登校拒否新聞4号:スダチクライシス

藤井良彦(市民記者)

板橋区を震源として、スクールマイノリティ――スクマイ界隈を騒がせたのがスダチだ。スダチと言っても柑橘類のスダチではなく、巣立ちをもじった株式会社スダチである。「平均3週間で再登校に導くオンライン不登校支援」を謳う会社が板橋区と連携してオンライン再登校支援を実施するという。「メタバース登校」などオンライン登校は増えている。しかし「オンライン再登校支援」はオンライン登校とは違う。

プレジデントオンラインの2本の記事「本当の原因は「いじめ」や「友人関係」ではない…日本中で不登校の子が増えている構造的な要因」と「不登校の9割は3週間で解決できる…問題が長引く家庭が見落としている「再登校を叶える5つの条件」」は、「本稿は、小川涼太郎(著)、小野昌彦(監修)『不登校の9割は親が解決できる』(PHP研究所)の一部を再編集したものです」と記されてあるように、この本の内容をまとめたものらしい。

https://president.jp/articles/-/82136

https://president.jp/articles/-/82171

小川氏は株式会社スダチの社長さんである。小野氏は宮崎大学の名誉教授さんで、『不登校の本質』という本を出している。『不登校の9割は親が解決できる』は本年5月に出版され1万部を捌いた。似たような題の本は過去にも出ている。順に並べてみると――、

森田直樹『不登校は1日3分の働きかけで99%解決する』(2011年)

新井てるかず『不登校児童を日本で一番解決した!子どもと対話する3つの技術:再登校率88%!何をやっても改善しなかった子どもたちを90日で再登校に導いた方法』(2014年)
杉浦孝宣『不登校・ひきこもりの9割は治せる:1万人を立ち直らせてきた3つのステップ』(2019年)

酒井秀光『不登校の9割は改善できる(たった5つのステップ)』(2022年)
一概に本と言ってもいろいろで、タイトルを著者が決めているとは限らない。出版社のほうで決めてる場合もあるし企画の段階から案が出されている場合もある。タイトルだけを見て何か言うことは著者の意に沿わないとは思いつつ、いずれも9割という数字を出していることに目を見張る。「日本で一番解決した!」と豪語する新井氏の88%という数字は控えめに言ったものだろうか?

私の出した本のタイトル『不登校とは何であったか?:心因性登校拒否、その社会病理化の論理』(2017年)は自分でつけたものだ。出版社から何か言われるかと思ったところ、そのまま出版された。こんなタイトルじゃ売れないことはわかっている。だけども中学不就学の私には「解決」という言葉は使えない。再登校するようになれば解決したと言える例があることは認める。割合からしてもそういう例のほうが多いだろう。でも、それは「不登校」という社会問題が解決したという話ではない。この問題は解決すべき問題ではなく考えるべき問題である。

旧ツイッター上でスダチの一件を追及しているラピさん(@Lapisan2222)はプレジデントオンラインを「柑橘系」と言っている。なるほど騒ぎになってからもプレジデントオンラインはスダチの記事を配信している。「だから「学校に行かない子」が増え続ける…SNSで広がる「無理して行かなくてもいい」論に抱く”強烈な違和感”」と「なぜ「不登校の子」の親からおカネをとるのか…批判覚悟で「不登校ビジネス」を立ち上げた30歳経営者の真意」という記事は2回に分けて連載された。

https://president.jp/articles/-/85856

https://president.jp/articles/-/85920

これには精神科医の斎藤環氏も「スダチの提灯記事を掲載している。そういうことならつきあいかたを考えないと」とつぶやいた。

https://x.com/pentaxxx/status/1835857324818493766

私はスダチの件をフォローしてきたわけではない。何が問題となったのかはラピさんの過去ログを勉強しよう。困ったのは、スダチについて本紙としても一言と思っていたところが、小川涼太郎@スダチ代表(@ogawa_education)と不登校支援サポートスダチ(@Sudachi_support)という二つのXアカウントが消されたことだ。この二つのアカウントのつぶやきにコメントをしようと思っていたのに残念だ。べつに悪口を言おうと思っていたのではない。つぶやきをヒントに「不登校」について考えましょうという学校哲学者としての思いつきなのに。

