【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(52):自民党総裁選・立憲民主党代表選と外交・安保問題(下)

塩原俊彦

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なぜイスラエルに制裁しないのか

他方で、ガザ戦争に関連しても疑問がある。イスラエルはパレスチナ人に対して明らかに過剰防衛の挙に出ている。ほとんど「大量虐殺」をしているようにみえる。4万人以上のパレスチナ人を殺害しておきながら、戦争を停止しようとしないベンヤミン・ネタニヤフ政権は非難の対象としなければならない。

そうであるならば、ロシアのウラジーミル・プーチンおよびロシア政府関係者などへの制裁と同じ内容の制裁を科すのは当然ではないか。イスラエルの極悪非道を事実上容認してきたバイデン政権の二重基準は批判されるべきであり、こんなアメリカに追随する理由はまったくない。

立候補者は、パレスチナ人問題解決に向けて、日本政府がとるべき政策についてどう考えているのだろうか。

日本の外務省の鈍感力

米国務省は2024年2月、イスラエルの入植者4人に金融制裁を科すと発表した。パレスチナ人への暴行や家屋の破壊といった残虐行為に対して、アメリカ政府もイスラエル人に「お灸をすえる」ことにしたらしい。

すでに、イスラエル人入植者に対する制裁は、英国、カナダなど、多くの諸国で導入されるようになっている。日本政府がこれに加わったのは、7月になってからだ。イスラエルからの入植者4人に対し、資産凍結などの制裁を科すことを決めた。どうやら、日本政府は率先して物議を醸すような制裁をイスラエル人に科すつもりはないらしい。

外務省の鈍感力は上川陽子外相によってもたらされているのではないか、というのが私の見立てである。拙稿「英誌が上川外相を「次期首相」とヨイショ…悪い冗談はやめてくれ!」に書いたように、長崎市が8月9日の平和祈念式典にイスラエルを招待しなかった問題について、鈴木四朗長崎市長の気持ちに、まったく寄り添おうとしなかった上川は政治家失格と言えるほど、最低な外相だ。

この問題は、ラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使というユダヤ人が政治問題化させたのであり、日本政府は彼を説得し、つまらぬことで「騒ぐな」と諫めるべきであったのだ。この拙稿に書いておいたが、エマニュエルはユダヤ系アメリカ人として、シカゴでならした「腐敗」グループの一員であることくらいは知っていてほしい(このなかには、バラク・オバマも含まれている)。

下の画像は、小泉進次郎がエマニュエルと談笑している「インスタグラム」の映像からとったものだ。福島でともにサーフィンを楽しんだときのものだ。別に、小泉はエマニュエルと仲良くすることを咎めようとは思わない。

問題は、ユダヤ人に対する対処法を外交や安保面から考えたことがあるのかという点にある。地政学上、ユダヤ人問題は慎重に深く分け入らなければ答えを見出せないほど難しい。その意味で、立候補者の知見を探る意味で、第三設問は役に立つだろう。

談笑する小泉進次郎元環境相とラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使
(出所)https://www.instagram.com/shinjiro.koizumi/reel/C9E9B-ryJx7/

第四設問:中国への対応

第四に、中国への対応策について問いただしたい。

2024年8月12日付のThe Economistは、「愛国心がアメリカのビジネスの目的に取って代わっている」という記事を公表した。おそらく日本企業も愛国心を気にするようになりつつあるのではないか。

日本の場合、株主よりも従業員を大切にする日本式経営から、株主重視の経営への転換が起こり、さらに、株主だけでなく、顧客、従業員、そして社会全体を含む「ステークホルダー」(利害関係人)全員の利益のために行動すべきであるという考え方が近年、広がっていた。しかし、このステークホルダー重視の考え方はアメリカではすでに愛国心重視の見方に代替されつつある。

すでに、日本企業でさえ、アメリカのこうした気質の変化によって打撃を受けつつある。「米国の産業の象徴的存在であったUSスチールが日本のライバル企業である新日鉄に買収されるという提案をめぐる政治的な騒動は、「国家安全保障」の定義がどれほど広範に及ぶようになったかを如実に示している」と、The Economistは的確に指摘している。

日本企業もまた、「企業愛国主義」を求められるようになりつつあるのかもしれない。この考え方は、中国の排除、中国からのサプライチェーンの撤廃といった動きに結びつく。さらに、政府と企業との癒着が進み、それが不正競争の拡大といった事態を引き起こすだろう。

