【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(65):ウクライナ和平をめぐる「真実」(下)

塩原俊彦

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ウクライナの現状

ウクライナの大統領顧問であるミハイロ・ポドリャク氏は11月13日、「どんな不利な条件でもウクライナ に交渉を強要するのは非常に奇妙に見える。 なぜなら、要するに、彼らはウクライナに抵抗をあきらめさせることを提案しているからだ」、とXに書いた。
ただ、キーウ国際社会学研究所(KIIS)が9月20日から10月3日にかけて実施した世論調査(回答者数2004人)によると、2023年5月以降、領土譲歩に前向きな人の割合は徐々に増加し、2024年2月には26%、2024年5月には32%、10月現在も、32%が領土譲歩の用意がある(下図を参照)。

高まる領土譲歩に前向きな人の割合
(出所)https://kiis.com.ua/?lang=eng&cat=reports&id=1447&page=1

ほかにも、大統領選に「反対」しない人の割合がわずかながら増えている。分析社会学研究センターの委託で社会学グループが実施した調査(2024年9月27日から10月1日まで、男性913人、女性1087人が回答)によると、大統領選挙については、「支持しない」が42%、「どちらかといえば支持しない」が18%、「絶対に支持する」が22%、「どちらかといえば支持する」が14%となっている。国会議員選挙に関しても、結果は同様だ。「支持しない」が36%、「どちらかといえば支持しない」が16%、「支持する」が28%、「どちらかといえば支持する」が18%である。2024年2月の調査結果と比べると、大統領選挙は17%から22%へ、国会議員選挙は18%から28%へと、選挙を支持する人の割合が増加している。

戦時中の選挙を支持するか?
(出所)https://iri.org.ua/sites/default/files/surveys/Ukraine%20Poll_2024.pdf
(備考)上から全ウクライナ国民投票(戦争終結)、ウクライナ国民議会選、地方選、ウクライナ大統領選。緑は「絶対に支持」、薄緑は「どちらかと言えば支持」、ピンクは「どちらかと言えば支持しない」、濃いピンクは「絶対に支持しない」、グレーは「言いにくい/無回答」。

腐りきったウクライナ

欧米の主要マスメディアは腐りきったウクライナの現実を報道しない。2024年10月4日、ウクライナ西部に位置するフメリニツキー州にある、保健省傘下の医療・社会専門家委員会(MSEC)のトップ、テチヤナ・クルパとその息子オレクサンドルが不正蓄財で摘発された。報道によると、捜索の結果、彼らの所持品から現金だけで600万ドル近くが発見された。

彼女は、事務所に10万ドルを所持していたほか、偽造された医療文書、『兵役忌避者』の名前入りリスト、架空の診断書を多数所持していたことが判明したという。彼らはフメリニツキー、リヴィウ、キーウに30の不動産、9台の高級車、4800万フリヴニャ(約115万ドル)相当の企業権利、フメリニツキーの公園内に約3000平方メートルのホテルとレストランの複合施設を、海外では、オーストリア、スペイン、トルコに不動産を所有していた。一族はまた、外貨口座に230万ドル近くを蓄えていた。

どうやら、2008年から地域医師会の主任医師として勤務し、与党「人民の奉仕者」の党員でもある彼女は、不正に障碍者認定をして戦争忌避を手伝う代わりに、多額のカネを得てきたのだ。

クルパの「顧客」として、検察官がいたとの情報から、10月16日、ジャーナリストのユーリー・ブトゥソフは、フメリニツキー州のオレクシイ・オリイニク検事局長を筆頭とするフメリニツキー州の49人の検事が、クルパから障碍者手帳を入手していたことを突き止め、公表した。検事本人が障碍者認定されていたり、検事の妻が障碍者とされたりして、それにより、障碍年金も得ていた。少なくとも5410万フリヴニャ(約130万ドル)の年金を手にしていた。

検事にとって、戦争忌避だけでなく、労働法上、障碍者は解雇しにくいことや、異動を拒否しやすくなるといったメリットがある。障碍者の配偶者がいれば、検察官が、知人、財産、フローをすべて持っている「故郷」の地域から、不便な他の地域へ転勤することを妨げる、さらなる理由となる。