初報はやはりラピさんである。「スダチ関係 色々消しにかかってるかもです 気になったかたは 今残ってるスダチ関係スクショなど」と10月2日午後10時39分にツイート。とまとま(@tomatoma69)さんも「某不登校ビジネス代表O川のアカウント、消えてる気がする。なぜ?なぜこうも怪しいのか?期待以上の怪しい動きをしてくれる」と午後11時23分にツイートしている。私が気づいたのは4日だったので少し遅かった。とにかくも、ラピさんがスクショと言っているようにアーカイブの記録を探した。

するとあった。ウェブ魚拓というサイトに「取得日時:2024年9月13日午前3時32分」として、@ogawa_educationのアーカイブが残されていた。しかし、ちょっと古いのである。というのも、私が@ogawa_educationのツイートにコメ付きで、

そうなんだ。「学校外の学びの場」での「多様な学び」が不登校生徒には強要されている。二者択一にされている。家で学校の勉強をしていてもいいはずだ。

とリツイートしたのは9月19日午前3時2分である。

もう一つ、魚拓も見つからない@Sudachi_supportのツイートに対しては、

内申点がつかないから進学先が限定されるというのはずっと変わらぬ現実。事実上の六三三制の義務教育制度とするとかなりの不利益を被る。画一性が担保されていない制度の内部で「多様」は答えになってない。

と9月16日午前3時11分に返している。

この二つの主張は私が以前からしているものだ。巷で問題とされているわりにはスダチ関係者の主張は案外に自分の考えていることに近いのかな、と思ってコメ付きでリツイートしたものだ。それが削除されてしまったというので残念だ。ツイ削というのは誰でもやってることで罪は軽いけれども、アカウントごと消すのでは雲隠れしたことになる。

スダチクライシスは板橋区長と板橋区教育委員会教育長宛てに「公開質問状」が出された8月15日の時点でピークに達した。それによると――、

令和6年8月5日に、「板橋区と株式会社スダチが連携、不登校支援を強化」という記事タイトルで板橋区と「株式会社スダチ」(以下、スダチ)が連携をして、不登校支援を実施するという報道がありました。また、スダチ側からも同様の内容でプレスリリースが発表されました(現在は削除)。この報道およびプレスリリースによれば、スダチは「再登校を目指すという選択肢を当たり前にすることを目標に事業を拡大しており、板橋区とこの問題に共同で取り組む」としています。その後、8月9日付の板橋区ホームページでは「『板橋区と株式会社スダチが連携し不登校支援を強化』という記事について」というタイトルで、「取り組みの一つとして一部の学校で試行を始めた」が、これまでの区の不登校支援方針と変わらないことが伝えられ、続く13日付公表文では連携の事実そのものが否定されています。

この質問状は長いので、事の概要が示されている冒頭の一節だけを引用するに留める。誰が提出したのかと言うと、団体名だけを挙げれば、NPO法人多様な学びプロジェクト、NPO法人登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク、NPO法人フリースクール全国ネットワークの3団体である。私はいずれの団体にも属していないし、かりに質問状にサインするかと言われても断ったろう。

『東京新聞』の記事「不登校対策で民間業者と「連携」した板橋区の迷走」は8月17日付で発表されている。それによると――、

市民団体のメンバーで、次女が不登校になった際にスダチを利用した女性(52)は「100%学校に戻れると言われ飛び付いた」と振り返る。利用料は総額40万円超と高額なのに正式な契約書はなく、やりとりは全てオンラインだったが「わらにもすがる思いだった」。指示通り、ゲーム機や携帯電話を没収し、事前に決めた目標を達成できたら意識的に褒めるようにした。3カ月後、確かに数日間は登校できたが、再び行けなくなり逆に悪化。自傷行為にも及び、スダチと距離を置いた。現在は通信制の高校に通っているという。不登校の当事者でNPO法人「登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク」理事の武山理恵さん(43)は「無理して学校に行けても一時的なもの。不登校は小手先で解決できるものではない」と強調する。

