【連載】安斎育郎のウクライナ情報

ウクライナ戦争論(立命館大学名誉教授/元国際平和ミュージーアム館長)

安斎育郎

 

ウクライナ戦争論(立命館大学名誉教授/元国際平和ミュージーアム館長)

1 はじめに
これからウクライナ戦争についてこのエッセイに書こうとすることは、平和研究者としての私にとっては確信に外ならないが、私のウクライナ戦争観は、日本では大抵の平和・反核・護憲団体などによって疎んじられてきた。戦争は戦場で戦われるだけでなく、とりわけ現代戦では「情報戦」が極めて大きな意味をもっている。日本ではマスメディアを含めて圧倒的多くの情報媒体が、この戦争を「ロシアによる侵略戦争」と認識し、その認識を踏まえて「悪魔のプーチン、英雄ゼレンスキー」像が語られ、「反ロシア、ウクライナ支援」の運動が広く取り組まれてきた。このエッセイは、そうしたウクライナ戦争観を真っ向から否定するものだが、諸事実の積み上げによって到達した私の認識は確固たるものである。
ある平和運動のオーガナイザーから、東京での大規模な集会企画への賛同を求める要請文が送られてきた。
「ウクライナを版図に組み入れるために、ウクライナの国家と民族・文化を地上から抹殺することを狙った〈プーチンの戦争〉。破壊、殺戮、拷問、凌辱、そして子どもたちの強制連行─このプーチンによる世紀の蛮行をいまこそ打ち砕こう!」
「ロシア侵略軍にたいして徹底抗戦を続けているウクライナの人々は、いま悪逆非道の侵略軍を東部および占領地から追い出す大攻勢に起ちあがっています。このウクライナの人々と連帯して、プーチンのロシアによるウクライナ侵略に反対する反戦の声を、日本の地からいっそう大きくあげましょう」
私は仰天し、正直、ドン引きした。どこを押せばこのような極端に偏向したウクライナ戦争観に辿り着くのか。「反ロシア、ウクライナ支援」を訴えるこの集会には、上のようなスローガンのもとで多くの市民が参加して「悪のロシア」像が増長されていくのだろうが、私はこうした偏ったウクライナ戦争観にいわば「毒されていく」人々を思うと、暗然たる気持ちになった。

2 本当にこの戦争は「悪逆非道なプーチンの侵略戦争」なのだろうか?
私はロシア贔屓でもウクライナ嫌いでもないが、この戦争が始まる過程でアメリカがウクライナの親ロ政権を打倒して傀儡政権をつくるために何をしたのか、ウクライナの極右民族主義集団(ネオナチ)がウクライナ東部のロシア語話者に対して何をしたのかについて事実を直視すれば、上のような極端なウクライナ戦争観には決して陥らない筈だと思う。歴史と現実に誠実に向き合うこと─これこそが私たちに求められていることであり、独善的思い込みに陥らないための必要最小限の態度だろう。
私は、ウクライナ戦争を誘発した原因は、「アメリカによるウクライナのNATO加盟への勧誘」と、「親ネオナチ系ウクライナ親米傀儡政権によるウクライナのロシア語話者への民族浄化的軍事弾圧」にあると確信している。
2008年にブカレストのNATO首脳会議でブッシュ大統領がウクライナのNATO加盟を提案し、2009年に発足したオバマ政権のもとでジョー・バイデン副大統領とヴィクトリア・ヌーランド国務次官補を中心に、2010年に選挙で公正に選ばれていたウクライナのヤヌコーヴィチ政権打倒を企て、2014年のユーロ・マイダン・クーデターで親米傀儡のポロシェンコ政権をつくり、極右民族主義者集団を正規軍に編入して東部ドンバス地方のロシア語話者に民族浄化まがいの軍事弾圧を加えた結果、ウクライナ戦争が起こったものと私は深く信じている。
アメリカは、ウクライナのNATO加盟問題をテコにロシアを戦争に引きずり込んで疲弊させ、NATO諸国を対ロ制裁に誘ってドイツをはじめとしてロシアの天然ガスなどのエネルギー資源に依存してきたヨーロッパ諸国の経済を混乱に陥れ、エネルギー資源の対ロ依存を対米依存に転換させてアメリカ独り勝ち状態をつくる─これこそが、アメリカが世界戦略の一環として10年以上にわたって周到に画策・準備してきたウクライナ戦争の本質であると考えている。
こうしたウクライナ戦争観は、何も私の専売特許でも何でもない。アメリカのシカゴ大学政治学部教授で、元空軍軍人の政治学者ジョン・ミアシャイマーは、ウクライナ戦争の最も好ましい解決策はウクライナのNATO化ではなく、その中立化だと主張し、「戦争の原因を作ったのはアメリカ、戦争に勝利するのは大義のあるロシア、敗北するのは米ロの狭間で犠牲にされるウクライナ国民」と開戦直後に明確に断じている。「大義のあるロシア」の意味については後述しよう。

