所詮、こんな最低な報道機関なのである。違うというのであれば、「NYTのように、私の見解をしっかりと報道してみろ」と書いておきたい。
私が強く訴えたいのは、学者と呼ばれている連中の多くも「意図的無視」を決め込むことで、自らの不勉強を糊塗していることだ。2014年2月のクーデター後、2015年3月17日に、私は「BSフジ」に出演し、ウクライナ危機の背後にアメリカ政府がいることを強調した。すでに『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』を書いていた私は、一貫して、ウクライナの背後で暗躍するアメリカを批判しつづけている。ところが、日本のマスメディアはなぜか、私を「右も左も」無視するようになる。私からみると、ウクライナについて何も知らない「似非専門家」がテレビや新聞に登場するようになる。バカがバカを再生産する、恐るべき「意図的無視」とその結果としての「意図的無知」が日本のマスメディア全体を覆うようになるのである。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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