【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(56):ウクライナ戦争のいま:ロシア深部攻撃とロシアの核兵器使用(上)

塩原俊彦

 

私は、2014年4月22日付で拙著『「ウクライナ・ゲート」:危機の本質』(Kindle版)を上梓した。岩波書店の当時の担当者が「刮目すべき著作」と評価してくれたにもかわらず、岩波書店は出版を拒否したので、仕方なくKindle版で緊急出版したのである。その後、同年10月、社会評論社から『ウクライナ・ゲート:「ネオコン」の情報操作と野望』を刊行した。翌年には、同書第二版の代わりに『ウクライナ2.0』を出版した。

爾来、ウクライナ問題について、日本において私よりも多くの本を出版した者はいない。2022年2月のウクライナ戦争勃発後、『プーチン3.0』、『ウクライナ3.0』、『復讐としてのウクライナ戦争』というウクライナ関連3部作を社会評論社から出版した。2023年には、『ウクライナ戦争をどうみるか:「情報リテラシー」の視点から読み解くロシア・ウクライナの実態』を花伝社から出した。同年には、『知られざる地政学』〈上下巻〉も上梓し、そのなかでもウクライナ問題を取り上げた。2024年、最新刊の『帝国主義アメリカの野望』でも、ウクライナ戦争の2年間を概観した。

こんな私からみると、ウクライナ戦争について、いい加減な言説を吐く「似非専門家」ばかりが目立つ。小泉悠、や防衛研究所の研究員らはまさにそうした代表格だ。それだけではない。お笑い芸人パトリック・ハーランのように、リベラルデモクラシーに染まった米民主党の外交政策を天真爛漫に日本のテレビで声高に語る者もいる。その結果、多くの日本人は偏見に満ちた角度でしかウクライナ戦争を考えられなくなっているように思える(日本のテレビ・新聞はもはや日本政府の言いなりになっている。青山透子著『日航123便墜落事件 隠された遺体』を読めば、マスメディアの「腐敗」ぶりがわかるだろう[たとえば、2024年1月2日、日航516便と離陸のため待機していた海上保安庁の航空機が衝突した羽田空港地上衝突事故をめぐる報道は欺瞞に満ちている])。

そこで、今回は改めて現段階においてウクライナ戦争をどう考えればいいかを明示したい。もちろん、地政学上の重要問題なので、この連載で取り上げるだけの十分な価値がある。

深部攻撃をどうみるか

いま現在(2024年9月15日執筆時点)、わかっているのは、ジョー・バイデン大統領とキーア・スターマー英首相が9月13日にホワイトハウスで会談し、ウクライナが西側諸国製の武器を使ってロシアの奥深くを攻撃する道を開くかどうかについての協議が行われたことである(下の写真)。その結果については、スターマーは会議後、記者団に対し、「これは特定の決定に関することではなく、数日後に国連総会で、より広範な個人グループと再び話し合うことになるだろう」と語ったうえで、ミサイルに関する決定が近いうちに下されるとの見通しも示唆したという(NYTを参照)。9月15日までの情報では、バイデンが英仏の先行を許可し、数週間後にATACMSの使用を許可する可能性について、9月12日付のNYTが書いている。

バイデン大統領は9月13日、ホワイトハウスでスターマー英首相と会談 (Photo: EPA)
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/09/14/biden-and-starmer-stop-short-of-allowing-ukraine-use-of-long-range-missiles-against-russia-en-news

アメリカ国防総省の高官は、ウクライナがATACMS(陸軍戦術ミサイル・システム)、イギリスの空中発射巡航ミサイル(ストームシャドウ)、フランスの空中発射型ステルス長距離兵器(SCALP)といったミサイルを、戦場で戦略的な違いを生み出すのに十分な数をもっているとは考えていないし、その効果にも疑問符がついている(後述)。

