【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(59):企業レベルからみた監視資本主義(下)

塩原俊彦

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ブラウザを通じた監視

もう少し具体的に理解してもらうために、ブラウザを通じて、個別の企業がどのように監視を行っているのかを説明してみよう。

グーグルとアップルはそれぞれ「Chrome」と「Safari」を所有しており、これらはウェブを利用する上で圧倒的に人気がある。これらのブラウザは、あなたの個人データを販売したり共有したりしないよう企業に伝える簡単な方法を提供していない。

2024年9月27日付のWPによれば、Chrome、Safari、Microsoft Edgeウェブブラウザを使用している場合、小さなウェブブラウザが提供するワンクリックでプライバシーをオプトアウトする選択肢はない。Safariやアンドロイド携帯の内蔵ChromeブラウザにPrivacy Badgerをダウンロードすることもできない(何百万ものウェブサイトのオンライントラフィック管理を支援しているCloudflareによると、アメリカ人はウェブサイト訪問の約90パーセントでChrome、Safari、Edgeを使用しているという)。「現実には、グーグル、アップル、マイクロソフトが協力しなければ、ほとんどの人は自分のデータを漏らさないように企業に伝えるという簡単な選択はできないだろう」と、同記事は指摘している。

そのため、あなたの行動が知らず知らずのうちに盗まれて、「あなたがバナナを買うとき、車で急ブレーキを踏むとき、フィットネスアプリをダウンロードするとき、オンラインでニュースを読むとき、企業はあなたの個人情報を他の企業に可能性がある」という(「これは、ほとんどだれも使っていない最高のプライバシー設定である」という2024年9月6日付の「ワシントン・ポスト」の記事を参照)。さらに、これらの個人情報の混合物は、あなたの収入、政治的嗜好、宗教、健康習慣などを推定して、商品販売や政治的メッセージの送信、自動車保険料の設定などに使用される可能性がある。

アメリカの一部の州は個人情報を守るために、プライバシー保護の法律を制定してきた。「近年、カリフォルニア州を筆頭に、19の州で有意義なプライバシー法が成立した」と、2024年9月27日付のWPは報じている。これは、2018年に可決されたカリフォルニア消費者プライバシー法(CCPA)を皮切りに、バージニア州、コロラド州、コネチカット州をはじめ、最近ではケンタッキー州、メリーランド州、ロードアイランド州などにも広がっている。企業が収集または販売する個人情報に関して、消費者にさまざまな権利を付与する(注1)。CCPAには、消費者の個人情報を第三者に販売または共有する企業に対して、消費者の個人情報を販売または共有しないよう指示する権利も含まれる。

2020年には、カリフォルニア州プライバシー権法(CPRA)によってCCPAが改正され、ターゲット広告に関する規定が明確化された。さらに、消費者に新たな権利を付与し、企業に対して「センシティブな個人情報」の「利用および開示の制限」を指示することが含められた。カリフォルニア州プライバシー保護局(CPPA)を設立し、カリフォルニア州司法長官とともにCCPAの施行を担当する規制当局とするまでになる。
こうして、現行CCPAには、クッキー、ピクセル、その他のトラッキング技術などを通じて、企業が消費者の個人情報を「販売または共有」しないよ

指示する権利を消費者に与えるものもある。しかし、こうしたプライバシーの権利を行使するには、複雑なファームに数十社分も記入しなければならないことが多く、実際にはほとんどの人がそうしていない。オプトアウト(ユーザーが情報を受け取る際や自らに関する情報を利用される際などに、許諾しない意思を示す行為の権利)の権利は、原則的には消費者に力を与えるが、実際にはそうなっていないのだ。ただし、いくつかの州のプライバシー法には、代わりにだれかに実務を代行してもらうという選択肢が盛り込まれている。

そこで、カリフォルニア州議会は、いわゆる「オプトアウト・プリファレンス・シグナル」(OOPS)と呼ばれるオンラインツールを通じて、消費者がプライバシー設定を変更できる機能を提供することを義務づける法案「A.B. 3048」を2024年8月に可決した。OOPSは主にターゲット広告のオプトアウト(拒否)手段として使用されている。ユーザーのブラウザまたはモバイルデバイスがOOPSを実行している場合、ウェブサイトに信号を送信し、運営者にユーザーの「追跡」やユーザーの個人情報の「販売」を行わないよう要求するのである。なお、プライバシー保護に熱心なウェブブラウザであるFirefox、Brave、DuckDuckGoなどでは、以前から選択肢として用意されていたが、ほとんどの人は気づいていなかった機能である。

しかし、9月10日、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムは、法案A.B. 3048に拒否権を行使した。ウェブブラウザとスマートフォンシステムを独占的に支配すると言われるグーグルとアップルに対して、ワンクリックでプライバシーオプションを利用できる機能を、より多くの人々に提供することを義務づけるという、本質的には法的命令が可能となる法案が潰されてしまったのである。

