【連載】百々峰だより(寺島隆吉)

百々峰だより(2024/08/18) 『翻訳NEWS』素材情報20240818――「反シオニズム」は「反ユダヤ主義」ではない――「神に選ばれた民と神に選ばれた国に未来はあるか」最終章(上)

寺島隆吉

国際教育(2024/08/18)
アシュケナージ(東欧系ユダヤ人)
セファルディム(中東系ユダヤ人)

ハーバラ協定(東欧系ユダヤ人がヒトラー・ナチスと結んだ秘密協定)
ハザール王国(7~10世紀にカスピ海・黒海近辺に栄えた遊牧民族の国家)
シオニズム(ユダヤ人の故地シオンにイスラエル国家をつくろうとする運動)

ジェノサイド(genocide、集団殺戮、法律家ラファエル・レムキンの造語)
ジェノサイド条約(第3回国際連合総会1948年12月9日で採択された国際条約)

イギリスの「三枚舌外交」
サイクス・ピコ協定(英人サイクスと仏人外交官ピコによるオスマン帝国の分割案)
フサイン=マクマホン協定(英国高官マクマホンがメッカの太守フサインにした約束)
バルフォア宣言(英国外務大臣バルフォアがユダヤ人富豪ロスチャイルドに送った手紙)

シュロモー・サンド(イスラエルの歴史学者、著書『ユダヤ人の起源』)
トーマス・ロレンス(Thomas Lawrence、考古学者、英国軍人「アラビアのロレンス」)
ジル・スタイン(Jill Stein、大統領選立候補者、ハーバード卒、医学博士、ユダヤ人)

ラファエル・レムキン(Raphael Lemkin、ユダヤ系ポーランド人の法律家、「ジェノサイドgenocide」という用語を造語した。「種族genos」と「殺害cide」の合成語)

 


 


私は今までに、ハワード・ジンやノーム・チョムスキーなどの著作や論考をいくつも翻訳してきましたが、そのとき何時も不思議に思ったことがあります。それは「アメリカを初めとする北米にはなぜロシア系ユダヤ人が多いのか」という疑問でした。
というのは、ユダヤ人が建てたと言われるユダヤの王国は、現在イスラエルが殺戮の嵐を実行しているパレスチナの地に存在していたとすれば、ユダヤ人そのものは他のアラブ人と同じく有色人種であり、少なくとも肌の色は「白色」ではなかったはずです。
ところが、アメリカやカナダに住むユダヤ人と言われる人たち、たとえば先述のハワード・ジンやノーム・チョムスキーは明らかに白人です。また現在ガザで「民族浄化作戦」を実行しているネタニヤフ首相も白人です。
ウィキペディアで「ネタニヤフ首相」を調べてみると、生まれは確かにイスラエルですが、父親のベン=ツィオンはロシア姓をミレイコフスキーといい、1910年に旧ロシア帝国ポーランド領ワルシャワで生まれています。

つまりネタニヤフ首相もロシア系ユダヤ人なのですが、父親と一緒にアメリカに移住し、高校や大学もアメリカで卒業しています。驚いたことにMIT(マサチューセッツ工科大学)の理工学位とMITスローン経営大学院の学位を取得した、とウィキペディアは述べていました。
これはハワード・ジンやノーム・チョムスキーも同じです。
彼らもロシア系ユダヤ人ですが、父親と一緒にアメリカに移住し、高校や大学もアメリカで卒業しています。ちなみにチョムスキーは、ペンシルベニア大学で言語学の博士号を取得した後、MITに就職することになりました。


いずれにしても、現在のイスラエルを支配している人たちは、有色人種であったはずの古代ユダヤ人とは違って、白色人種のユダヤ人なのです。どうしてこんな不思議なことが起きたのでしょうか。
これが私にとって長い間の謎でした。
三井美奈『イスラエル』(新潮新書)や大部な ユースタス・マリンズ『真のユダヤ史』『カナンの呪い』(成甲書房)なども、この謎を解いてくれませんでした。

しかし調べてみると、現在のユダヤ人は大きく二つに分けることが出来ることが分かりました。
それは「アシュケナジム(アシュケナージ)」と「セファルディム」と呼ばれ、前者は「東欧白人系ユダヤ人」で、後者は「中東アフリカ系ユダヤ人」ということになります。

私が1年間カリフォルニア州立大学ヘーワード校で日本語を教えていたとき親しくなったエルサ・ガルシア女史(スペイン語教授)が、あるとき「タカ(隆吉」をアシュケナージのバーに連れて行ってあげる」というので、有名なバークレー校の近くの音楽ホールに行ったことがあります。

私は「アシュケナージ」が何を意味するのか分からなかったのですが、行ってみると、そのホールには酒やスナックを飲んだり食べたりしながら、気のあった人たちと踊ったりする空間もあるところでした。音楽も独特で、今から思うとロシア東欧系の音楽だったのです。

私が日本語を教えていた授業に出席していた学生ジム君(白人)によると「エルサ教授はロシア系ユダヤ人だ」とのことでした。そのとき私はジム君がなぜそんなことを私に言ったのか分からなかったのですが、今にして思うと彼はユダヤ人嫌いだからそんなことを私に言ったのかも知れません。
(ちなみにジム君は空手に憧れて沖縄に行き、沖縄空手の有段者(3段)となり、大学の近くに空手道場を開き、繁盛しているとのことでした。そして、その合間に私の日本語教室にも登録して、日本語を忘れないようにしているとのことでした。)


話が少し横に逸れたので元に戻します。
ロシア系ユダヤ人のルーツを調べているうちにシュロモー・サンド『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』(WAVE出版)という本があることを発見しました。

