「知られざる地政学」連載(73):グリーンランドをめぐる地政学(上)
国際
拙著『帝国主義アメリカの野望』では、帝国主義について、本の出だしにおいてつぎのように記しておいた。
「アメリカ合衆国は「帝国主義」の国である。こう書くと違和感をもつかもしれない。だが、アメリカは事実として、いわゆる帝国主義的ふるまいをつづけている。アメリカだけではない。中国も欧州連合(EU)も、自国および自国に属する企業などの影響力をより強めることで、国家とそれに属する企業の利益拡大をはかっている。こうした動きを意図的に推進する国を「帝国」と呼ぶとすれば、アメリカ、中国、EU、ロシア、日本も帝国であり、帝国主義的なふるまいをしていることになる。」
この帝国主義的ふるまいとして、現在、脚光を浴びているのがドナルド・トランプ新大統領が打ち出したグリーンランドとパナマ運河地帯をアメリカに併合するために軍事的・経済的圧力を行使することを辞さないという方針だろう。とくに、北極圏に位置するグリーンランドは地政学上の重要拠点であり、本連載においても無視できない(図1と図2をみれば、その重要性は一目瞭然だろう)。そこで、今回は米国によるグリーンランド併合をめぐって論じてみたい。
図1 北極圏とグリーンランド
(出所)https://www.economist.com/finance-and-economics/2025/01/08/an-american-purchase-of-greenland-could-be-the-deal-of-the-century
歴史的変遷
面積211万7000平方キロメートルのグリーンランドは、世界最大の島であり、米国の約4分の1の面積である。グリーンランドは1953年、デンマークに編入された自治領だ。デンマーク議会に2人の代表、独自の議会に31人の代表を選出している。デンマークは、防衛、安全保障、国際問題の一部の管理を維持している。1979年、グリーンランドは国内問題に関する限定的な自治権を獲得し、独自の議会を設置した。5万6000人のグリーンランド人の大半はイヌイットで、カナダやアラスカにも住む民族グループの一員である。グリーンランド語はデンマーク語とは全く異なる。多くの人々は、西ヨーロッパとは全く異なる文化や信念体系に従っている。また、米国やその他の地域の先住民と同様に、彼らは長い間不平等に扱われてきた点も忘れてはならない(後述)。
なお、NYTによると、それから30年後、デンマークはグリーンランドの自治権を拡大し、その合意事項により、グリーンランド人は独立の是非を問う住民投票を実施する権利を得た。まだ住民投票が実施されていないのは、グリーンランドが医師、看護師、教師など多くの専門職サービスや年間5億ドルの補助金についてデンマークに大きく依存しているためとみられている。
ただし、逆に言えば、米国のような「後ろ盾」があれば、独立できる可能性もあるし、独立後米国に編入する道を選ぶことも可能だ。
グリーンランドが近年注目されている背景には、第一に、コバルト、銅、ニッケルなどの豊富な鉱物資源の存在がある。第二に、気候変動により氷が溶け始めているため、海運、エネルギー、その他の天然資源、さらには軍事行動の舞台として激しい争奪戦が繰り広げられている北極圏に新たな航路が開かれようとしていることもある。
中国の接近
中国は以前からグリーランドの稀少鉱物や水産資源に目をつけていた。2016年9月、中国の盛和資源(Shenghe Resources)の子会社が、グリーンランド島南部のレアアースおよびウランプロジェクト「クヴァネフィヨルド(グリーンランド語ではクアンナスィット)」のオーストラリアにおけるライセンス保有者であるグリーンランド鉱物・エネルギー(GME)の株式を取得することが明らかになった。同年12月に完了したこの買収により、盛和はGMEの12.5%の株式を取得し、非常勤の取締役を任命することが可能となった。重要なのは、この契約では、プロジェクトが採掘許可を取得した時点で、盛和は株式を60%まで増やすことができると記載されていることだった。
グリーンランドでの鉱物プロジェクトの開発に焦点を当てた、オーストラリアを拠点とする探査および開発会社エネルギー・トランジション・ミネラル(Energy Transition Minerals Ltd)(旧名:Greenland Minerals Ltd)という会社がある。その筆頭株主は盛和だが、同社によるグリーンランドのレアアースプロジェクトは、長期にわたる法的な争議により頓挫しているという(2025年1月9日付の情報を参照)。
同じ資料によると、グリーンランド南部のプロジェクトを手掛ける、非公開企業タンブリーズ・マイニングのCEO、グレッグ・バーンズは、2024年、ニューヨークに拠点を置くクリティカル・メタルズにタンブリーズを現金500万ドルとクリティカル・メタルズ株2億1100万ドル相当で売却したが、その過程で、米国政府関係者から、「北京関連のバイヤーに大規模な鉱床を売却してはならない」というメッセージを繰り返し受けたという。
第一次トランプ政権
第一次トランプ政権時代の2018年4月24日に実施されたグリーンランド議会選で、独立派の中道左派の与党シウムット党が最多得票した。より急進的な独立支持政党も健闘した。実は、こうした独立運動の背後には、中国政府がいると考えられている。習近平国家主席が「氷上シルクロード」構想を明らかにしたのは、2017年のロシア訪問の旅だった。プーチン・習会談で習は氷上シルクロード構想を提示し、両国は北極海航路開発における協力推進で合意したのである。
その後、2018年1月になって、中国政府は初めてとなる北極政策文書『中国の北極政策』を公表する。この延長線上で、中国ではグリーンランドを親中国家に仕立て上げる計画が浮上しているとの見方が生まれるようになっている(石原敬浩著「グリーンランドを独立させて親中国家に…中国が密かに進める「氷上シルクロード」構想の恐ろしさ」を参照)。
こうした動きに警戒感を強めたトランプは2019年8月18日になって、突然、記者団に対して、グリーンランドを購入する可能性を探るよう政権に要請したことを認め、「本質的には大規模な不動産取引だ」との見解を示した。
このときには、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相が島の購入のアイデアは 「ばかげたこと 」だと語ったため、トランプは「メッテ・フレデリクセン首相がグリーンランド購入について議論することに興味はないとコメントしたことから、2週間後に予定していた会談は別の機会に延期することにする」とツイートし、この話は頓挫した。
なお、グリーンランドの購入を提案したアメリカ大統領は、トランプがはじめてではない。第二次世界大戦後、ハリー・S・トルーマン政権はデンマークから1億ドルでグリーンランドを購入することを提案した。戦時中、米軍はグリーンランドに駐留していたが、これはドイツが攻めてきた場合に大陸を守るためだった。
2020年4月23日、デンマークと米国の当局者は、グリーンランドに領事館を開設し、1200万ドルの開発援助金を北極の島に提供すると共同発表した。同日付の「ワシントン・ポスト」によると、当時の段階で、「すでに10数カ国がグリーンランドに領事館を設置していた(ほとんどはヨーロッパ諸国であるが、韓国やカナダも含まれていた)」という。米国は第二次世界大戦中にナチスドイツの侵攻を防ぐ一環として、1940年から1953年までグリーンランドの首都ヌーク(人口1万8000人)に外交使節団を置いていた。
「知られざる地政学」連載(73):グリーンランドをめぐる地政学(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。一連のウクライナ関連書籍によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞。 著書:(2024年6月に社会評論社から『帝国主義アメリカの野望:リベラルデモクラシーの仮面を剥ぐ』を刊行) 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。