3.第2のキューバ危機
ウクライナがNATOに加盟してそこにアメリカのミサイル発射基地でも建設されれば、それはまさに「第2のキューバ危機」に外ならないと私は直感していた。
1962年、旧ソ連のキューバへのミサイル発射基地建設計画を契機に起こったキューバ危機の時、核戦争勃発一歩手前の最も危うい状況を経験をしたのは、実は沖縄だった。
キューバ危機のさなかの1962年10月28日未明、嘉手納のミサイル管理センターから読谷村のメース B核巡航ミサイル発射基地に「4発のミサイルを発射せよ」という核ミサイル発射命令が届けられた。ミサイル発射命令は、技師、副官、発射指揮官の順で暗号照合がなされるのだが、この時届いた発射指令に関する暗号は、各自に予め割り当てられていた暗号とすべて一致し、暗号照合過程を通過してしまった。後は核の発射ボタンを押すだけとなった。しかし、最後に核攻撃の標的情報を読み上げた段階で、1基だけがソ連向けで残りの3基が別の国向けだったことに指揮官が不審を抱き、嘉手納のミサイル管理センターに照会して誤報であることが判明し、かろうじて核兵器の発射が回避された。
同じ頃、アメリカ海軍の艦隊が、キューバ近くのサルガッソ海でソ連の潜水艦B-59を発見し、演習用の爆雷を使用してB-59 に浮上するよう信号を送ったが、B-59の方はこれをアメリカ側からの攻撃と考え、爆雷の攻撃から逃れるために深度を下げた。深度を下げれば電波の受信が困難になって情報が遮断され、B-59は「米ソが開戦したのかどうか」を知ることも不可能になった。こうした事態のもとでB-59 の艦長バレンティン・サビツスキーは「自艦が攻撃を受けたのだから、米ソが開戦したに相違ない」と判断し、核魚雷を発射する意思を固めた。核兵器の発射には3人の士官(副艦長、政治将校、艦長)の全員一致の承認が必要だが、ヴァシーリイ・アルヒーポフ副艦長が発射を頑なに拒否し、館長を説得してかろうじて核魚雷発射を回避した。
アメリカから撃った戦略核ミサイルがモスクワに届くには30分ぐらいかかるので、その間に戦略ミサイル潜水艦などから対抗措置をとることが出来るが、至近距離のウクライナから撃たれれば対抗措置がとれない。この事情はまさに「キューバ危機」の再来に外ならず、ロシアが「国家安全保障上の危機」と感じるのは余りにも当然のことであり、ウクライナにNATO加盟を勧めるなどということは、ロシアを挑発する行為以外の何ものでもない。これこそ、今度
のウクライナ戦争を誘発した第一の原因に外ならない。

