【連載】知られざる地政学(塩原俊彦)

「知られざる地政学」連載(81):「空間」をめぐる思想とトランプ政権(下)

塩原俊彦

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狙われるもう一つのビル

トランプ政権が象徴的に狙っているもう一つのビルがある。それは、第一期のトランプが署名した「美しい連邦市民建築の推進に関する大統領令」のなかで、「たとえば、GSAがサンフランシスコ連邦ビルの設計に選んだ建築家は、自分の設計を「芸術のための芸術」と表現し、主に建築家の鑑賞を目的としたものであった。エリート建築家たちは出来上がったビルを賞賛したが、多くのサンフランシスコ市民は、このビルを市内で最も醜い建築物のひとつと考えている」と揶揄されたものだ。

この「サンフランシスコ連邦ビル」とは、「ナンシー・ペロシ議長連邦ビル」(下の写真)のことを指している。同ビルは、サンフランシスコにある18階建ての建物で、ペロシ議員の地区事務所をはじめ、米国政府のいくつかの部門が入居している。

フォックス・ニュース」が3月6日に伝えたところによると、バディ・カーター議員(共和党)が主導する、一般調達局(GSA)に対して、「不動産を処分する」もしくは「公正な市場価値で、最高かつ最善の用途のために」売却するよう指示する内容の法案がある。どうやら、ペロシの名を冠したビルがなくなるのは時間の問題となっているようだ。

これは小さな問題かもしれない。だが、リベラル派のインチキを知らしめるためには、リベラル派の名前を冠したビルなど目障りなだけだ。もちろん、ドナルド・トランプの名前を冠したビルが将来出てくるとすれば、それも同じである。

2025年3月4日、サンフランシスコのナンシー・ペロシ連邦政府ビル前を歩く歩行者 (AP Photo/Godofredo A. Vásquez)
(出所)https://apnews.com/article/gsa-federal-buildings-doge-fbi-doj-aa123e9c3b12e38c8fa511c2a727f880

最近の矛盾例

リベラル派は最近の事例をみても明らかに矛盾している。ここでは、WPのコラムニスト、ジェイソン・ウィリックの書いた記事を参考にしながら説明したい。

どんな矛盾かというと、ウクライナとイスラエルへの向き合い方に矛盾があるのだ。トランプは、ゼレンスキーを威圧しながら、軍事支援を差し控えることで、ロシアとの和平合意を迫ろうとしている。これに対して、2024年の大半、リベラル派が大勢を占める民主党員たちは、ハマスとの戦争を止めるために、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に対して同様のアプローチを展開するよう、バイデン政権に懇願していた。

当時上院多数党院内総務であったチャールズ・E・シューマー(ニューヨーク州選出)などの民主党議員はネタニヤフの戦時中の解任さえ求めた。これに対して、バイデンはカメラの前でネタニヤフにいじめのような要求をしたことはないが、イスラエルがハマスとの合意を受け入れるよう強く働きかけた。さらに、バイデンのホワイトハウスはイスラエルに対する武器禁輸を宣言したことはないが、イスラエルがガザ地区のラファでハマスを追及し続けることに不快感を示すために、武器の供給を停止した。

こうみると、バイデンは、紛争を終結させるために、トランプがウクライナに対して行っているような同レベルの圧力をイスラエルに対してかけたとは言えない。しかし、バイデンの慎重な姿勢は、議会、メディア、民主党支持層におけるリベラル派を落胆させた。彼らは、イスラエルが米国の支援を当然視し、大統領を軽視しているとのべた。トランプの厳格さと辛辣さをもってすれば、ゼレンスキーに対する彼の振る舞いは、リベラル派がバイデンに対してネタニヤフにとることを望んでいた振る舞いそのものであると言える。

ウィリックは、「この比較はリベラル派を激怒させる」と書いている。リベラル派は、イスラエルへの圧力は善意であり、ウクライナを強制しようとするトランプの努力は極悪非道であるとみているという。しかし、「まさにそこがポイントなのだ」と、彼は指摘している。リベラル派の勝手な言い分は自己矛盾ではないのか。この点を衝いているのだ。本当に和平を望むのであれば、戦争維持派のゼレンスキーを屈服させることが必要だし、行き過ぎたネタニヤフのガザ侵攻を終結させなければならないはずだ。なぜ、ウクライナに和平をもたらす努力が悪なのだろうか。

