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「知られざる地政学」連載(79):腐敗をめぐる地政学(下)
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CPIの発表
2月12日、腐敗防止監視団体トランスペアレンシー・インターナショナルが毎年公表している、2024年の「腐敗認知指数」(CPI)が発表された(図1を参照)。CPIは、公共部門の腐敗に関する専門家や実業家の認識に基づいて各国を評価するもので、賄賂、公的資金の流用、汚職事件の有効な起訴など、さまざまな指標を考慮している。世界銀行、世界経済フォーラム、民間リスク・コンサルティング会社、シンクタンクなど、13の外部情報源から収集したデータを活用している。
図1 色の濃いほどCPIが低く腐敗が深刻である(2024年)
(出所)https://www.transparency.org/en/cpi/2024
結果をみると、デンマークが最新の汚職認識指数でトップに立ち、もっとも汚職が少ない国として100点満点中90点というスコアを獲得した。以下、フィンランド、シンガポール、ニュージーランド、ルクセンブルクがつづいた。米国は、65点で28位であった。なお、日本は71点で20位だった。
興味深いのは、米国のCPIが急速に悪化している点である。2012~2024年までのCPIの推移を示したのが図2である。その理由には、さまざまな要因が考えられる。たとえば、2024年で言えば、5月、最高裁判事のクラレンス・トーマスは、自身の司法判断や億万長者からの豪華な贈答品の受け取りに関する厳しい質問に直面した後、彼と彼の妻は 「悪意 」と 「嘘 」に耐えてきたと語り、顰蹙をかった(NYTを参照)。
図2 米国のCPIの推移(2012~2024年)
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2025/02/11/global-corruption-index-united-states-courts/
実は、2月10日、司法省がエリック・アダムス・ニューヨーク市長に対する起訴を棄却した。この背後には、トランプの弁護団の一人であり、昨年ニューヨーク州で開かれた刑事裁判でトランプ氏を弁護していたエミール・ボーヴェ3世(Emil Bove III)がいる。ボーヴェはマンハッタンの検察官にアダムスに対する訴訟を取り下げるよう命じていたのである。これを受けて、連邦検事は取り下げ命令に従うことを拒み、辞任した。司法省高官が汚職事件を監督するワシントンの公共誠実課に事件を移管しようとしたところ、この課を率いていた2人の職員も辞任した。
アダムスは2024年9月に起訴されて以来、トランプの寵愛を受けてきた。フロリダにある大統領の邸宅や大統領就任式で敬意を表した。この忠誠は報われ、アダムスはトルコ政府高官から賄賂を受け取ったという疑惑をめぐり、4月に予定されていた裁判を免れた。
こうなると、贈収賄を取り締まる刑法はもはやないのかと思えてくる。
世界でもっとも腐敗した国アメリカ
先に紹介したCPIは必ずしも各国の腐敗状況を把握しているわけではない。そもそもかなりいい加減な指標にすぎない。それでも、多少なりとも、各国比較をするうえで役立つから、私も自著のなかで何度も紹介してきた。だが、本当はCPIはきわめて重要な事実について無視を決め込んでいる。それは、金権政治の蔓延する米国こそ「腐敗天国」であるという視角である。
たとえば、ハーバード大学の憲法学者ローレンス・レッシグは、ロビイストによって選挙運動資金を集めるシステムが出来上がり、結果としてロビイストと政治家との関係が腐敗していることを慨嘆している。ロビイストは、政治的な寄付が直接、立法上の結果(議決における投票行動など)を買った、「お返し」(quid pro quo)であるという証拠を消すために、議員との間で、日常的な接触を行う。いわば、贈与と返礼による互酬関係を日常的に構築して、特定の「お返し」を隠すわけである。そうすれば、賄賂への「お返し」として、ある政治的意思決定や政策決定をしたという「収賄罪」に問われにくくなるのだ(拙著『民意と政治の断絶はなぜ起きた』[29頁]を参照)。