バイデン大統領もまた深部攻撃の許可を躊躇しているとされる。しかし、9月下旬に国連総会出席で訪米するヴォロディミル・ゼレンスキー大統領との会談で許可を公表するのではないかとの見方がある。「ザ・ガーディアン」は、「ブリンケンは、米国がウクライナのロシアでの長距離武器使用制限を解除することを示唆した」として、解除は「内々ではすでに決定済み」と報道している。

英国の主張の「嘘八百」

興味深いのは、英国が新政権になっても平然と「嘘八百」をのべている点だ。WPによれば、スターマーはバイデンとの会談に先立ち、英国の記者団に対し、ウクライナにはロシアの不法な侵略から自国を守る権利があると語ったという。2022年2月の段階では、この指摘は正しいかもしれない。しかし、彼はその後の経緯をまったく無視して語らない。

それは、ウクライナはロシアとの緒戦で勝利し、ロシアとの和平協定締結の直前にまで至ったにもかかわらず、この締結に反対し、戦争継続を説いたバイデンとボリス・ジョンソン首相(当時)に従って戦争をつづけたということだ。結果的にみると、彼らは自衛戦争での勝利を無にし、多くの人命を失わせてきた。「自衛戦争」から「代理戦争」への変質によって、ウクライナ戦争はその本質を大きく変えてしまったのである。

この点については、2024年7月19日と20日に開催されたシンポジウム「ユーラシア協調安全保障体制をどう構築するか」の第三部「「二つの戦争」をどう超克するのか―ウクライナ戦争とガザ戦争の虚構と現実」において報告した際のレジュメに書いておいたので、それを参考にしてほしい(下の囲みを参照)。

つまり、現在継続中のウクライナ戦争は、米英およびその他の北大西洋条約機構(NATO)加盟国の代理として、ウクライナがロシアと戦う「代理戦争」となっているのである。2022年5月以降、ウクライナ戦争はウクライナの自衛権に基づく「自衛戦争」から、米英やその他NATO加盟国の「代理戦争」へと変質している点こそ、もっと重要な視角となる。ところが、何も知らない似非専門家はこの戦争の本質的変化に目を瞑ったまま語ろうとしない。そのため、米主導のNATO側の身勝手な言い分が隠蔽されてしまう。彼らは総じて、2014年2月にウクライナで起きたクーデターを「マイダン革命」と称し、民主的な選挙で選ばれたヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を米政府が追い出す支援をした事実を隠蔽している。これと同じ、不誠実で誤った視角がウクライナ戦争の変質をみようとしない姿勢につながっているのだ。


 

5.2022年4~5月、ウクライナ・ロシアの和平協議を潰す

* 2023年11月24日になって、ロシアとの交渉でウクライナ代表団を率いたウクライナ議会の与党「国民の奉仕者」派のダヴィド・アラハミヤ党首がロシアとの和平交渉の裏側を1+1TVチャンネルのインタビューで語った。さらに、2024年4月、『フォーリン・アフェアーズ』のサイトにおいて、2022年2月24日にはじまったウクライナへのロシアによる全面侵攻開始から4日後にスタートした2国間との複数回にわたる和平会談の内容が明らかにされた(ほぼ同じ内容をドイツの「ヴェルト」も報道)。NYTはその文面そのものを報道。詳しくは、拙著『帝国主義アメリカの野望』

*『フォーリン・アフェアーズ』の記事も「驚くべきこと」と指摘するように、ロシア軍によるブチャでの犯罪が明るみに出た後も、交渉は4月につづけられた。記事は、4月12日と15日の協定(交渉官間で交わされた最後の草案)のバージョンを比較し、その時点では重要な安全保障問題についての合意が得られていなかったことを明らかにしている

*3月30日、ジョンソンが「(プーチンの)軍隊が一人残らずウクライナから撤退するまで、制裁を強化し続けるべきだ」とのべ、4月9日、キーウを訪問⇒ゼレンスキーに和平を思いとどまらせた⇒ロシアの弱体化に照準

