【連載】櫻井ジャーナル

【櫻井ジャーナル】2024.12.29XML: HTS戦闘員がシリア人を処刑する映像が流れる一方、住民の抵抗運動が始まった

櫻井春彦

 シリアのダマスカスを制圧、バシャール・アル・アサド政権を倒したアル・カイダ系武装集団、ハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)の戦闘員がアラウィー派の人びとを拉致、処刑しはじめた。キリスト教徒も攻撃の対象になっていると伝えられている。

 こうした殺戮は「散発的」でなく、頻発しているようで、首を切る様子を撮影した映像など、殺戮の場面がインターネット上に流れ始めた。クリスマス・ツリーを焼き払う行為もキリスト教徒を怒らせる一因になっているようだ。

 アサド政権が自国民を殺害しているという偽情報の流布、繰り返された偽旗作戦などを利用してアメリカをはじめとする外国勢力は2011年春以来、シリアへ武装集団を送り込んできた。その実態は本ブログでも繰り返し書いてきたことだ。そしてアサド政権は倒された。

 西側諸国は自分たちが流してきた偽情報に合わせ、アサド政権を悪魔化して描く一方、HTSの指導者とされるアブ・ムハンマド・アル・ジュラニのイメージを良くしようと必死だ。事実の裏付けのない物語でアサド政権の打倒を正当化する一方、事実を無視してHTS支援を納得させようとしている。

 そうしたプロパガンダが展開される中、アメリカはジュラニにかけられた1000万ドルの懸賞金を取り消した。バラク・オバマ政権がアル・カイダ系武装集団を利用してシリアに対する軍事侵略を始めた直後に発覚した残虐行為を忘れた人が少なくないかもしれないが、この武装集団は今でも似たようなことを行なっている。

 イギリス人のダニー・デイエムが「現地の情報」として発信、西側の有力メディアが垂れ流していた作り話を忘れた人も少なくないだろう。彼や彼の仲間が「シリア軍の攻撃」を演出する様子を撮影した映像が2012年3月1日に流出、彼の「現地報告」がヤラセだということが発覚している。

 そこで登場してくるのは「化学兵器話」だ。そうした作り話を有力メディアへ発信する役割を演じることになった団体のひとつがSCD(シリア市民防衛)、通称「白いヘルメット」にほかならない。

 この団体は2013年3月にジェームズ・ル・ムズリエというイギリス人が編成、訓練してきた。シリアのアレッポで化学兵器が使われた頃だ。後にSCDの活動を紹介する映像が公開されるのだが、医療行為の訓練を受けていないことが指摘されている。

 ル・ムズリエはイギリスの対外情報機関MI6の「元」オフィサーだとされている。「退役」後、オリーブ・グループという傭兵組織の特別プロジェクトの幹部になるが、この組織は後にアカデミ(ブラックウォーターとして創設)に吸収されている。

 2008年に彼はここを離れてグッド・ハーバー・コンサルティングへ入り、アブダビを拠点として活動し始めるのだが、この段階でもイギリス軍の情報機関と緊密な関係を維持している。そしてSCDをトルコで創設したが、アメリカ国務省の副スポークスパーソンを務めていたマーク・トナーは2016年4月、SCDがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めた。言うまでもなく、USAIDはCIAの資金を流すパイプのひとつ。そのほかジョージ・ソロス、あるいはオランダやイギリスの外務省も資金を提供していた。

 SCDはシリア政府軍が化学兵器を使ったとする話の発信源になったことでも知られている。そのSCDのメンバーがアル・カイダ系武装集団と重複していることを示す動画や写真の存在、被害者を救出している場面を演技者を使って撮影している様子、アル・カイダ系武装集団が撤退した後の建造物でSCDと隣り合わせで活動していたことを示す証拠などが確認されている。

 現地に入って地道な取材を続けているバネッサ・ビーリーやエバ・バートレットなどがこうした事実を明らかにしてきたが、ほかにも現地を取材していたジャーナリストがいる。そのひとりがイギリスで発行されているインディペンデント紙のロバート・フィスク特派員だ。

 フィスクは攻撃があったとされる地域へ入って治療に当たった医師らに取材、患者は毒ガスではなく粉塵による呼吸困難が原因で担ぎ込まれたという説明を受けている。毒ガス攻撃があったことを示す痕跡はないという。(Independent, 17 April 2018)​アメリカのケーブル・テレビ局、OANの記者も同じ内容の報告をしている​。

