袴田巌さん再審無罪判決が切り拓く死刑廃止への道◉足立昌勝(紙の爆弾2024年12月号掲載)
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9月26日、静岡地裁は1966年に清水市(現静岡市清水区)で起きたこがね味噌専務宅での強盗殺人放火事件で犯人とされ、一審の静岡地裁で死刑、東京高裁・最高裁でも死刑判決が維持されていた袴田巌さんに対し、捜査機関による証拠の捏造を認定して無罪を言い渡した。
畝本直美検事総長は10月8日、控訴を断念したことを明らかにし、控訴期限の10日に袴田さんの無罪が確定した。
筆者は1972年に静岡大学に赴任した。
まさに、事件が発生した隣の市である。青法協(青年法律家協会)静岡支部で、当時から無罪を主張していたジャーナリストの高杉晋吾さんを講師に勉強会を行ない、さまざまな証拠の矛盾を知ることができた。
犯行現場宅の出入り口とされた、かんぬきがかけられた裏木戸を袴田さんは通れないこと、くり小刀とさやとの不一致という矛盾等々。それらはすべて無視され、死刑判決へと至ったのである。
当時の静岡地裁や東京高裁の裁判官たちが十分な証拠調べを行なっていたら、このような袴田さんの長期にわたる拘禁生活はなかったであろう。
その意味で裁判官も心からの謝罪をしなければならない。
なお、筆者は従来の「袴田事件」という名称は、袴田さんの名誉を永遠に傷つけるものであり、今後は発生した犯罪の内容をそのまま事件名として用いるべきだと考える。
無罪判決が認定した証拠の捏造
静岡地裁は再審無罪判決で、証拠には次のような3つの捏造があるとした。
①自白したとされる検察官調書は、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたものであり、そこには、犯行着衣等に関する虚偽の内容も含むものであるから、実質的に捏造されたものである。
②死刑判決において最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、1号タンクに1年以上味噌漬けされた場合にその血痕に赤みが残るとは認められず、事件発生から相当期間経過後に発見された時の近い時期に、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたものである。
③5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によって捏造されたものである。
結論としては、「他の証拠によって認められる本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難である事実関係が含まれているとはいえず、被告人が本件犯行の犯人であるとは認められない」と判断し、無罪を言い渡した。
特に②の5点の衣類については、捜査機関による捏造について、詳細な検討を行なっている。
〈5点の衣類の血痕の色調によれば、1号タンクに新たなみそ原材料が大量に仕込まれた昭和41(1966)年7月20日以前に5点の衣類が1号タンク内に入れられたとは認められない。
そうすると、勾留中の被告人が5点の衣類を1号タンク内に入れることは事実上不可能であるから、5点の衣類はその発見から近い時期に被告人以外の者によって1号タンク内に隠匿されたものであり、5点の衣類は本件の犯行着衣ではないと認められる。
そして、5点の衣類を犯行着衣として捏造した者としては、捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関において5点の衣類の捏造に及ぶことを現実的に想定し得る状況にあったこと等も併せ考慮すれば、5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、捜査機関によって捏造されたものと認められる。〉(判決要旨)
再審判決での証拠捏造の認定は画期的なことであり、捜査機関が、長期にわたり確定死刑囚としての扱いを受けてきた袴田さんに誠意ある謝罪をすべきであることは言うまでもない。
ところが、前述した畝本検事総長談話では、「理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が『5点の衣類』を捜査機関の捏造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ず」「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます」としながらも、結論的には、「袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました」と述べている。
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「ブッ飛ばせ!共謀罪」百人委員会代表。救援連絡センター代表。法学者。関東学院大学名誉教授。専攻は近代刑法成立史。