【特集】ウクライナ危機の本質と背景

ウクライナ戦争再 々 5 論

安斎育郎

・ノーム・チョムスキーのウクライナ戦争論

エイブラム・ノーム・チョムスキーはアメリカの哲学者で、MIT (マサチューセッツ工科大学)の言語学および言語哲学研究所教授です。彼は自らをアナキストと呼んでいますが、その意味は、「生活のあらゆる側面での権威、ヒエラルキー、支配の仕組みを探求し、特定し、それに挑戦すること」、そして、「これら(権威、ヒエラルキー、支配)は正当とされる理由が与えられない限りは不当なものであり、人間の自由の領域を広げるために廃絶されるべきこと」という立場であることを表明しています。

歯に衣着せぬ権力批判には高い定評がありますが、「ウクライナ戦争」については次のyoutube のインタビュ ー(日本語字幕付き)が 一見に値します 。

チョムスキーはロシアのウクライナ侵攻を「主権国家に対する重大な侵犯・侵略である」という厳しい批判を前提にしながらも、同時に、「NATO やアメリカに、それを糾弾する資格・権利があるのか?」とも問うています。とりわけアメリカが、ベトナム・ニカラグア・アフガン・イラク等に侵攻し、独立国家の主権を踏みにじって政権を転覆させるためにいかに多くの市民を戦闘に巻き込んできたかを振り返り、アメリカこそ「世界最悪のならず者国家」であると断じて憚りません。

彼の指摘は事実に基づく具体的なものであり、私たちは、今更ながらアメリカの 戦争犯罪の歴史に驚くばかりで す。チョムスキーは、「戦争犯罪の張本人がプーチンの戦争犯罪を非難する資格があるのか」とアメリカの政権に厳しく問いかけています。

・ウクライナがNATO に加われない事情

2018年2月7日に、ウクライナ憲法第116条で「首相は EU および NATO 加盟に努力する義務を負う」ことを決めたウクライナですが、以下の2つの理由で現状でのNATO への加盟は出来ません。

第1に、NATO加盟国から、「ウクライナの政治体制はNATO が求める民主主義体制の基準を満たしていない」という指摘があることです。ウクライナでは財閥と政治家が癒着し、根深い汚職体質を脱却出来ていないと長年指摘されてきました。NATOは単なる軍事同盟 ではなく、政治や経済の実態が自由主義的な価値観を共有する国際社会に相応しいかどうかが問題なのです。

第2には、より重要な観点なのですが、ロシアという熊の眼を突っつきたくないというNATO 加盟国の思惑です。フランスやドイツなどは、ウクライナが加盟すればロシアがヨーロッパ全体の安全保障を脅かす対抗措置をとる懸念があると考えています 。この問題は、それほど世界の安全保障にとって敏感な問題なのです。

※NATO加盟国全30か国一覧(加盟年代順)
1949年:アイスランド、アメリカ、イタリア、イギリス、オランダ、カナ ダ、デンマーク、ノルウェー、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク(原加盟12か国)
1952年:ギリシャ、トルコ
1955年:ドイツ(当時「西ドイツ」)
1982年:スペイン
1999年:チェコ、ハンガリー、ポーランド
2004年:エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア
2009年:アルバニア、クロアチア
2017年:モンテネグロ
2020年:北マケドニア

・ゼレンスキー大統領の言説

ゼレンスキー大統領は、2022年3月27日にロシアの記者らとのオンライン会見を行ない、「関係国による安全保障を条件にNATO 加盟を断念して中立化することを受け入れ、核武装も否定する用意がある」と述べました。ところが、殆どそれっきり、和平交渉についての彼の思いは西側報道では伝えられなくなりました。戦争を継続してロシアを疲弊させ、アメリカの軍需産業を潤したいというアメリカの意志に反するからです。

前に、ウクライナには「戦い抜くゼレンスキー 」 以外 の意見 はないのかというようなニュアンスの記事を書きましたが、実際にはそうではなくて、アメリカや NATOに都合のいいゼレンスキーの言説だけが切り取られて報道され、他は切り捨てられているということのようです。

