【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(58):国連と地政学(下)

塩原俊彦

 

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興味深い改革案

2015年1月、当時のローラン・ファビウス仏外相は、安保理の常任理事国5カ国(P5)が受け入れる自主的な行動規範を定めるよう提案した。P5は、「大量虐殺、人道に対する罪、大規模な規模で行われる戦争犯罪などの集団残虐行為が行われる状況において」、拒否権を自主的に放棄すべきであるとする規範を定めることで、事実上、P5の拒否権行使を封じ込めようとしたのである。

国連事務総長は、「少なくとも50カ国の要請に応じて、犯罪の性質と規模についてコメントする」存在となり、起きていることが「集団残虐行為」であると認識された場合には、「5カ国」の誰も(「行動規範」に従って)拒否権を行使することはできないように手足を縛るという作戦であった。

フランスはこの提案を国連憲章の改正案としてではなく(国連の歴史上で改正案として提出されたのは3回のみ)、P5が受け入れる自主的な行動規範として提出した。この行動規範は、原則的には、安保理外交の氷山の一角に過ぎない拒否権の明示的な行使を減らすだけでなく、残虐行為に対する非難や対応を阻止するための「サイレント・ボイコット」のより頻繁な悪用も減らすことを目的としていた。

2015年1月の段階では、2011年以来、ロシアと中国はシリアにおける国際的な行動を阻止するために4回の拒否権を行使しており、紛争開始以来、20万人以上が死亡していた。そこで、ファビウス仏外相は、フランスがこの麻痺状態を打破し、新たな国際規範として、集団虐殺の状況下で適用される「拒否権を行使しない責任」(RN2V)を強く主張したのだ。

2014年にロシアによるクリミア半島の併合や、ドンバス地域での紛争をかかえていたウクライナ政府はこのフランスの提案を支持した。しかし、ロシア、中国、アメリカはこの衝動を評価しなかった。つまり、この提案は潰されたのである。
ほかにも、国連憲章に「圧倒的多数」(たとえば3分の2または4分の3)の賛成で常任理事国の拒否権を覆すことができる規定を加える案もある。しかし、この案も通る可能性はほとんどない。

「国連第二憲章」案

国連憲章第108条と第109条を活用して、国連憲章を改正するという長い手続きを経ずに実質的な安保理改革を行う案もある。
第108条は、「この憲章の改正は、総会の構成国の3分の2の多数で採択され、かつ、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の3分の2によって各自の憲法上の手続に従って批准された時に、すべての国際連合加盟国に対して効力を生ずる」と定めている。

第109条では、つぎのように規定されている。

1. この憲章を再審議するための国際連合加盟国の全体会議は、総会の構成国の3分の2の多数および安全保障理事会の9理事会の投票によって決定される日および場所で開催することができる。各国際連合加盟国は、この会議において1個の投票権を有する。

2. 全体会議の3分の2の多数によって勧告されるこの憲章の変更は、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の3分の2によって各自の憲法上の手続に従って批准された時に効力を生ずる。

3. この憲章の効力発生後の総会の第10回年次会期までに全体会議が開催されなかった場合には、これを招集する提案を総会の第10回年次会期の議事日程に加えなければならず、全体会議は、総会の構成国の過半数及び安全保障理事会の7理事国の投票によって決定されたときに開催しなければならない。

この第108条と第109条を利用しながら、どうすればいいのか。まず、国連総会は第108条に従い、3分の2以上の賛成で憲章改正決議(第二憲章)案を採択する。常任理事国のいずれかがこのイニシアチブを支持しない場合、第109条に基づき、総会の3分の2以上の賛成で総会が招集される。第109条は、総会の招集を決定する際に拒否権が適用されないことを明確にしているから、加盟国の圧倒的多数が改定された『第二憲章』を採択し、それを批准すれば、反対勢力は第二憲章を受け入れるか、それとも国連の外にとどまるかという難しい選択に直面することになるというのだ。第二の場合、「苦しむのは世界ではなく、孤立したこの国である 」となる。さらに、国連の有効性を向上させるための他の提案、たとえば「世界議会」(アルバート・アインシュタインがそのようなものについて語った)を創設するというアイデアについても、この会議で議論することができる。

この第二憲章は国連憲章そのものの改正に近い手続きで採択・批准されることで、国連憲章に代わるものとして機能できるとするのである。

「世界議会

「世界議会」は決して夢ではない。1947年、国連設立の時期に行なわれた議論に積極的に関与していたアルバート・アインシュタインは、国連総会宛ての公開書簡でつぎのように提案した。

「国連における代表の方法は大幅に修正されるべきである。政府任命による現在の選出方法は、任命された者に真の自由を残さない。さらに、各国政府による選出では、世界の人民に公平かつ相応に代表されているという実感を与えることはできない。 代表者が人民によって直接選挙で選出されるのであれば、国際連合の道徳的権威は大幅に強化されるだろう。」

