【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2024.12.098/櫻井春彦 : ウクライナで敗北した米/NATOがシリアでアサド体制を倒し、多元社会は窮地

櫻井春彦

 イドリブに立てこもっていたイスラム教スンニ派の武装集団ハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)がダマスカスを制圧、バシャール・アル・アサド政権は倒されたようだ。崩壊するスピードの速さに驚いている人が少なくないが、現地からの情報によると、シリア軍が負けたのではなく戦わなかったと見られている。

 HTSは11月27日、レバノンでの停戦開始に合わせてシリア軍を奇襲攻撃した。HTSはカタールからの支援で購入した最新の兵器とウクライナのオペレーターが操作する多数のドローンを保有、アレッポを制圧した後、支配地域を広げていると伝えられている。ウクライナ本国ではアメリカ/NATOに支援されたネオ・ナチ政権が風前の灯だが、シリアではロシアにダメージを与えることに成功したと言えるかもしれない。

 こうした攻撃の際、シリア軍の一部は戦わずに逃亡したと伝えられているが、2011年からバラク・オバマ政権が始めた侵略戦争の際にもシリア軍は兵士の3分の2は逃げたとされている。シリア軍の大半がスンニ派だということも影響しているのだろう。

 HTSが攻撃を始める前、イスラエル軍はレバノンのヒズボラを激しく攻撃するだけでなく、シリアを攻撃していてバシャール・アル・アサド政権を揺さぶっていた。イスラエルはイランも攻撃していたが、イランの現政権はガーセム・ソレイマーニーの「抵抗の枢軸」戦略を放棄したもと言われている。その背後では、アメリカ、イスラエル、イランは秘密協定を結んでいたのではないかと考える人もいる。イスラエルがHTSやその背後にいるトルコと連携している可能性も高い。

 ソレイマーニーはイスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われるコッズ軍を指揮していたイラン国民の英雄だが、2020年1月3日にイラクのバグダッド国際空港でアメリカ軍に暗殺された。この暗殺にはイスラエルが協力したと言われている。イラクの首相だったアディル・アブドゥル-マフディによると、その日、ソレイマーニーは緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書を携えていた。

 今年5月19日にはエブラヒム・ライシ大統領やホセイン・アミール-アブドラヒヤン外相らを載せたアメリカ製のベル212ヘリコプターがアゼルバイジャンとイランの国境近くで墜落し、全員が死亡したと伝えられている。ダムの落成式に参加した後、タブリーズへ戻る途中だった。濃い霧で視界が悪かったというが、同行していた他のロシア製ヘリコプター2機は問題なく戻った。7月28日から大統領を務めているマスード・ペゼシュキヤーンは親欧米派だと言われている。

 植民地化に反対するすべての独立武装グループを支援し、調整するという戦略をソレイマーニーは立てていたが、今のイランはそれを放棄しているようだ。イスラエルがガザやレバノンを攻撃している際、イランはレバノンやパレスチナを支援していたようには見えない。それだけでなく、7月31日にはハマスのイスマイル・ハニヤがテヘランで殺害された。この人物はイスラエルとの交渉で中心的な役割を果たしていた。

 その後、ハッサン・ナスララを含むヒズボラの指導者が立て続けに暗殺されたが、そうした人物の居場所をイスラエルへ知らせた人物、あるいはグループがイラン政府の中枢にいると見られている。

 イギリスの元外交官、クレイグ・ジョン・マレーはトルコとペルシャ湾岸諸国はシリアとレバノンのシーア派根絶し、サラフィ主義者をアラブ世界の東部への展開と引き換えに、パレスチナ国家の消滅と大イスラエルの創設を受け入れ、その結果としてレバノンとシリアのキリスト教コミュニティも終焉を迎えると推測している。

 アサド体制はスンニ派、シーア派、アラウィー派、キリスト教徒が伝統、文化、宗教を生かして共存できる多元主義国家を維持してきたが、それも終焉を迎える可能性がある。アメリカは中東から多元的な社会を消し去ろうとしている。

 イスラエルによるシリア攻撃はヒズボラへの補給にダメージを与えた可能性があるが、​ヒズボラへの攻撃はシリアにおけるHTSの軍事作戦を助けた​はずだ。

 アメリカは傭兵組織を利用し、2011年から15年にかけてもシリアのアサド政権に対する軍事作戦を展開していた。この時は2015年9月末にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入、航空兵力でムスリム同胞団やアル・カイダ系武装勢力を攻撃し、アメリカの目論見を潰した。シリアような地域では制空権を誰が握っているかで勝敗は決まる。

 今回はロシア軍による空からの攻撃があまり伝えられていない。ウクライナでの戦闘にロシア軍は航空戦力を集中させているため、シリアに割けなかったのか、別の事情でロシア軍が空爆しなかったのか、明確ではない。有効性が確認されているロシア製防空システムの配備が足りなかったことは推測できる。

 ​HTSに反撃するため、イラクからカタイブ・ヒズボラ、ファテミユーン旅団、ハシュド・アル・シャアビなどの戦闘員数万人がシリアへ入り、イランの軍事顧問がシリアに戻るとも伝えられていた​が、イラクからの援軍はアメリカ軍の空対地ミサイルで阻止されたと言われている。12月3日にイスラム革命防衛隊の幹部、ジャバド・ガファリがダマスカスへ入ったとも伝えられたが、手遅れだった可能性があり、イランはシリアから撤退しているとも伝えられている。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)のウェズリー・クラーク元最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、彼は統合参謀本部で見た攻撃予定国のリストを見たという。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが記載されていた。(​3月​、​10月​)

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