【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(61):オンライン規制の地政学(上)

塩原俊彦

 

資金の大半が米国務省およびその他の米政府助成金から拠出されている、民主主義や政治的自由、人権などを重視・提唱する非営利団体、「フリーダム・ハウス」は毎年、世界中のインターネットの自由に関する調査と分析である報告書『フリーダム・オン・ザ・ネット』を公表している。ランク付けされた国ごとのネットの自由の評価、最新動向の世界的概観、そして詳細な国別レポートということになる。

もちろん、米政府が支援する団体である以上、偏向した評価にすぎない。それでも、世界各国の現状を知るうえで、多少なりとも役に立つ。そこで、今回は公表されて間もないFreedom on the Net 2024について紹介したいと思う。

五つのKey Findings

五つのKey Findingsから示したい。

第一に、世界のインターネットの自由度は14年連続で低下した。調査対象となった72カ国のうち27カ国ではオンライン上の人権保護が後退し、18カ国では改善が見られた。キルギスは、サディル・ジャパロフ大統領がデジタルメディアの沈黙化とオンラインでの組織化の抑制に力を入れるなか、2023年6月から2024年5月の調査期間中でもっとも大幅な評価下げとなった。中国は、ミャンマーと並んで、インターネットの自由にとって世界最悪の環境であるという評価を受けた。ミャンマーでは軍事政権が新たな検閲システムを導入し、インターネットを介した複数の拠点間で暗号化データを加工して通信を行い、通信データの改竄などを抑えながら通信を行うヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)への規制を強化した。その一方で、アイスランドはもっとも自由なオンライン環境であるという評価を維持し、ザンビアはもっとも大きなスコアの改善を達成した。2024年にはじめて、Freedom on the Net (FOTN)はチリオランダの状況を評価し、両国ともオンラインでの人権保護に強力な対策を講じていることが示された。

第二に、オンライン上での表現の自由は、厳しい懲役刑とエスカレートする暴力により、危険にさらされた。FOTNが対象とした国の4分の3において、インターネットユーザーは非暴力的な表現により逮捕され、時には10年を超える厳格な懲役刑に処されることもあった。オンライン活動に対する報復として、少なくとも43カ国で人々が身体的攻撃を受けたり命を落としたりした。インターネットの遮断やオンラインでの言論に対する報復により、世界中のいくつかの主要な武力紛争の影響を受けた人々にとって、さらに危険な環境が生み出された。

第三に、検閲とコンテンツ操作が組み合わさり、選挙に影響を与え、有権者が情報を得た上で意思決定を行い、選挙プロセスに完全に参加し、自らの声を届ける能力を損なった。調査対象期間中に全国的な選挙を実施または準備したFOTN対象国のうち少なくとも25カ国では、有権者は検閲された情報空間と闘わなければならなかった。多くの国々では、技術的な検閲が野党の有権者へのアピール力を抑制したり、信頼できる報道へのアクセスを制限したり、投票の不正に対する懸念を鎮めたりするために利用された。41カ国のうち少なくとも21カ国では、政府寄りのコメンテーターがオンライン情報を操作し、しばしば次期選挙結果の信頼性を疑わせ、民主的機関に対する長期的な不信感を助長した。さらに、政府による干渉や主要なソーシャルメディア・プラットフォームにおける透明性メカニズムの縮小により、選挙関連の工作を明らかにしようとする独立系研究者やメディアグループの取り組みは冷え込んだ。

第四に、選挙を実施または準備したFOTN対象国の半数以上では、政府が情報の完全性に対処するための措置を講じた。しかし、オンラインの人権状況については、結果はまちまちだった。介入には、オンラインコンテンツに関するルールの施行、ファクトチェックやデジタルリテラシーの取り組みの支援、選挙運動における生成型人工知能(AI)の使用を制限する新たなガイドラインの制定などが含まれた。インターネットの自由への影響は、各取り組みが透明性、市民社会の専門知識、民主的な監視、国際的な人権基準をどの程度優先したかによって決まった。南アフリカ、台湾、欧州連合(EU)の例は、もっとも有望なモデルとなった。

