【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(67):ウクライナ和平の困難:ナショナリズムと言語政策(上)

塩原俊彦

ドナルド・トランプ次期米大統領は11月27日、ロシアおよびウクライナ担当の特使に、第1次トランプ政権でマイク・ペンス副大統領の国家安全保障補佐官を務めた退役陸軍中将のキース・ケロッグを任命すると発表した。今後は、国家安全保障担当補佐官に任命されたマイケル・ウォルツ(フロリダ州第6区選出の共和党下院議員)とともに、ウクライナ戦争の終結に向けた交渉にあたる。このため、世界中のマスメディアは、ウクライナ戦争の終結と和平をめぐる動向に注目している。

その結果、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟問題や、領土問題などの停戦・和平条件ばかりにスポットが当てられがちだ。ウクライナ戦争は2022年後半以降、ロシア弱体化のための米国主導の「代理戦争」に変質してしまった以上、米国がウクライナに働きかけて戦争を停止しろと脅せば、停戦・和平への道が拓けるとの楽観的な見通しもある。この際、注目されているのはウクライナに戦争をさせている米国やNATO加盟国の出方と、侵略側であるロシアのウラジーミル・プーチン大統領の出方である。他方で、ついつい軽視されているようにみえるのは、法的根拠の薄弱なまま大統領職にとどまっているウォロディミル・ゼレンスキー大統領の今後の動向についてである。

そこで今回は、ウクライナの内政、とくに言語政策に注目しながら、ウクライナ内部の実態に分け入りたい。これを読めば、ウクライナ紛争にそもそもつきまとっている歴史的な問題点にも気づくようになるだろう。

世論の現状

最初に、11月19日に公表されたばかりのギャラップによる世論調査結果を紹介したい。それによると、ギャラップ社が2024年8月と10月に実施したウクライナに関する最新の調査では、ウクライナ人の平均52%が、自国が一刻も早く戦争終結に向けて交渉することを望んでいることがわかった。他方で、 ウクライナ人の10人に4人近く(38%)が、自国は勝利するまで戦い続けるべきだと考えている(図1を参照)。

図1 戦争継続(緑)か、戦争終結交渉か(青)
(出所)https://news.gallup.com/poll/653495/half-ukrainians-quick-negotiated-end-war.aspx

どうやら過半数のウクライナ国民が戦争終結交渉を望んでいるらしい。それでは、地域間格差についてみてみよう。図2は、2022年と2024年の調査に基づいて「地域別の戦争継続を望む人の割合」を緑の濃淡で示したものである。

2022年2月24日以降のロシアによるウクライナ全面侵攻後、当初は、紛争にもっともさらされていた東部と南部の地域でも、紛争を支持する人は多かった。ただし、当時であっても、紛争を継続したいと思う人はもっとも少なかった(それぞれ63%と61%)。

ギャラップは、「時間の経過とともに、ウクライナの全地域で、いかに前線に近い地域であっても、戦争継続への支持は薄れている」と指摘したうえで、「2024年にはすべての地域で支持率が50%を下回った」と書いている。

加えて、「キーウ(39ポイント減)や西部(40ポイント減)など、前線から遠く離れた地域で、この戦いに対する支持率がもっとも低下している」とのべている。「ウクライナの東部に住む人々の間では、戦争が続くこと(27%)よりも、できるだけ早く終結すること(63%)を望む人が2倍以上多くなっている」としており、ウクライナ国民の厭戦気分が高まっていることがよくわかる結果となっている。

図2 地域別の戦争継続を望む人の割合(左は2022年、右は2024年)
(出所)https://news.gallup.com/poll/653495/half-ukrainians-quick-negotiated-end-war.aspx

西部に多いナショナリスト

ここで、なぜウクライナ西部の国民は戦争継続への指向が東部や南部に比べて相対的に高いままなのか、という疑問をもつ読者がいるかもしれない。この理由を理解するには、ウクライナの歴史を知らなければならない。