こうした検事を巻き込んだ腐敗以外に、クルパは、障碍者手帳を取得するために1人当たり約3000ドルから4000ドルを徴収していた。彼女の職場を捜査した際、国家捜査局は、10月2日から4日の間にクルパが30人の市民から受け取った10万4000ドルを発見したのである。

10月17日になって、名指しされたオリイニク検事局長が辞任を表明し、解任された。さらに、10月22日、事態を重くみたゼレンスキー大統領は、政府高官の偽装障碍証明書に関する明らかに非倫理的な状況に対処するため、国家安全保障・防衛会議(NSDC)を開催し、同会議終了後、ア

ドレイ・コスティン検事総長は辞任を表明し、議会によって承認された。

ゼレンスキー大統領は、「ちなみにこれは検察だけではない。税関、税務、年金基金、地方行政の役人の間で、明らかに不当な障碍者認定が行われているケースは何百とある。これらすべてに徹底的かつ迅速に対処する必要がある」とのべた。そう、まだまだ不正があるというのだ。

ウクライナ保安局(SBU)の情報では、他の法執行機関と協力して、医療・社会専門家委員会(MSEC)の汚職計組織的に摘発しており、2024年になって、MSECの職員64人に犯罪の疑いがかけられ、さらに9人がすでに有罪判決を受けたという。さらに、ウクライナの特別部局の主導により、架空の書類に基づいて発行された4106件の障碍者手帳が取り消された。

実際には、ウクライナでは厭戦気分や戦争忌避のムードが高まっている。ウクライナ戦争という「代理戦争」がウクライナ人に展望なき消耗戦を強いているという事実を、多くのウクライナ人が感じていると言えるだろう。

だが、ウクライナにとって不幸なのは、超過激なナショナリストがウクライナ戦争の継続を説き、戦争をつづけようとしていることである。「ライトセクター」と呼ばれる超過激なグループは、それこそ核兵器開発をしてでも、あるいは、ロシアの核弾頭貯蔵所を攻撃してでもウクライナ戦争をつづけ、ロシアとの徹底抗戦による勝利を夢見ている。

ゼレンスキーはこうした超過激派と連携することで、自らの権力を維持してきた過去がある。そのため、米国からのウクライナ支援が大幅に削減されても簡単に和平を受け入れることはできそうもない状況にある。戦争を継続し、ウクライナを戒厳令下に置くことで、任期切れでも大統領に居座っているゼレンスキーにとって、安易な妥協は自らの権力喪失に直結しかねない。そうなると、最初に紹介した悪夢のようなシナリオが現実味を帯びてくる。

無責任極まりないG7首脳

イタリアのジョルジャ・メローニ首相の主導により、G7首脳は、ロシアによるウクライナ侵略戦争から1000日目を迎えるにあたり、ウクライナを支持する声明を11月16日に採択した。その声明は、「われわれG7首脳は、ウクライナが必要とする限り、揺るぎない支援を行うことを再確認する」と書いている。しかし、トランプ次期米大統領がウクライナ支援を停止ないし削減する意向であることがわかっている現在、こんな声明を出すことに何の意味があるのだろうか。

むしろ、問題なのはG7として、ウクライナ支援をどうするかについて真剣に協議することだろう。アメリカの方針転換に備えて、残りの国々はどうするのかについて、いまのうちから準備をしておくのが当たり前だろう。

もっと厳しく言えば、これまでのウクライナ支援を総括し、その支援がほとんどまったくウクライナの領土保全に寄与しなかった事実に対して、G7首脳は責任を負うべきだ。帝国主義アメリカの言うなりになって、ウクライナ戦争勃発の遠因が米国自体にある事実に目を瞑ってきたG7首脳の責任はきわめて大きい。

しかも、各国のマスメディアはバイデン政権の圧力に屈して、親米情報を垂れ流し、ディスインフォメーション(騙す意図をもった不正確な情報)によって各国国民を騙してきた。たとえば、ノルドストリーム・ガス・パイプラインをジョー・バイデン大統領が爆破させた疑惑をいまでも報じていない(私は100%彼の仕業であると考えている)。