第五に、信頼できるオンライン環境を構築するには、インターネットの自由に対する新たな持続的な取り組みが必要である。2024年、コンテンツ規制を評価するFOTN指標は、今回初めて対象に加わった2カ国を除いて、過去10年以上で最低の平均スコアを記録した。これは、オンライン検閲と操作がますます極端になっていることを示す兆候である。高品質で信頼性が高く、多様な情報スペースへのアクセスが制限されていることで、人々は自らの意見を形成し、表明したり、コミュニティに建設的に参加したり、政府や企業の説明責任を主張したりすることが妨げられている。情報の完全性を保護することを目的とした政策介入は、表現の自由やその他の基本的権利を基盤とするものであれば、オンライン環境における信頼の構築に役立つ可能性がある。しかし、こうした原則を組み込まない対応策は、インターネットの自由と民主主義の衰退を世界的に加速させるだけである。

なお、あらかじめ紹介しておくと、日本はインターネットの自由度が「自由」であると評価されている(図1を参照)。ただし、「自由」と評価された19カ国中第8位にすぎない(図2を参照)。

図1 各国別評価
(出所)Freedom on the Net 2024, Freedom House, 2024, pp. 22-23.

図2 「自由」および「部分的自由」と評価された国別評点
(出所)Freedom on the Net 2024, Freedom House, 2024, pp. 24.

悪化するオンライン環境

報告書は、オンライン情報の信頼が揺らいでいるとして、つぎのように警鐘を鳴らしている。

「この1年、重大な選挙が相次いだことで、世界の情報環境は大きく変化した。技術的な検閲により、多くの野党が支持者と連絡を取る能力が制限され、選挙プロセスに関する独立した報道へのアクセスが抑制された。有権者不正の虚偽の主張や選挙管理者の嫌がらせの増加により、投票手続きの信頼性に対する国民の信頼が脅かされた。党派的な取り組みにより、独立した事実確認者や研究者の正当性が否定され、彼らの本来の業務が妨げられた。その結果、10億人を超える有権者が、検閲され、歪められ、信頼できない情報空間をナビゲートしながら、自らの将来に関する重大な決断を下さなければならなかった。」

具体的には、Freedom on the Net 2024で調査対象となった72カ国のうち、オンライン上の人権状況が悪化した国は27カ国、全体的な改善が見られた国は18カ国であった。2024年最大の低下はキルギスで、次いでアゼルバイジャンベラルーシイラクジンバブエの順となった。一方、オンライン活動の余地が開けたことで、ザンビアが最大の改善を達成した。このプロジェクトで対象となった国の4分の3以上で、人々はオンラインで政治的、社会的、宗教的見解を表明したことで逮捕されるという事態に直面しており、また、オンライン活動に関連して身体的暴力を受けた人々は、少なくとも43カ国で過去最高を記録したという。

これだけの報告を読むと、たしかに多くの途上国で、言論自由や人権が危機にさらされ、事態が深刻化していることがわかる。とくに、10年ぶりに、中国・ミャンマーがインターネットの自由度が世界でもっとも低い国として、2位にランクインした。ミャンマーの状況は、FOTNの歴史の中で最低の水準まで悪化した。

2021年のクーデターで政権を握って以来、ミャンマー軍は、オンラインでの言論に対する報復として、反対意見を容赦なく暴力的に弾圧し、何千人もの人々を投獄してきた。その一方で、民間人の民主化活動家や武装抵抗グループの活動を弾圧するための大規模な検閲・監視体制を構築している。2024年5月、軍部は新たな検閲技術を導入し、ほとんどのVPNを遮断した。これにより、インターネット規制を安全に回避するために住民が頼りにしていたツールが遮断された。