この本の著者シュロモー・サンド氏も東欧系ユダヤ人で、オーストリアのリンツでに生まれ、両親とともにイスラエルに移住し、イスラエルのテルアビブ大学とパリの社会科学高等研究院で歴史を学びました。
そして1984年よりテルアビブ大学にて現代ヨーロッパ史を教えていますが、そのサンド教授の精緻な研究によれば、東欧系ユダヤ人のルーツはカスピ海沿いに7~10世紀に存在したユダヤ教国家「ハザール王国」にあるというのです。

ハザール王国の起源はトルコ系遊牧民でしたが、9世紀頃、南からイスラム諸国、西から東ローマ帝国が押し寄せ、イスラム諸国はハザール王に「イスラム教になれ」と迫り、他方、東ローマは「キリスト教になれ」と迫ったそうです。

板挟みになった王は、キリスト教とイスラム教のルーツであるユダヤ教を選んで難を逃れ、このハザール王国が後に東欧系ユダヤ人のルーツとなったというのです。しかし、このハザール王国は965年にキエフ大公国に攻め込まれて滅亡し、この王国のユダヤ人は国家を失い、離散しました。

ハザール王国2
http://www1.s-cat.ne.jp/0123/Jew_ronkou/yudayajin_ronkou.html#2


もし、このサンド教授の説が正しいとすれば、イスラエルのネタニヤフ首相たちが言っている主張は根底から覆(くつがえ)ることになります。なぜなら彼らは旧約聖書には「神がユダヤ人にパレスチナの地を与える」と書かれているからだ主張しているからです。
しかし東欧系ユダヤ人のルーツがトルコ系遊牧民だったとすれば、旧約聖書に「神からパレスチナの地を与えられた」と書かれているユダヤ人は、東欧系ユダヤ人とは明らかに異なるからです。

史実としてもパレスチナに成立したダビデ王のユダヤの国は、他のアラブ人と同じ有色人であり白人ではなかったのですから、いまイスラエルの支配者=東欧系ユダヤ人が旧約聖書を根拠に「パレスチナは神から与えられた土地だ」というのは、全く荒唐無稽な話だということになります。
中東(西アジア)に住んでいたはずのユダヤ人が「なぜロシアや東欧に住むようになったのか」が今までずっと私には謎だったのですが、ハザール王国の王がユダヤ教に改宗したという説明によって、やっとこれまでの謎が氷解したように思いました。ウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ人だということも、これで不自然ではなくなりました。

しかし一歩譲って、パレスチナのユダヤ人が離散して、長い流浪の末、ロシアや東欧にたどりついたとしても、旧約聖書に書かれているからといって、それを根拠に「パレスチナは神からユダヤ人に与えられた」と主張するのも、荒唐無稽な話です。
旧約聖書は、古事記や日本書紀と同じく、自分たちの民族や国家を正当化するために創り上げられた一種の神話だと考えられるからです。

アメリカに移住した白人たちが先住民(いわゆるアメリカインディアン)の土地を奪い彼らを殺し尽くしてアメリカという国を建国し、これは「夢のなかで神が現れ、この地をおまえたちに与える」と言われたから我々にはそのような権利があるのだ、という主張と似ています。


私は「なぜアメリカにロシア系ユダヤ人が多いのか」という疑問だけでなく、「なぜユダヤ人は嫌われ差別されてきたのか」という疑問も抱き続けてきました。
が、ここまで書いてきて、彼らが嫌われ差別されてきたのは、彼らにも半分の責任があったのではないかという考えが浮かんできました。
先述のような鼻持ちならない傲慢な「選民思想」を好む人は誰もいないと思うからです。
ネタニヤフ首相の「民族浄化作戦」に代表されるような、「神から選ばれた民だから何をしても許される」という「選民思想」ほど傲慢な考えはありません。これは人種差別の極致であり、「民主主義」と対極にある考え方でしょう。

確かに「自分たちは神から選ばれた優れた民族だ」という神話は、誇りをもたせて民族をまとめるちからがありますから、そういう意味では旧約聖書はユダヤ人にとって大きな役割を果たしたことは疑いありません。
古事記や日本書紀を古代日本の支配者が編集しようと思った動機も、たぶん同じものだったのではないでしょうか。
これは教育心理学でいう「ピグマリオン効果」の一種とも言えるもので、教師から「あなたは優れた才能をもっている」と言われた生徒が、どんどん伸びていくと同時に、逆の効果として、むやみやたらに子どもをほめると実力の伴わないナルシストを育てることになりかねないのと似ているかも知れません。

戦前の天皇制国家が、古事記や日本書紀をもとに、日本は「万世一系の天皇が支配する神の国」という神話を広め、我が国が韓国や中国を支配する権利をもっているという考えを国民に植えつけようとしたのと似ているとも言えます。

いずれにしても、上記のような考えを持つネタニヤフ首相が、7月24日の米国議会で演説したとき、議場総立ちによる58回もの拍手「スタンデングオベーション」を受けたわけですが、これはアメリカという国の倫理観の欠如を世界中に知らしめることになりました。

百々峰だより(2024/08/18) 『翻訳NEWS』素材情報20240818――「反シオニズム」は「反ユダヤ主義」ではない――「神に選ばれた民と神に選ばれた国に未来はあるか」最終章(下)に続く

☆寺島先生のブログ『百々峰だより』(2024/08/18)
『翻訳NEWS』素材情報20240818――「反シオニズム」は「反ユダヤ主義」ではない――「神に選ばれた民と神に選ばれた国に未来はあるか」最終章

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寺島隆吉 寺島隆吉

国際教育総合文化研究所所長、元岐阜大学教授

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