そう予想するとき、立候補者は対中関係をどうしようと考えているのだろうか。日本政府は一段と中国排除へと舵を切るのだろうか。あるいは、やや慎重で及び腰の欧州連合(EU)の対処法に学ぶべきなのだろうか。立候補者は日本企業の経営者のためにも、旗幟を鮮明にしなければならない。

第五設問:「囚人交換」をどうみるか

第五に、やや長期的で、哲学的な含意を込めて、先般、バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領が主導した「囚人交換」についての所見を問いたい。

「連載【50】独裁者バイデンを非難せよ」(上下)に書いたように、バイデン大統領は、自国はもちろん、ドイツ、スロベニア、ノルウェー、ポーランドなどの「法の支配」(rule of law)を蔑ろにして、ロシアにいる囚人と各国の囚人との交換を実現させた。これはまさに、「帝国主義」アメリカがヘゲモニー国として、世界の支配者として独裁的な政治をいまでも行っていることの証であった。
しかし、このバイデン大統領の「法の支配」の無視に対して、厳しく批判する声がほとんど聞こえてこない。各国のマスメディアは沈黙し、学者や政治家も何も言わない。みながバイデン政権による脅しに屈しているようにみえる。

立候補者はこの「囚人交換」をどうのように評価しているのだろうか。故安倍晋三も岸田文雄も、ことあるごとに、「法の支配」の重要性を強調していた。そうであるならば、立候補者全員が今回のバイデン大統領主導の「囚人交換」を批判しなければならないと思うが、どうだろうか。たぶん、自民党総裁への立候補者のなかに批判できる者はいないだろう。立憲民主党代表への立候補者のなかにはいるかもしれないが、期待薄だ。

刑罰という問題

「囚人交換」という問題は、実は、刑罰のあり方という長期的な大問題に直結している。ロシアでもウクライナでも受刑者を軍人に転用しており、処罰のあり方自体がもはや崩壊している。

2009年10月、カマラ・ハリスはSmart on Crimeという初の自著を上梓した。2010年のカリフォルニア州司法長官選に向けたキャンペーンの一環であった。私自身はこの本を読んだわけではない。「犯罪にスマートに対処する」と名づけられた本の中身は、刑事司法制度がどのように機能するべきかという彼女のビジョンを概説しているらしい。彼女は、犯罪に対して単に厳しく対処するだけでは不十分である理由を詳細に説明し、検察官や立法者が賢明かつ改革志向のアプローチを取る必要があることを説明している。

NYTによれば、2019年に大統領選に出馬した時点で、ハリスはもはやタフな発言はしなくなり、自らを進歩派の検察官と称し、死刑制度、最低刑の義務化、現金保釈の廃止を提案したという。 民主党左派はそれを支持しなかった。だがいま、彼女は「トップ警官」に戻り、ハリスは有権者に対して、自身が「捕食者、詐欺師、ペテン師」を刑務所に送り込んだ検察官としての実績を強調し、それゆえに大統領選の対立候補に対処できると主張している。

(出所)https://en.wikipedia.org/wiki/File:Smart_on_Crime_cover.jpg

「犯罪大国」アメリカにとって、刑事司法制度はきわめて重要だ。だが、それは日本も同じである。だが、残念ながら、日本政府はこの問題に真正面から取り組んでいない。そもそも、近代化後の刑事司法制度はキリスト教神学に基づいて構築された制度を模倣したものにすぎない。つまり、普遍性などまったくない。その意味で、芦東山著『無刑録』の重要性を知る日本人が極端に少ないことは残念すぎる事態である(どうか、関心のある読者は芦東山記念館(下の写真)を訪ねてほしい。私自身、死ぬ前までに必ず訪れたいと願っている)。

芦東山記念館
(出所)https://www.city.ichinoseki.iwate.jp/index.cfm/6,18372,146,html

思想家柄谷行人が主張するように、「贈与と返礼」は人類にとってもっとも基本的な交換様式の一つとなってきたい。しかし、彼の説明は、「負の贈与」たる犯罪被害に対する「返礼」問題について語っていない。だからこそ、私は、復讐、報復、制裁について『復讐としてのウクライナ戦争』のなかで詳しく考察したのである。

その意味で、この本で論じられている「負の互酬性」という問題はきわめて大きな意義をもっている。自民党総裁あるいは立憲民主党代表をめざす者は、長期的な視点から、この「負の互酬性」をどう考えるかくらいはその識見のなかに持ち合わせていてほしい。ついでに、そのためには、拙著『復讐としてのウクライナ戦争』は必読だ。何しろ、この問題に真正面から取り組んだ唯一の著書であるからだ(私淑する柄谷行人の論理の穴を埋める作業を行った自分に誇りを感じている作品なのである)。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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