一方、ウクライナには厳しく、イスラエルには自由裁量を与えるというトランプには、強者側に傾くという、ある種の一貫性がある。強者であるロシアとイスラエルによる「力による平和」こそ、永続的な平和を可能とする信念がこの一貫性を支えている。もちろん、それが正しいかどうかは別の問題だが。他方で、リベラル派は、「必要な限り」ウクライナを支援する意思を表明しながらイスラエルを抑制するというアプローチであり、米国の外交努力がより多く必要となる。これは「弱者」の側に立つというリベラルな本能に沿うものであるが、イスラエルという強者にはどうにも弱腰だ。つまり、一貫性がない。

リベラル派のなかの進歩主義者

ここで、鬱陶しいがふれなければならない論点がある。それは、同じリベラル派のなかに、進歩主義者が混在しているという問題である。いわば、同じ民主党内に、進歩主義的な思考、すなわち、「アメリカは世界を支配する野心を捨て、新たなコミットメントを自制し、世界から撤退し、米軍のフットプリントを縮小すべきだ」という外交政策の処方箋を支持するグループが存在するのである。

『フォーリン・アフェアーズ』に公表された、メーガン・A・スチュワート(ミシガン大学フォード公共政策大学院准教授)、ジョナサン・B・ペツクン(デューク大学法学部准教授)、マーラ・ R・レヴキン(デューク大学法学・政治学准教授)による共著論文「アメリカン・パワーの進歩主義的事例 人員削減は益よりも害をもたらす」によると、進歩主義者には、国内政策については、富裕層への増税、社会プログラムへの支出増、妊娠中絶の法的保護、人種差別の遺産に対処するための改革など、具体的な優先事項に関するほぼ一致した意見がある。米国の外交政策に反映させるべき特定の価値観については、①政治的・経済的平等主義(たとえば、バーニー・サンダース上院議員の綱領は、「民主主義、人権、外交と平和、経済的公正に焦点を当てた外交政策」を求めている)、②不必要な戦争と過剰な軍国主義に反対する(たとえば、経済学者のジェフリー・サックスや歴史学者のスティーブン・ワートハイムなど、進歩主義的な自制論者のなかには、NATOの拡大がロシアのウクライナ侵攻の主な原因のひとつとみている)、③反帝国主義(戦後から反植民地運動が根づくと、公民権運動や反アパルトヘイト運動を含む欧米の反帝国主義活動家たちは、民族解放運動に資金を送ったり、その闘いを宣伝したりすることで、しばしば独立闘争を支援し、今日では、ロシアの帝国主義的侵略に抵抗するウクライナ人の努力を支援することに賛成するように、国際連帯を呼びかける際に反帝国主義を持ち出すことがある)――という共通する価値観を支持している。

ゆえに、多くの進歩主義者にとって、この三つの原則は、縮小と自制の外交政策を通じて追求するのが最善であるという考え方をもたらす。「というのも、彼らの考えでは、今日の世界を苦しめている原因の多くは米国にあるからだ」、と共著論文は指摘している。つまり、米国が軍事基地を減らし、世界経済市場への影響力を弱め、軍事同盟を減らし、弱体化させれば、外国の危機、とくにウクライナ戦争のような軍事的コミットメントを必要とする危機への関与を避けるようになると考えていることになる。世界的な軍事的足跡を縮小することで、銃口を突きつけて民主主義を広めることも、強硬な資本主義の特殊なバージョンを強制的に推進することもできなくなり、政治的・経済的な自己決定や、政治的・経済的平等主義に向けた前進の余地が生まれる。進歩主義者たちは、こうした後退が彼らの外交政策目標を損なわないことを当然のことと考えているという。

進歩主義者の「どっちつかず」

このように紹介すると、進歩主義的リベラリストの主張は真っ当であるかのように思われるかもしれない。だが、進歩主義的な外交政策の原則である、反軍国主義、反帝国主義、平等主義はしばしば対立する。つまり、この原則を貫くことが難しいために、先に紹介したウクライナ戦争におけるロシアとウクライナへの対応と、ガザ戦争におけるイスラエルとハマスへの対応との齟齬が顕在化してしまうのだ。

たとえば、ウクライナの場合、2022年10月、議会進歩主義的議員連盟(Congressional Progressive Caucus)はバイデン政権に対し、戦争を終結させるためにロシアと交渉するよう求めたが、帝国主義反対は戦争反対よりも優先されるべきであると結論づけた他の民主党議員からの圧力により、この立場を撤回した。すべての進歩主義者が、同議会の翻意に同意したわけではないが、もし米国がウクライナへの軍事支援を打ち切れば、欧州のみならず世界の進歩主義的な目的と価値は、ほぼ間違いなく後退するとの見方から、進歩主義者は譲歩を余儀なくされたのである。