あきれかえる日本外交

ウクライナの報道によると、「ゼレンスキー大統領は、G7からの500億ドルの融資の一部として30億ドルを割り当ててくれた日本に感謝した」という。石破茂新政権発足後初めてウクライナを訪問した岩井毅外務大臣との会談で語ったのだが、日本国民の税金をウクライナに支援しつづける正当な理由を岩井は説明できるのだろうか。

11月17日、デニス・シュミハリ首相は、岩井との会談において、情報セキュリティ関連協定が署名されたと明らかにした。その「テレグラム」のなかで、日本の「支援総額がすでに121億ドルに達している」とのべている。2014年2月にクーデターによって暴力的に政権を交代させた後、東部ドンバス紛争をあえて解決しないままロシアを戦争へと挑発したウクライナの「真実」にもっと多くの日本人が気づけば、こんな国に2兆円近い金額を出すバカバカしさがわかってもらえるはずなのだ。必要なのは即時停戦と和平であり、日本は和平後に復興支援の一端を担えばいいのである。

ウクライナをめぐる日本の主要マスメディアのディスインフォメーションによって、日本国民は騙され、多額の血税がウクライナに捨てられていると言ってもいいことに気づいてほしい。こんな報道に騙されつづけている国会議員の責任も大きい。

歴史の教訓

多くの人が思い出すべき歴史上の教訓がある。それは、戦争終結に反対すれば、指導者であっても暗殺されるという出来事である。その昔、米国の支援を受けていた南ベトナムのゴ・ディン・ジエム大統領は殺害された。「1963年11月1日、ジエムと弟のゴ・ディン・ヌーは、サイゴンの路上で、アメリカ製のM-113装甲兵員輸送車のなかで南ベトナム軍将校に殺害された」(The American Establishment, Leonard Silk & Mark Silk, Basic Books, Inc., p. 5, 1980)。ジエム政権は独裁的で一族支配を特徴としていたが、米国政府は同政権を支援していた。結局、仏教旗の掲揚禁止に反抗したデモ隊を政府側が射殺した後、仏教徒の大規模な抗議行動が起き、米国によって訓練されていたベトナム共和国軍(ARVN)の将校によってジエムは処刑されたのだ。殺害に米政府がどこまで関与していたのかは不明だが、米国が支援した指導者であっても殺されることがある。

何が言いたいかというと、いまはウクライナを軍事支援している米国だが、ゼレンスキーがいつまでも対ロ強硬路線を叫んでみても、いつはしごを外されてしまうかわからないということだ。

彼は、超過激なナショナリストに擦り寄ることで、政権を維持し、ウクライナ戦争を招き寄せたともみなせる人物である。そんな彼が超過激なナショナリストに同調してプルトニウム型核兵器の開発に傾く可能性は捨てきれない。そんなとき、トランプ新大統領はどうするのだろうか。唯一の核被爆国日本はどうするのか。

新しく中央情報局(CIA)長官になるジョン・ラトクリフ元国家情報長官は、保守系大手シンクタンクのヘリテージ財団が2016年に発表したランキングによると、国内でもっとも保守的な政治家の一人とみなされていた。おそらくトランプ新大統領のためなら、どんなことにも手を染めるだろう。

いずれにしても、本稿でわかってほしいのは、ウクライナ戦争を停戦にもち込み、さらに永続的な和平協定につなげることは決して簡単ではないということだ。その背後に、ディスインフォメーションで騙されてつづけている日欧米の国民がいる。しかも、彼らはディスインフォメーションで騙されていることに気づかないまま、自ら騙す側にも回っている。それは、第二次世界大戦前の日本国民と同じ状況だ。事態は深刻であり、世界中が第三次世界大戦に巻き込まれても不思議ではないのだ。

そんな恐るべき状況にあることを理解するには、たぶん私の書いたウクライナ関連書籍が役に立つだろう。国際アジア共同体学会からの励ましに応えて、これからもウクライナ問題を考察しつづけたい。その際、必要な視角は、地政学や地経学といった世界全体からのアプローチであると信じている。

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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