【モハンティ三智江のフィクションワールド=2025年1月7日】河宰類(かさい・るい)と再会したのは、それから3年経った1969年のことで、やはりフランス・パリでだった。画壇の芥川賞とも言うべき安井賞を、人間の闇を見つめた具象画で見事射止めたばかりで、才能が認められたこともあったのだろう、3年前の貧乏画家の風采が嘘のように自信に満ちたものに変わっていた。

派手な縞柄の上着に紫色のネクタイを締め、白髪混じりのもみあげにレイバンのサングラスを引っ掛けて、お洒落なパリジェンヌをも振り返らせるほどのダンディぶりだった。

ムッシュが既にパリを引き払っていたのを幸い、私と弓子2人だけをカフェに誘い出した男は、開口一番、
「あのとき、君たちがくれたチキンラーメンのおかげで生き延びたんや。ほんまに助かったで。ふやかせてちょっとずつ食うて3日持たせたんもんやった、おおきに」
と軽口に紛らわせて礼を言い、照れ臭そうに私たち2人をその夜のディナーに招待した。

弓子が先に口を開き、
「河宰さん、今夜はご招待にあずかり、ありがとうございます。せっかくなんですけど、生憎、私は先約があって・・・アンナと2人だけでどうぞお出かけください」
と丁寧に辞退した。気を利かせたつもりらしく、私をちらりと盗み見ると、下を向いて悦に入ったようにほくそ笑んでいる。

そもそも、河宰類はやばいから近づくなと警告したのは弓子だったのに、どういう風の吹き回しか、今回はキューピット役になってくれるつもりらしかった。恋愛感情はなくとも、傍から見ても、河宰類は魅力的な好男子だったし、貧乏画家からの昇格が、女友達の反発を和らげ、公認へと変えたようだった。

それに、彼女は私が河宰類を被写体と見て、ひとかたならぬ興味を抱いていることを同業の嗅覚の鋭さで嗅ぎつけてもいた。私が撮った彼の作品を、それまでほかの写真に関してはけなすばかりだったのが、よく撮れていると、初めて褒めてくれたのだ。河宰類の絵画は、あんたしか撮れない、思い入れが違うと降参したように投げて。腕のいい女流カメラマンの先駆者にそんなふうに褒められることは、名誉なことだった。

男は上辺(うわべ)は残念そうに振る舞いながら、内心は、私と2人きりになれることを喜んでいるようだった。飲みかけのエスプレッソを一口すすると、
「それは残念やなあ。ほな、アンナと2人で行くわ」
「ええ、そうなさってください。私はまたの機会にご一緒させていただきますから」
レジでは、もうムッシュの懐に頼ることなく、安井賞受賞の新進画家は札束で膨れ上がった革財布を上着のポケットから取り出すと、チップを弾んで支払った。

その夜、シャンゼリゼ通りの高級レストランにエスコートした男は、黒と白の千鳥格子のジャケットに赤い薔薇模様のネクタイと、長身の体躯にびしっと決まった惚れ惚れする好漢ぶりだった。

普段はジーパンとボーイッシュな恰好を好む私も弓子から借りた黒革のジャンパーと対のミニスカートで決めて、男を喜ばせた。男は私の足がすらりと長いことを常々、手紙でも口を極めて褒めそやしていたのだ。

食後、私たちは凱旋門まで散策し、セーヌ河のほとりで、周囲に群れる恋人たちに混じって同様にキスを交わした。自然な流れでその夜はベッドを共にすることになった。

翌朝、サクレクール寺院を見下ろす瀟洒なホテルで、ダブルベッドに仰向けになってジタンをくゆらせていた男がぽつりと呟いた。
「スペインに行ってみたいな」

裸の胸にシーツを引き寄せた私は、
「スペインなら、弓子と行ったことがあるわ。マドリッドは私の気に入りの街よ、よかったら、案内しましょうか」
と申し出ていた。
「そいつはありがたい、アンナと一緒なら、楽しい旅になりそうやな」

2日後、私たちはマドリッドに発った。思いつきのような3泊4日の駆け足旅行だったが、実に楽しくて、私たちの絆がさらに深まるきっかけとなった。

男が帰国したあとも、頻繁に文通を交わし、交際は続いていた。男は、原稿用紙を便箋代わりに使って、マス目から万年筆の文字がはみ出さんばかりの勢いで長い文をしたためるのが常だった。亡父が名の通った新聞の論説委員だったせいもあろう、血は争えず巧みな文章で、作品の進み具合や、個展の予定をはじめ、新聞に論評された自作の関連記事なども同封してきたりした。

そうするうちに、内容はどんどん求愛じみたものに変わり、
「スペインであなたと一緒に暮らせないだろうか。僕は奥さんとですら、長く暮らしたことがないから、できるかどうかわからないけど。あなたとなら、うまくやっていけそうな気がする。もし同意してくれるなら、何か贈り物をしたいのだが、欲しいものがあったら、遠慮なく言ってくれ」
とプロポーズしてきた。

30歳を目前にしていた私は、このまま河宰類と深入りしていいものか迷っていた。が、夫婦関係は破綻し、別居中と聞いていたし、結局海とも山ともつかぬ男との同居に賭けてみることにした。被写体としての河宰類を撮り続けるライフワークを通して、私は男の暗さがどこから来るものか、突き止めてみたかったのだ。

愛用のニコンを引き寄せると、とっさにファインダーを覗く。レンズの向こうに、河宰類の翳りを帯びた美しい横顔が幻のようによぎり、それにかぶさるごとく孤愁の滲む自画像、双眸が空洞と化して白く光る、魂をえぐり取られるような暗色のデッサンがダブった。私はその幻影を追うように、逃すまいと意図せずして空シャッターを切っていた。
(「フィクションワールド」はモハンティ三智江さんがインドで隔離生活を送る中、創作活動にも広げている続きで、「インドからの帰国記」とは別に、短編など小説に限定して掲載します。本人の希望で画像は使いません)

「モハンティ_デーモンの肖像(中編小説5)| 銀座新聞ニュース」の転載になります。