これは、一方では戦争に反対し、他方では平等主義を擁護して帝国主義に抵抗するという緊張関係を解決することはできないことを示している。ウクライナへの軍事援助を削減することで、一部の進歩主義者が望むように、和平交渉による正式な戦争終結が早まったとしても、占領地におけるロシア軍によるウクライナ市民への暴力は、おそらく絶え間なくつづくだろう。エスカレートさえするかもしれない。ゆえに、簡単に停戦に応じられないと考えるのだ。しかし、ウクライナが敗色濃厚であるいま、戦争継続はウクライナ領土の失地と殺戮される国民の増加をもたらすだけだから、即時停戦をウクライナに求めるのは当然だと思える。

共著論文では、当時のトランプ米大統領が2017年に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を破棄したとき、サンダースやエリザベス・ウォーレン上院議員、キース・エリソン下院議員などの進歩主義者が拍手を送ったことに注目している。進歩主義者たちは、TPPがアメリカの雇用にどのような影響を与えたかを議論することができたし、提案された協定が海外での人権や環境、労働基準を守るために十分なものではなかったと主張することもできた。だが、TPPの失敗は、そのような虐待を改善したのではなく、悪化させたのだ。米国の貿易相手国は国際的な経済的リーダーシップを他の国に求め、中国にそれを見出した。2020年、中国を含む15カ国が地域包括的経済連携協定に署名し、TPPで想定された労働、人権、環境保護のどれも含まない、史上最大の経済圏が誕生した。米国の労働者の利益は常に考慮されるべきだが、保護主義の進歩主義的擁護者は、その政策が発展途上国の労働者にどのような影響を与えるかにも取り組まなければならないはずなのに、彼らには、そうした判断ができなかったのである。

他方で、進歩主義者の多くは、米国自体が帝国主義的にふるまいつづけてきた現実を受け容れていないという問題もある。反軍国主義、反帝国主義、平等主義の結果として、世界中の国々から資本を通じた搾取を継続しつづけてきた事実に無頓着すぎる。結局、反ヘゲモニー主義として米国への自制と縮小を求める方向に進歩主義者の主張は向かっていない。要するに、インチキなのである。

どうしてこのような事態になっているかを考えるとき、本当は、この論考の前半に書いたことが関係しているように感じられる。すなわち、「思考する人」=「知を命ずる人」=「支配者」、「物化する人」=「執行する人」=「服従者」という区別を受けいれ、その命令は「物化」によって客観的な根拠があるかのようにみえてしまう結果、結果という目に見える「触知できるもの」を圧倒的に重視する思考を生み、結果から原因を説明することですませてしまう思考が強すぎるのではないか。プラトンのもたらした「知」を、「命令=支配」と、「活動」を「服従=執行」と同一視する見方の権威化が進みすぎているのだ。それにもかかわらず、そうした事態に気づかない人が多すぎる。存命中のペロシは自分の名前をつけた連邦ビルの存在にどう思ってきたのだろうか。こんな暴挙を平然と受け容れている人間が進歩主義的リベラル派として、米国の民主党を長く率いてきたところに、米国政治のおぞましさがあるのではないか。

空間から権力を考えるというダイナミズムもときとして重要なことをわかってもらえただろうか。

 

(注1)ちょうど、2024~25年に「ブルータリスト」という題名の映画がヒットしたから、この映画を観れば、ブルータリズムをより深く理解できるだろう。映画では、架空のハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トートが第2次世界大戦下のホロコーストを生き延びながら、妻エルジェーベトや姪ジョーフィアと強制的に引き離されてしまう筋立てになっている。なお、住宅都市開発省(HUD)はケネディの後継者であるリンドン・B・ジョンソン大統領によって1965年に設立され、低所得者向け住宅の増産と高齢者への家賃補助を監督している。その10階建ての本部は、1937年にアメリカに移住する前にバウハウスで学んだユダヤ人でハンガリー生まれの建築家、マルセル・ブロイヤーによって設計された。

(注2)AP通信によると、トランプ政権は2025年3月4日、FBI本部や司法省本庁舎を含む440以上の連邦政府施設を「政府運営の中核ではない」と判断し、売却する可能性があるとしたリストを公表した。しかし、その数時間後、ワシントンDC内の以前リストアップされていたすべての建物を除外し、320件のみをリストアップした修正リストが発表されたという。だが、3月9日現在、これを確認することはできない(サイトに接続しても、Coming soonと表示されるにすぎない)。このリストが「圧倒的な関心」を呼んでおり、「この最初の意見を評価し、関係者が掲載資産のニュアンスを理解しやすくする方法を決定」した後、「近い将来」再公開する予定だという。

「知られざる地政学」連載(81):「空間」をめぐる思想とトランプ政権(下)に続く

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塩原俊彦 塩原俊彦

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義ロシアの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。

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