【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(66):「トランプ2.0」における米中対立をめぐる展望(上)

塩原俊彦

 

「トランプ2.0」のもとで、どんな政策がとられるかをめぐる議論がかまびすしい。そうしたなかで、今後の米中の覇権争奪をにらんで、両国間の緊張関係が高まることが予想されている。そこで、トランプ新政権下での米中対立について展望してみたい。

Made in China 2025への警戒感

国務長官に指名されたフロリダ州の上院議員マルコ・ルビオの事務所が2024年9月、「The World China Made: 「メイド・イン・チャイナ2025」の9年後」という報告書を公表したことを知る日本人は少ないかもしれない。この報告書の記述に基づきながら、米中において何が問題となってきたかを復習しておきたい。

中国政府は2015年5月、「中国製造2025」(Made in China 2025, MIC2025)を発表した。しかし、それには前段がある。2006年に発表され2020年に終了した「国家中長期科学技術発展計画」(MLP)だ。この計画は、金属、鉱業、基礎製造業などの「伝統的」産業分野とは対照的に、イノベーションとハイテクに明確に焦点を当てた中国初の産業政策への取り組みであったとされている。MLPは、中国が2020年までに完了させる16の「メガプロジェクト」を発表したことで注目を集めた。

MIC2025の目標は、中国の産業基盤と革新能力を強化し、政策の10年間の期間内に中国が「製造強国の仲間入り」を果たすことだった。MIC2025では、この目標を達成するための九つの「戦略的課題と優先事項」が概説されている。

1. 国家の製造革新能力の向上
2. 情報化と工業化の深い統合の促進
3. 基礎工業能力の強化
4. 品質ブランド構築の強化
5. グリーン製造の全面的な実施
6. 重点分野における画期的な開発の推進
7. 製造業の構造調整の徹底的な推進
8. サービス志向の製造業および生産者サービスの積極的な開発
9. 製造業の国際化・開発レベルの向上
輸出と輸入代替を重視するMIC2025は、中国の製造立国としての脅威を世界中に撒き散らしたのである。おそらくこの政策こそ、中国脅威論の核心部分なのかもしれない。

10の戦略的分野

第六の目標である「画期的な開発」は、中国共産党が2025年までに重点的に補助金を与え、支配したいと考えている高価値分野における10の「戦略的分野」と関連している。その意味で、中国の野心的な産業分野が明示されたものであり、海外からも注目された。紹介したルビオ事務所の報告書では、つぎのように記述されている。

「MIC2025がターゲットとする10のセクターのうち、中国は四つのセクター(電気自動車、エネルギー・発電、造船、高速鉄道)で世界のリーダーであると主張することができる。 五つの分野では、中国は技術のフロンティアに向かって大きく前進しているが、まだリーダーにはなれていない: 航空宇宙、バイオテクノロジー、新素材、ロボット・工作機械、半導体である。 中国が目標を下回っているのは、農業機械の1分野だけである。」

2024年秋の段階で、中国が4分野で世界のリーダーであると認めている点が注目される。

米国の対中外交政策

2019年、米中貿易摩擦が激化し、トランプ政権が中国製品に最初の関税を課したことを受け、北京はMIC2025に関するメッセージを変更したことが知られている。中国政府高官や宣伝機関は、この政策について言及しなくなったのである。中国は貿易に関して融和的なトーンを採用し、外国企業に対する差別を終わらせることを約束した。しかし、水面下では、中国政府はMIC2025を中断することなく実施し続けた。
このため、米国の対中外交政策は厳しさを増し、中国敵視策へと傾いたのだ。その際、留意しなければならないのは、米国の対中外交が長年にわたり超党派で重視されてきた点である。

「トランプ1.0」のもとでは、2019年1月、司法省がイランへの販売に関連する中国のハイテク企業、ファーウェイ・テクノロジーズに対する起訴を発表した。これを契機に、司法省は商務省に、ファーウェイをブラックリストに載せてファーウェイが米国の技術を購入できなくするよう働きかけた。商務省はこれに同意し、さらに一歩踏み込んで、ファーウェイの第三者国のサプライヤーにも、ファーウェイとの取引を止めなければブラックリストに載せることを通告した。

これは、米企業が特許をもつ半導体(チップ)が治外法権的な支配権をもつという主張であり、本当はきわめて身勝手な言い分にすぎない。しかし、依然として覇権国家アメリカの権限は強く、簡単には逆らえないために、こうした強引なやり方が通用したのである。しかも、ジョー・バイデン政権になっても、トランプの中国敵視政策は基本的に継続した。

「トランプ2.0」下の対中政策

「トランプ2.0」下の新政権はどのような対中政策をとるのだろうか。まず、第一次トランプ政権が1974年通商法第301条に基づき中国からの輸入品に大幅な関税を課し、また1962年通商拡大法第232条に基づき全ての国からの鉄鋼およびアルミニウムの輸入品に課税したことを思い出す必要があるだろう。このため、現行の通商法第301条に基づく関税(すでに3700億ドル相当の中国製品に課税)をもとに、すべての輸入品に最大60%の関税を課す案が浮上している。