この背後には、グーグルによる同法案への猛反対やアップルによる静かなる抵抗があった。それは、監視資本主義をリードするグーグル、アップル、マイクロソフトなどが実際にやっていることを止めようとする規制が不可能となっている厳しい現実を示している。

「ビッグアザー」

ここまでの説明を別言すると、ズボフは「ビッグデータ」および「ビッグマス」(Big Math、数学に基づく統計)からなる「ビッグアザー」(Big Other)が「神の目」をもつ存在として登場するとみている。ビッグアザーのもとでは、人間の自由意志は統計上の一時的な逸脱・乖離として矮小化されてしまう。家の内部にまで監視装置(グーグルホームやアマゾンエコーなど)を張り巡らせ、ベッドでのささやきさえも聞き取ることができるようになり、外出時にはアップルウォッチで心臓の鼓動さえ測定できる。そしてビッグアザーは利益追求を求めて行動するようになる。利益につながるように人間行動を誘導するのだ。そうなると法の支配(rule of law)や民主的な政治といったものが変質してしまう。ビッグアザーが秘密裏に管理する運営体制や新しい形態の主権へと変貌を遂げるのである。

いわゆる商人資本主義はリアル空間の差異を利用して利潤を得る方法を見出した。産業資本はリアル空間における時間の差異を活用して労働力の商品化によって利潤獲得を可能とした。いずれの資本主義もいわば人間を含む自然を支配する方向にあった。産業資本主義下では、人間の身体の限界を克服するマシーン開発に重点が置かれてきたが、監視資本主義になると、個人や集団などの行動を修正するマシーンが人間そのものを支配する方向に向かう(うそ発見器の判断を妄信したり、ネットワークとしてのブロックチェーンのみを信じて仲間や仲介者をまったく信頼しなくなったりする事態を想起してほしい)。国民やその組織から構成される主権国家は骨抜きにされ、主権国家による覇権争いよりもビッグアザー間の主導権争いこそ重要になるだろう。

全体主義と道具主義

ここまでの記述を全体主義と道具主義と対照しながら簡略化してみよう(注2)。

全体主義はビッグブラザーのもと、恐怖や恣意的テロ、殺害、暴力を使って、大衆全体に働きかけ、全体としての所有を重視する一方で、個々人の孤立や原子化をはかり、国家への絶対忠誠・服従を迫る。これに対して、道具主義はビッグアザーのもと、コンピューターによる予測に基づく確実性を重視する一方で、ラディカルな無関心のもと個々人のラディカルな接続をはかり統計的な結果を志向する。結論部分でズボフはつぎのようにのべている(Zuboff, 2019, p. 515)。

「三世紀以上もの間、産業文明は人間の向上のために自然をコントロールすることにねらいを定めてきた。マシーンは、我々がこの支配目的を達成できるようにするための動物の身体の拡張や限界克服の手段であった。……

現在、我々は私が情報文明と呼んだ新しい展開のはじまりにあるのだが、それは同じ危険な尊大さを繰り返している。その目標は現在、自然を支配することではなくむしろ人間を支配することである。焦点は、身体の限界を克服するマシーンから、市場を目的とするサービスにおいて個人・集団・全住民の行動を修正するマシーンに移った。」

ここまで説明してもなお、内容が判然としないかもしれない。ズボフの主張を大胆に要約すれば、グーグルやフェイスブック(メタ)などの巨大IT関連企業はデジタル化した情報に基づく行動予測に基づいて行動余剰を得ようとしており、それは自然に働きかけることで剰余価値を得ようとしてきた産業資本主義と異なり、人間自身を観察・表示・データ化・道具化の対象としてとらえ、人間を内部から道具化し、脱主体化しようとしているようにみえる。だからこそ、個人の主体性の一部を構成する自然権を放棄したところに誕生する国家主権そのものも揺らぐことになる。

問題は中国がこの行動余剰を国家自体の手中に収めようとしている点にある。こうなれば、「ビッグアザー=ビッグブラザー」となり、「デジタル全体主義」というかたちでの全体主義が再来しかねないことになる。現状において中国がAI、ブロックチェーン、5G 、IoTなどの分野においても国家主導で世界をリードしつつある一方、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどもまた最先端技術で主導的な役割を果たしている。ただし、後者は必ずしも米国政府と一体化しているわけではない。後者が優勢になれば、超国家企業が監視資本主義を推進し、国家主権を超えた新しい地政学を生み出す可能性が出てくる。

 

