【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(71):有人戦闘機不要論(上)

塩原俊彦

 

電気自動車メーカーのテスラ、宇宙開発会社のスペースXといった地球上の「ビジネス帝国」を構築しつつある人物イーロン・マスクは、ドナルド・トランプ新政権下で「台風の目」のような存在になる。新設される「政府効率化局」(DOGE)の共同代表マスクは、連邦予算から2兆ドルをむしり取るつもりだと語っている。その予算カットの大きなターゲットの一つが第5世代ステルス戦闘機F-35ライトニングII(「F-35」、下の写真)である。


(出所)https://www.gao.gov/assets/d24106703.pdf

マスクは2024年11月24日、「F-35のような有人戦闘機をまだ製造しているバカもいる」とXに投稿した。彼は別の投稿(下を参照)で、「F-35の設計は要求レベルで破綻していた」と書き、設計段階から疑問を呈している。 そのため、「F-35は高価で複雑な 「何でも屋」になってしまった」という。さらに、彼はつぎのように決定的な批判を指摘している。

「ドローン(無人機)の時代には、有人戦闘機は時代遅れなのだ。 パイロットが殺されるだけだ。」


(出所)https://x.com/elonmusk/status/1861070432377737269

「有人戦闘機不要論」

今回は、地政学上、空間支配を考察するうえで重要な意味をもつ航空戦力にかかわる「有人戦闘機不要論」について論じてみたい。マスクの主張には、真剣に考察すべき興味深い論点が含まれているからである。

第一に、F-35について言えば、その高額な価格や巨額の開発費に対する疑問が問題になる。2024年8月27日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「F-35戦闘機は1機あたり8000万ドルもする」と報じている。2024年11月26日に公表されたForbesの記事は、運用試験・評価局の年次報告書によると、F-35開発プログラムは予定より10年遅れ、予算は1800億ドル超過していると推定されているとのべている。米国政府説明責任局(GAO)は2024年4月15日付で「F-35の維持 コストは上昇を続ける一方で、計画された使用と利用可能性は減少」という資料を公表している。それによると、「国防総省は現在、約630機のF-35を運用しており、2040年代半ばまでに合計2500機を調達する計画である」。さらに、「国防総省は2088年までF-35の使用を継続する予定であり、取得と維持に2兆ドル以上を費やす計画である」と記されている。

F-35がいかに「金食い虫」であるかがわかるだろう。耐用年数が延長されたとはいえ、国防総省が2088年までのF-35戦闘機群の維持にかかる費用を予測したところ、その額は増加し続けている。具体的には、維持費の予測額は2018年の約1兆1000億ドルから2023年には約1兆5800億ドルへと、44%増加している。国防総省は現在、空軍が各機体の運用と維持に年間660万ドルを支払うと推定している。これは当初の目標額410万ドルを大幅に上回る額であり、2023年には、空軍はF-35機体1機あたりに支出可能な金額を年間680万ドルに引き上げたという(心に刻み込んでほしいのは、この仕組みが、日本の自民党が当初の建設費をどんどん膨らませることで土建業者を潤し、政権基盤としたやり口とそっくりである点だ)。

半面、タイトル通り、飛行時間は減少している。2020年の年間コスト見積もりでは、F-35艦隊が定常状態で年間38万2376時間飛行すると報告した(これは、2030年代半ば頃の予測)。2023年度の年間コスト見積もりでは、定常状態における飛行時間の推定値は30万524時間に修正された。これは、年間飛行時間が約8万2000時間、つまり21%減少することを意味している。

第二に、ドローンの方がはるかに安価で効率的ではないかという議論がある。それを教えているのがウクライナ戦争だ。2023年8月に公表された「ウクライナでは、数百万ドル相当の最高級戦車や高価な重装甲車が、わずか数百ドルの安価な爆発ドローンに狙われている」という記事によれば、ウクライナ戦争では、機体にカメラと映像伝送装置を取り付け、操縦者側の受信機で映像をゴーグルやモニターに投影することで、その映像を見ながらドローンを操縦する、ファースト・パーソン・ビュー(First Person View, FPV)ドローン(無人機)が大活躍している。

同月に公開された動画では、FPVドローンがロシア製戦車T-90Mと思われるものに激突した。同記事は、「T-90Mは、推定価格が450万ドルと、1機数百ドルのドローンよりもはるかに高価な最新型ロシア戦車である」と説明している。こうした攻撃で使用されているような「FPVドローンの価格は、1台あたり400ドルから500ドル程度」という。つまり、「費用対効果」でいうと、たしかにドローンは圧倒的に安価で有効であるようにみえる。

具体的には、2022年にウクライナで組織された非営利団体Escadroneが製造するFPVペガサス攻撃ドローンの価格は「341ドルから462ドルである」と記されている。なお、米国が提供した自爆突入型ドローン(徘徊型兵器)は「6万ドルから8万ドルである」という。もっとも高価な軍事用ドローンの一つが「MQ-9 リーパー」だが、その価格は「F-35戦闘機の約4分の1の価格」であるという情報がある。
いずれにしても、ドローンは「地上低空を高速で飛行でき、手遅れになるまで気づかれないという意味で、破壊的な武器だ」という見方がウクライナ戦争の実践を通じて広がっていると言えよう。

もちろん、有人戦闘機の重要性を唱える意見も根強い。有人でなければ、人間にかかる重力を考慮せずに超音速兵器を開発できるが、いまのところ、ドローンの性能は有人戦闘機と比べて必ずしも高くない。しかも、航続距離や積載量などでもドローンは見劣りする。このため、現状では、「米軍が優先するインド太平洋地域での戦争のように、広大な地域での航空戦や海戦がより多く発生する状況では、これらの無人機は速度が遅く、搭載量や航続距離も不十分である」と考えられている(「ビジネス・インサイダー」を参照)。

歴史的視点

他方で、歴史的にみて、「欧米の航空支配の壮大な時代が幕を閉じた」とする見方もある。これは、2024年12月に公表されたThe Economistの記事「米国の航空優位の時代は終わりつつあるのか? 防空システムの有効性の高まりが、西側諸国の最強兵器を鈍らせる可能性」で紹介された見解だ。

まず、冷厳なる事実として、冷戦終結後、北大西洋条約機構(NATO)の航空戦力は縮小している。戦闘機や爆撃機の各国別保有数を示した下図からわかるように、多くの国々が戦闘機を大幅に減らしてきた。米空軍の戦闘機の場合、冷戦終結から2022年までの間に、4321機から約1420機に減少したとの推定まである。

この背後には、航空機や搭載兵器は格段に強力になっているため、一定数の目標を攻撃するには、それほど多くの航空機は必要ないという論理がある。


図 戦闘・地上攻撃用戦闘機の数の推移
(出所)https://www.economist.com/international/2024/12/19/is-the-age-of-american-air-superiority-coming-to-an-end

 

「知られざる地政学」連載(71):有人戦闘機不要論(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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