
【櫻井ジャーナル】2025.03.08XML: 2007年に公表された核攻撃でロシアを脅すという英国のシナリオが崩壊した
国際政治ドナルド・トランプ政権も言っているように、ウクライナで戦っているのはロシアとアメリカである。アメリカがネオ・ナチを使ったクーデターでキエフを制圧した。そのネオ・ナチ体制が崩れようとしているのだが、それをヨーロッパのエリートは恐れている。
クーデターを実行したのはバラク・オバマ政権。2013年11月から14年2月にかけてのことである。2010年の選挙で勝利したビクトル・ヤヌコビッチを排除し、ロシアに軍事的な圧力をかけると同時にヨーロッパとロシアを分断することが目的だった。クーデターで実権を握った体制はネオ・ナチだ。
ネオ・ナチを操っているのはMI6やCIAだが、ウクライナの軍や治安機関の約7割はネオ・ナチ体制を嫌って離脱したと言われている。ヤヌコビッチを支持していた東部や南部の住民はクーデターを拒否、オデッサでは住民がネオ・ナチの一団に虐殺されて制圧されたが、クリミアの住民は素早くロシアに保護を求め、東部ドンバスの住民は反クーデター軍を組織して抵抗を始めた。
クーデターから間もない段階では反クーデター軍が優勢で、西側諸国はクーデター体制の戦力を増強する。8年かけて兵器を供給、兵士を訓練、要塞線を築いて準備を整えたのだが、ドンバスを攻撃する直前にロシア軍が戦争の準備をしないままウクライナに対する攻撃を開始、その戦いでロシアの勝利は決定的になっている。
戦いはクーデターの前、2004年11月から05年1月にかけての「オレンジ革命」から始まったとも言える。当時のアメリカ大統領ははジョージ・W・ブッシュ。その政権は「オレンジ革命」でビクトル・ヤヌコビッチを排除して新自由主義者のビクトル・ユシチェンコを大統領に据えたのだが、その政権は貧富の差を拡大させ、国民の怒りを買う。そこで2010年の選挙ではヤヌコビッチが勝利、オバマ政権はクーデターを実行してヤヌコビッチを排除しなければならなくなった。
ウクライナで内戦が始まった当時、話題になった記事がある。イギリスのエコノミスト誌は2007年3月17日号で2057年の世界情勢についての記事を掲載したのだが、そこに書かれていたシナリオが興味深いのである。この雑誌はイギリスの金融資本と密接な関係にあると言われ、記事の内容はイギリス支配層のプランが反映されていた可能性がある。
そのシナリオでは2011から20年代半ばにEUの当局者が「バラク・オバマ大統領」を説得、ウクライナ危機をめぐってロシアに大規模な核攻撃をちらつかせた結果、EUは世界帝国の主導的な機関になるとされている。その号が発行された時点のアメリカ大統領はジョージ・W・ブッシュだが、2008年の大統領選挙でオバマが次の大統領に選ばれ、17年1月までその職にあった。
ブッシュ・ジュニア政権、オバマ政権、バイデン政権はいずれもネオコンの強い影響下にあり、いずれもロシアとの戦争に積極的だった。ウクライナ制圧はその一環だが、工作には資金が必要である。
クーデターを仕掛けるのは通常CIAで、かつては「CIAの銀行」が暗躍していたが、1980年代からはUSAID(米国国際開発庁)やNED(ナショナル民主主義基金)が工作資金を流す主要機関だ。NEDからNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターなどへ資金は流れている。トランプ政権はUSAIDの機能を停止、さまざまな影響が現れている。ウクライナの「独立系メディア」がCIAのプロパガンダ機関にすぎないことも明確になった。
ウォロドミル・ゼレンスキーは大統領時代の2020年10月にイギリスを公式訪問した際、同国の対外情報機関MI6のリチャード・ムーア長官を非公式に訪問、その翌年には政権とその政策に反対する見解を表明していた国内のすべてのテレビ局とメディアを閉鎖、すべての左翼政党と社会運動も禁止された。いずれも超法規的な措置だ。勿論、西側の政府から資金提供を受けたメディアや政党は禁止の対象になっていない。
ネオ・ナチのグループ「C14」を率い、人を殺すのが好きだと公言しているイェフヘン・カラスへもUSAIDの資金は渡っていた。このグループは2010年、ネオ・ナチの「社会国家主義者党(のちにスボボダ党へ改名)の青年グループとして設立された。カラスは2022年2月5日、自分たちは西側から「多くの武器を与えられた」が、それは西側が設定した任務を実行する準備ができているのは私たちだけだからだと主張、自分たちは殺すことも、戦うことも楽しんでいると語っている。ウクライナのネオ・ナチは自分たちの正体を隠していない。
ウクライナのネオ・ナチはステパン・バンデラを信奉、組織としては1929年に創設されたOUNからの流れだ。1930年代にはイギリスの情報機関MI6やドイツの防諜機関アプヴェーアをスポンサーにしていた。
OUNは1941年3月に分裂、OUN-M(メルニク派)とOUN-B(バンデラ派)に分裂。バンデラ派のレベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入る。
第2次世界大戦の終盤からアレン・ダレスをはじめとするウォール街人脈はナチス高官を含むファシストの逃亡を助け、保護、雇用。東ヨーロッパ出身のファシストは西側情報機関の支援を受けてABN(反ボルシェビキ国家連合)を組織した。ABNはバンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコが率いるようになる。
1966年にABNはアジア地域で創設されていたAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟へ改名)と合体してWACL(世界反共連盟)を組織、その後、WACLはWLFD(世界自由民主連盟)へ名称を変更している。バンデラは第2次世界大戦後にイギリスのMI6の配下に、またバンデラの側近だったミコラ・レベドはアメリカのアレン・ダレスの配下に入った。
この人脈はKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)も組織、ヤロスラフ・ステツコが指揮するのだが、このステツコもMI6に支援されていた。1986年に彼が死亡すると妻だったスラバ・ステツコが引き継ぎ、2003年に死ぬまで率いることになる。1991年12月にソ連が消滅すると、彼女はミュンヘンからウクライナへ帰国している。
KUNの指導者グループに所属していたひとりにワシル・イワニシンなるドロボビチ教育大学の教授がいたが、その教え子のひとりがウクライナでネオ・ナチを率いてきたドミトロ・ヤロシュにほかならない。イワニシンが2007年に死亡するとヤロシュが後継者になった。このタイミングでヤロシュはNATOの秘密部隊ネットワークに参加したと言われている。ウクライナでの戦争にはこのネットワークも参加、ロシアに敗れたということでもある。
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