【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(50):独裁者バイデンを非難せよ(下)

塩原俊彦

 

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バイデンの過去の成功体験

バイデン政権はすでに、2022年12月8日、アブダビ空港(UAE)で囚人交換に成功していた。ロシアから米国に向かったのはバスケットボール選手のブリットニー・グライナーだ。彼女は2022年2月、手荷物の中からハシシオイルが混入されたベイプカートリッジが発見され、シェレメチェボ空港で拘束された。交換されたのは、武器商人ヴィクトル・ブートである。彼は、アメリカの要請で2008年にタイで逮捕され、違法武器密売とテロ支援で起訴された。ブートはタイで2年半拘留された後、米国に送還され、2012年に裁判所は懲役25年を言い渡した。

こうした「実績」もあって、アメリカは、当初、ロシアの反政府勢力の指導者アレクセイ・ナヴァ―リヌィをロシアから奪還することに同意していた。これは、ロシアでの毒殺事件からドイツで回復し、2021年に帰国するやいなや逮捕されたナヴァーリヌィを解放したいというショルツの希望でもあった。しかし、その取引が実現する前に、ナヴァーリヌィは2024年2月、ロシア北部の流刑地で謎の死を遂げた。

バイデンは、2018年にロシアにおいてスパイ容疑で収監された元海兵隊員のポール・ウィーランと、2023年3月下旬、取材旅行中にロシアの諜報員に逮捕されたニュージャージー州に住む「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)記者エヴァン・ガーシュコヴィッチ(モスクワの悪名高いレフォルトヴォ刑務所で1年以上拘留された後、2024年7月、非公開で行われた裁判で懲役16年の判決を受けた)を帰国させることを最優先とするよう、ジェイク・サリバン大統領補佐官(安全保障担当)に命じていた。それに、存命中のナヴァ―リヌィも含まれていたことになる。

BBCによれば、サリバンは、2023年末から2024年1月初めにかけて、ほぼ毎週ドイツ側と話をし、クラシコフと交換するよう説得し、この取引に対するロシアの重要な要求に応えようとしたという。ホワイトハウスの高官の話では、いかなる合意の可能性も、ドイツがクラシコフを解放することが絶対条件だった。

今年2月、ショルツ首相はホワイトハウスでバイデン大統領に会った。彼らはクラシコフ、まだ存命だったナヴァーリヌイ、ウィーランといった重要人物を含む交換について話し合ったのである。さらに、カマラ・ハリス副大統領は、2月中旬のミュンヘン安全保障会議に出席し、ショルツ首相にクラシコフ解放の重要性を強調した。こうして、2024年春、ホワイトハウスでナヴァーリヌイを含まない新たな取り決めが具体化した。そして6月、ドイツはクラシコフとの交換に合意したのである。サリバンによれば、「あなたのために、私はこうする」とショルツ首相はバイデン大統領に言ったという。この取引はロシアに提出され、それが実現したのだ。

腰抜けショルツ

それにしても、ドイツはなぜ重罪犯と政治犯を交換するという、「法の支配」を踏みにじる行為に出たのだろうか。2024年8月2日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「ドイツ側の交渉に詳しい人物によれば、アメリカ側は数カ月にわたって圧力をかけつづけたという」と書いている。具体的にどんな圧力があったかは不明だが、バイデンという米大統領がいかに独裁者であるかを物語っているようにみえる。結局、ショルツは8月1日、ドイツ国民を保護する義務のほかに、国の「アメリカとの連帯」が彼の決断に影響を与えたとのべた。

おそらく、ショルツとしては、ロシアがドイツ国籍をもつ5人とロシアの民主化活動家たちを釈放するという全体的な取り決めが人道的な要素で魅力的だと判断したのだろう。しかし、ロシアにはまだ1200人以上の政治犯が獄中にいることを知る人は少ないだろう。どう理由をつけても、ドイツ首相という一介の政治家が「法の支配」を蹂躙した事実は重い。しかも、そうしろと命じたのはバイデンという米大統領なのだ。まさに、「世界の他の国々にとって、米大統領は常に法の上にある」と繰り返したい。

「法の支配」の危うさ

そもそも既存の「法の支配」のもとで、今回の「囚人交換」はどのように法的に執行されたのだろうか。

実は、「法の支配」を声高に叫ぶ欧米諸国や日本の資料をみても、現時点では、今回の「囚人交換」の法的位置づけを知るのは難しい。むしろ、ロシア語の資料のなかには、この問題に踏み込んで解説するものがある。そこで、ここでは、この資料をもとに、「囚人交換」が国際法や国内法でどう位置づけられるかについて説明してみたい。