4.ウクライナへの親米傀儡政権の樹立構想
ウクライナ戦争の第2の原因は、アメリカが2009年に発足したオバマ政権以来、ジョー・バイデン副大統領(後の第46代大統領)とヴィクトリア・ヌーランド国務次官補(バイデン政権下の国務次官、すでに退任)を中心に、2010年の正当な選挙で選ばれていたウクライナのヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権(親ロ政権)を倒すため、ウクライナの極右民族主義者集団(ネオナチ)をも動員して、2014年2月22日、ユーロ・マイダン・クーデターを起こしたことです。
ヤヌコーヴィチ大統領は、2010年6月、ウクライナが「中立を保ちNATOに加盟しない法律」を制定していたが、アメリカは親米傀儡政権をつくるためのクーデターを目論んだ。
クーデター計画は、2013年11月、ヤヌコーヴィチ政権がEUとの自由貿易協定を先延ばしにしたことを契機とするウクライナでの抗議デモの形で始まったが、最初は平和的に見えたユーロ・マイダン(ヨーロッパ広場)での集会はやがて50万人規模に膨れ上がり、集会参加者には日当が支払われ、より効果的に活動した参加者には食事や防寒具も支給された。2014年2月18日からデモは全国的蜂起に変わり、首都キーウ(キエフ)では棍棒・ナイフ・チェーンなどを手にしたネオナチの活動が活発化し、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルによる銃撃も始まった。
こうして、アメリカが50億ドル(約7,500億円)の巨費を投じて演出した暴力的なユーロ・マイダン・クーデターは、4年前に正当な選挙で選出されていたヤヌコーヴィチ大統領を暴力的に解任したが、実は、ヤヌコーヴィチ大統領の支持基盤は、ロシア語を生活言語として用いている人々が多いウクライナ東南部の人々だった。やがて、ウクライナ語を生活言語とする人々の支持を得て成立したポロシェンコ政権は、東部ドンバス地方のロシア語を話すウクライナ人に民族浄化まがいの軍事弾圧を加えるに至り、ドンバスの人々の被害は2014年のポロシェンコ政権成立から2022年のウクライナ戦争勃発までの間に1万人を超える死者を数えるに至った。

5.侵略戦争と人道的介入
日本では、ロシアが国境を踏み越えて軍事力を行使したのだから「ロシアによる侵略戦争」だという主張が広く見られる。しかし、これについては、「人道的介入」という視点からの再考が不可欠である。
国境を超えた軍事力の行使には、「侵略戦争」とは別に、「深刻な人権侵害などが起こっている国に対し、人道主義の理由から他の国家や国際機構などが主体となって軍事力をもって介入する」人道的介入と呼ばれる範疇がある。
この「人道的介入」という概念は、冷戦の終結以降、1994年のルワンダでのツチ族の虐殺や、1995年のボスニアにおける「スレブレニツァの虐殺」と呼ばれる大量殺戮事件のような反人権的事件が起こったため、コフィ・アナン国連事務総長は、国連安全保障理事会が「人道的介入を許可する際のガイドライン」を決める必要性を提唱した。
検討結果は「保護する責任」構想としてまとめられたが、それは、「人々を保護する主要な責任は国家自身にあるが、内戦などによって民衆が深刻な被害を受け、かつ、その国家がそれを回避または防止しようとしないときには、国際による保護する責任が不干渉原則に優越する」という原則だった。
2014年以降のウクライナのドンバス内戦状態は、「内戦などによって民衆(ドンバス地方のロシア語話者)が深刻な被害を受け、かつ、その国家がそれを回避または防止しようとしないとき」にぴったり当て嵌まるどころか、(ウクライナ語話者を代表する)ウクライナ政府軍が東部ドンバス地方のロシア語話者を大砲や戦車や爆撃機で攻撃している訳だから、一層深刻な事例だ。国際社会が「保護する責任」を果たさなければならない事例に外ならない。
ロシアは国連安全保障理事会で、いわゆる「ジェノサイド」を含むドンバスにおける反人権的状況を訴え、国連が「保護する責任」を果たすことを求めたが、常任理事国であるアメリカ・イギリス・フランスは耳を貸さず、業を煮やしたロシアが、独立を宣言しているドンバス地方の二つの共和国(ドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国)を国家として認知した上で「友好協力相互支援協定」を結び、それらの国の要請に応える形式を踏んで2022年2月24日に「特別軍事作戦」に踏み切ったものだ。ウクライナ戦争下では、ロシア側が解放した地域を訪れたロシア兵に住民が拍手を送り、握手や抱擁を求め、時には「遅かったじゃないか」とさえ言っている姿は、「侵略戦争」ではなく「解放戦争」の印象を強く与える。
ロシアの「特別軍事作戦」は「国連憲章違反の侵略戦争だ」という論点があるが、この問題に関連する国連憲章は、第1章(目的及び原則)の第2条4項である。
4項 すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
これが、ロシアの行為が国連憲章違反だという主張の判断基準だが、この4項の前には3項として次の規定があることを忘れてはならない。
3項 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。
武力行使などが起こらないように、国連加盟国は事態を平和的に解決する義務があるとされているのだ。なぜ多くの人はこの条項を見過ごすのだろうか。ロシアはこの事態を「国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決」するために国連が「保護する責任を取ること」を主張したが、国連安全保障理事会ではアメリカ、イギリス、フランスの西側常任理事国の拒否権もあり、国際社会が国連憲章第2条3項の責任を果たすことはついぞなかった。
こうした状況の中で、ドンバスの人々が置かれている反人権的事態を解決するために、ロシアは国連憲章第51条の規定により、独自の行動を選択し、「特別軍事作戦」を実行した。ミアシャイマー教授が「大義あるロシア」と呼んだのは、ロシアの作戦の目的が、ドンバス地方でジェノサイドにさらされてきたロシア系住民の保護を目的としている事実に依拠しており、この作戦は、和あたしに平和団体から届いた集会賛同要請書にあったような「ウクライナの国家と民族・文化を地上から抹殺する」などという目的とは全く無縁である。