「トランプ2.0」が頼りにできるいくつかの権限がある。先の301条および232条以外にも、①1974年通商法第201条(輸入急増から国内産業を保護するための一時的な関税が認められている)、②国際緊急経済権限法(IEEPA、国家緊急事態に対処するための幅広い行動を大統領に許可するものである。2019年、トランプ大統領(当時)は、メキシコからの輸入品に脅威として示唆されていた関税を課す潜在的な根拠としてこれを挙げたが、最終的にはその措置はとられなかった)――といった法令を利用することもありうる。

論文「トランプ2.0政権 国際貿易、制裁、経済政策への予想される影響」によれば、対中強硬策は、「輸出管理、投資審査、輸入制限に重点を置くものとなるだろう」という。

対中強硬策

輸出管理では、とくに中国の新興技術へのアクセスを標的にした、重要技術の輸出規制が拡大する可能性が高い。対象となる技術には、①高度なコンピューティングおよび半導体、②人工知能(AI)、③量子コンピューティング、④先進的なエネルギー技術、⑤軍事利用可能なデュアルユース技術――といったものが想定されている。

投資審査においては、「トランプ1.0」下では、2018年の外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)に基づき、対米外国投資委員会(CFIUS)に広範な権限が付与されたことが知られている。対内投資に関するCFIUSの審査は概ね両党の支持を得ており、次期政権下でもこの傾向は継続すると思われる。CFIUSによる執行は超党派として実行されており、たとえば、CFIUSは2024年8月、バイデン政権下でこれまでにない最高額の制裁金を発表し、執行強化に重点を置いた実績を誇示している。なお、CFIUSが発足以来大統領に阻止を要請した10件未満の取引のうち、トランプ前大統領が阻止したのは4件であった。

バイデン政権はFIRRMAの積極的な実施を継続し、CFIUSは2022年10月に「執行および罰則に関するガイドライン」を発行し、データセキュリティ、重要技術、サプライチェーンの脆弱性など、国家安全保障上のリスク要因の主要な要素を強調した。2024年11月に発布された最終規則では、CFIUSの召喚状発行権限が拡大され、違反に対する最高額の金銭的制裁金が引き上げられた(違反1件につき25万ドルから500万ドルに)。さらに、2024年12月に発効する別の最終規則では、30州にまたがる60以上の軍事基地および施設付近における外国人の特定の不動産取引に対するCFIUSの審査能力が大幅に拡大される。

「トランプ2.0」において、トランプ政権は、とくに国家安全保障上の懸念が生じる取引における特定の外国投資を精査し、場合によっては緩和または阻止するために、今後もCFIUSを積極的に活用していくと思われる。引き続き焦点が当てられるのは、半導体、スーパーコンピューター、人工知能などの特定のセンシティブな新興技術産業への投資、個人データや重要インフラに関わる取引、および再生可能エネルギープロジェクトなど、近接性に関する懸念のある特定の土地所有権に関わる取引となるだろう。

なお、海外投資もまた、トランプ政権によるさらなる展開の対象となるはずだ。2024年10月28日、米財務省は海外投資審査枠組みを実施する最終規則を発行し、2025年1月2日に発効する。この枠組みは、国家安全保障上不可欠とみなされる中国の重要技術分野(人工知能、半導体およびマイクロエレクトロニクス、量子コンピューティング)への米国からの投資を対象としている。トランプ新政権は、これらの規制を拡大し、さらなる分野を追加したり、執行メカニズムを強化したりする可能性がある。紹介した論文は、「現在、米議会で審議中の対外投資法案では、極超音速、衛星通信、ネットワークレーザースキャニングシステムなどの、軍民両用可能な技術分野を対象とすることを検討している」とのべている。

なお、バイデン政権は、サプライチェーンの回復力と倫理に焦点を当てた対中政策を採用してきた。「トランプ2.0」においても、サプライチェーンの強化は引き続き重要な焦点となることが予想される。これには、米国に輸入される製品に対する輸入制限の実施も含まれる。また、重要な鉱物や技術のサプライチェーンの保護も、一部の輸入制限の焦点となるだろう。たとえば、ルビオ上院議員は最近、世界の重要な鉱物市場における中国の独占に対抗するための法案の共同提案者にもなっている。
中国の新彊ウイグル自治区からの製品は強制労働によって製造されているという推定を導入し、その輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」は、とくにUFLPA法案の提案者であるルビオ上院議員が国務長官に実際に就任すれば、トランプ政権下で継続的に施行されることになるだろう。

「知られざる地政学」連載(66):「トランプ2.0」における米中対立をめぐる展望(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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