(注1)
EU 域内では、「EU データ保護指令」(Data Protection Directive 95/46/EC)が1995年以降適用されてきたが、2018年5月25日から「一般データ保護規則」(General Data Protection Regulation, GDPR)が適用されるようになった。GDPRは、EU域内の個人に関する個人データの個人、企業、組織による処理を規制している。個人データとは、識別された、または識別可能な生存する個人に関するあらゆる情報を指す。 特定の個人を識別することができる様々な情報もまた、個人データである。 非識別化、暗号化、または仮名化された個人データであっても、個人を再識別するために使用できるものは、依然として個人データであり、GDPRの適用範囲に含まれる。個人を識別できないように、または識別できなくなるように匿名化された個人データは、もはや個人データとはみなされない。データ処理には、個人データの収集、記録、整理、構造化、保管、適応または変更、検索、相談、使用、送信による開示、普及またはその他の方法による利用可能化、整列または組み合わせ、制限、消去または破棄が含まれる。これらの条件の下で、EU域内の個人は、自分の個人データを第三者に販売したり共有したりしないよう企業に指示する権利を有している。

日本には、2003年に施行された個人情報保護法(APPI)があり、「個人情報取扱事業者」(PIHBO)と呼ばれる、日本国内の個人に対して商品やサービスを提供する事業者による、日本国内における情報主体(APPIでは「プリンシパル」と呼ばれる)の個人情報の取扱いに適用される。APPIに基づいて、PIHBOは原則として情報主体の合意を得ることが必要だが、いくつかの例外が認められている。たとえば、法令に基づく場合や、生命、身体、財産の保護のために緊急に必要がある場合などである。

(注2)
全体主義と言えば、ヒトラーのナチ支配やソ連のことだと思っている人が多いかもしれないが、本当は、米国も日本も中国も全体主義国家と言えなくはない。全体主義はトータリタリアニズム(totalitarianism)と呼ばれ、「個人は国家・社会・民族などを構成する部分であるとし、個人の自由や権利より国家全体の利益が優先する思想、また、その体制」(『広辞苑』)を意味している。個人より国家全体の利益を優先する程度次第で全体主義の程度が異なるだけであり、日本や米国が全体主義ではないなどとそもそも断言することなどできないのだ。

エミル・レーデラーはその著書『大衆の国家』のなかで、「全体主義国家は大衆の国家である」と書いている(Lederer, Emil, State of the Masses: The Threat of the Classless Society, W. W. Norton & Company, 1940=『大衆の国家』青井和夫・岩城完之訳, 3版, 創元新社, 1966, p. 41)。大衆の存在自体が全体主義国家につながりかねないというわけである。シグマンド・ノイマンは『大衆国家と独裁』のなかでは、大衆操作のために藝術が活用されてきたことに目を向けている(Neumann, Sigmund, Permanent Revolution, The Total State in a World at War, 1942 =『大衆国家と独裁:恒久の革命』岩永健吉郎, 岡義達, 高木誠訳, みすず書房, 1998, p. 117-118)。ソ連の場合、社会主義リアリズムなる藝術運動があった。「普通の国」でも藝術を通じた全体主義国家への萌芽はそこかしこにある。

全体主義の国家体制を厳密に定義づけるために、カール・フリードリヒーらはつぎの六つの指標から全体主義化の程度を考察している(Friedrich, Carl, J. & Brzezinski, Zbigniew, K., Totalitarian Dictatorship and Autocracy, second edition, revised by Friedrich, Harvard University Press, 1965, p. 22)。①念入りにつくられたイデオロギー、②典型的に一人の人間により指導される単一の大衆政党、③党と秘密警察を通じてもたらされるテロルのシステム、④マスコミのすべての手段を党や政府に支配のもとに独占すること、⑤武器の利用のほぼ完全な独占、⑥官僚的調整を通じた経済の集権的コントロール――というのがそれである。それぞれの項目ごとに日欧米先進国ごとに程度の差はあるものの、これらの条件が多少なりとも当てはまると認めないわけにはゆかないのではないか。これは裏を返せば、全体主義国家は程度の差にすぎず、日欧米の先進国であっても全体主義国家とは無関係などとは決して言えないことになる。

道具主義については、マックス・ホルクハイマーのいう「道具的理性」(instrumentelle Vernunft)を想起すべきだろう。彼は、啓蒙における理性とは目的の純粋な道具であろうとする古くからの野心をもち、本質的に手段と目的に多かれ少なかれ自明のものと考えられている目的に対する手続きの妥当性に関心をもち、目的自体が合理的であるか否かという問題にはほとんど重きをおかないとみなした。彼は、啓蒙の理性は所与の目的達成の道具にすぎないという意味で「道具的理性」にすぎないとしたのである。にもかかわらず、この道具的理性ないし目的合理性は、「命令はそれが“物化”されることによって、リアリティを得、いかにもその命令に根拠があるように見える」という思考に支えられている点に留意しなければならない。理性への無関心は知性に基づく利益一辺倒の思考につながりかねない。それがAIという知性に導かれるだけで理性を無視する監視資本主義への変容に結びつくことになるのである。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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