【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(53):「権力への再挑戦は、同じことの繰り返しになりかねない!?」:野田佳彦元首相への疑(上)

塩原俊彦

 

The Economistは2024年8月、「ヨーロッパのカムバック政治家がアメリカの有権者に教えること  権力への再挑戦は、同じことの繰り返しになりかねない」という記事を公表した。地政学では、各国指導者の動向が重要な論点となりうるから、今回はこの政治家の「カムバック」と日本の立憲民主党(立民)の野田佳彦元首相が代表選に出馬するという問題を論じてみたい。立民に対しては、叱咤激励の意味を込めてあえて厳しい批判を加えたい。

世界の「復帰組」

一度退いた指導者を再度トップの職に就かせるケースは世界中に前例がある。現在、ハンガリー、スロバキア、ポーランドの3カ国政府が、そうした復帰組によって運営されている。ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァは2003年から2期大統領を務めた後、2023年の選挙で再び大統領に返り咲いた。日本の故安倍晋三元首相も2006年9月から1年弱首相を務めた後、病気を理由に辞任したが、2012年12月に首相に復帰した人物である。

アメリカでは現在、ドナルド・トランプ元大統領が大統領の座へ戻ろうと選挙戦の最中にある。ただし、「アメリカでは、1892年のグローバー・クリーブランド以来、一度試されて不採用となった人物が再び政権を握るという誘惑に屈したことはない」と、The Economistは指摘している。そしていま、野田佳彦元首相が憲民党代表選に立候補し、つぎの衆院選で勝利して首相に再び就くことをめざしている。

過去の「復帰組」

その昔、ナポレオン・ボナパルトは1804~1814年まで皇帝を務めた後、退位し、追放されたが、1815年にエルバ島を脱出、復位した。しかし、それは「百日天下」と呼ばれるほど短期で終わった。1940年に英国首相になったウィンストン・チャーチルは挙国連立の戦時内閣となり、1945年まで戦争指導にあたるなど、数々の功績を残した。だが、「1951年から1955年にかけての第二次政権時代にウィンストン・チャーチルが成し遂げたことは、戦時中の功績には遠く及ばない」と、The Economistは冷たく評価している。

イタリアには、シルヴィオ・ベルルスコーニという「問題児」がいた。実業家から政治家に転身した彼は、1994~1995年、2001~2006年、2008~2011年に首相だった。しかし、再登場したことで、過去の経験から、より高い業績につながったかというと、そんなことはまったくなかった(数々のスキャンダルと汚職が話題になったことくらいしか記憶にない)。1979年12月から、チャールズ・J・ホーヒーとギャレット・フィッツジェラルドが1992年2月まで相互に首相を繰り返したアイルランドのような国もある。

The Economistが唯一、過去の復帰者のなかで高く評価したのはシャルル・ド・ゴールである。「1958年以降のシャルル・ド・ゴールの再登場は、フランスを危機から救い、今日まで続く新しい共和国を樹立した」と記している。

現職「復帰組」の評判

ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相とスロバキアのロベルト・フィツォ首相は、それぞれ2度目と3度目の政権就任期間に、「「法の支配」(rule of law)を弱体化させている」と、The Economistは手厳しい評価を下している。両者ともかつてはどちらかといえば主流派のリベラル派であり、ハンガリーを北大西洋条約機構(NATO)に、スロバキアをユーロ圏に導いたという実績があった。しかし、世論調査で惨敗した後、傷を癒した両者は、国家機構の仕組みをより深く理解して復活した。それは、牽制と均衡を巧みに回避する能力を向上させて復活したのであり、フィツォ首相は、政敵に対する刑事捜査を開始した。オルバン首相はハンガリーの諸機関を掌握しており、EUの関係者の間では、「彼はほとんど民主主義者とはみなされていない」と、The Economistは書いている。