このレッシグの指摘は、ハーバード大学の経済学者アンドレイ・シュライファーのつぎの指摘につながっている(A Normal country: Russia after Communism, Harvard University Press, 2005)。
「いくつかの国では、腐敗は合法化されている。なぜかというと、賄賂という言葉が使われていないからである。たとえば、米国では、政治家は好意と交換に運動寄付金を受け取っているのだが、それは他国では賄賂をもらうことである。」
そんな国がいま、トランプ政権のもとで、ますます腐敗を謳歌しようとしているようにみえる。おそらく、それは外国にも影響をおよぼすだろう。
日本の腐敗
日本の場合、再び官僚の腐敗が目立つようになっている。だが、主要マスメディアの弱体化によって、官僚の腐敗を炙り出す作業がお粗末となっている。ただ、2月18日、東洋経済オンラインに「文科省から国立大へ「実質天下り」が高止まる実態 「現役出向」段階的に縮小の方針は守られず」という興味深い記事が公開された。「現役出向の中には、天下りと実質的に同じに見えるような事案が少なくない。以前、国公立大学への大量の現役出向が問題視された文部科学省について現状を調査すると、国からの補助金の配分額が多い旧帝国大学や筑波大学では、報酬が高額な理事職の特定ポストが、長年にわたって文科省からの50歳以上の出向者の「指定席」になっている実態が明らかになった」、と記事は伝えている。この「現役出向」とは、「官僚はあくまでも省庁に戻る前提で、所属省庁で受け持つ政策や補助金などの影響を受ける法人に一定の期間出向する」ものだ。
記事は、「文科省への情報公開請求で過去10年分の現役出向者のデータを取得したうえで、各人のキャリアを調べた。その結果、文科省から国公立大学への出向者は毎年度、200人以上もいることが分かった」とも報じている。さらに、「しかも、50代半ばの官僚が国公立大学の理事に現役出向し、定年を迎える年度末の3月31日に1日だけ文科省に「大臣官房付」として復職して即日、定年退職するケースも目立つ」という。省庁が退職者の再就職を「あっせん」する天下りは国家公務員法で明確に禁じられているため、こんな手の込んだ脱法行為をしているのである。
こんな国民を欺くような人事を許していること自体、まったく理解できない。トランプ政権はいま、「政府効率化省」(DOGE)を通じて、教育省を潰そうとしている。これだけをみると、暴挙のようにみえるかもしれない。しかし、紹介した腐敗しきった日本の文部科学省の実態を知れば、こんな省は米国のように潰してしまっても何の懸念もないのではないかとすら思えてくる。一度、解体して、つくり直すほうがいいのではないか。
カネの急増する防衛省関連の部署の腐敗もひどい。「日経ビジネス」は、2月20日、「川崎重工裏金問題にみる防衛省OB 「天下り」に葛藤も」という優れた記事を公表した。川崎重工業による海上自衛隊潜水艦乗組員への物品提供に関連する不正は何と40年にもわたって行われていたと伝えている。架空取引によって2018〜2023年度の6年間で計17億円の裏金を捻出し、防衛省には修理契約に関わる下請けとの正規取引として報告していた、という。川崎重工の社員は裏金を使って、乗組員との飲食代や交際費にあてた。また、乗組員がゲーム機やゴルフ用品、腕時計といった物品リストを渡し、川崎重工の社員が購入する例もあった。乗組員は、元をたどれば防衛費から物品を得た形になる。つまり、収賄に近い。百歩譲って、「タカリ」である。
記事によれば、国内で潜水艦を製造できるのは、川崎重工と三菱重工業の2社のみであり、現在、海自の所有する潜水艦25隻のうち12隻が川崎重工製で、13隻が三菱重工製だ。防衛省は両社に交互に発注しており、他社が入り込む余地はない。定期的な検査や修理業務も両社が請け負う。ではなぜ、寡占市場で物品の提供や接待を行う必要があったのか。
記事は、「防衛産業には、防衛省や自衛隊OBが再就職し、両者のコネクションを強めてきた側面がある」と書いている。防衛省がホームページで公開している再就職状況によると、15年10月から24年9月にかけて、防衛省や自衛隊の管理職経験のある31人が川崎重工へ再就職している。