6.ポロシェンコ大統領の恐るべき演説
2014年に行なわれたポロシェンコ大統領の演説は、非常に恐しいものだった。下の演説の中で「私たち」はウクライナを話すウクライナ人、「彼ら」はロシア語を話すウクライナ人を意味する。
私たちは仕事にありつけるが/彼らはそうはならない。
私たちは年金が受けられるが/彼らはそうはならない。
私たちの年金受給者と子どもたちは様々な恩恵を受けられるが/彼らはそうはいかない。
私たちの子どもは、毎日学校や保育園に通う/だが、彼らの子どもは洞窟で暮らす。
つまり、彼らは何もできないのだ/これこそが、我々がこの戦争に勝つ理由なのだ。
大統領が与する「ウクライナ語を話すウクライナ人」の政府が、「ロシア語を話すウクライナ人」を敵視する立場を公然と表明したのだ。
翌2015年には、ボグダン・ブトケヴィチというネオナチ系のジャーナリストがテレビに出演し、公然と、「ドンバスの人間は役立たず。少なくとも150万人は無駄。残酷だが、彼らを絶滅させなければならない」と主張した。
こうして、ウクライナは、単にNATOへの加盟を促されただけでなく、「ウクライナ語を話すウクライナ人」が「ロシア語を話すウクライナ人」を敵視し、ロシア語話者がネオナチを含むウクライナ国軍による民族浄化さながらの軍事弾圧の対象にされるという恐ろしい状況に陥った。
こうして「ドンバス内戦」が始まり、同じウクライナ人でありながら「ロシア語を話す」という理由で軍事弾圧を受けるという、反人権的な状況が深刻化していった。
フランスのアンヌ・ロール・ボネル監督の2016年ドキュメンタリー映画『ドンバス』は、ポロシェンコ政権下で起きたドンバス内戦の実態をよく描いているが、最後のシーンで被災住民が、「今の大統領のポロシェンコ野郎なんか、汚物まみれのアメリカで暮らすがいい。そして、オバマのケツにキスでもしてればいい」と怒りをぶちまけるように言い放った言葉は、上品ではないが印象深い。

7.ウクライナ軍事化の時間稼ぎだった「ミンスク合意」
2014年9月、ウクライナ軍と親ロシア派双方に停戦をめぐる動きがあり、ドンバス地方での戦闘停止に関する合意形成が試みられた。
9月5日、ウクライナの隣国ベラルーシの首都ミンスクで、ウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国の代表が、欧州安全保障協力機構(OSCE)の援助のもとで、「ドンバス地域における戦闘の停止についての合意文書」(ミンスク合意)を結んだが、結局この合意は守られなかった。
翌2015年2月、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国による首脳会談で改めて停戦についての合意が成立し、「ミンスク合意Ⅱ」と呼ばれる停戦協定が署名された。
ところが、2022年12月になって、ミンスク合意の調停者の一人だったアンゲラ・メルケルドイツ首相が、『Die Zeit』紙のインタビューで、「ミンスク合意はウクライナが軍事力を強化するための時間稼ぎに過ぎなかった」と告白した。何のことはない、西側当事国はもともとミンスク合意など守る気もなく、ウクライナの軍事増強のための方便として利用していたに過ぎなかった。プーチン大統領は「西側に対する信頼はゼロに近い」と述べた。