さらに、Grenville Clark & Louis B. Sohn, World Peace Through World Law, Harvard University Press, 1958では、国連総会は、国家の多様性、その人口、経済規模、その他の客観的指標をより反映する加重投票制度の下で設立されるべきであると主張されている。こうして形成された総会には、とくに平和と安全保障の分野において、限定的な立法権を与えることも可能であると彼は考えた。しかし、そのためには国連憲章の改正が必要であり、これは現在のところ大きな障害となっている。

Augusto Lopez-Claros, Arthur L. Dahl, & Maja Groff, Global Governance and the Emergence of Global Institutions for the 21st Century, Cambridge University Press, 2020では、著者らは、過渡的な段階として、世界議会を総会の諮問機関として設立できると主張している。国連憲章第22条にある「総会は、その任務の遂行に必要と認める補助機関を設けることができる」という規定に注目し、「1国1票」の原則を廃止し、各国の人口、GDP、国連予算への貢献度に応じて世界議会の議席数を割り当てることを提案しているのだ。世界人口の約6%を占める107カ国が1人、23%強の20カ国がそれぞれ4〜9人、人口の約41%を占める中国、アメリカ、インドの3カ国がそれぞれ21〜69人の議員を持つことになると指摘している。当初は審議と補助的な機関であるが、後に権限を拡大することも可能である。世界議会は、国連と世界人口とのつながりを強めることで、現在の一国一票制や常任理事国の拒否権により安保理や総会が欠いている信頼性と正当性を獲得できるというわけだ。

具体的な「世界議会総会」(WPA)の会員資格の配分については、少なくとも人類の歴史の現段階においては、1人1票の原則は乗り越えがたい現実的な課題を提起している可能性が高いことを前提に、総会における投票権を決定するために基準を、人口シェア(P)、世界総国民所得(GNI)におけるその国のシェアの代理指標である国連予算への相対的貢献(C)、 世界のGNIに占めるその国の割合の代理値、加盟国ファクター(M)の三つから構成する。これら三つの割合の算術平均(P + C + M)/3 = Wが、WPA加盟国におけるその国の相対的な比重または割合を決定する。その結果が下表である。

この表は、2017年の人口とGDPの数値を使用して、データの概要を示している。WPAのメンバー総数は567人となり、米国(48人)、インド(46人)、日本(14人)が2位、3位、4位の代表数となる。合計107カ国がそれぞれ1人の代表を出すことになる。世界の人口の41%を占める中国、米国、インドの3か国は、合計163人の代表を擁することになり、これは全体の28.7%に相当する。WPA加盟国が1カ国しかないほど小さな国々を代表する代議員の数は、平均で410万人となる。一方、中国の代議員の数は、約2000万人を代表することになる。


WPAにおける国連加盟国の代表配分(修正シュワルツベルク/ハインリッヒ案)
(注1)国別の議席数は、相対的な人口とGDPのシェア、および国連加盟国としての要因によって決定される。
(出所)https://www.cambridge.org/core/books/global-governance-and-the-emergence-of-global-institutions-for-the-21st-century/world-parliamentary-assembly-a-catalyst-for-change/D8AD7F0432EC6F8A2D8698C53FE4E3CB

別の選択肢として、すべての国が少なくとも1人のメンバーを確保できるという条件付きで、人口の平方根(百万の位に四捨五入)に比例して議席を割り当てる、いわゆる「ペンローズ方式」がある。下表によると、世界の人口の37%近くを占める中国とインドの2か国は、合計74人のメンバーを擁することになり、これは加盟国全体の9%強に相当する。 つまり、各メンバーは約3700万人を代表することになる。 したがって、ペンローズ方式は、最も人口の多い国に割り当てられる割合をさらに減らす効果があり、WPAの各メンバーが代表する人数の多さに反映されている。

 

WPAにおける国連加盟国の代表配分( ペンローズ人口に基づく議席分布)1
(注1) ペンローズ人口とは、その国の人口(百万人)の平方根として定義される。
(出所)https://www.cambridge.org/core/books/global-governance-and-the-emergence-of-global-institutions-for-the-21st-century/world-parliamentary-assembly-a-catalyst-for-change/D8AD7F0432EC6F8A2D8698C53FE4E3CB

ウクライナ戦争勃発後に起きた変化

2022年4月26日、ウクライナ危機を背景に、国連総会は、安全保障理事会で拒否権が行使された場合、10日以内に総会での特別討議を義務づける決議を採択した。この会議では、拒否権を行使した5カ国グループのメンバーは、国際社会に対して自らの立場を説明する義務がある。この革新的な取り組みは、1950年のイニシアチブを引き継いだものと考えることができる。当時、安保理の冷戦による麻痺に対応するため、「平和のための結束」決議が採択され、安保理が国際の平和と安全の維持に対する責任を果たさない場合、総会はその問題を検討するために緊急特別総会を招集することができるとされた。