このあたりの問題を詳細に論じたのが拙著『ウクライナ3.0:米国・NATOの代理戦争の裏側』(社会評論社、2022)である。ここでは、その内容を繰り返さない。本当に理解したいと思う人は、119~135頁を熟読してほしい(注1)。
大雑把に言うと、ウクライナ語を母語とする人々はその多くが西部に住んでいた。だが、彼らはソ連・ロシア時代に虐げられていた。ロシア語の優位から、ロシア語を理解できないような者はそもそも相手にされなかったのだ。そんな彼らに目をつけたのが米国政府である。ウクライナ語を中心とするウクライナという国家を打ち建てんとするナショナリズムを、彼らにけしかけたのだ。そうすることが親ロシア的なウクライナを揺さぶり、ウクライナを欧米側になびかせることにつながると考えたのである。

2014年2月、2010年に民主的な選挙で大統領に選出されたヴィクトル・ヤヌコヴィッチを暴力で追い出すクーデターを起こした人々の多くがこのナショナリストたちであった。このなかには、同じウクライナ国籍をもっていてもロシア語を話す者に暴力をふるうことを正当化するような過激なナショナリスト(ライトセクター)もいた。

ソ連時代からずっと虐げられてきた連中が大手をふるうようになったとき、何が起きるかを想像してみてほしい。2014年2月以降、少しずつウクライナ西部の人々はウクライナ語を中心とする「ウクライナ化」に取り組むようになる。そして、2022年2月以降、ロシアが全面侵攻に踏み切ったことで、ロシア語は敵性語となり、国家語としてのウクライナ語の優位は決定的となった。

だからこそ、ウクライナ戦争に勝利するまで戦争を継続しようと考える国民が西部に圧倒的に多いという状況が2022年当時に出現したわけだ。2024年になっても、西部における戦争継続の支持割合は相対的高いが、すでに過半数を下回っている(それにもかかわらず、日欧米の主要メディアはこの厭戦気分を報じない)。

ナショナリストが支配するウクライナ

国民の過半数が戦争終結を望んでいるとすれば、ウクライナ政府は、ウクライナ戦争の終結・和平に向けて動き出すのだろうか。

残念ながら、ゼレンスキーという人物は、2019年の大統領選で東部の和平実現を公約しながら、それを破棄した張本人だ。和平実現に猛反発するライトセクターのような過激なナショナリストに擦り寄ることで政権を保持してきたのである。ゆえに、ゼレンスキーは、和平に向けて簡単に舵を切ることはないだろう。なぜなら、それは過激なナショナリストの反発を招き、政権自体を揺るがすからである。あるいは、彼らによって殺害されるかもしれないからだ。

そもそも、彼の大統領任期は5月20日に切れている。戒厳令をつづけることで、大統領選を実施しないことでしか、彼は大統領の座にとどまることはできないのだ。しかし、ウクライナ憲法全体を丁寧に読めば、ゼレンスキーが大統領の座にとどまっていること自体、憲法の趣旨に反している可能性が高い。

ゼレンスキーがこれまで大統領の座にとどまってきたのは、ジョー・バイデン大統領という後ろ盾がいたからにほかならない。「トランプ2.0」になれば、こんなゼレンスキーが大統領にとどまりつづける保証はどこにもない。もちろん、和平が実現し、戒厳令が撤廃されれば、大統領選が実施されることになる。そこで、彼が再選される可能性はまったく不透明だ。

ウクライナ3分割の悪夢

そんなゼレンスキーはいま、姑息な宣伝工作をしている。ウクライナ戦争を終結すると、ウクライナ3分割といったロシアの望む大混乱のシナリオが実現しかねないと、欧米諸国に訴えて支援継続を求めるという方法である。

その3分割を示しているのが下の図3「2045年までにウクライナを3分割するロシアの計画」である。この地図を取り上げた11月25日のBS・TBSの番組「停戦は戦争拡大の扉を開けることか トランプ氏に備える欧州“宥和政策”の懸念は…」という番組で、東野篤子筑波大学教授は、以前から話題になってきた地図にすぎないとして一蹴した。彼女の無能さがよくわかるコメントにあきれるしかない。

図3 2045年までにウクライナを3分割するロシアの計画
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2024/11/26/diplomatiia-s-geografiei