8.ゼレンスキ―登場
ウクライナでは、2015年からテレビ「1+1」で喜劇役者ウォロディミル・ゼレンスキーが主演する政治風刺ドラマ『国民の僕(しもべ)』が放映され、一介の歴史教師がふとしたことから素人政治家として大統領に当選し、権謀術数が渦巻く政界と対決する姿をユーモラスに描き、大評判になった。このドラマの人気によって、多くの国民が現実の大統領と主人公役の喜劇役者ゼレンスキーを重ね合わせ、ゼレンスキーに大統領選挙への出馬を期待する動きが起きた。
2018年、ゼレンスキーは期待に応えて政党「国民の僕」を立ち上げ、翌年の大統領選への出馬を表明した。大富豪イーホル・コロモイスキーの支援を受けたゼレンスキーは、ポロシェンコとの決選投票で73.2%の得票を得て当選したが、ウクライナ社会が抱える経済・汚職・紛争を解決することができず、支持率は25%にまで急落した。
ミンスク合意が「合意」されていたものの、ゼレンスキーは「主戦論」を唱える極右民族主義者勢力の猛反発に直面し、2021年1月、自らも軍事力によって失地回復を唱える「主戦論」に転換した。
ミンスク合意で軍事力強化の時間を稼いだウクライナ軍は、公然とドンバス地方のドネツク人民共和国およびルガンスク人民共和国に攻撃を加えた。事ここに至って、ロシアはこれら二つの国を「独立国家」として承認して「友好協力相互支援協定」を締結、軍事弾圧を受けるドネツク、ルガンスク両共和国の人々を救済するために、特別な軍事作戦を実行する意を決した。ウクライナ第14代首相のミコラ・アザロフが2022年3月に公表したフェイスブックによると、ウクライナ軍は2月25日から東部ドンバス地方のロシア系住民を皆殺しにする作戦を始める計画だったということであり、ロシアが2022年2月24日に特別軍事作戦を始めたのはこうした事情にも因るのかもしれない。

9.開戦初期に始まった和平交渉
開戦4日後の2022年2月28日から双方は、和平交渉に取り組んだ。前日、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領がゼレンスキー大統領と会談し、ウクライナ代表団と、「前提条件無しでロシアの当局者と会談すること」で合意していた。その後の交渉には紆余曲折はあったが、3月半ばには双方が和平協定に暫定合意する旨の文書に署名までして確認していたことが、2023年6月17日、サンクト・ペテルブルクで開催された経済フォーラムで、プーチン大統領がアフリカ代表団に合意文書を開示して明らかになった。それは、「ウクライナに対する一定の中立性と安定性の保証に関する取り決め」と呼ばれる18条から成る文書で、ウクライナの代表団の署名付きの文書だった。ゼレンスキー大統領も、3月27日、トルコでの停戦交渉を前にロシアの記者たちとオンライン会見を行い、「関係国による安全保障を条件に、NATO加盟を断念して『中立化』することを受け容れ、核武装も否定する用意がある」と述べたと伝えられた。
ウクライナ代表の署名入り暫定合意文書を示すプーチン大統領(2023年6月16日)
しかし、こうして和平への努力にもかかわらず、その直後、ウクライナは「和平交渉路線」から「主戦論」に転換し、ゼレンスキー大統領も「戦場での勝利を!武器支援を!」と声高に叫ぶ「戦う大統領」に変身し、西側諸国は同大統領を「英雄」に祭り上げた。情報筋によれば、2022年4月9日にウクライナを電撃訪問したイギリスのボリス・ジョンソン首相こそ、戦争を継続させようとする米英の方針を確定させるためのメッセンジャーだった。2022年4月20日、トルコのメヴリュット・チャヴシュオール外務大臣は、「NATO加盟国の中には、この戦争が続くことを望んでいる国々がある」(Some NATO states want war in Ukraine to continue)と暴露したが、それがイギリスやアメリカを示唆していることは明白だった。

