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SouthernCrossさん茶話会「多民族国家シンガポールの光と闇 それは手本か反面教師か?」の聴講報告―移民とグローバリズムの問題を考えるきっかけに 嶋崎史崇
社会・経済国際去る2月25日(水)、ISFでの記事転載をきっかけにご縁ができたシンガポール・マレーシアを拠点とする経営者・コンサルタント、SouthernCrossさんの茶話会「多民族国家シンガポールの光と闇」が開催されました。木村朗編集長が不在の中、たまたまSouthernCrossさんとの連絡役を担っていた私が代理で仮の司会を務めました。
これまでの転載記事では、トランプ氏の交渉術の分析や欧州連合の抱える問題等、国際情勢についての独自の見解が光っていました。https://isfweb.org/columnist/southerncross/
ご略歴を転載します。
「1996年に現地採用者として単身シンガポールへ。シンガポール資本の会社2社で働き、2002年に永住権を取得。その後、シンガポール企業の日本駐在員として3年半勤務。任期終了後シンガポールに戻り2008年に起業。現在、自分自身のシンガポールの会社の代表を務めると共に、マレーシア企業での役員も務める。2023年にはシンガポールから橋一つ渡ったところにあるマレーシア・ジョホール州の経済特区イスカンダルプテリに在住する。シンガポール、マレーシアの二拠点生活をしています」
30年近いシンガポール在住・在勤経験を活かし、私たち一般の日本人が表面的にしか知らない旧英国領の都市国家(面積は東京23区程度)の実態、とそこから見えてくる日本の姿について、ご講演いただきました。
シンガポールは金融業が有名ですが、実は電子、化学、バイオメディカル、機械といった製造業も盛んです。総合的には、世界競争力ランキング上位の常連でもあります。
人口は2022年に約564万人であり、シンガポール国籍者・永住者は407万人で、残りは外国人であること。日本以上に少子化が進んだ国でもあります。
英語、中国語、マレー語、タミール語が公用語であり、かつて東南アジアを支配した欧州系の末裔もいる多民族国家であること。宗教は仏教、キリスト教、イスラム教、道教、ヒンズー教。また、そうした多文化・多人種・多宗教国家だからこそ、シンガポール人というアイデンティティーを大切にしていること。
(以上、外務省ホームページも参考にして再現。https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/singapore/data.html)
日本占領時代を経て、初代首相リー・クアン・ユーの下で1965年に実現したマレーシアからの分離独立は、決して積極的に望んだものではなく、国土面積も資源も人材も乏しい苦難の船出だったこと。
小国故に、10年ごとに数値目標を決めて明確な国家像を描いて、今日の知識集約型国家へと発展してきたこと。
コロナ禍では、航空会社の機内食を配達して売り出すほど、何でもカネに変える現実的な国民性。チャンギ空港発着の全機に機内食を提供している国内企業の雇用を少しでも守ろう、という考えが背景にあります。他には、1割程度しかない食料自給率を3割に引き上げる国家計画が進行中ですが、エディブルフラワーなど高く売れるものが栽培されがちだとのこと。
一度でも汚職した政治家は即失脚し、二度と復帰できないという厳しい政治風土―少なからぬ「裏金議員」が2024年衆院選で返り咲いた日本とは、大違いだと思います。
談合のない公正な入札制度や法整備。
「明るい北朝鮮」という不名誉なレッテル貼りは日本人特有であり、実は政府批判も盛んであること。自分たちの生活に影響することについては黙っていない国民性であり、決して従順一辺倒ではありません。ごみも路上に普通に落ちているとのことです。
小規模ながら空軍を中心とした独自の軍隊があり、男性は約2年の兵役があり、その期間中に一通り家事もできるようになること。
フランスに本社があるエアバスの拠点があり、しかも飛行機のエンジンのオーバーホールが唯一フランス国外で認められている。空港を単に旅客と貨物だけで終わらせず、骨太の収入源を確保していること。また、同じくフランスに本部があるインターポールのサイバー部門が設置されているほど堅固なサイバーセキュリティを実現していること。
小国故の生き残りへの危機感によって醸成された勤勉性と柔軟性。
講演で大きな部分を占めたのは、移民政策です―ISFではほとんど扱ってきていませんでしたが、重要な問題です。そもそもシンガポールで「移民」とみなされるのは、永住権取得者だけで、それが日本との大きな違いです。
