【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(52):自民党総裁選・立憲民主党代表選と外交・安保問題(上)

塩原俊彦

 

「外交は票にならない」。ゆえに、選挙では話題の末端に置かれてしまう。おそらく今回行われる自民党総裁選でも、立憲民主党代表選でも、外交や安全保障に関する問題はあまり重視されないだろう。

しかし、それではいけない。世界が激動期を迎え、安倍晋三首相以降、自民党政権は安易な対米従属路線を継続し、日本をアメリカ主導の戦争に巻き込もうとしている。このままアメリカの外交に追随していると、日本は間違いなく再び戦渦に苦しむだろう。

だからこそ、「民主主義」を標榜するのであれば、それぞれの候補者は党員(さらに国民)のもとに自らの安全保障政策や外交政策を明示する必要がある。どんな政策を提示しようと自由だが、日本という国家が置かれている現実についての認識を示し、それへの対応策をはっきりと提案できなければ、自民党員にとっても立憲民主党員にとっても不幸だろう。

もちろん、自民党の場合、まったく不十分に終わってしまった裏金問題へのさらなる対応が求められている。しかし、トップの顔を挿げ替えるだけで「スルー」しようとしている連中に期待できるものは何もない。それでも、自民党総裁が首相に選ばれる可能性がある以上、総裁候補者は外交や安保について語るべきであり、自民党員でない者も耳をそばだてる必要があるだろう。
立件民主党代表についても、ひょっとしたら首相になるかもしれない以上、候補者は外交・安保について明言すべきだろう。党員以外の者もその発言に注意を払ってもらいたい。

というわけで、今回は地政学的にみた日本の外交・安保上の重大問題について彼らに問ってみたい。自民党総裁や立憲民主党代表に立候補する者に回答してほしいと思う争点を示したいのだ。

第一設問:AUKUSへの対応

第一に、軍事・政治ブロックAUKUS(アメリカ、イギリス、オーストラリア)への対応を問いたい。「連載【45】「もしトラ」(アジア編)」(下)において、「おそらく、トランプの言いなりになって、軍事・政治ブロックAUKUS(アメリカ、イギリス、オーストラリア)に、カナダや韓国とともに、日本も組み込まれてゆくことになるだろう」と書いておいた。つまり、日本の安保を占ううえで、もっとも具体的で可能性の高い問題は、AUKUSへの日本の対応の仕方である。

AUKUSについては、拙著『知られざる地政学』(下、69~73頁)や『帝国主義アメリカの野望』(198~199頁)において考察した。ここでは、まず、アメリカ政府がAUKUSを「アジア太平洋版NATO」にしたがっている点を確認しておきたい。
AUKUSは2021 年9 月、当時のバイデン米大統領、ボリス・ジョンソン英首相、スコット・モリソン豪首相によって明らかにされた新たな安全保障協力の枠組で、核潜水艦網の構築といった対中軍事政策の一環という面をもつだけでなく、軍事分野での重要性が増すAI やサイバー、量子テクノロジーの分野での3 カ国間の協力推進も射程に入っていた。

このねらいから、AUKUSは、米英豪にカナダ、ニュージーランドを加えた、「ファイブ・アイズ諜報同盟」(Five Eyes Intelligence Alliance)にきわめて近いことがわかる。この「ファイブ・アイズ」は、1943 年の英米通信傍受協定(BRUSA Agreement)をもとにこれら5 カ国は最初に1948 年ころ、「エシュロン」という軍事目的の通信傍受体制を構築したことで知られている。

そう考えると、AUKUSにカナダとニュージーランドが加わるのは時間の問題だろう。たとえば、The Economistは、2024年4月の段階で、米英豪の国防相が4月8日、日本との協力についても「検討している」とする慎重な声明を発表したと報じている。AUKUSのいわゆる「第二の柱」(Pillar 2)と呼ばれる、極超音速航空機とその迎撃手段の共同開発、人工知能、量子技術、サイバーセキュリティの分野での協力に日本が組み込まれるのは確実な情勢となっている。おそらくこれに韓国も加わり、AUKUS拡大が既定路線となりつつある。

米、英、豪は同年9月1日から、武器や機密軍事技術を相互に供給するための官僚的手続き(主に輸出許可)の大部分を廃止する。こうして、AUKUSの結束は確実に強まっている。この動きに、フィリピンも関心をもっているに違いない。