チョムスキーも指摘していますが、「戦うゼレンスキー」以外の大統領の言説はカットされ、まるでゼレンスキーが「最後の一兵まで戦う意志」を ウクライナ国民の代表として ひたすら表明しているように編集されているということです。 国家にとっては、そんなことは造作のないことだと、チョムスキーは言っています。

コメディアン出身のゼレンスキーが、いま、アメリカが書いた脚本に沿わない台詞を 声にして も、ウクライナ戦争を続けたいというアメリカの意向に合わない 台詞はカットされ ある意味では別のコメディを演じさせられているかのようです。とても哀れです。彼の和平への想いは世界に伝えられないのです。

西側諸国のマスコミはゼレンスキーをウィンストン・チャーチルと比肩する名宰相と持ち上げていますが、 彼は やっぱりアメリカの傀儡としての役割を演じさせられている に思われます 。

すでに紹介した通り、トルコの外務大臣は、「いくつかのNATO 加盟国はウクライナ戦争が続くことを望んでいる Some NATO states want the Ukraine war to continue」というのですが、具体的に言えば、それはアメリカ(+イギリス)のことで しょう 。アメリカはゼレンスキーが和平に向かうことを妨げ、 バイデン政権のオースティン国防長官が大手軍需産業レイセオン・テクノロジーズの取締役だったこととも無縁ではないでしょうが、 戦争ごとに肥え太ってきた 軍需産業をさらに肥え太らせるつもりなのでしょう。

 

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安斎育郎 安斎育郎

1940年、東京生まれ。1944~49年、福島県で疎開生活。東大工学部原子力工学科第1期生。工学博士。東京大学医学部助手、東京医科大学客員助教授を経て、1986年、立命館大学経済学部教授、88年国際関係学部教授。1995年、同大学国際平和ミュージアム館長。2008年より、立命館大学国際平和ミュージアム・終身名誉館長。現在、立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学、平和学。2011年、定年とともに、「安斎科学・平和事務所」(Anzai Science & Peace Office, ASAP)を立ち上げ、以来、2022年4月までに福島原発事故について99回の調査・相談・学習活動。International Network of Museums for Peace(平和のための博物館国相ネットワーク)のジェネラル・コ^ディ ネータを務めた後、現在は、名誉ジェネラル・コーディネータ。日本の「平和のための博物館市民ネットワーク」代表。日本平和学会・理事。ノーモアヒロシマ・ナガサキ記憶遺産を継承する会・副代表。2021年3月11日、福島県双葉郡浪江町の古刹・宝鏡寺境内に第30世住職・早川篤雄氏と連名で「原発悔恨・伝言の碑」を建立するとともに、隣接して、平和博物館「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマ伝言館」を開設。マジックを趣味とし、東大時代は奇術愛好会第3代会長。「国境なき手品師団」(Magicians without Borders)名誉会員。Japan Skeptics(超自然現象を科学的・批判的に究明する会)会長を務め、現在名誉会員。NHK『だます心だまされる心」(全8回)、『日曜美術館』(だまし絵)、日本テレビ『世界一受けたい授業』などに出演。2003年、ベトナム政府より「文化情報事業功労者記章」受章。2011年、「第22回久保医療文化賞」、韓国ノグンリ国際平和財団「第4回人権賞」、2013年、日本平和学会「第4回平和賞」、2021年、ウィーン・ユネスコ・クラブ「地球市民賞」などを受賞。著書は『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞)、『だます心だまされる心』(岩波書店)、『からだのなかの放射能』(合同出版)、『語りつごうヒロシマ・ナガサキ』(新日本出版、全5巻)など100数十点あるが、最近著に『核なき時代を生きる君たちへ━核不拡散条約50年と核兵器禁止条約』(2021年3月1日)、『私の反原発人生と「福島プロジェクト」の足跡』(2021年3月11日)、『戦争と科学者─知的探求心と非人道性の葛藤』(2022年4月1日、いずれも、かもがわ出版)など。

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