10.戦争が始まってみると━フェイクだらけの西欧報道
戦争は兵士と弾薬だけで戦う訳ではなく、戦いを続けるには、敵を憎み、国を守るためには命も惜しまない気概を国民の間に掻き立てる必要がある。主戦論に転換したウクライナでは、2022年4月から、「ブチャの悲劇」や「クラマトルスク駅爆撃事件」など「ロシアのせいにしよう大作戦」が展開され、ウソの情報が繰り返し公然と発信されるようになった。
本稿には紙幅に限りがあるためそうした数多くのフェイク事例について解説する訳には行かないが、わつぃが2024年10月30日付で発行した『安斎育郎のウクライナ戦争論』改訂第12版は、おそらく世に出ているこの種の書籍の中で最も詳細にウソ情報の解明をしているので、是非参照して頂きたい。同書はA4版108頁、フルカラー、図版満載の解説書で、入手するには私にメールで送り先住所・氏名と冊数を連絡してくれればいい。(1冊350円、送料7冊までレターパックライト420円、10までレターパックプラス600円、メールアドレス=jsanzai@yahoo.co.jp)
そこで扱われている主要な事件は、①マリウポリ小児科‣産科病院爆撃事件、②マリウポリ劇場爆撃事件、③ブチャの大虐殺事件、④ロシア兵による少女レイプ事件、⑤クラマトルスク駅爆撃事件、⑥クレメンチュク・ショッピング・センター攻撃事件、⑦対ロ経済制裁、⑧ノルドストリーム・ガスパイプライン爆破事件、⑨クリミア大橋爆破事件、⑩ポーランドへのミサイル着弾事件、⑪カホフカ・ダム決壊事件、⑫子ども連れ去り事件、⑬キエフの小児病院攻撃事件などである。
例えば、有名な③のブチャの大虐殺事件は明らかにウクライナの自作自演であり、事実を丹念に辿ればその結論に疑いの余地はない。この事件は、ゼレンスキ―大統領が「和平交渉路線」から「戦場勝利論」に転換した直後の事件で、ウクライナとしては「ロシア憎し」の国民感情の高揚を必要としていた時期だった。ロシアが和平交渉の進展も踏まえてブチャから軍を撤退させた後に「町に死体がゴロゴロしていた」という事件だが、ウクライナの元社会党のリーダーで最高議会議員のイリヤ・キヴァ氏は、「ブチャの悲劇は演出されたもので、事前にウクライナ保安庁とMI6(イギリス秘密情報部)によって計画されたものだ」と述べ、「彼らはあの日(4月3日)の早朝に現地に到着し、エリアを隔離して死体を置いた」と言っている。それが信ずべき情報であることは、例えば国連安全保障理事会でも発表されたフランス人ジャーナリストの証言(ウクライナ軍によるブチャ虐殺の演出を目撃し、死体がトラックから降ろされ、メディアがロシアを非難するために配置された)などでも明らかである。
https://x.com/i/status/1823401529170358723
事ほど左様に、ウクライナおよび米英発の情報には意図的な虚偽情報が編みこまれており、情報戦としてのウクライナ戦争は限りなくダーティである。上に例示した13の事例一つ一つについて本稿で解説する紙幅はないので、それらがどれ程のフェイク情報に塗れているかについては先に紹介し拙著『ウクライナ戦争論』に委ねるしかないが、ゼレンスキ―大統領は慢性的な悪性虚言症候群とも言うべき状態であり、元米軍大佐のダグラス・マクレガー(トランプ政権国防長官顧問)は、「ウクライナが発信する情報の賞味期間は48時間だ」と揶揄した程である。