AUKUSへの接近か否か

ここまでの説明を知ったうえで、自民党総裁および立憲民主党代表をめざす立候補者はAUKUSへの日本政府のかかわりをどうしようと考えているのだろうかと問いたい。

おそらく対米従属派は、日本のAUKUSへの接近を歓迎するだろう。その理由の第一は、「もしトラ」となっても、AUKUSの「第二の柱」に協力していれば、日本一国だけがバッシングに合わなくてすむという楽観論である。第二は、一方で日本の高度な先端技術が協力によって供与されるが、他方で機密性の高い技術や有望な開発品へのアクセスも期待できるという見方があることだ。第三は、日本の保守派のなかに、AUKUSで採択された基準への準拠を口実に、サイバーセキュリティ分野での規制強化を正当化する好機だと考えている者がいることである。

このようにみると、日本のAUKUSへの接近はきわめて危険な側面をもっているとみなすことができる。安易に対米従属をつづけると、日本全体がますます軍事拡大路線に引き込まれ、戦争へ一直線という事態になりかねないのである。

第二設問:韓国の核兵器保有への対応

第二に、韓国が核兵器保有に転じる場合の日本の対応について問いたい。先に紹介した「連載【45】「もしトラ」(アジア編)」の「上」において、韓国国民の6割~7割が自国の核兵器保有を支持している問題について詳しく論じた。もちろん、これは核兵器拡散防止条約(NPT)違反であり、そう簡単に実現できるわけではない。

だが、少しずつNPT体制にひびを入れる事態が進んでいる。先のAUKUSメンバー(米英豪)は、8月5日、「核潜水艦に関する情報を共有」し、米英が豪に「非核武装核潜水艦の安全な建造、運用、保守に必要な資機材」を移転することを認める協定に調印した。そして、締約国は、NPT遵守のための国際原子力機関(IAEA)に協定調印を報告した。

IAEAの事務局長は8月15日に声明を発表した。そのなかで、米英豪の協定の目的が、強化された三国間安全保障パートナーシップAUKUSの下、米英豪間で、核潜水艦のための海軍核推進プラント、核物質、装備の 英米から豪への移転を促進することであるなどが報告されたとした。そのうえで、「豪は、本協定に基づき移転された核物質を海軍の核推進にのみ使用すること、受領した核物質を濃縮または再処理しないこと、および豪に移転された海軍核推進プラントから生じる使用済み核燃料および放射性廃棄物の管理、処分、保管および廃棄に責任を負うことが求められていることに留意する」と書かれている。つまり、IAEAはNPTに違反しないかたちでの豪の核エネルギーを利用した潜水艦利用に理解を示したことになる。

本来、NPT下では、核保有国(この場合、米英)は、非核兵器国(すなわち豪)に核兵器を譲渡したり、その製造を支援したりする権利をもたない。一方、非核保有国は、そのような兵器や援助を受け入れない義務がある。こう考えると、ドイツやトルコなどにある米軍基地内で米の核兵器が保管されている現実は、NPTそのものが実際にはほとんど形骸化していることを意味しているのではあるまいか。

豪が受け入れようとしているのは核潜水艦であり、それに核兵器搭載可能かどうかは判然としない。2021年に調印された契約に基づき、米は2030年代初頭からバージニア級攻撃型潜水艦3隻から5隻を豪に売却し、その間に豪と英は米の技術を含む新型SSN-AUKUS級を建造する。このために、アメリカは防衛技術の共有のための制限である国際武器取引規制(ITAR)を緩和した。その結果として、先に紹介したように、9月1日から、米商務省が「軍事・民生両用」技術として管理対象としている物品の80%以上が、9月より豪でもライセンスフリーとなる。

ロイター電によると、米国は毎年約3800件の防衛輸出管理ライセンスを豪州に発行、その承認には最長で18カ月を要してきたが、9月からは、これまでITARの下で行われていた米国から豪州への防衛輸出の70%がライセンスフリーとなる。引き続きライセンスが必要となる機密技術を示す「除外技術リスト」が米国から公表され、毎年見直しが行われる。米国務省は、政府と産業界との間で除外リストに記載された技術の移転について45日間、政府間移転については30日間の決定期間を設ける。

