【連載】データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々(梶山天)

第26回 奇妙な判決文に驚き

梶山天

私は、一審判決後に新たに再編成された控訴審の弁護団からDNA型鑑定の意見書を頼まれた押田茂實・日本大学名誉教授と弁護団に接触した。弁護団の説明によると、14年9月に検察側から開示された鑑定書は全部8通のうち、3通だけであった。弁護団が控訴審に臨むためにあらためて証拠開示を求めると、18年1月までに栃木、茨城の警察官約70人分の異動識別の鑑定書など全てを小出しにしてきた。

一審で警察側は科捜研が行った布製粘着テープの鑑定結果を証拠として提出、被告のDNA型は検出されず、別人の型が検出されたが、検察側は鑑定を行った技官2人の細胞が混入したと説明した。押田名誉教授は「弁護団が最初に入手した3通の鑑定書だけでは(科捜研の鑑定結果と同じように)汚染の恐れが払拭されない。残りの全てを開示するのに18年1月までかかったのは、検察が表にしたくない重大な結果だったからだ。重大な証拠隠しだ」と説明した。

全8通の鑑定書によると、栃木、茨木両県警の捜査員計11人のDNA型と被害者のDNA型が検出されたが、注目される点が二つある。一つは、被告のDNA型が粘着テープと被害女児の身体には全くなかったこと。科捜研でのSTR型鑑定と山田教授によるミトコンドリア型鑑定で被告のDNA型が検出されなかったことは非常に大きい。もう一つは、多くの人が知りたいと思う第三者のDNAの問題だ。検察が法廷で何も反論しなかった第三者のDNAがまだある。検察はむしろそのDNAには触れたくないようにも思える。

被害女児の右目下に粘着テープが剥がされたとみられる傷があり、その周囲をろ紙で採取して検出された第三者のDNA型だ。山田教授が鑑定したミトコンドリア型だ。

被害女児の遺体を解剖した本田元教授は、女児の顔には、幅約2㌢、長さ約14㌢の平行に走る2本線状の皮膚の変色を確認している。本田元教授は「傷はテープを剥がした際に犯人がつけた可能性がある」と注目しており、DNA型は「犯人の指と爪の細胞から検出された可能性が極めて高い」と犯人に結び付く証拠として極めて重要だ」と力説する。

18年2月6日の控訴審では押田名誉教授が弁護側証人として出廷した。この第三者のDNA型を弁護団が強く追求するのかと期待したが、その部分は不発に終わった。

粘着テープに関しては、「2月5日に粘着テープの鑑定をする前に粘着テープ片の指紋検出を行った茨城県警鑑識課の警察官(当時)がDNA型の混入を防ぐ帽子やマスクをせずに、指紋の分析で用いたピンセットやトレーなどの器具は水洗いして使いまわしていたものだった」と、押田名誉教授が控訴審の法廷で証言した。

証人として出廷した警察庁科学警察研究所(以下科警研)の関口和正技官は「ハケや(検査に使う)液体にDNAが付着していた可能性が否定できず、信頼性のない型が誰かに由来するものとはいえない」などと反論。被告のDNAが全く見つからないことは認める一方で、「被告のDNAがないからといって犯人ではないとは言えない」と主張した。

しかし、「被告人のDNAが検出されていないことが重要」と指摘するのが、かつて徳島県警科捜研でDNA型鑑定を担当していた徳島文理大学大学院の藤田義彦元教授。私の取材に対して「触ったからといって(DNAが)出るわけではないという理論はサイエンスではない。被告人のDNAが付着していないんだから、それによって被告の犯行かどうかは、客観的な検査結果で判断するべきだと思う」とくぎを刺した。

この法廷を傍聴していた40代の会社員男性は「警察の鑑定はこんなにでたらめなら今までDNA型鑑定で有罪判決になったのはみんな冤罪ということなのか。そう公表しているということですよね」と怒りがおさまらない様子だった。

しかしだ。私の取材では、問題の布製の粘着テープは、女児の遺体が山林で発見された当日の警察署での検視時に女児の頭から見つかり、居合わせた栃木県警幹部が持ち帰っている。そのことは解剖医の本田元教授にも知らされず、そこに居合わせた数人しか知らないことだったのだ。それにだ。

私も長年事件記者をしているから把握しているのだがもし、DNA型鑑定をする前に指紋の検査をしたというのであれば、まず手順として栃木、茨城両県警が約5㌢角の粘着テープについて話し合いを持ち、どの部分をDNA型鑑定に、指紋鑑定はここだと決めるのは当然のことだ。このころにはDNA型鑑定が優先されたのは当然だ。そこで気になるのが、どういうふうに決まったかは、必ず文書にしているはずだ。その文書は保存されている。開示してみたらどうだろうか。

 

連載「データの隠ぺい、映像に魂を奪われた法廷の人々」(毎週月曜、金曜日掲載)

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(梶山天)

 

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梶山天 梶山天

独立言論フォーラム(ISF)副編集長(国内問題担当)。1956年、長崎県五島市生まれ。1978年朝日新聞社入社。西部本社報道センター次長、鹿児島総局長、東京本社特別報道部長代理などを経て2021年に退職。鹿児島総局長時代の「鹿児島県警による03年県議選公職選挙法違反『でっちあげ事件』をめぐるスクープと一連のキャンペーン」で鹿児島総局が2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。著書に『「違法」捜査 志布志事件「でっちあげ」の真実』(角川学芸出版)などがある。

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