11.ウクライナ戦争の戦況
元国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)主任査察官のスコット・リッター氏は、2023年9月初旬、「ウクライナの全面敗北が、ロシアとの紛争で考えられる唯一の結果」であると言い、「ゼレンスキー政権はずっと前(2022年3月)にロシア側から和平協定を提案されていたが、西側支援者に煽られて戦争を選択し、今、その運命は決定した」と明言している。同氏は、また、「ロシアはウクライナ領土を占領する目的で紛争に参加した訳ではない」と述べ、プーチン大統領は紛争に関して、「ウクライナの非ナチ化、非軍事化、ウクライナのNATO加盟撤回」などの目標と目的を列挙し、それを達成するために取り組んでいるとし、「現状では、ウクライナや西側諸国がこれらの目的の達成を阻止するために出来ることはほとんどない。キーウと西側諸国がこの紛争を長引かせれば長引かせるほど、ウクライナの損害は大きくなるだろう」と述べて、「ウクライナと西側諸国が平和と復興の道に進む時が来たが、これはウクライナが降伏して現実を受け入れた場合にのみ起こり得る」としている。
周知のように、2024年8月6日、ウクライナ軍は突然ロシアのクルスク州に侵略した日本のメディアはこのウクライナによる明らかな侵略行為を「越境攻撃」と表現した。EUのピーター・スタノ報道官は、ウクライナの公共放送「ススピーリネ」へのコメントで、「国際法に従えば、ウクライナには侵略国の領土を攻撃することを含む合法的な自衛権がある」とウクライナの行動を擁護したが、ロシアのイズベスチヤ紙は、8月21日、クルスク侵攻はNATO加盟国であるアメリカ、イギリス、ポーランドの情報機関と共同で準備されたものだと報じた。
しかし、当のウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官は、クルスク侵攻は、前線の重要な地域からロシアの兵力を引き剝がして、クルスクに迂回させることを狙った高等戦術のつもりだったが、「モスクワはその餌に乗らなかった」と述べた。
ウクライナ軍は当初は広範な地域を支配したものの、ロシア軍に押し戻され、攻勢から守勢へと転換を迫られている。

12.BRICSの台頭
ウクライナ戦争をしかけてロシアの国力を削ぎ取ることを目論んだ米英などの期待に反して、2023年4月、米誌『アメリカン・シンカー』は、「ウクライナ紛争をめぐる対ロ制裁は、西側諸国の現代史上の大誤算だ」という見解を紹介した。著者らは「制裁はロシア経済を屈服させることはなかった。ロシアは制裁に対処しているどころか、繁栄しており、アジア、アフリカ、南米において、ソ連崩壊後かつてないほどの影響力と威信を得ている」と述べた。
ロシアは、中国・インド・ブラジル・南アフリカとともにBRICS(ブリックス=Brazil, Russia, India, China, South Africaの頭文字に由来)と呼ばれる協力機構を作っているが、2024年1月にはサウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、イラン、エチオピアの5カ国が新たに加盟し、さらに、タイ、マレーシア、トルコ(NATO加盟国)、アゼルバイジャン、マリ、アフガニスタン等の国々も加盟を希望する勢いで、BRICSは大きな広がりを見せつつある。
ウクライナ戦争の勃発で、ロシアは、ドル決済システムの国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除された。国際秩序におけるアメリカの覇権は「軍事力」と「ドル」で支えられている。現在、ドルは「国際貿易取引における支払い手段」として広く使われており、ドルを持たない国は、現在の国際経済秩序のもとでは無力だし、ロシアのようにドル決済システムから外されると、ドル建ての貿易取引は大きな影響を受ける。ロシアがドル決済システムから外された事例を見て、アメリカと友好的ではない国々は、「明日はわが身か」と、今更ながら基軸通貨ドル依存体制のリスクを噛みしめている。
取り引きがアメリカ・ドルで行なわれるとなれば、物を買うためにはまず自国通貨でドルを買わなければならない。当然、換金手数料を取られるため、アメリカは世界の貿易がアメリカ・ドル仕立てで行なわれる限り、何もしなくても膨大な手数料が入る。しかし、BRICS諸国が始めつつあるように、ドルではなく自国通貨で貿易が出来るようにすれば多くの国がドルを買わなくなり、ドルの価値が下がる。
折も折、サウジアラビアが中国との原油取引を「ドル建て」から「人民元建て」に変更することを検討中と伝えられた。もしも世界の原油取引その他の貿易の決済がアメリカ・ドルから離れて、自国通貨ややがてはBRICSの共通通貨決済になれば、アメリカのドル支配に重要な影響が出ることも考えられる。BRICSの拡大はドル覇権に大きな亀裂が生じさせる恐れがある中で、中国はロシアやブラジルとの貿易を人民元などの地域通貨で決済し始め、そこにサウジアラビアやUAEやイラン、さらにタイやマレーシアが加わればその影響は極めて大きなものになり得る。ウクライナ戦争と同時並行で進みつつあるBRICS経済圏の拡大は、アメリカの一極支配を突き崩す芽を孕んでいよう。