能力や収入に応じて外国人労働者は五つ程度の資格に分類されており、工場や店舗で働く半熟練労働者は家族帯同不可で、厳しい制約がかかっていること。
例えば、教育費も家賃も日本より圧倒的に高いこともあって、共働きが普通であるシンガポールで多いメイドの出身国はフィリピン等一部に限定され、日本人等は別の職種での貢献が求められること。
独身男性はメイドを雇えない、メイドは定期的に検査を受け妊娠したら即強制送還される、といった徹底した管理体制には、曖昧な日本との違いを感じます。
就労ビザは個人ではなく企業に帰属しており、外国人が出国するにはそれまで得た収入に対する所得税を必ず全額納める必要があり、とりっぱぐれが全くないほど効率的であること。総じて罰金による行動管理が厳格であること。
「シンガポールのベストプラクティスは、高度人材を呼び寄せ定着させること」というのがSouthernCrossさんの総括です。彼女自身、20年ほど前にシンガポール政府から何度も、国籍取得の打診を受けましたが、祖国日本とのつながりを重視し、辞退しています。「シンガポールへの貢献が最も重視され、条件を満たせば充実した医療費補助や個人別年金制度も提供されます。それに対して、[嶋崎補足:福祉等の]『フリンジベネフィット』目的の非熟練労働者を人手不足解消のため多く受け入れるのは危うい」と日本に対して警鐘を鳴らしました。
SouthernCrossさんは「文化に善悪なし」という私から見れば相対主義的な態度を取っており、当然ながらいわゆる外国人差別に与するわけでは決してありません。むしろ多文化を理解するコスモポリタンな方であると私は思います。しかし彼女は、実際に日本で問題になっているように、「性善説で無秩序に移民や留学生を大量に受け入れて優遇してうまくいくほど、異文化理解は甘くない」、とも警告します。まただからこそ、「外国人受け入れそのものは良いが、もっとしっかり管理するように」、とも要求します。日本では、特に埼玉のクルド人のことが話題になりますが、マレーシアで出会うムスリムは総じておとなしく、ほとんど問題は起こさない、とも首をかしげます。
建設的な改善策として、SouthernCrossさんが提案するのが、「チープ・ジャパン」、すなわち意図的な円安政策をやめ、大学の順位を上げる努力をせよ、ということです。確かに、私としても、過剰な円安によって労働者獲得競争に日本が敗退し、欧米やシンガポール、中東の産油国等での競争に敗れて選ばれなかった人々が、今や「安い国」となった日本に回ってくる場合もありうるのでは、という疑問を持つことがあります―日本文化を愛するがゆえに日本移住を望む外国人が少なからず存在することを、否定するものでは全くありませんが。
米国政治に詳しいSouthernCrossさんは、米民主党の積極的な移民受け入れも、本音は決して人権重視ではなく、不法移民を安く雇用してもうけている側面がある、と指摘します。私から補足しておきますと、民主党に対して甘い日本の主要メディアの一角を占める『毎日新聞』ですら、米国に滞在する米国籍でない難民男性が有権者として登録されていた、という事実を報道したことがあります(2024年10月31日付朝刊「ペンシルベニア州 難民のスーダン人 国籍ないのに『有権者』 証明書不要 登録審査に穴」)。長らく「陰謀論」とみなされてきた米国の選挙不正疑惑を、主要メディアですら、部分的には認めざるを得なくなっているのです。米国の不正選挙疑惑については、例えば渡辺惣樹「公文書が明かすアメリカの巨悪――フェイクニュースにされた『陰謀論』の真実」(ビジネス社、2021年)、山中泉「『アメリカ』の終わり “忘れられたアメリカ人”のこころの声を聞け」(方丈社、2021年)等を参考にしてください。
移民問題といえば、日本の論壇では『産経新聞』や『WiLL』といった右派系の雑誌くらいしか批判的に扱わない傾向があります。リベラル派の論者は、人権上の理由でおおむね賛成、という論調が主流です。私自身、中学・高校時代を欧州で過ごした経験がありますし、特に実際に迫害されている難民を受け入れることには賛成です。反人種差別の理念が正しいのは当然です。しかし、「人間はどこで生まれてもみな同じであって容易に分かりあうことができ、国境を越えた自由な移動こそ理想」といったグローバリズムの価値観に対しては、強い警戒心があります。日本政府は、地元(日本出身)の住民を、長年の緊縮財政・増税により、子供を産み育てられなくなるほど、経済的に虐待してきました。小国であるが故に自国を守ることに全力を尽くしてきたシンガポールと違い、米国製兵器の爆買いのような「対米従属的」姿勢をはじめ、郵政民営化や水道民営化、派遣自由化といった流れに見られるような、売国的・自滅的政策を取り続けてきました。
