【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2024.12.22/櫻井春彦 : シリア情勢の急変で米は「テロリスト」のタグと「自由の戦士」のタグを付け替え

櫻井春彦

 ​アメリカ国防総省報道官のパトリック・ライダー空軍少将は12月19日の記者会見で、シリアに派遣されているアメリカ軍の兵士は約900人でなく約2000人だと述べた​が、驚きではない。油田地帯を含み、クルドが支配しているシリア北部、あるいは戦略的に重要なアル・タンフにアメリカ軍は基地を保有、約900人という公式発表は実態を反映していないと言われていた。勿論、こうした基地はシリア政府の許可を受けて建設されたものではない。またシリアには非公開の米国民間請負業者も存在する。

 バラク・オバマは大統領として2010年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を利用し、地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆工作を仕掛けた。いわゆる「アラブの春」だが、そのターゲットになった国のひとつがシリアだ。ロラン・デュマ元仏外相によると、2009年にイギリスを訪問した際、イギリス政府の高官からシリアで工作の準備をしていると告げられたというので、遅くともその段階でアメリカやイギリスでは侵略計画ができていたのだろう。

 2011年3月にシリアではムスリム同胞団やアル・カイダ系武装勢力による侵略戦争が始まるものの、バシャール・アル・アサド政権は倒れない。その年の10月にNATOとアル・カイダ系武装集団LIFG(リビア・イスラム戦闘団)の連合軍はリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制を倒してカダフィを惨殺、その後、戦闘員や兵器をシリアへ運んでアサド政権を打倒しようとする。それでもアサド政権が倒れないため、反シリア政府軍に対する支援を強化した。

 ​そうしたオバマ政権の政策を危険だとアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は危険だと判断、2012年に報告書を提出している​。反シリア政府軍の主力はAQI(イラクのアル・カイダ)であり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘。さらに、そうした政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告している。

 アサド政権を倒せないこともあり、アメリカ軍をシリアへ侵略させるのではないかと懸念する声が出てくるのだが、オバマ大統領は2013年からシリアに地上軍は派遣しないと繰り返し発言していた。2014年になるとDIAが警告したようにサラフィ主義者の新たな戦闘集団ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)が出現。

 この集団は残虐さをアピール、アメリカ軍が介入しなければならないという雰囲気が作られ、2015年までに戦争体制が整えられていった。そうした中、シリア政府の要請でロシア軍が2015年9月末に軍事介入、アメリカ軍が公然と軍事介入できない状況になった。そこでアメリカ軍は秘密裏に部隊を侵入させ、基地を建設していったわけである。

 ロシア軍の攻撃でダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団は敗走し、その支配地域は縮小していった。そこでアメリカはクルドと手を組むのだが、そのクルドと対立関係にあったトルコとの関係が悪化してしまう。

 そして11月27日にハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)がシリア軍を奇襲攻撃、バシャール・アル・アサド政権は倒された。HTSもアル・カイダ系武装集団だが、アル・カイダとはCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」と呼ばれる傭兵の登録リスト。現在、HTSはトルコ政府に雇われていると言われているのだが、その指導者とされているアブ・ムハンマド・アル・ジュラニはかつてダーイッシュの幹部で、アメリカ政府は1000万ドルの懸賞金をかけている。そのお尋ね者とバーバラ・リーフ国務次官補が率いるアメリカの代表団がダマスカスで会談した。

 そもそもアル・カイダなる仕組みやダーイッシュなる戦闘集団はアメリカ政府の都合で作られたものであり、「自由の戦士」や「テロリスト」を演じてきた。今回、アサド政権が予想外のスピードで倒れたため、アメリカ政府はHTSを短時間にタグを「テロリスト」から「自由の戦士」へ付け替えようとしている。国連はHTSとの貿易を認可した。

 すでにジュラニはイスラエルに対して恭順の意を表しているが、そのイスラエルはシリア軍の兵器庫を爆撃、アメリカ政府を怒らせていると指摘されている。アメリカ政府は武器弾薬をシリア軍の兵器庫からウクライナへ運ぼうとしていたと言われているのだ。イスラエルとアメリカの関係も盤石ではない。トルコを後ろ盾とするHTSがクルドと友好的な関係を結べるかどうかは不明だ。

 12月2日にベイルートへ入ったアメリカの特殊部隊はトルコの動向を監視する役割を負っていると考える人もいる。12月9日にはアメリカ中央軍のマイケル・クリラ司令官はアンマンを訪問、ヨルダン統合参謀本部のユセフ・アル・ハナイティ議長と会談、シリアから脅威が生じた場合、アメリカがヨルダンを支援するという約束を再確認したという。クリラは精力的に動いた。

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