「知られざる地政学」連載(75):フジテレビ報道は日本のマスメディアの「腐敗」そのものである(下)
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具体的な情報操作
最近の情報操作を以下に例示しておきたい。日本のマスメディアは米国のメディア以上に、ゼレンスキー擁護派、すなわち戦争継続派らしいから、これから紹介する情報操作について知っている日本人はほとんどいないはずだ。フジテレビもNHKも戦争継続に向けた偏向報道をつづけている。そして、日本国民を騙しているのである。
①バイデンによる制裁の最後っ屁:連載(74)に書いたように、バイデンは1月15日の大統領命令によって対ロ制裁企業を再指定することで、制裁解除を難しくした。つまり、プーチンとの交渉において、制裁解除を難しくすることで、トランプ政権が譲歩したくてもできないようにしたわけである。しかし、この事実を真正面から論じたマスメディア報道は、私の知る限り、日欧米には存在しない。
②脱走兵の急増による第155旅団崩壊:前述した拙稿「【報じられない真実】3年目の新年、すでにウクライナ戦争の勝負は決している!」において、AP通信が11月29日に伝えたところによると、ウクライナ検察当局からの情報として、「2022年2月のロシアの侵攻以来、10万人以上の兵士がウクライナの脱走罪で起訴されている」という話を紹介した。これに関連して、ドネツク州のポクロフスクを防衛にあたるはずの第155旅団が前線に到達する前に崩壊した事実についても書いた。その後、2025年1月16日になって、親バイデン派のThe Economistでさえ、「旅団の約3分の1に当たる1700人が無断欠勤し(一部は元の部隊に戻った)、50人がフランスで脱走した」と報じた。「第155旅団の費用は約9億ユーロ(9億3000万ドル)にのぼると言われている」とも記述されている。この大失敗は、西側の軍事支援そのものの問題でもあるのだ。
ウクライナの「キーウ・インディペンデント」は、ウクライナ地上軍司令官のミハイル・ドラパツィイは、1月6日の記者会見で、フランス軍の訓練を受けた第155旅団が「高い離職率や組織力の低さなど、重大な課題を抱えていることを認めた」と報じた。この旅団は約5800人の兵士で構成される予定であったが、フランスで訓練を受けたのは2000人にも満たなかったという。パリが訓練と武器提供の約束を果たしたにもかかわらず、ウクライナのメディア Censor.net の編集長であるユーリ・ブツォフによる調査では、この旅団の創設と管理に問題があったことが指摘されており、「発砲前に1700人の兵士が部隊から無断離隊した」と書かれている。
1月23日には、第155旅団の元司令官も拘束され、その翌日から裁判がはじまったという情報も報じられた。
これほどの「大事件」であるにもかかわらず、日本の主要マスメディアは時事通信や共同通信が配信したにもかかわらず、26日現在、無視をつづけている。どうだろう、性根が歪んでいると言えまいか。そもそも、防衛研究所や元自衛隊の幹部を登場させて報道してきた内容はきわめていい加減であり、誤報の連続であったと私は考えている。
③ウクライナ空軍の崩壊:脱走兵の急増は、ウクライナ兵士の不足に呼応している。それは、空軍の壊滅的状況をもたらしている。「キーウ・インディペンデント」は、「空軍から地上軍への約5000人から6000人の兵士の移籍は今年1月に始まった」と報道している。「ウクライナ・プラウダ」は1月14日付で、最高司令官オレクサンドル・シルスキーからの人員移籍に関する最新の命令が1月11日に空軍部隊に届き、「5000人以上の兵士が陸軍に移籍することになった」と伝えている。1月16日付の「キーウ・インディペンデント」は、「「不条理な現象」-ウクライナ空軍弱体化という脅威をもたらす人員問題」というタイトルの記事のなかで、14日に公開された動画のなかで、兵士が明らかにした話を伝えた。この時点までに、ウクライナ軍司令部は、ビデオ公開時点で218人の専門家を歩兵部隊に異動させようとしており、それより前に、すでに250人が異動したというのである。