中国政府は国内のインターネットを世界から孤立させる努力をつづけ、一部の政府ウェブサイトへの国際的なトラフィックを遮断し、VPNを使用する人々に多額の罰金を課した。中国政府はまた、体制に反対する意見を組織的に弾圧しつづけている。たとえば、活動家でありジャーナリスト孫林に関するオンライン上の議論を検閲した。孫林は、中国共産党の指導者、習近平に対する抗議デモに関する自身のソーシャルメディア投稿に対する報復として警察に暴行され、2023年11月に死亡した。

検閲法による選挙介入

報告書は、「多くの国々で当局がオンラインコンテンツを規制する法律や規制を強化し、選挙に関する報道や候補者や政策に関する意見表明を事実上妨げている」と指摘している。2024年6月と7月に早期の大統領選挙を控え、世界で3番目にインターネットの自由が抑圧されているイラン当局は、選挙ボイコットや抗議を促す、あるいは候補者を批判するあらゆるコンテンツを犯罪化したという。この規則は、少なくとも部分的には、ほとんどの候補者を恣意的に失格としながらも、選挙を正当なものに見せるために投票率を上げることを目的としたものであった。また、イランの司法当局は、選挙法により、候補者とその支援者が外国のソーシャルメディア・プラットフォームを使用することが禁止されていると警告した。これらのプラットフォームは、ほぼすべてが国内でブロックされている。

他方で、ロシアでは、2024年3月の大統領選挙を目前に控え、すでに厳しく制限されていた情報環境をさらに抑圧する一連の法律が制定された。VPNの広告を犯罪とし、検閲されていない情報にアクセスするためのこうしたツールの使用を制限する政府の既存の取り組みを推進した。2024年2月の法律では、「外国代理人」と指定されたウェブサイトやソーシャルメディア・チャンネルで広告を出すことがロシア人に禁止され、テレグラムやYouTubeで主に活動している同国の数少ない独立系メディアチャンネルは、事業規模の縮小と人員削減を余儀なくされた。

興味深い論点

報告書は、①情報空間の歪曲、②プレーヤーと戦術の進化――という二つの論点に注目している。これは、日本についても当てはまる論点であり、重要な問題であると言える。

①については、調査期間中に全国規模の選挙を実施または実施予定であったFOTN対象国41カ国のうち少なくとも25カ国では、オンライン情報を操作するために欺瞞的または隠密的な戦術を用いた親政府派のコメンテーターが活発に活動していた、と記されている。
わかりやすく言えば、ジャーナリストを標榜する田崎史郎のような人物が親自民党のコメントをすることで、情報操作しているということになる(私は、田崎の自民党への食い込み方を高く評価していると付け加えておきたい)。

ほかにも、コンテンツ操作キャンペーンは存在する。「民主主義プロセスに関する虚偽の情報を流し続けたり、公式見解に不自然な支持をでっち上げたり、指導者の政治的支配に脅威をもたらす人物を貶めたりすることで、オンライン上の議論を歪めた」という。これについては、「これらのネットワークは、国が管理または提携するニュースメディアと連携し、ソーシャルメディア全体にボットアカウントを展開し、本物のニュース発信元を装う偽のウェブサイトを作成し、政治的忠誠心の強い人々の熱狂を利用することが多い」と書かれているのだが、日本の場合も、フジテレビや日本テレビなど、もはやどうみても中立的とは言えないメディアによる情報操作が蔓延しているように感じられる。

とくに問題なのは、NHKの偏向報道であると書いておきたい(私は、仕方なく受信料を支払っているが、だからこそ、NHKの偏向報道は決して容認できない)。

報告書は、「このようなコンテンツ操作は、露骨な検閲よりも目立たない形での統制であり、政治的な反発も少ないため、リスクの低い戦術となり、オンライン環境の再構築という大きな成果をもたらし、選挙に勝つことさえ可能となる」と指摘している。この点はその通りであり、だからこそ、知らず知らずに情報操作されてしまっている国民の「無知」を深く憂慮しているのだ。

「知られざる地政学」連載連載(61):海底ケーブルをめぐる地政学(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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