13.この戦争を終わらせるには
戦争を終わらせるには、戦争が始まった原因に目を向けなければならないのは当然である。ロシアが「特別軍事作戦」に踏み切った理由は、「ウクライナのNATO化」と「ウクライナの極右民族主義者(ネオナチ)によるドンバスのロシア語話者への民族浄化的抑圧」である。したがって、この戦争を和平に転換させるには、
❶アメリカを含むNATO諸国が、ウクライナのNATO加盟申請の撤回を認めること、
❷ウクライナのネオナチによる人権侵害について、(ゼレンスキー大統領が2019年の大統領選の選挙公約に「アゾフ連隊など暴力的な民兵を一掃する」と掲げていたように)、ウクライナ政府が極右民族主義者の暴虐の克服に向けた政策骨子を示すこと、
❸NATO諸国がウクライナへの武器供与などの支援を停止すること、
❹それらを受けて、ウクライナ、ロシア双方が即時停戦を約束し、誠実に守ること、
❺国連とりわけ安全保障理事会がこれらのプロセスの進行を阻害するような(米英主導の決議などの)行動をとらず、停戦監視などに公平な立場で取り組むこと、
❻双方が受け入れる数か国~10カ国程度から成る和平交渉調停団が、誠実にその役割を果たすこと、
が必要であろう。

14,ウクライナ戦争と日本の世論
日本では総じて政権党も野党も「ロシア批判、ウクライナ支援」一色で、ゼレンスキー大統領を国賓として招いた国会は彼の演説にスタンディング・オベーションで応え、山東昭子参議院議長が、「閣下が先頭に立ち、貴国の人々が命をもかえりみず祖国のために戦っている姿を拝見し、その勇気に感動しました」と挨拶した。
タレントのラサール石井氏は、「個人の感想なら別に何を思っても構わない。しかし現職議員の参議院議長がはっきりと『お国のために戦う』ことを賛美するのは問題がある」と指摘した。
私は、平和憲法をもつ国の主権者である日本国民が、目の前で進行中の深刻な戦争の原因について、当該戦争の原因を作った側が発信する情報を鵜呑みにして錯誤に陥り、健全な批判力を失って「悪魔のプーチン、英雄ゼレンスキー」、「ロシア・バッシング、ウクライナ支援」一辺倒の世論を形成し、和平交渉を妨げている戦争原因者の側に与している実態を非常に悲しく、また、危険なものと感じている。まるで、戦争政策を支持するための国民総動員体制づくりの予行演習に立ち会っているような気色さだ。国民はこのようにして「大本営発表」のフェイクと、批判力を失ってそれに追随するマスメディアに引きずられて「大政翼賛」に流されていくのかという深刻な不安に苛まれている。

拙著『ウクライナ戦争論』は、もしかすると自らの信念を覆されるかもしれないと感じて「読みたがらない人」や「読むのが怖い人」もいるやに側聞しているが、是非読んでほしい。著者としては、本書は「現代の歴史認識」に関する重大な問題提起を含むものと確信している。
※『安斎育郎のウクライナ戦争論』の申し込みは、jsanzai@yahoo.co.jpへのメールでどうぞ。名前・郵便番号・住所・(差し支えなければ)電話番号・冊数を明示して下さい。

 

安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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