「知られざる地政学」連載(72):アルコール飲料とがんリスク:テレビCMは停止、ラベル表示は義務づけよ!(上)
国際
2月2日に講演をする。そこで、日本のマスメディアが腐り切っているという話をしようと考えている。その代表的例として、アルコール飲料をめぐる規制と報道について論じたい。今回は、この規制をめぐって、世界各国を比較することで、「人間の安全保障」という大切な分野において、いかに日本が絶望的な状況にあるかについて論じてみよう。「人間の安全保障」もできずに、「国家の安全保障」を論じているバカバカしさに気づいてほしいのだ。
アルコール飲料とがん
アルコールは予防可能ながんの主要な原因であり、アルコール飲料にはタバコと同じように警告ラベルを貼るべきだと、米国のヴィヴェック・マーシー医務総監が1月3日に述べた。彼はXにおいて、「本日、私は、アルコール摂取とがんリスク増加の因果関係についての医務総監勧告を発表する」と書いた。さらに、「アルコールは、米国における予防可能ながんの原因の第3位であり、毎年約10万人のがん患者と2万人のがん死亡の原因となっている」と指摘している。
医務総監は米政府の公衆衛生政策を統括する立場にある。警告表示の義務づけには米議会の承認が必要となる。業界の反対も予想され実現は不透明だが、飲酒規制をめぐる議論に一石を投じそうだ。
Xに添付された報告書「アルコールとがんリスク」には、「科学的証拠は、アルコール摂取と、少なくとも7種類のがん(女性における乳がん、大腸がん、食道がん、肝臓がん、口腔、喉、声帯など)との因果関係を示している」としたうえで、「アルコール摂取量が増えるほど、がんのリスクも高まる」と記されている。
米国人の認識
報告書によれば、2019年の調査では、アルコール摂取ががんのリスク因子であると認識している米国人は45%であったのに対し、放射線被曝のリスクについては91%、タバコの使用については89%、アスベスト被曝については81%、肥満については53%が認識していた(下図を参照)。さらに、がんリスク因子としてのアルコール摂取に対する国民の意識は、「アルコール摂取とがんリスクとの関連を示す証拠が増加しているにもかかわらず、約20年間、実質的に改善されていない」という。だからこそ、アルコール飲料とがんとの関係をラベル表示にしっかりと書き、警鐘を鳴らすべきだというのである。
図 がんリスク要因に対する18歳以上の認識度合い(%)
(出所)Alcohol and Cancer Risk: The U.S. Surgeon General’s Advisory, 2025, The U.S. Surgeon General’s Advisory, 2025, p. 6.
米国では、合衆国法典第27編第215条に従い、現在、米国で販売されるすべてのアルコール飲料には、以下の健康警告ラベルを貼付することが義務づけられている。
「政府による警告:(1)米国公衆衛生局長官によると、女性は妊娠中はアルコール飲料を飲んではならない。これは、先天性欠損症のリスクがあるためである。(2)アルコール飲料の摂取は、車の運転や機械の操作に支障をきたし、健康問題を引き起こす可能性がある。」
ただし、このラベルの文言は、1988年の導入以来変更されていない。この文言を変更する権限は議会にあるから、今後、法制化を待ってラベル表示を変更し、アルコール飲料とがんリスクについて人々に周知するようにしなければならないというのである。
知られていたアルコール飲料の怖さ
世界保健機関(WHO)のがん専門機関である国際がん研究機関(IARC)は、アルコールをグループ1の発がん性物質に分類している。グループ1には、タバコ、アスベスト、ホルムアルデヒドなどとともに分類されており、これはIARCによる分類で最も高いレベルであり、「ヒトに対して発がん性があるという結論を導くのに十分な証拠がある」場合の IARC による分類の最高レベルである。
このIARCによる分類は、1987年に公表された「ヒトに対する発がんリスクの評価に関するIARCモノグラフ第44巻」においてなされた。同年10月13日から20日までフランスのリヨンで開催されたIARC作業部会の見解と専門家の意見を反映したものである。
世界がん研究基金/米国がん研究所(WCRF/AICR)も、アルコールとがんとの関連性を示す証拠を「確実: リスクを高める」という、やはり最高ランクの評価を与えている。その報告書は、2018年に公表された。