6.2022年秋:バイデン大統領はミリーの提言を無視

*中間選挙後の11月9日、マーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)はニューヨークのエコノミック・クラブで講演。同月16日の記者会見では、ミリーは再び交渉の機が熟したことを示唆。

7.代理戦争である以上、バイデン大統領が代わらなければ停戦・和平は困難

*2024年4月、「America First, Russia, & Ukraine」という論文(2017年から2021年のトランプ大統領在任中、マイク・ペンス副大統領の国家安全保障顧問やアメリカ合衆国国家安全保障会議の事務局長兼首席補佐官を務めたキース・ケロッグ退役陸軍中将と、トランプ大統領副補佐官兼同会議首席補佐官を務めたフレッド・フライツ)
「要するに、バイデン政権は2022年後半から、国内でのプーチン政権の弱体化と軍事的破壊という米国の政策目標を推進するために、ウクライナ軍を代理戦争に利用し始めたのだ。それは戦略ではなく、感情に基づいた希望だった。成功のための計画ではなかった。」

*ウクライナは「投資先」⇒カネで米国内の票を買うバイデン(『帝国主義アメリカの野望』参照)

*ウクライナは自律型AI兵器の実験場

*代理戦争の委託者として動くアメリカ⇒「バイデン大統領は、ウクライナとの10年間の二国間安全保障協定の交渉に合意するよう、現在30カ国以上に働きかけた」(ブリンケン国務長官の発言)


 

ウクライナ、欧米の「代理戦争」に伴う思惑

ここで、ウクライナ、アメリカ、ヨーロッパがウクライナに代理戦争をさせる理由や思惑について説明しよう。

[ウクライナ]

ゼレンスキー政権は欧米支援なしには存在しえない。米国が主導する国際通貨基金(IMF)の支援がなければ、ウクライナは2022年末までに経済破綻していただろう。2024年5月20日以降、大統領任期切れとなった彼が大統領職にとどまっていられるのは、法律上、戒厳令下での大統領選をしなくてもいいからである。つまり、戦争継続こそ、ゼレンスキーの権力維持のための目的となってしまっているのだ。

2022年夏に和平協定を拒否し、米英による戦争継続の要請を受け入れて以降、彼は戦争継続を目的として、いつ終わるとも知れない戦争に突き進んだ。そこには、ウクライナ国民の生命・財産を守るという自衛権の行使より、ロシアを消耗戦に巻き込んで弱体化させるという米国の負託を受けた代理戦争をできるだけつづけるという使命感が働いている。

代理戦争をつづけるには、欧米諸国からの支援継続が不可欠だ。そのために、ロシア深部まで攻撃可能な武器を供給してもらうのは当たり前ということになる。ただし、ロシアへの奇襲攻撃や領土侵攻が自衛戦争と呼べるかどうかについては異論が浮上するだろう。とくに、ウクライナへの殺傷援助を調整するための定期的なフォーラムであるコンタクトグループの会合に出席したゼレンスキーが9月6日、「ウクライナの占領地だけでなく、ロシアの領土にもこの長距離戦力を持つ必要がある」とのべた点は重要である(FTを参照)。もはやウクライナはロシアに侵略戦争を仕掛けているのであり、どこが自衛戦争と言えるのだろうか。米国のための代理戦争にひたすら邁進しているようにしかみえない。

インターファクス・ウクライナによれば、9月14日、ウクライナ国防省の諜報総局トップ、キリル・ブダノフは、ロシアは2025年夏以降、経済面で深刻な問題に直面し、社会・政治情勢を損なう可能性のある動員を必要とするため、2025年末から2026年初めまでに戦争を勝利で終わらせたいと考えているとのべた。これでは、ウクライナ自体が2026年はじめまで戦争を継続することを前提にしているように聞こえる。