実は、この地図は11月20日にウクライナ・インターファクスがウクライナ情報機関の情報筋からの情報として伝えたものである。そう、なぜ昔から知られている地図が今頃になって話題となっているかが問題なのである。東野はこうした情報戦の機微をまったく理解していないのだ(まあ、はっきり言えば、ボンクラなのである。そして、こんな似非専門家がテレビでまったく皮相な「与太話」を流している)。

このウクライナ報道によると、この地図は、ロシア国防省が作成したもので、図3からわかるように、①「新ロシア領」(「ウクライナの完全に占領された地域」と「部分的に占領された地域」で構成されるロシア領)、②「親ロシア国家体」(キーウを含む、親ロシア政府とロシア軍の駐留する国家体の形成を想定)、③「紛争地域」(ハンガリー、ポーランド、ルーマニアの間で領土紛争となる地域)――という、ウクライナの3分割を想定している。

ロシア側のねらい

問題は、なぜウクライナの情報機関がこんな情報をリークしたかということだ。この点に注目したのが「ノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパ」の記事である。

まず、素直にロシア側のねらいについて、記事は、「分割計画」は、欧米に圧力をかけるためのロシアの情報・心理作戦であり、「出る杭を打つ 」ゲームの一環であると指摘している。ロシアはウクライナをめぐる米国との今後の交渉を念頭に置いており、この文書を「投入」することで、その戦略的枠組みというか、ロシアの条件が受け入れられなければどうなるかという一定のシナリオを示しているという。「したがって、この文書はロシア側の未来を垣間見るものと考えることができる。今交渉し、提案を聞かなければ、ウクライナはこうなると脅しているのだ」という見方が紹介されている。

他方で、この「計画」はまったく非現実的なものであり、この「計画」の流布はロシアからの圧力の一要素であり、「交渉中にロシアの他の、より急進的でない条件が受け入れられるように、意図的に要求を誇張したもの」という説も紹介されている。

リークしたウクライナ政府の本当のねらい

しかし、記事はこれらの説に同意していない。なぜならこの3分割に関する情報を最初に公表したのがウクライナ側だったからである。ウクライナの情報当局が意図的にリークしたのであれば、「米国、とりわけ新大統領の目からキーウの立場を強化するためのウクライナの情報・心理作戦と考えられる」と指摘している。というのも、この情報によれば、ロシアはウクライナの国家としての完全な破壊を準備しているのに対し、ゼレンスキーは多くの領土問題に対する外交的解決策に傾いているからだという。つまり、ゼレンスキーは欧米諸国の軍事支援がなくなれば、ウクライナが消滅する事態にもなりかねないから、何とか軍事支援を懇願する材料にしようとしているというわけである。

記事は、もう一つ、うがった見方を披歴している。「3分割計画」の発表が、ウクライナのオレンジ革命20周年の前夜に行われたことも示唆的だというのだ。

どういうことか。ウクライナのメディアは、ウクライナの「分割」の地図のイメージが、2004年の選挙中にヴィクトル・ヤヌコヴィッチ本部の悪名高い「黒い」政治広告と視覚的に類似していることを積極的に利用したのだという。当時、ウクライナ人を三つの階級に分けた同様の地図のイメージが広められ、親米のヴィクトル・ユーシェンコの政治的立場が西ウクライナ人を第一階級、東ウクライナ人を第三階級とみなしていると喧伝されたのだ。この宣伝は、敵対者ヤヌコヴィッチのチームで働いていたグレブ・パブロフスキー率いるロシア側によって考案された。以後、この企みはウクライナでは、国を分裂させようとするロシアの破壊的影響力の象徴となっている。

このため、いま、この二つの地図を2004年の事件記念日の文脈で比較することで、ウクライナのメディアはロシアのこれらの計画の永続性を強調し、ウクライナの視聴者の非常に繊細な記憶と反応を刺激したかったというのである。
そうすることで、ウクライナ戦争をいま停戦してしまうと、それはウクライナの3分割さえ招きかねない破局につながるとして、国民にも戦争継続の必要性を喚起するねらいがあったことになる。戦争をつづけたがっているゼレンスキーの姑息さを知るべきなのだ。

「知られざる地政学」連載(67):ウクライナ和平の困難:ナショナリズムと言語政策(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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