これは、せっかくコストをかけて訓練した専門の知識や技能を有する空軍兵士の能力を陸軍に投入することで、空軍の能力を低下させる一方で、陸軍は数合わせに走るだけという、いまのウクライナ軍の末期症状を示している。
④ポクロフスク近郊のコークス炭鉱の喪失:この結果、ウクライナの粗鋼生産は半分以下に減少すると予測されている。粗鋼はウクライナの主たる輸出品だから、これにともなう経済損失は計り知れない。私がこの問題を取り上げたのは、1月2日に公表された前述の記事だったが、NYTも1月15日になって、「ウクライナの重要な炭鉱における最後の抵抗の内幕」という記事をようやく掲載した。日本の主要マスメディアはこの情報も無視を決め込んでいる。いかに、戦争継続派が多いかを物語っている。
⑤沿ドニエストルなどの政情悪化:ゼレンスキーは、2025年1月1日に契約切れとなった、ロシア産ガスをウクライナ経由でモルドバやスロバキアなどに供給してきたガスパイプラインの輸送契約を意図的に延長しなかった。ウクライナと国境を接する西部地域の政情を不安にすることで、ウクライナ戦争の終結をわざと難しくするという、露骨な瀬戸際政策をとったのである。その結果、未承認国家沿ドニエストルへのガス供給も不可能となり、同地域は困難な状況に陥っている。
この問題は複雑なので、別の機会に詳述する計画だが、いずれにしても、この瀬戸際政策をとったゼレンスキーを非難しないのはあまりにもおかしい。それどころか、ロシア側がガスを送らなくなったことに問題の所在があるかのような報道がなされている。
⑥ウクライナの根深い腐敗:ウクライナの腐敗ぶりがまた報道されないままになっている。今回問題となったのは、国防省管轄下の国防調達庁の長官の任期延長をめぐって国防相が行った人事である。
そもそも、ウクライナには腐敗が蔓延している(詳しくは拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』[119~137頁]を参照)。国防省については、過去2年間、卵から冬用コートまで、高値で物資を購入する汚職スキャンダルで何度も世間の注目を浴びてきた。オレクシー・レズニコフは2023年9月に腐敗問題を背景に国防相を更迭された。後任となったのは、国有財産基金長官だったルステム・ウメロフだ。今度は、そのウメロフが矢面に立たされているのである。
何が起きたのか。ウメロフは2024年1月、国防調達の改革を主導する人物としてマリーナ・ベズルコワを防衛調達庁長官に登用した。彼女は、国防省と軍事企業との直接取引を拡大し、仲介業者を排除することで仲介手数料を削減し、癒着の防止につなげようとした。その結果、下図に示したように、着実に国防調達はより透明で効率的なものになりつつあった。
このため、同庁の監督委員会は2025年1月22日、ベズルコワの契約延長に合意した。ところが、ウメロフ国防相は24日、ベズルコワの契約を更新しないと発表した。その理由として、同氏は不十分な成果を挙げたが、この決定に対する反発が起きている。25日には、議会反汚職委員会の委員長アナスタシア・ラディナはベズルコワ長官を解任したウメロフ国防相に辞任を促した。こうした混乱が起きているウクライナにおける「腐敗」の実態を知る日本人はほとんどいないだろう。
ウクライナ防衛調達庁のデータに基づく総調達に占める契約者別構成比(%)
(出所)https://kyivindependent.com/ukraines-weapons-procurement-clean-up-at-risk-as-defense-minister-moves-to-undermine-reform/
なお、1月27日の午前中に、私の運営する「21世紀龍馬会」のサイトに、「「100日間和平計画」の全容をめぐって:「ストラナ―」報道の紹介」という記事をアップロードしておいた。日本のマスメディアのうちどれほどのメディアが、この連載が公表されるであろう2月2日までに、この問題を紹介するか楽しみにしている。2月2日には、杉並区梅里区民集会所で小さな講演会を開催するから、そこでこの話を取り上げたいと考えている。
放送法違反