ということである。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/347943

同紙の特報部は板橋区教育委員会の指導室長、富田和己氏への取材を行っている。この方は高名な小児科医で、それこそ「不登校」の専門家の一人である。記事ではあまり良く書かれていないので、氏の発言をここに引用することは控えるが、はたして「小手先で解決できるものではない」という意見に対してどうお答えになるか聞いてみたいところである。拙著『不登校とは何であったか?』では氏の論文「医原性登校拒否」(『日本医事新報』1978年)、「医原性登校拒否の35例」(『日本小児科学会雑誌』1981年)、「小児科医からみた登校拒否」(『小児科診療』1982年)、と著書『子どもたちのSOS―登校拒否・心身症 つたわらぬ子どもの心の叫び―』(1988年)を引用した上で、卑見を述べた。その時の印象では決して偏った主張をしている医師ではない。学校哲学者の藤井良彦さん(40)は「不登校という問題は解決すべきものではなく考えるべきもの」と管を巻く。

板橋区教育委員会は9月5日に「板橋区教育委員会事務局の株式会社スダチとの一連の経緯と不登校対応の方針について」という文書を公表している。

https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kyoikuiinkai/gakko/1053966.html

この翌日6日には、いたばし不登校・ホームエデュケーション保護者会が「板橋区とスダチの不登校支援をめぐる騒動に寄せて」という一文を公表。「今夏、株式会社スダチから出された「板橋区と株式会社スダチが連携、不登校支援を強化」というプレスリリースによって起こった動揺は、9月5日の教育委員会による発表をもって、いったんの区切りを迎えたと考えています」と述べた。

https://note.com/itbs_unschool/n/nc32971262e14

私がこの件を本紙に取り上げようと思ったのは同調圧力を感じたからである。つまり「公開質問状」にあるような主張に同調することが当然という圧を受けた。専門家たちは「オンライン再登校支援」というスダチのアプローチに反対している。あるいは、それを行政が認めることに反対している。後者に関しては私も同感である。事後とはいえアカウントが消えるような会社ではなおさらのことだ。ただ、前者に関しては、やはりそういう必要性もあるということを素直に認めたい。

「不登校」ではなく登校拒否と言っていた頃から、その理解は「再登校」を促すアプローチに対して反対することにあった。「休養の必要性」「休む権利」といった主張がそれである。しかし学校を休んでいる上においてなおも休むとはいったいどういうわけか?

休ませてあげる、というのは上から目線である。だからといって休んでいていいのか、そう自問するのは本人である。学校に行かない子どもが勉強もせずにスマホやゲーム機ばかりいじっているのなら取り上げるくらいのことはすべきだ。それを子どもに寄り添うなどという理解をひとしなみに押しつけるのはおかしい。子どもの声に耳を傾けるというのは臨床家の仕事である。親子のコミュニケーションは学校に行かないのであればどうするかという点について親子間で折り合いをつけることにある。

多様を謳う人たちの主張は驚くほど一様だ。この一件では揃いに揃って反対勢力をなして徒党を組んだ。本当に「多様な学び」がなされているのなら、もっと多面的で立体的な主張があって当然だ。それが平坦にならされた所に「不登校」はある。

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藤井良彦(市民記者) 藤井良彦(市民記者)

1984年生。文学博士。中学不就学・通信高卒。学校哲学専攻。 著書に『メンデルスゾーンの形而上学:また一つの哲学史』(2017年)『不登校とは何であったか?:心因性登校拒否、その社会病理化の論理』(2017年)『戦後教育闘争史:法の精神と主体の意識』(2021年)『盟休入りした子どもたち:学校ヲ休ミニスル』 (2022年)など。共著に『在野学の冒険:知と経験の織りなす想像力の空間へ』(2016年)がある。 ISFの市民記者でもある。

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