 ​2013年12月19日には調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュがイギリスの書評誌「ロンドン・レビュー・オブ・ブックス」に記事でも、オバマ政権が化学兵器に関する情報操作を行なったとする情報があるとしている​。

 国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する​報告書​を公表した。

 その一方、アル・カイダ系武装集団だけではシリア政府軍を倒せなかったアメリカのバラク・オバマ政権は軍事介入を正当化する口実作りを始めた。ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の編成だ。2014年から残虐さで売り出し、それを利用してアメリカ軍はシリアの施設を空爆で破壊しはじめている。

 しかし、その段階でも統合参謀本部はオバマが支援しているサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を危険だと認識していた。そこで2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへというように好戦派へ交代させている。

 ​アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)もオバマ政権のジハード傭兵を利用した計画を危険だと考え、2012年に報告書を提出している​。反シリア政府軍の主力はAQIであり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告したのだ。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。

 この警告通り、2014年には新たな武装集団ダーイッシュが登場、この集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック、ハイラックスを連ねてパレードし、その後、残虐さをアピールする。

 過去を人びとが忘れても、現実がプロパガンダの前に立ちはだかる。自分たちやその配下の人間が行った残虐行為を相手が行ったように宣伝するのはアメリカ支配層の「癖」らしく、それを西側の有力メディアが拡散するのだが、それでも現実は彼らを追い詰める。

 アサド政権の崩壊は政府軍の幹部将校たちが戦わずに逃走したところから始めるが、残された兵士たちはアサド政権の支持者が編成した部隊に加わり、ダマスカスの北部ではHTS体制に対する武装抵抗が始められたとも伝えられている。

 アサド政権は西側諸国による経済封鎖で人びとの生活は厳しく、政府軍兵士の給与はHTS戦闘員が得ている報酬の十数分の1だったと言われている。そうしたことも政府軍を弱体化させる一因だったようだが、これからは状況が変化するだろう。

 CIAが作り上げたアル・カイダと呼ばれる傭兵システムから派生したHTSは現在、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン政権が雇い主になっていると言われている。2015年9月末にアサド政権の要請で軍事介入したロシア軍がダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)を含むアル・カイダ系武装集団を一掃した後、アメリカはクルドを手先として利用し始めるが、エルドアン大統領はクルドを敵と認識している。こうした状況は今でも同じで、エルドアン大統領に近いトルコの政治家はBBCに対し、クルド人を根絶すると発言していた。クルド側はトルコと戦争する準備を進めていると伝えられている。

 HTSはアラウィー派、キリスト教徒、クルドを殺戮するだけでなく、アレッポにあるアラフィ派の聖地を冒涜したことで抗議行動を誘発することになった。アレッポにあるシェイク・アブ・アブドラ・アル・フセイン・アル・ハシビの聖堂内で火災が発生、武装集団が聖堂内へ侵入して警備員を殺害する様子を映した動画が流れた後、抗議活動が激化したと伝えられている。12月25日にはラタキア、タルトゥース、ホムス、ハマ、カルダハでは数万人が街頭でHTS側と衝突したという。

 抗議活動を激化させる切っ掛けになった映像は過去のものだとHTS側は主張しているが、アル・カイダ系武装集団やイスラエル軍は歴史的な建造物の破壊を繰り返してきたことは事実だ。欧米の私的権力はシリアの資源を略奪を推進するために新自由主義の導入を目論んでいるが、そのためにもHTS体制への抵抗を鎮静化させる必要がある。

 アメリカをはじめとする外国勢力に侵略される前のシリアでは医療が無料で、就学年齢に達した児童の推定97%が学校へ通い、識字率は男女とも90%を超え、中東地域で食糧生産を自給自足していた唯一の国でもあった。IMFの融資を拒否していたことも欧米諸国を怒らせただろう。

 そのシリアが軍事侵略によって破壊され、略奪されつつある。リビアと同じことがシリアでも引き起こされつつあるのだが、ユーゴスラビアも国が破壊された上で分割され、略奪されている。帝国主義国が行なってきたことが繰り返されようとしていると言えるかもしれない。

 そうした現実を隠蔽し、遂行するため、西側の有力メディアは荒唐無稽な話を、勿論根拠を示すことなく、盛んに流している。そうした話が有効な理由は、おそらく、そうした話を好む人が少なくないからだろう。そこに事実は存在しない。

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「HTS戦闘員がシリア人を処刑する映像が流れる一方、住民の抵抗運動が始まった 」(2024.12.29XML)
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