
「知られざる地政学」連載(88):軍国主義化する世界(上)
国際
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は2025年4月、毎年公表している「世界の軍事支出(推計含む)」の2024年版を発表した。それによると、2024年の世界の総軍事支出(軍事費)は2023年比で9.4%増加し、過去最高の2兆7180億ドル、世界GDPの2.5%に達した。2024年の世界の軍事費は2718億ドル増加した。これは、2015年から2024年までの10年間で、軍事費は毎年37%ずつ増加したことを意味している(図1参照)。 2024年の9.4%の増加は少なくとも1988年以来、対前年比でもっとも急上昇した。「連載【83】軍国主義化する欧州(上、下)」を書いてからまもないが、今回は世界の軍国主義化について論じることにしたい。
図1 世界の軍事費(地域別)(1988-2024年)
(備考)注:1991年のソ連のデータがないため、合計を算出できない。この年の合計は算出できない。
(原典)SIPRI Military Expenditure Database, Apr. 2025.
(出所)https://www.sipri.org/sites/default/files/2025-04/2504_fs_milex_2024.pdf
各国別の軍事費
ここからは、ロシア側の分析報道を参考にしてみると、軍事費がもっとも多い上位5カ国の構成は若干変化したが、上位3カ国は変わっていない。トップ3は変わらず、ドイツが4位に上がり、インドが5位に下がった。2023年にドイツが占めていた7位がサウジアラビアになったことを除けば、つぎの5カ国の構成はほとんど変わっていない。
図2は、2024年の軍事費上位15カ国の金額ベースの棒グラフと世界の軍事費に占める割合(%)を示している。米国の軍事費は9970億ドルで、世界の軍事費の37%を占めた。なお、GDP比では、3.4%にあたる。第二位の中国は3140億ドルで、米国に比べると見劣りするが、それでも世界の軍事費の12%を占めた。GDP比では、1.7%であった。第三位はロシアで、1490億ドル(GDP比7.1%)で、世界の軍事費の5.5%だった。
第四位以降は、ドイツ(七位から四位)、インド(四位から五位)、英国(順位変わらず)、サウジアラビア(五位から七位)、ウクライナ(変わらず)、フランス(変わらず)、日本(変わらず)の順となった。なお、ウクライナの場合、税収はすべて国防費に充てられ、非軍事的な社会経済問題はすべて対外援助で賄われている。つまり、信じられないほど、いびつな状況にあると言える。戦争のための資金は自分で稼ぎ、非軍事的な歳出は外国に面倒をみてもらって戦争を何とか継続しているのである。
第十一位以降は、韓国、イスラエル、ポーランド、イタリア、オーストラリアとなっている。
図2 2024年の軍事費トップ15カ国の軍事費(10億ドル)とシェア(%)
(備考)*は、SIPRIの評価に基づく数値。
(出所)https://www.rbc.ru/politics/28/04/2025/680ac9169a794781be94b0d6?from=from_main_7
各国別の軍事費の対GDP比を色分けしたものが図3である。ウクライナは34%ともっとも高い。イスラエルは8.8%、アルジェリアは8.0%、サウジアラビアは7.3%、ロシアは7.1%、ミャンマーは6.8%である。さらに、オマーンが5.6%、アルメニアが5.5%、アゼルバイジャンが5.0%となっている。
図3 2024年の軍事費の対GDP比(色分け)
(出所)https://www.sipri.org/sites/default/files/2025-04/2504_fs_milex_2024.pdf
世界の軍国主義化
世界は明らかに軍国主義化している。図4は、2024年の軍事費/GDP(%)が2015年に比べてどのように変化したかを示している。ロシア語なので、上から、国名を書いておくと、米国、中国、ロシア、ドイツ、インド、英国、サウジアラビア、ウクライナ、フランス、日本、韓国、イスラエル、ポーランド、イタリア、オーストラリアである。サウジアラビアが13%から7.3%に国防費負担を軽減させたのが目立つだけで、多くの国は国防費/GDPを上昇させて、負担を増やしている。ウクライナ戦争の当事者であるロシアとウクライナがそうするのは理解できるが、欧州の多くの国々が軍事費増強に舵を切っていることに懸念をいだかざるをえない。

Screenshot
図4 2024年と2015年の軍事費/GDP(%)
(出所)https://www.rbc.ru/politics/28/04/2025/680ac9169a794781be94b0d6?from=from_main_7
NATO加盟国の軍国主義化