同じような腐敗の構造が他の防衛品をめぐっても存在する可能性が高い。そうであるならば、DOGEが目をつけているように、防衛関連費そのものに大ナタをふるう必要があるだろう。要するに、日本もまた米国並みに腐敗しているのに、それが明るみに出ないだけの国であるようにみえる。
(注1)ここで、拙著『官僚の世界史』(282~284頁)における記述を以下に紹介しておきたい。安全保障の問題は「気遣い」にかかわっており、安全保障を理由とする安易な議論は慎まなければならないことに気づいてほしいと思う。この記述は「結びにかえて」に記したものだから、いろいろな含意が込められている。熟読してほしい。
「最後の最後に、安全保障について考えてみたい。安全保障を意味する“security”は、ラテン語の“securus”(形容詞)ないし“securitas”(名詞)を語源とし、これらは欠如を意味する“se”(~がない)という接頭辞と、気遣いを意味する“cura”の合成からなっている。気遣いのない状態こそ安全を意味している。だが、気遣いのない状態は、気遣いなしには到達できないことに気づかなければならない。これは自由が不自由を意識できるところでしか意識化できないのとよく似ている。気遣いのない状態は気遣いという概念なしには語れないのである。気遣いと安全の関係に着目すると、「気遣いがあるから危険が立ち現れるのであり、また、危険が見出されるから、それへの気遣いが求められるのである」ということになる。これが安全保障問題を考察する際、もっとも重要な視角である。安全保障のための諸装置は、安全を脅かすある危険に対して、それを除去・否定する気遣いに傾斜することで、別の危険に対する気遣いへの配慮を忘れ、結局、その諸装置の安全が脅かされかねない。これを避けるには、気遣いを再帰的に繰り返し継続することが必要になる。
否定的な結果に対する気遣いこそ、人類の歴史そのものであると言えるかもしれない。ここで、「超自然的罰」(supernatural punishment)という結果への強迫観念が宗教を機能させてきた「歯車」であり、人間社会の統治という協力関係を可能にしてきたとするドミニク・ジョンソンの主張を紹介したい(Johnson, 2016, p. 238)。否定的結果は人類の生存に直結するからその影響力は絶大であった。人の可死性を克服するための不死の政治体として教会が生み出され、アウグスティヌスの「神の国」の発明によって、そこで人々は死後もなお共同体のなかに生き続けることが可能となった。
実は「自己への配慮」を意味する“epimeleia heautou”(ギリシア語)や“cura sui”(ラテン語)は、多くの哲学教義のなかに繰り返し見出される命令である(Foucault, 1984=1987, p. 62)。「自己への配慮」、「自己陶冶」といった課題こそ、人間が共同体で生きるための生活術の核心をなしていたのである。その裏返しとしての「他者への配慮」こそ、安全保障に直結した問題であったと言えるだろう。序章の註(5)で紹介した「ハラスメント賄賂」のような強要された贈賄が目立つ共同体では、同調しなければ、自己が属する共同体から白い目でみられたり、排除されたりする脅威が強く働いている。共同体の統治は暴力だけでなく宗教上の信仰心や国王や国家への忠誠心によって保持されているので、そうした統治に合わせることで自分の身の安全をはかろうとするところに賄賂が出現するのだ。その共同体の内部にあっては、賄賂が生きるための「配慮」、「気遣い」なのだが、外部からみると強要による腐敗と映るのだ。
贈物を贈るのは気遣いの象徴であり、返礼も同じだ。それを受け取るかどうかで敵、味方が区別されるにしても、それを一度だけの出来事にしてはならないのである。国家・組織・家庭、それを構成する人間の間で、ゆるやかで多層的な連帯や徹底した自由を求め、その過程で民主主義を鍛えあげることが気遣いの再帰につながり、反腐敗への足がかりにもなると信じたい。そのためには、多層な共同体に属している人間に立ち返ることが必要であり、それは共同体からの脱出、共同体を越えたところにある、「この私」という視角をときとして明確化することが求められている。」
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義ロシアの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。