国際法上の捕虜交換は、主に1929年と1949年の「捕虜の取扱いに関するジュネーブ条約」によって規定されている。「交換」は通常、中立の立場をとる第三国の領域で行われる。

一方で、ロシアとベラルーシ、他方で、米国とドイツの間には公然の敵対関係は存在しないため、この法的枠組みをそのまま適用することは不適切であるようにみえる。

この場合、1983年に締結された欧州評議会の「受刑者の移送に関するストラスブール条約」(1985年7月1日に発効)の規定が法的枠組みとしてより適しているとの見方がある。条約では、移送は、関係する二つの国(刑が執行された国[「判決国」]または受刑者が国民である国[「移送国」])の同意および受刑者の同意を条件として、犯罪で有罪判決を受けた外国人が自国で刑期を全うする可能性を提供することで、受刑者の社会復帰を促進することがめざされている。

しかし、移送条件を定めた第三条では、受刑者が移送されることができるのは、当該受刑者が施政国の国民である場合および判決が確定している場合に限られることになっている。さらに、移送は、受刑者の同意がなければならない。

今回の「囚人交換」の対象となったウラジーミル・カラ=ムルザ、アンドレイ・ピヴォヴァロフ、イリヤ・ヤーシンの3人は8月2日、ドイツの公共放送のオフィスで1時間以上記者会見(下の写真)したが、そのなかで、カラ=ムルザは、彼とイリヤ・ヤーシンの両名が、プーチンに赦免を求める手紙(ロシアで大統領恩赦を受けるための法的要件)を書くことを断固拒否したとのべた。つまり、彼らは釈放もドイルへの移送も同意したわけではないというのだ。逆にいえば、クレムリンは2人を釈放する際、大統領恩赦を使ったが、その恩赦申請自体、彼らはしていないというのだ。どうやら、ストラスブール条約が適用されたのではなく、ロシア政府は大統領恩赦によって囚人を釈放したうえで、移送したようだ。「厄介払い」したのである。


2024年8月2日、ドイツのボンで記者会見する、左から、ウラジーミル・カラ=ムルザ、アンドレイ・ピヴォヴァロフ、イリヤ・ヤーシン(写真EPA-EFE / クリストファー・ネンドルフ)
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/08/03/mixed-emotions-as-pivovarov-kara-murza-and-yashin-describe-their-unexpected-release-from-prison-en-news

ストラスブール条約やその他の欧州条約に加え、ロシアの釈放手続きは刑事訴訟法(CPC)および刑事事件における法的支援と国際協力に関する規定によって規定されている。また、反テロ法には、協力、犯罪人引き渡し、受刑者の交換に関する規定があるという。国家間の受刑者の交換は、自動的に犯罪記録の抹消や取り消しを意味するものではない。

今回の「囚人交換」の場合、プーチンが、ポール・ウィーラン海兵隊員、ロシア系ドイツ人のケビン・リーク、WSJのガーシュコヴィッチ記者、政治活動家のカラ=ムルザ(外国人工作員として認定)、ジャーナリストのアルス・クルマシェワを含む囚人を恩赦する政令に署名したことがわかっている。この手続きをとれば、恩赦の後、恩赦を受けた者は刑に服する必要がなくなるので、「交換」が円滑に可能となった。

ただ、ドイツ、スロベニア、ノルウェー、ポーランド、そしてアメリカがどのような法的手続きを経て、「囚人交換」に至ったかについては現時点では判然としない。主要マスメディアが独裁者バイデンの実態(脱法ぶり)を明確に報道しないためだ。

独裁者の罪深さ

独裁者バイデンの下した身勝手な囚人交換は、主要先進国7カ国首脳が集まるたびに宣言する「法の支配」の遵守という言葉がまったくの「嘘八百」であることを教えてくれる。

だれでもわかるように、有罪判決を受けた殺人犯を釈放することがこれほど簡単にできるのであれば、さらなる人質奪取を行い、「交換要員」とする動機づけとなるだろう。

そう。プーチンは、国内にいる外国人を正当な理由なしにますます逮捕・投獄しようとするだろう。そして、海外で囚人となっているロシア人の救出の取引材料とするに違いない。中国の習近平国家主席も同じことに注力するだろう。

こんな構図を独裁者バイデン自身が認めてしまったのだ。そして、ヘゲモニー国家アメリカの独裁者の圧力のもとで、ドイツでさえその軍門に屈してしまったのである。いま必要なのは、独裁者バイデンという現実を非難する声ではないか。帝国主義アメリカを断罪しなければならない。

こうした「現実」を批判できなければ、独裁者バイデンのような人物が世界を支配しつづけるだろう。せめて拙著『帝国主義アメリカの野望』くらい熟読して、そのひどさに気づいてほしい。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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