このように、核兵器を自国で開発しなくても、核潜水艦の利用を通じて、事実上、核兵器を自国にもち込むことが可能となる。すでに、日本がアメリカの核潜水艦に対して事実上認めてきたとみられるやり方が自国製の核潜水艦を通じて行いうるようになるのかもしれない。そう考えると、韓国の事実上の核兵器保有は数年先には実現するかもしれない。もちろん、自国開発の核兵器保有も不可能ではない。

こうした事態に、自民党総裁および立憲民主党代表をめざす立候補者はどう対応するのだろうか。断固反対することも可能だし、韓国とともに日本も核保有に舵を切るという政治判断もありうる。問題は、将来の可能性を見定めて、そう準備するかにかかっている。立候補者はそれだけの想像力をもっているのだろうか。

第三設問:ウクライナ戦争とガザ戦争への対応

第三に、ウクライナ戦争とガザ戦争への日本の対応について、立候補者の考えを知りたい。岸田文雄政権は安易にジョー・バイデン米大統領の政策を踏襲するだけで、ウクライナ戦争に対して独自の動きをみせていない。アメリカ主導の対ロ制裁に対しても、従順に金魚の糞となっていただけだ。

この日本政府の対応は、他のG7加盟国と基本的には変わらない。要するに、ヘゲモニー国アメリカに逆らうことはできないために、アメリカの対応に従うより仕方ないといった状況にある。だが、このままでは今後いつ終結するかもわからないままに、ウクライナ支援につき合わされることになりかねない。

もちろん、「もしトラ」が実現すれば、ウクライナ戦争は早期に終結する可能性が高い。だが、ハリスが大統領になれば、戦争の見通しのはっきりしないまま戦争が何年もつづく可能性がある。

とくに立憲民主党代表への立候補者に問いたいのは、ウクライナ支援を盛り込んだ予算案に賛成しつづけるのかという問題だ。一刻も早い停戦・和平締結を促すには、ウクライナへの支援停止は当然であり、その代わり、和平後の復興支援に切り替えればいい。

立候補者は、2024年8月17日付の「フランクフルター・アルゲマイネ・ゾンターグス・ツァイトゥング」(FAS)が「ドイツ政府の現在の予算計画によれば、ウクライナへの軍事援助に使える新たな予算は当面ない」と報じたことを知っているか。すでに承認された物資は通常通り提供されるが、オラフ・ショルツ連邦首相の要請により、国防省からの追加申請はもはや考慮されない。「ツァイト」は、「今年度のウクライナ支援はすでに総額80億ユーロに達している。来年度の上限は40億ユーロで、すでにオーバーブッキングしているようだ」と書いている。立憲民主党代表は、ドイツでさえ、ウクライナ支援を見直さざるをえなくなっている事実を指摘し、財政赤字で余裕のない日本政府もウクライナ支援を停止し、和平後をにらんだ政策に切り替えるべきだと主張すべきだと思うが、どうだろうか。

そもそも、2022年4月~5月にかけて、ウクライナとロシアの和平合意が成立しつつあったにもかかわらず、戦争を継続させた米英首脳の判断は正しかったのだろうか(拙著『帝国主義アメリカの野望』にも書いたように、『フォーリン・アフェアーズ』の「ウクライナ戦争を終結させる可能性のあった会談」という2024年4月16日付の記事は立候補者全員の必読である)。ドンバスやクリミアの奪還は、常識的に不可能に思えるいま、なお、ウクライナが戦争を継続することを認め、支援しつづけるというのであれば、立候補者は全員、その理由を説明すべきだろう。しかも、腐敗が跋扈するウクライナに日本国民の税金を投じるのはなぜなのかも明らかにしてほしい。

私が強く危惧するのは、立憲民主党のなかにさえ、ウクライナ戦争の元凶をプーチンだけに限定している不勉強で能天気なアホな議員が少なからずいることだ。代表立候補者もそう考えている可能性すらある。だからこそ、第三設問は重要なのだ。もしウクライナ支援の継続を主張する候補者がいるとすれば、彼らは唾棄すべき対象であり、彼らに決して投票してはならない。そもそも、ロシアだけを「悪」とする、ほとんどすべての日本の政党は猛省すべきであり、ウクライナ和平のためにウクライナ支援を一時停止し、和平後の復興を支援すべきであると方針転換すべきなのだ。

「知られざる地政学」連載(51):自民党総裁選・立憲民主党代表選と外交・安保問題(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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