SIPRIの報告によると、北大西洋条約機構(NATO)加盟32ヵ国による2024年の軍事支出は総額1560億ドルで、世界の軍事支出の55%に相当する。2024年の全NATO加盟国の軍事支出は前年比8.9%増、2015年比31%増であった。2024年にはすべてのNATO加盟国が軍事費を増加させ(軍事費のないアイスランドを除く)。平均すると、NATO加盟国の軍事費は2023年よりも16%増加し、スペインの0.4%増からルーマニアの43%増までの幅があった。
2015年から24年までの10年間で、2015年にNATOに加盟していた28カ国は平均107%軍事費を増加させ、その範囲は米国の+19%からリトアニアの+272%までであった。
2014年、すべてのNATO加盟国は2024年までに国内総生産(GDP)の2.0%を軍事費に費やすことを約束した。2023年には、このガイドラインをGDPの「少なくとも」2.0%に修正した。なお、ドナルド・トランプ大統領が本気で5%までの引き上げを要求しているとすると、SIPRIの計算では、この数字を達成するためには、2024年の実質投資額を143%上回る6630億ドルを支出する必要がある。
NATO加盟国32カ国のうち、2024年にGDPの少なくとも2.0%を軍事費に費やした国は18カ国で、2023年の11カ国から増加し、ガイドラインが導入されて以来最多となった。2024年のNATO加盟国の平均軍事負担率も2.2%と2.0%を上回り、ルクセンブルクの1.0%からポーランドの4.2%までの幅があった。
2024年のNATO加盟国の政府支出に占める軍事費の割合は平均4.9%で、ルクセンブルクの2.0%から米国の9.1%までの幅がある。
なお、SIPRIの軍事費と軍事負担の計算方法はオープンソースに基づいており、NATOが年次データに使用しているものとは異なっている。その結果、SIPRIのデータはNATOが公表しているデータと正確に一致しない可能性がある。
言うまでもなく、軍事費の急激な伸びは国家予算に大きな負担をかけている。たとえば、英国は海外での開発援助を削減する予定であり、日本は所得税、法人税、たばこ税を引き上げる予定である。ミャンマーは社会プログラムを削減することで、軍事費を16%から29%に増やした
SIPRIは、このことは社会経済的に広範囲に悪影響を及ぼし、最も弱い立場にある人々に影響を与え、経済的・社会的不平等を悪化させる可能性があると予測している。
「知られざる地政学」連載(88):軍国主義化する世界(下)に続く
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1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士。評論家。『帝国主義アメリカの野望』によって2024年度「岡倉天心記念賞」を受賞(ほかにも、『ウクライナ3.0』などの一連の作品が高く評価されている)。 【ウクライナ】 『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社、2023)、『復讐としてのウクライナ戦争』(社会評論社、2022)『ウクライナ3.0』(同、2022)、『ウクライナ2.0』(同、2015)、『ウクライナ・ゲート』(同、2014) 【ロシア】 『プーチン3.0』(社会評論社、2022)、『プーチン露大統領とその仲間たち』(同、2016)、『プーチン2.0』(東洋書店、2012)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009)、『ネオ KGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008)、『ロシア経済の真実』(東洋経済新報社、2005)、『現代ロシアの経済構造』(慶應義塾大学出版会、2004)、『ロシアの軍需産業』(岩波新書、2003)などがある。 【エネルギー】 『核なき世界論』(東洋書店、2010)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局、2007)などがある。 【権力】 『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018)、『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016)、Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet、2013)などがある。 【サイバー空間】 『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法規制のゆくえ』(社会評論社、2019)がある。 【地政学】 『知られざる地政学』〈上下巻〉(社会評論社、2023)がある。