米国の場合、2000年の米国食生活指針ではじめて言及された。2016年には、アルコール、薬物、健康に関する公衆衛生局長官の報告書で、アルコールの誤用が7種類のがんに関連していることが指摘された。2020年版「食事摂取基準勧告委員会」の報告では、男性に対する推奨値の強化が正当化されたが、「食生活指針2020-2025」の最終的なガイドラインが作成された時点では、男性については1日2杯までの適度な飲酒は許容範囲であるというアドバイスに変更はなかった。
喫煙から禁煙までの長い道のりを思い起こせばわかるように、禁酒を促すような動きに対して、猛烈な抵抗が存在する。その結果、アルコール飲料の危険性に対する認識が広まるには多くの時間を費やしてきたことになる。
WHOによる警鐘
それでも、世界保健機関(WHO)はアルコール摂取そのものについて明瞭な警鐘を鳴らしてきた。『アルコールと健康に関する世界現状報告2018』では、「アルコールの有害な使用は、世界の人々の健康にとって主要なリスク要因のひとつである」と指摘されている。同じ年、医学誌『ランセット』には、「どの程度の飲酒でも健康は増進しない」が掲載された。1990年から2016年までの期間を対象とし、195の国と地域についての2016年の「疾病負荷、傷害、およびリスク要因研究(GBD)」による系統的分析によって、「アルコールが世界的に死亡、障害、不健康に及ぼす影響が、これまで推定されていたよりもはるかに大きく、重大であることを明確に示している」と書かれている。
WHOは、2022年12月、「健康に安全なアルコール摂取量というものはない」を公表した。そこには、「アルコール摂取量が増えるほど、がんを発症するリスクも大幅に高まる」と明記されている。「入手可能な最新のデータによると、WHO欧州地域におけるアルコールが原因で発生したがんの半分は、「軽度」および「中程度」のアルコール摂取、すなわち、ワインなら1.5リットル未満、ビールなら3.5リットル未満、蒸留酒なら450ミリリットル未満の摂取によって引き起こされている」とも記されている。「リスクは最初の1滴からはじまる」(Risks start from the first drop)という、印象的な見出しまである。
2023年1月には、『ランセット』において、論文「低レベルの飲酒に伴う健康リスクとがんリスク」が公表された。「アルコールのもつ発がん作用が人体に現れはじめる特定の閾値の存在を示す証拠はない。そのため、がんや健康にとって安全なアルコール摂取量は定められない。アルコール摂取者は、アルコール摂取に関連するがんやその他の健康障害のリスクについて客観的に知らされるべきである」と指摘されている。
なお、アルコールとがんとの関係については、WHOのIARCによってつぎのように説明されている。
「発がん性のもっとも有力な証拠は、エタノールのアセトアルデヒドへの代謝である。 摂取すると、アルコール飲料の主要アルコールであるエタノールは直ちにアセトアルデヒドに変化する。 アセトアルデヒドは遺伝毒性があり、特に上部消化管(頭頸部、食道)でDNA損傷を引き起こし、発がん性突然変異を引き起こす。 アルコール摂取はまた、酸化ストレスを誘発し、葉酸の代謝を変化させ、性ホルモンに影響を及ぼし、DNAメチル化を変化させるというエピジェネティックな影響を及ぼす。さらに、アセトアルデヒドは腸内細菌叢の構成を変化させ、腸管透過性をもたらす。 その結果、炎症が誘発され、がんのリスクを高めることが知られている。」
アルコール摂取を止めると、つぎのようになる。
「まず、アルコール摂取を中止すると、気道および消化管上部、結腸におけるアルコール関連のアセトアルデヒドが急速に減少して排除される。つぎに、慢性的な大量飲酒の場合、アルコール摂取を中止すると、数ヶ月から数年で血球中のDNA損傷が減少し、口腔内のアセトアルデヒド-DNA付加体の形成が急速に減少または排除される。第三に、アルコール使用障害を持つ人々においては、アルコール摂取の中止により、アルコールに関連する腸管透過性の亢進と微生物の移行が逆転する。したがって、アルコール摂取量の減少により、最終的にがんにつながるアルコール関連の生物学的変化が減少すると推測できる。」
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。