その結果、就職氷河期世代の困窮化等により少子化の影響が色濃くでてきたら、安易にも外国から全く文化的背景が異なる人々を大量に連れてきて穴を埋める、といった政策はお互いにとって不幸なのではないでしょうか。「日本はジャパン・ファーストでいい」というSouthernCrossさんの姿勢は、トランプ氏さながらと思われるかもしれませんが、米国の植民地とも称される日本にあっては、むしろ必要な独立の気概の表れであると私は思います。
折しも、これまでの―大いに問題のあるとされた―技能実習制度を鞍替えした育成就労制度の施行が、2027年にも迫っています。法務省の「育成就労制度・特定技能制度Q&A」によると、育成就労制度は、「原則3年間の就労を通じた人材育成」を行い、「これまで技能実習制度において指摘されてきた課題を解消するとともに、育成就労制度と特定技能制度に連続性を持たせることで、外国人が我が国で就労しながらキャリアアップできる分かりやすい制度を構築し、長期にわたり我が国の産業を支える人材を確保することを目指す」とのことです。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/faq/ikusei_qa_00002.html
国際的な経済格差については、反エリート・反グローバリズムの旗手として知られるイタリアのジョルジャ・メローニ氏の、首相就任前の発言を解説する次の動画も参考になるので、私から紹介しておきます。自称「人権国家」フランスが、CFAフランという通貨政策を用いて、西アフリカ諸国を搾取してきたことを告発する内容です。解決策はアフリカ人を欧州に連れてくることではなく、欧州人による搾取をやめさせ、アフリカ人が今あるもので生活できるようにすることだ、と。
越境3.0チャンネル・石田和靖氏「【貧困と不法移民】搾取しているのは誰だ?! 終わりなき植民地政策を巡りフランスとイタリアが激しく対立」、2022年12月31日。
https://www.youtube.com/watch?v=HAsS4FKc6sg
移民問題について考えるに当たって参考になる映画として、なるせゆうせい監督の『縁の下のイミグレ』を私からお薦めしておきます。
ご講演の概要と、私の感想と補足は以上です。
今回は、参加者の大多数がISFの会員でない新規の方であり、定員の30人めいっぱいの盛況となりました。休憩時間も含めて、2時間以上も立ちっぱなしで話し続けたSouthernCrossさんの精神力には、感銘を受けました。普段の茶話会よりも女性の比率が多く、30分以上時間を延長しても質問が尽きることはありませんでした。終了後は彼女にご挨拶、名刺交換するための参加者の行列ができ、人望の高さがうかがえました。彼女とは学生時代以来の再会、という方もいました。
私が茶話会で運営・司会をしたのは初めてですので参加者の方々にはご不便をおかけしたこともあると思いますが、シンガポールへの帰還前日に熱弁を振るって外部から日本を見つめる視点を示してくださったSouthernCrossさん、参加者の皆さま、設営・撤収等を担ってくださったISF会員の皆さま、岡田元治代表に感謝致します。
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1996年に現地採用者として単身シンガポールへ。シンガポール資本の会社2社で働き、2002年に永住権を取得。その後、シンガポール企業の日本駐在員として3年半勤務。任期終了後シンガポールに戻り2008年に起業。現在、自分自身のシンガポールの会社の代表を務めると共に、マレーシア企業での役員も務める。2023年にはシンガポールから橋一つ渡ったところにあるマレーシア・ジョホール州の経済特区イスカンダルプテリに在住する。シンガポール、マレーシアの二拠点生活をしています。
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1984年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文社会系修士課程修了(哲学専門分野)。著書に『ウクライナ・コロナワクチン報道にみるメディア危機』(2023年、本の泉社)。主な論文は『思想としてのコロナワクチン危機―医産複合体論、ハイデガーの技術論、アーレントの全体主義論を手掛かりに』(名古屋哲学研究会編『哲学と現代』2024年)。 論文は以下で読めます。https://researchmap.jp/fshimazaki ISFでは、書評とインタビューに力を入れています。 記事内容は全て私個人の見解です。 記事に対するご意見は、次のメールアドレスにお願いします。 elpis_eleutheria@yahoo.co.jp Xアカウント:https://x.com/FumiShimazaki