こうなれば、ゼレンスキーは大統領職の任期切れから1年半以上も大統領をつづけられることになる。アメリカや欧州の代理として戦うことで、彼は得をする。しかし、民主主義は無視され、ウクライナ国民の生命・財産は1年半もの間、侵害されつづけるのだ。

[アメリカ]

バイデン政権は、ロシアを弱体化させるために、ウクライナ戦争を消耗戦に引き入れようとしてきた。この戦争をウクライナの自衛戦争であるだけでなく、民主主義を守る戦争として喧伝し、欧米諸国や日本などの支援を引き出し、自らはウクライナ支援と称する「投資」を国内に向けて、大統領選における民主党支持に結びつけようとしてきた。

それだけではない。最新の無人機実験などをウクライナで繰り返し、今後、予想される中国との戦争に備える動きを露骨にしている。ゆえに、代理戦争の長期化を少なくともバイデン政権は歓迎しているはずだ。ロシアを消耗させるのに役立つからである。大統領選でカマラ・ハリスへの票をウクライナ支援と称する国内への「投資」で買収することもできる。だが、後述するように、ロシア深部への攻撃がプーチンを激怒させて核兵器使用の可能性を高めるのであれば、さすがにバイデンも躊躇するだろう。

深部攻撃については、国防総省はその効果を疑っている。ウクライナがHIMARSよりも射程距離の長いATACMSをロシアの標的に使用することを許可しても、射程内の標的が十分ではないため戦略的状況は変わらないとみているのだ。なぜならロシアは強力なグライド爆弾を発射するのに使用する航空機のほとんどをATACMSミサイルの射程距離300kmを超える飛行場に移してしまったからである(The Economistを参照)。

なお、下図に示されているように、ロシア国内にはたくさんの飛行場がある。ストームシャドウ・ミサイルのような長距離射程のミサイルは、ロシア軍の掩蔽壕、弾薬庫、飛行場に損害を与えるのに十分な威力をもっているが、効果が見込めないのであれば、深部攻撃を行うこと自体に大きな疑問符がつく。ストームシャドウ・ミサイル1発の価格は100万ドルとも言われているから、ますます簡単にウクライナに引き渡せない。

ロシア国内の飛行場とウクライナからの射程範囲
(出所)https://meduza.io/feature/2024/09/14/zapad-blizok-k-tomu-chtoby-razreshit-vsu-bit-po-tselyam-v-rossii-dalnoboynymi-raketami-kakie-ob-ekty-pod-ugrozoy-udarov

[ヨーロッパ]

ヨーロッパの多くの国々は、バイデン政権によるロシアの弱体化という目的のためにウクライナ戦争を米主導のNATO加盟国の代理戦争と位置づけることに賛成している。このため、ウクライナ支援の名の下で、ウクライナへの武器供与にも一定の協力をしてきた。ロシアへの深部攻撃については国によって見方が異なっている。

9月14日付の「ヴェルト」によれば、ドイツのオラフ・ショルツ首相は市民対話において、ウクライナがドイツから供給された長距離兵器を使用してロシアの奥深くを攻撃することを、いかなる場合でも拒否するとした。「それは変わらない」と強調し、「だからこそ、他の国々が異なる判断を下したとしても、私は自分のスタンスを貫く」とのべた。もっとも、ドイツがウクライナに供与した長距離兵器は、HIMARSロケットランチャー(射程距離100キロ)とPzH2000自走砲(射程距離約40キロ)にすぎない。

イタリアのアントニオ・タヤーニ外相兼副首相は、「イタリアはウクライナ国外での武器使用を認めていない」とのべている。
いずれにしても、ウクライナに代理戦争をさせているとの認識の強いイギリスは長期の消耗戦にもち込むためにも、深部攻撃に積極的な姿勢をとっている。

「知られざる地政学」連載(56):ウクライナ戦争のいま:ロシア深部攻撃とロシアの核兵器使用(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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