もう一人の出戻りの現職は、ポーランドの現首相ドナルド・トゥスクは2014年に首相を辞任し、EUの要職(欧州理事会議長)に就いた後、2023年首相に復帰した。2023年10月の選挙では、トゥスクと彼の中道政党である市民プラットフォーム(PO)が、ポーランドを8年間牛耳ってきた強硬右派の「法と正義」(PiS)を打ち負かすのに貢献した。しかし、返り咲いたトゥスクの政策には疑問符がつくようになっている。たとえば、トゥスクは、前政権がPiSの宣伝機関に変えてしまった国営放送局を解散し、再出発させたが、その手法は「乱暴」であり、大きな反発を受けている。

なお、デンマークのラース・ロッケ・ラスムセン元首相のように、現在、外相と務めているケースもある。スウェーデンのカール・ビルトも1991~1994年に首相を務めた後、2006~2014年まで外相だった。英国のデービッド・キャメロン元首相は、2010年5月~2016年7月に首相を務めた後、2023年11月~2024年7月まで外務・英連邦・開発相として復帰していた。

旧指導者の復活は是か非か

一般論としては、昔の名前で有名な人物が再び登場するのは好ましいことではない。「政治体制を常に刷新することが民主主義の活力の永続的な源であると考える人々にとっては、不愉快なことである」からだ。ただし、復活した指導者は、就任初日から国家機構の仕組みを熟知しており、おそらくその仕組みを効果的に機能させることが可能かもしれない。とくに、官僚を手玉にとりやすくなるというメリットがあるかもしれない。逆に、こうした手練手管を使って、自分や属する政党に有利な政策を実行に移し、権力強化にたけている可能性も高い。

巷間言われているように、「もしトランプ」の二期目となれば、もはや行政に慣れた官僚などを周辺に配置しなくても、自らの判断で好き勝手な政策を実施できるようになる可能性がある。それは、改革を進めるには決して悪いことではないが、「改革」ではなく「改悪」の場合には、失政が広がることになりかねない。

野田元首相の場合

自民党の不祥事によって、次期衆院選で政権が転がり込むかもしれない立民の場合、政権運営に対する国民の懸念を払拭するために、首相経験者の野田を復帰させ、重石としての役割を十分に果たしうるという体制づくりをしたいという目論見がある。しかし、そんな皮算用をすること自体、情けない。国民感覚とずれているからである。少なくとも、私の感覚とはまったくかけ離れている。いま必要なのは、政治家を取り巻くすべてのカネに対する民間並みの規制である。同時に、それを厳しく取り締まる第三者機関の設置だ。この改革を実現するためには、過去の指導者は不要だろう。

わかりやすく言えば、旧統一教会とつき合いのあったすべての議員と裏金づくりに関与してきた全議員を再び国会議員にさせないためにどうすべきかを具体的施策として打ち出せる人物こそ、代表にふさわしいのである。

だが、旧統一教会問題を蒸し返すと、立民は困ったことになる。立民は2022年8月23日、所属する国会議員と「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」や関連団体との関わりに関する調査結果を公表した。このなかには、枝野幸男前代表、岡田克也元副総理、安住淳元財相のほか「やや日刊カルト新聞」に指摘されていた議員を含め、10人以上の議員が旧統一教会側と何らかの接点があった。代表立候補者のなかに、「2006年 世界日報に座談会記事掲載」という枝野がいる。こんな人物を推薦して代表に据えようとする議員が20人以上いること自体、この党に自浄作用がないことを明示している。

野田は当時の民主党幹部の盥回しの結果、2011年に首相になり、482日間首相だっただけだ。この間、めざましい成果をあげたと記憶している人がいるとすれば、稀有な人だろう。たしかに、泉健太代表よりは野田のほうが重石になるかもしれない。だが、問題は自民党議員に選挙で勝つための施策にある。

「知られざる地政学」連載(53):「権力への再挑戦は、同じことの繰り返しになりかねない!?」:野田佳彦元首相への疑(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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