前述の『21世紀におけるグローバル・ガバナンスとグローバル制度の出現』でものべられているように、総会は既存の権限の範囲内で、不法な武力行使を行った国家に罰則を科す決議(国連加盟国としての資格を失うことを含む)を採択することができる。

具体的には、第2条第4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」に違反した場合である。この決定は、総会そのものか、特別に招集された権限ある法的機関によって下される。

ロシアはBRICSに期待

ここまでの説明で理解してもらえたように、国連およびその根幹をなす安保理の機能不全は将来においても改善されそうもない。おそらく第三次世界大戦のような主権国家間の「シャッフル」が起きないかぎり、主権国家間に新しい秩序をもたらすのは不可能に近い。

より現実的にみると、たとえば、G7やBRICS(後述)のようなグループ化によって、国連とは別の国家間協力が模索されつづけることになるだろう。何か軍事問題が起きた場合には、ウクライナ防衛に関する西側コンタクトグループのような「柔軟連合」で対応するケースも増えてくるかもしれない。

ここでは、10月22日から24日にロシアのタタールスタン共和国の首都カザンで開催予定のBRICSについて、もう少し解説してみよう。このグループは、ゴールドマン・サックスのアナリストが最初に作り出したアルファベットの略語の集まりにすぎない。それは、2001年当初、BRICsであった。ブラジル、ロシア、インド、中国であり、その後、南アフリカが加わり、BRICSとなる。現在はエジプト、エチオピア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)も加わっている。サウジアラビアもこのグループの活動に参加している。だが、正式には加盟していない。この10カ国を合わせると、購買力平価ベースで世界のGDPの35.6%(G7の30.3%を上回る)、世界の人口の45%(G7は10%未満)を占めることになる(『フォーリン・アフェアーズ』に掲載された論文「BRICSをめぐる争い:なぜBRICSの将来が世界秩序を形成するのか」を参照)。今後数年間で、BRICSはさらに拡大する可能性が高い。インドネシアなどの新興国を含め、40カ国以上が参加に興味を示している。

G-7や米国主導の軍事同盟といった米国とその同盟国による排他的なクラブへの参加を望まない、あるいは参加できない国々は、米国が基盤となっている国際金融機関、たとえばIMFや世界銀行などに対して、ますます不満を募らせている。このような国々は、選択肢を広げ、米国以外のイニシアチブや組織との関係を築くことに意欲的である。このようなイニシアチブのなかでも、BRICSはもっとも重要で、関連性が高く、潜在的に影響力をもつものとして際立っている。

BRICSは2014年、既存の国際機関を補完し、加盟国のいずれかが短期的な困難に直面した場合に流動性を提供する金融セーフティネットを構築するため、新開発銀行(NDB)構想を打ち上げ、2015年にNDBがブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ(BRICS)によって設立された。新興市場および開発途上国(EMDCs)のインフラ整備や持続可能な開発プロジェクトに資金を動員することを目的とし、世界銀行やIMFを補完するものであった。

ロシアは、2014年のクリミア併合、ウクライナ東部での戦争、それにつづく欧米諸国による協調的な対ロ制裁を受けて、BRICSに大きな目的と価値を見出す。ロシアは2015年に開催したBRICSサミットを、自国が孤立していないことの証であり、ロシアが追い出されたばかりのG7(旧G8)に代わるグループとして機能する可能性があると表現した。

ロシアはBRICSの仲間である中国やインドとの結びつきによって、欧米の制裁キャンペーンを乗り切ることができたとみなすことができる。しかし、米国の対ロ制裁は、ウクライナ戦争でクレムリンを罰するつもりのない国々には依然として影響をおよぼしている。米国の圧力により、例えば多くの中国の銀行は今年ロシアとの取引を停止せざるを得なくなり、その結果、決済スキームが混乱し、ロシアの輸入業者にとっては取引コストが増加した。ロシアは、米ドル決済だけでなく、中国人民元での決済にまで二次制裁の脅威が影響をおよぼす実態に気づく。しかも、こうした懲罰的な規制はNDBにも適用される。ロシアは、欧米の制裁で他の手段が閉ざされるなか、資金調達源としてNDBに期待していたが、NDBはロシアでのプロジェクトをすべて凍結した。

こうした事情もあって、いまプーチン大統領は、国際金融取引におけるドルの支配力を弱めるための取り組みを最も重要なキャンペーンとして位置づけている。ロシアは、BRICSを通じて、すべての加盟国を巻き込みながら、真に制裁に耐えうる決済システムと金融インフラを構築できることを期待しているのだ。

いずれにしても、国連の機能不全は他の国際組織の利用を促す面がある。しかも、それはアメリカのヘゲモニーを大いに揺さぶっている。国連の機能不全を放置すれば、米国のヘゲモニーはますます弱体化するだろう。他方で、各種の国際組織がアメリカの影響力を削ぐことになるだろう。

 

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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