放送法第四条では、「放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない」としたうえで、「一 公安及び善良な風俗を害しないこと」、「二 政治的に公平であること」、「三 報道は事実をまげないですること」、「四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」とされている。
フジテレビの報道が政治的公平性に欠けていることは周知の通りであると思う。櫻井よしこを頻繁にテレビ番組に起用するのは、政治的偏向につながる懸念がある。どうにも気になるのは、彼女の日本国優先の姿勢である。
私が受賞した「岡倉天心記念賞」の岡倉天心は決して国粋主義者ではなかった(ついでに書いておくが、1月26日の授賞式で、拙著『帝国主義アメリカの野望』が評価されたことを初めて知った。『ウクライナ3.0』をはじめとする一連の著作と言われていたから、少しだけ驚いた)。岡倉は、アジアという視点からものごとを見渡したのであり、日本だけに焦点を当てたわけではない。
テレビ局は、報道番組の制作に際して、もっと多様な視点を大切にしなければならない。たとえば、BS・TBSはパトリック・ハーランという芸人を多用している。彼は、米民主党支持者であり、トランプをさんざん批判してきた。日本語が話せるだけの政治的に偏向した人物ばかりをテレビに出すのは明らかにおかしい。政治的公平性が担保できないからである。
フジテレビは、「報道は事実をまげないですること」という条件にも適合していない。私が指摘した誤報がまさに事実をまげた報道そのものである。ほかにも、事実を隠すことで、事実をまげないまま騙す報道がまかり通っている。これは、フジテレビだけでなく、すべてのテレビ局に当てはまる大問題だろう。この連載の前半に書いたように、重大な価値ある情報に蓋をすることで、国民を騙しているのだから、日本のすべてのテレビ局は放送法の立法趣旨から明らかに逸脱していると指摘しなければならない。
「WOKE」批判
最後に、米民主党を批判するために、米共和党が言い出した「WOKE」(目覚めた活動家)批判についてふれておきたい。
いま、『思想の地政学』(仮題)を書くために、WOKEについて調べている最中だ。このため、ここでは多くを語りたくても語れない。ただ、このWOKEが「行き過ぎた目覚め人」に対する批判としては有効であると考えているという点だけ書いておきたい。
ウクライナへの全面戦争を開始したプーチンはたしかに「悪」である。だが、だからといって、ウクライナは決して「善」ではない。ところが、ウクライナは善であり、ウクライナを全面支援することもまた善であるかのような論調をWOKEはつくり上げてしまった。要するに、冷静な議論がWOKEによって封じ込められてしまったのだ。明らかに「行き過ぎ」なのである。
私の印象では、日本の主要マスメディアによる封じ込めがもっとも強固であるように思える。なぜなら、ここで紹介したように、ウクライナや米国にとって好ましくない情報が隠蔽されているからである。それは、ウクライナ戦争の継続を当然視する論調を生み出し、好戦派に有利な状況をつくり出している。
こうしたWOKEには、自民党議員だけでなく、立憲民主党や共産党の議員にも該当者がたくさんいる。たとえば、2014年のウクライナ危機に際して、論文を書いてくれといってきた「週刊金曜日」は、2022年2月以降、私にウクライナ戦争の記事を書いてくれとまったく接触してこない。
ただ、WOKEのなかにも、誠実に生きようとする人がたくさんいるはずだ。それなのに、なぜか、狭量な見方のなかに閉じ籠る者が多い。彼らもまた、日本の主要マスメディアが重要な情報を無視し、国民大多数を無知な状況に放置しようとする策略の犠牲者なのだろうか。
フジテレビの不祥事を機に、マスメディアの不誠実に気づいてほしい。すべてのテレビ局が不誠実な状況にあることを知れば、少なくとも騙されにくくなるだろう。WOKEはもう一度、目覚めてほしい。
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義ロシアの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。